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ステラからの依頼

 基地の中には、血の匂いが漂っていた。

 俊哉が粉砕した元は基地の外壁であった瓦礫を乗り越え、ようやくまともな通路へと至ると、その出所そのものが見え始める。


 死体。


 戦闘服を纏った見知らぬ誰かの亡骸が、そこらに落ちている。

 切り刻まれ、撃ち抜かれ、叩き潰され、焼け爛れ、溶け落ちて、あるいは傷もなく綺麗に、二度と動かないようにされた末路だ。


 その死臭に、雫は僅かに眉をひそめただけで、それ以上の反応を示さなかった。


 軍属なのだ。

 そして、八魔であり、《六天魔軍》でもある。

 そういう事もある。

 そうと割り切れる様に、彼女は教育されている。


 俊哉も同じだ。

 彼もまた、末席とはいえ八魔の一角に連なる者である。

 幼い頃より、そうあれと、戦士たれと教え込まれている。


「うっ……」


 しかし、それは彼女たちだけのこと。

 護衛に付いていた者の一人が、気分の悪さに口許を抑えていた。


 彼らも軍属であり、そういう教育もされていたし、自分がそれを作り出す事も、自分がそうなってしまう事の覚悟もしている。

 とはいえ、それは頭で分かっているだけで、魂の底にまで刻み込まれた物とは程遠い。

 彼らの出自は、一般家庭の物なのだから仕方のない事である。

 雫や俊哉が身を置く八魔のように、戦士であれ、国家の礎であれ、と幼子の頃から仕込まれるのとは、訳が違う。


 実際の戦争の経験はある。

 去年の事だ。

 異界からやってきた化け物たちを数えきれない程に殺して回った。


 だが、これは同じ人間である。

 同じ形をして、もしかしたら友にだってなれたかもしれない相手の末路に、そこはかとない不快感を覚えずにはいられなかった。


「行くぞ、です」


 足が止まりかけていた者に宣言するように、雫が素っ気なく言う。


 非情の様だが、慣れてくれないと困る。

 そうでなければ、この時代ではきっと生きていけないのだから。


~~~~~~~~~~


「おっ、来たな」


 残党に警戒しつつ進み、ようやく指揮所と思しき場に辿り着くと、普段通りの様子の俊哉が出迎えた。

 その顔は、今まさに人を殺して回ったようには見えない程に穏やかなものである。


「オッスー、です。どうだ?

 何か面白いもん、あったか? です」

「面白いもんねぇ~……」


 ちらっ、と問われた俊哉が部屋の隅へと視線を向ける。

 そこには、数人の人間が縛られた上で並べられている。

 余計な事を言わせない、また知らせない為に、頭部は頑丈な布で分厚く覆われていた。


「あれ? 生き残りか? です」

「まぁな。殺意を持って襲いかかってくるなら殺すけど、そうじゃないなら別に必要もないしな」

「で、そこの何処に面白みがあんだ? です?」

「あー、それなんだがなぁ。あの指揮官な……」


 中心にいる最も豪華な服装の男を示しながら、彼は微妙に言い淀みながらも告げる。


「あれの名前、エンジョウって言うんだってよ」

「…………なんか、聞き覚えがある名前だな、です」

「だろ? 遺伝子検査してみたい所だが、残念ながら俺たちが知ってる方のサンプルがない」

「……すっげー残念だな、です。

 まぁ、それなら下手に殺す訳にはいかねぇな、です」

「だな」


 微妙に迷惑も受けた御家ではあるが、なんだかんだで非常に便利で頼りになる血筋である。

 直接的には知らない所では、今後二百年の間も、八魔として認められるだけの貢献をしてきてもいる。

 間違っても途絶えさせてしまっては、彼らの知る二百年の歴史が大きく変わってしまう程のビッグネームである。

 故に、疑いがある時点で下手に殺す訳にはいかない。


 運の良い事である。

 どうでもいいと言い切れない素性を持っていただけで、確実な安全を保証されるのだから。


「じゃー、本題だぞ。当初の目的である食料確保は出来たのか? です」

「それは問題ない。

 倉庫にそこそこの量があった。

 捕虜の分も考慮しても、しばらくはなんとかなる。

 まぁ、味はお察しだけどな」

「こんな状況だぞ。文句言うな、です」


 贅沢も言えない。

 食べられるだけマシ、と考えるべきだろう。


 この話題はそれで終わりとばかりに、雫は適当な端末を覗きながら口を開く。


「基地を乗っ取った事は、知られてんのか? です?」

「多分な。襲撃から制圧まで、結構な間もあったし、緊急連絡くらい出来たろ。

 確認してくれ」

「分かったぞ、です」


 九分九厘、間違いないが、証拠がある訳ではない。

 なので、確証を得る為に、雫は自身の端末を機械に繋ぐ。


「ってな訳だから、とっととロック解除しろ、です」

『荒いわね。人使いが荒いわよ?』

「オメェは人じゃねぇから構わねぇぞ、です」


 AIに人権などない。

 彼女らの時代では常識だ。

 そもそも、人権を与える必要がある程の知能が無い。

 人工知能ならぬ、人工無能などとも呼ばれるくらいに、この分野の発展は進んでいなかった。


 端末の中では、ステラのアバターがこれ見よがしに嘆息しながら、蓄積されたデータベースの中から正規コードを引っ張り出して、施されたシステムロックを解除する。

 一瞬の事である。

 時のアドバンテージは、非常に強力であった。


 すぐにログを確かめていくと、やはりと言うべきか、エマージェンシーがより上位の司令部に発信されていた。


「やっぱ知られてっぞ、です」

「ああ、やっぱり」


 気落ちするでもなく、仕方ないと苦笑する俊哉。

 次いで、彼は問い掛ける。


「どれくらいで来ると思う?」

瑞穂(うち)基準か? です?

 うちなら、とっくに報復部隊が包囲してる頃だぞ? です」


 魔術先進国として、矢鱈と戦闘系魔術師の有り余った国家である。

 報せを受けた時点で取りあえず出撃してくるくらいには、あちこちに暇をしている部隊があるのだ。

 他の先進国も似たようなものであり、殊更に瑞穂がおかしい訳ではないが。


「……いや、うちじゃなくてさ。この時代の、この国基準で」

「分かんねぇ、です」


 端的に切り捨てた。

 分からないものは分からないのだから仕方ない。


 一応、チートデータベースや正規のデータベースも漁ってみるのだが、何処にもエマージェンシーコールの際のマニュアルらしきものがなかった。

 ついでに、実際に行動した記録も断片的であり、参考に出来そうもない。


「……しゃーねーなー。お前ら、適当に警戒しといて。地上だけじゃなくて地下も一応範囲内で」

「承知しました」


 適当に手の空いてそうな隊員を指名して、周囲の警戒へと走らせる。

 最悪、捕虜や生存者の安全、襲撃者の情報収集などを無視して、初手から破壊目的での攻撃をしてくる可能性も考えられる。

 瑞穂軍のマニュアルには、そういう対応も含まれているので無いとは言い切れない。


 故に、警戒はしていてし過ぎるという事はないのだ。


「まぁ、目先の問題はそれで良いとして、だ」


 俊哉は短く吐息する。

 この時代で生きていく為の仮拠点は手に入れたし、当面は心配しなくても良い程度の食料も入手した。

 故に、本格的な問題へと思考を移す。


「最終的には、未来へと戻る事が目的として、色々と問い質さないといけない事があるよな?」

「ですです」


 俊哉と雫は、揃って好き勝手にシステム内部を漁っているステラへと、じっとりとした視線を向けた。


『何かしら? 何なのよ?』


 それに気付いた彼女は、素知らぬ顔で問う。


「オメェ、うちらに何させたいんだ? です」


 雫が単刀直入に訊いた。


『…………』


 考えてみればおかしい事である。

 ステラは、あまりにも協力的に過ぎる。


 そもそも、彼女は俊哉たちを抹殺しようとした存在なのだ。

 時を超えるなどというよく分からない事態になったからと言って、手を組む理由など彼女の方には何処にもない。

 だと言うのに、彼女はこちらに対して好意的な行動をしている。


 一度、破損した事によって何処かがバグった可能性もあるが、そう単純に考えられない程度には、俊哉も雫も知性体を信じていなかった。

 主に雷裂の連中から学んだ事である。


『そうね。そうなの。確かに狙いがあるわ』


 暫しの無言の睨み合いの末、ステラが口を開く。


『それとなく誘導しようかとも思ったけど、面倒だわ。話すの。話してあげるわ』

「おう、全部吐いちまえ、です。

 正直と誠実は、交渉ごとにおける最大の武器だって言うぞ、です」


 そして、ステラは語る。


『私の古巣、この時代にまだ存在している組織、国際商業連盟を完膚なきまでに破壊して欲しいのよ』


 歴史に干渉せよ、と。

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