高速域の激突
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお付き合い下さいませ。
……酒呑んで寝ている内に正月が終わってしまった。
身も心もアルコール消毒して新年開始です。
「飛翔翼、展開」
警戒していた親衛隊の一人――支倉愛夏は、背中から金属翼を広げながら魔力を急速に練り上げる。
彼女は、隊長である俊哉や、姫である雫を除けば、最年少に当たる人物である。
出自は、ごく一般的な家庭。
先祖を遡っても、軍人の一人も見付けられない血統だ。
しかし、何の因果か、彼女はBランクという強力な魔力を持って生まれた。
その目に見える才能を活かす為、彼女は魔術師という道を選択した。
高天原ではない、本土に存在する他の魔術師学校に籍を置いていた彼女は、常識を越えた化け物や、常識の範疇ギリギリにいる天才のいない環境において、充分に最優秀と言える能力を発揮する。
そして、魔王の直属となるチャンスが巡ってきた。
何処まで登り詰められるのか、確かめてみたい。
一般家庭で育った彼女の原動力は、使命感や義務感ではなく、そんな興味本位である。
だからこそ更に上に行けるであろうチャンスに、彼女は飛び付いて、叩き折られた。
本物の魔王たちとの邂逅。
常識の枠組みを平然と踏み越えていく真の怪物との出会いは、高みを目指そうという心に絶望の壁を突き付けたのだ。
それで終わっていれば、彼女はこんな所にはいない。
折れて、潰されて、そして猶立ち上がった彼女は、次々と脱落していく者を差し置いて、必死に食らい付いた。
例え、至れなかろうとも。
せめて指先だけでも届きたいと。
凡才が抱く意地という名の、そんな魂の熱量だけで化け物たちへと追い縋ったのだ。
その意地は、努力を伴い、結果という結晶をもたらす。
【飛燕】支倉愛夏。
紛う事なき準魔王級魔術師である。
「支倉、進発します!」
魔王魔力を用いない自力飛行において、俊哉さえも置き去りにする速鳥が飛び立った。
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それらは、超高速で高空を飛翔していた。
北米から飛来したそれらは、巨体でありながら優に音速を超えて飛んでいる。
超音速衝撃指向性航空機。
そう呼ばれる兵器である。
武装を一切積んでいない、ある意味で民間機のような代物ではあるが、実態は正しく兵器と呼ぶに相応しい破壊力を有している。
搭載している唯一の武装とは、その速度だ。
巡航速度にして音速を超え、最大速度に至っては第一宇宙速度相当となる、大気圏内において最速を誇る。
そして、それによって発生する音速突破の衝撃波を指向し、任意の方向に収束させる機能を搭載していた。
ショックブレイド。
和名では、衝撃断刃。
それらによる編隊飛行となれば、まさに大地を引き裂く神の刃が如しである。
北米に存在するとある勢力から派遣された彼らは、西方向に地球を一周しつつ、途上にある軍事施設を破壊する任務を帯びていた。
その為、最短距離ではなく、やや蛇行しつつ目標を両断しながら進んでいるのである。
ミサイルさえも追い付けない最速の進軍を阻む者はおらず、無敵の空中要塞として名を馳せていた彼らは、余裕の気持ちでもって飛行していた。
その不落神話がここで瓦解するなど、夢にも思わずに。
何の前触れもなく、右翼側一番機が突然に爆散した。
「ッ!!? 何だ!? 何が起こった!!?」
談笑しつつの中で起きた惨劇に、気が動転してしまう。
通信帯の中では、同じように困惑した叫びが飛び交っていた。
そんな状態であっても、情報分析担当は自らの仕事をしっかりと行い、答えを出す。
「報告! 右翼一番機は、前方より飛来した何らかの飛翔体により貫通されております!」
カメラが捉えていた爆散した瞬間の映像からして、そうとしか思えない壊れ方をしていた。
それ故の報告に、困惑は更に深まる。
「砲撃!? 砲撃だとッ!?
マッハ10を超えていた我らを当てられるか!
そもそも、シールドと装甲をまるごと貫通するような砲弾など存在しない!」
「しかし、そうとしか結論は出ません!」
「……おのれ、極東の猿が! 新兵器を開発したのかッ!」
今の時代、未知の兵器が突然に現れる、という事は珍しくない。
おそらく、そんな超兵器が襲い掛かってきたのだろうと判断し、悔しげに歯噛みした。
『あーあー、テステス。聞こえていますか?』
そんな彼らの元に、不思議な女性の声が響いた。
耳からではなく、まるで脳に直接語りかけるような声だった。
「何だ!? 今度は何だ!? 何処から聞こえている!!?」
「不明です! 通信システムには何の反応もありません!」
「音声ログも同じく!」
「まさか! まさかマインドジャックか! 我が国でもいまだ研究中だぞ!?」
噂に聞く精神支配兵器かと、恐れを抱いた。
機械を埋め込んだ訳でもない、完全な生体脳を外部からの入力によってコントロールするという恐るべき代物だ。
この島国で、そんな兵器が生み出されたのかと恐怖する。
全ての作戦行動を破棄して、情報を持ち帰るべき事態だ。
勿論、それが異世界からもたらされ、二百年をかけて磨かれた魔術などとは、彼らの想像の埒外であった。
『聞こえているようですね』
困惑を無視して、女の声は続ける。
『こちらは、瑞穂統一国。
《六天魔軍》第六席直属親衛隊所属、支倉愛夏准尉です。
先程の攻撃は警告です。
ただちに引き返しなさい。
さもなくば撃滅いたします』
一方的で高圧的な宣告。
何処からと思っていると、観測手の一人が声を上げた。
「…………いた。い、いました! 機首上空です!」
告げられた報告に従って切り替えれば、確かにそこにいる。
背中から金属翼を広げた、ライトグリーンの髪に、金と赤と青と灰の色を混ぜ込んだ少女が。
若い。
人種が違うが故に正確なところは分かり辛いが、おそらく20は超えていないだろう。
そんな小娘が、こちらを見下ろすように、そこにいた。
「……馬鹿な。こちらはマッハ10以上だぞ……」
背走状態だというのに、しっかりとこちらの前に浮かび続けるそれに、信じ難い気持ちを抱く。
まさか、機首から発生する気流に乗っかっているだけなどという、そんな風属性流曲芸の一種だとは思わない。
当たり前だが。
『御返答を行動で示しなさい。
五秒以内に反応が無ければ、攻撃を開始します』
上からの言葉。
その言葉に、彼らは怒りを抱いて歯軋りする。
こんな小娘に舐められて堪るか、と。
そして、殺された戦友たちの仇を討てと、怒りに油を注ぐ。
「……全機、最大速」
静かに、指揮官の判断が下される。
「あの小娘だけは必ずぶち殺せ!
戦友の無念を! 我らの怒りを!
あの舐め腐ったガキに叩き付けてやるのだッ!!」
「「「了解ッ!!」」」
否という声はない。
一致団結して了解の声を上げ、少女を殺そうと最速の機械がその牙を剥く。
雷速魔王「マッハ10~20そこそこ? 遅くない?」