不死なる怪物~中編・その2~(閑話)
「……ひとまず、気を取り直して行動を開始しましょう」
思い悩んでいても何も変わらないと、13秒程で気持ちを切り替えた永久は、それを表すように手を一発叩いて呟く。
そして、合わせた手を開く。
その中からは、薄桃色の粘液が幾つかの塊となって溢れ落ちた。
掌サイズで纏まったそれらは、最終的に100にも及ぶ数となって彼女の回りに転がる。
ちなみに、原料は今しがた捕食した人間だ。
有効活用させて貰っているとも、
もう一度、永久が拍手をする。
すると、その音に反応してか、粘体が蠢いて立ち上がった。
徐々に形を変えたそれらは、やがて小さな二頭身程度の人形へと変わる。
見た目、デフォルメされた永久のようだ。
【ねんどろトワちゃん】と、永久は呼んでいる。
ちなみに、自分の似姿に〝ちゃん〟付けとか、と美影には指差して嗤われて、ガチ喧嘩をした事がある。
結果は引き分けだ。
決着が付く前に、それぞれの保護者――刹那とノエリアがやってきて両方ともが同時にノックアウトされたので、引き分けに決まっている。
「参加者、全35名、私と今しがた殺しちゃった男性を除く33名を手分けして探して来て下さい。
優先順位は、保護対象者3名。そして、抹殺対象者1名」
『『『はーい!』』』
元気に返事をしたねんどろトワたちは、方々に散らばっていく。
小さな外見通りに脳ミソは貧弱であるが、ある程度の記憶や人格を転写しているので、簡単な命令ならば問題なくこなす事が出来る。
「さて、私もゆるゆると動きましょうか」
踵を強く地面に打ち付けた後、適当な方向に向けて歩き始めた。
特に、行き先は決めていない。
だが、目的は無くも無い。
永久自身は、どんな環境下でも生きていける自信はあるが、何の訓練も受けていない一般人には、取り立てて汚染されている訳でもなければ特別に過酷な訳でもない、この程度の自然環境の中であっても、コロリと死んでしまう。
そうと彼女は、一応、知っている。
保護対象者は、皆が一般人の枠組みだ。
サバイバル訓練など1秒たりとも受けていない人間である。
そんな彼らの為にも、安全な場所は確保しておくべきだろう。
そんな場所があるのかは知らないけども。
「……ミスりましたね。美影様から、地図を貰っておくべきでした」
参加者名簿のデータは回されてきたが、ゲーム会場の地形図は貰っていなかった。
要求しなかったからだと思われる。
美影のツテで、手に入れられない筈もない。
自身の失策に天を仰ぎながら、永久は道なき道を進んでいくのであった。
~~~~~~~~~~
「はっ……! はっ……!」
一人の少女が必死に走る。
その速度は決して速くない。
碌に舗装もされていなければ、獣道でさえない、道なき道をかき分けているのだから、当然だ。
加えて、少女はごく普通の人間だ。
魔術師養成学校などに通って、何らかの軍事的訓練を受けている訳でもない、一般人そのものである。
そんな彼女にとっては、この様な道はそうそう簡単に進めるものではない事は、自明と言える。
その証拠に、何処かで引っ掛けたり転んだりしたのであろう。
少女の全身は、土や草で汚れ、またほつれて破けている部分も見える。
それでも、彼女は走り続ける。
亀の様な速度であっても。
何故ならば、
「待て! 待てこらぁ!」
背後から追跡者が迫っているから。
こちらも、山歩きなどした事も無さそうな細身の男。
手には大振りのナイフを持っており、狂ったような顔で追ってきている。
両者ともに、参加者の一人である。
そして、彼らはゲームのルールに従って、今まさに狩る者と狩られる者となって、その命を懸けてプレイしていた。
だが、それももう終わる。
「あう!?」
少女が木の根に足を取られて倒れる。
すぐに立ち上がろうとするが、それは出来なかった。
「ひぎっ!?」
その際に足首を挫いたらしく、立ち上がろうとした彼女は、しかし再び痛みに倒れて伏してしまう。
「クックックッ、ざぁんね~んだったなぁ。それじゃあ……首を、頂戴よぉ」
「ヒッ、ヒィッ! ヒィィッ!?」
遂に追いつかれる。
余程の興奮があるのだろう。
白目には幾筋にも血走っており、口の端から涎が垂れている。
少女は、それでも何とか逃げようと這いずる。
恐怖に歯が嚙み合わない。
昨日までの日常の中では、ほとんど感じた事のない死の可能性が、身体の自由が利かない。
涙が溢れる。
ここで死ぬのかと、絶望に視界が歪む。
だが、その最後の視界の中に、奇妙なものが映り込んだ。
小人だ。
掌サイズのとんがり帽子を被った小さな女の子。
それが、雑草の隙間から、ピョコリと顔を見せた。
『みつけた』
舌足らずな声。
それが響いた。
『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』『みつけた』
『『『『『『『『『『みぃーつけた』』』』』』』』』』
小人が小人が、小人が、土の下から、草の陰から、木の幹から、あちらこちらから、たくさんの同じ顔を見せる。
「「なっ……」」
異様な風景。
あまりにも異様な光景に、少女も痩せぎすの男も、絶句して動きを止めた。
「な、に……」
にこり、と小人たちは笑みを浮かべ、続けてギザギザとした牙を剥いた。
少女を飛び越えて、痩せぎすの男に向けて。
「う、うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
噛み付き、噛み付き、噛み付き噛み付き噛み付き噛み付き噛み付き、骨までバラバラに粉々に解体されてしまった。
「はっ、ひぃあ……」
目の前で唐突に繰り広げられる惨劇に、浅い呼吸が繰り返される。
そして、完全な硬いが澄んだ瞬間、無数の瞳が少女を向いた。
恐怖に、呼吸が完全に止まる。
一瞬の空白。
『『『『『わぁーい!』』』』』
「キャアアアアアア!!」
直後に、少女は小人たちに群がられて囚われる事となった。
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小人たちに運ばれた少女は、山の裾野にある小さな澤の畔に連れてこられた。
「きゃうん」
ぽい、と放り出される。
「あいったたたたた」
お尻を打った彼女は、打部を摩りながら顔を上げる。
そこには、小人を大きくしたような魔女がいた。
「ようこそ、おいで下さいました。
手荒な送迎、心よりお詫び申し上げます、朝比奈奏様」
「私の、名前を……」
少女――朝比奈奏は、呼ばれた名に反応する。
魔女は、彼女の前にやってくると手を差し出す。
奏は、その手を取って立ち上がろうとする。
しかし。
「っ!」
足首に痛みが走る。
それに気付いた魔女は、視線を奏の足に移した。
「おや、挫いてしまわれたのですね」
魔女が患部に手を添える。
途端、痛みが引いた。
彼女が手を引けば、腫れ上がっていた足首が元通りの綺麗な様子を取り戻していた。
「これでよろしいですね」
今度こそ、手を引いて立ち上がらせてくれる。
「初めまして。私、炎城永久と申します」
「えんっ……!」
告げられたビッグネームに、一介の社長令嬢でしかない彼女は、再度の絶句を余儀なくされるのだった。