千理算のご要求
「うっし。ダウンロード、完了だぞ、です」
破損していて猶、相応の情報量を有しているステラであったが、無事に雫が支給されている携帯端末にコピーする事ができた。
『……呆れた性能ね。
馬鹿なの? 馬鹿だったわね』
コンパクトなそれに自身を納めきった事で、ステラは呆れた様にその中から言葉を紡ぐ。
中に入った彼女は、自身がいる〝部屋〟の大きさを体感で理解できる。
見渡す限り無限の領域。
その様に感じられた。
自分が入ってさえ、記憶領域の1%も使用されていないだろう。
「軍用に制限解除されたものだからな、です。
実質、記憶領域は無限大だぞ、です」
自慢するように、雫が胸を張って言う。
二百年の時で進化したのは、何も魔術のみではない。
中には、ロストテクノロジー化してしまった技術がある一方で、確かに進化している分野も当然ある。
記憶媒体も、その一つだ。
量子的記録理論が実用化された事で、現代の記憶媒体の容量は実質的に無限大となっているのである。
尤も、民間に流通している品は、使い勝手や経済的な理由で制限がかけられているが。
しかし、軍用のそれに制限は付けられておらず、雫が支給されている端末も、無制限に情報を書き込める仕様となっている。
あまりにスカスカでみっともないという理由で、どんな使い道があるのか分からないプログラムやら旧式のマニュアルデータなどを、片っ端から詰め込まれたりしており、大変に見にくい状態となっているのは、ご愛嬌の一つなのだろう。
そう納得していないとやっていられない。
『見ても良いのかしら? 見て良いわね?』
「好きにして良いぞ、です」
見られて困るようなデータは入れていないので、興味を惹かれてウズウズしている様子のステラに、雫はあっさりと許可を出す。
途端に、端末の稼働率が跳ね上がった。
全力で詰め込まれた情報を閲覧しているのだろう。
「っ!?」
二百年の歳月を学習してくれるなら、説明の手間が省けると思っていると、倒れていた俊哉が突然に弾かれたように起き上がる。
「どうしーー」
理由を問おうとするが、それよりも早く答えが別方向からもたらされる。
くぐもった爆音。
続けて、施設を大きな揺れが襲った。
「いや、もう答えなくて良いぞ、です。
なんとなく分かったから、です」
「そいつは重畳。
中に立て籠るのは、まぁ得策じゃねぇな。
いつ崩れるか、分かったもんじゃない」
「です。さっさと出んぞ、です」
俊哉の背に雫が飛び付くのと、彼が踵を返すのは同時であった。
行き掛けに造った道を駆け足で走りながら、彼は幻属性通信を外に向かって飛ばす。
「あー、こちら風雲ー。聞こえたら応答しやがれ、馬鹿ども」
『馬鹿ではないので誰も応答したくないと言っておりますな』
「つまり、答えたお前は馬鹿って事で良いな」
「アホなやり取りしてねぇで、とっとと本題に入りやがれ、です」
ゴスッ、と俊哉の後頭部に雫の頭突きが入った。
地味に痛い。
自分が痛くならないようにちゃんと魔力強化した上での頭突きであった為だ。
ツッコミの一発でも彼の防御を抜いてダメージを与えてくる。
少し涙目になった俊哉は、追撃を浮けないために単刀直入に用件に移る。
「あー、こっち、襲撃を受けてるみたいなんだけど、そっちはどんな調子だ?」
『奇遇ですな。
丁度、その襲撃の相手をしている所です。
いやはや、見たこともないない兵器ですので、中々、苦労しております』
どうやら、既に帰還していたらしい隊のメンツは、外で交戦中らしい。
報告してきた口調からして、差し迫った状況では無さそうだが、何も分からない相手は危険である。
味方のいない状況なのだから、万が一にもこちらの戦力を減らす訳にはいかない。
なので、俊哉は背中の雫を背負い直し、足に力を入れる。
駆ける。
床面に足跡が残る勢いで、彼は外へと向かった。
~~~~~~~~~~
「ズエエェェリャアアアアァァァ!! 大・脱・出!」
戦闘の余波で塞がってしまっていた出口を蹴り飛ばし、その勢いのまま外部へと飛び出す。
「おや、お早いお着きですな」
回転しながら華麗に着地すれば、すかさず副官が近付いてきた。
「ぺっぺっ。
なんか、すげー埃っぽいぞ、です」
「それはこれのせいでしょうなぁ」
戦塵にしてはやたらと舞っている砂埃に文句を言えば、副官はその答えを示すために指先を空に向けた。
見上げれば、直下であるが故に非常に分かりづらいが、キノコの形をした爆煙が立ち上っていた。
「……なぁ」
「何ですかな?」
その正体を察してドン引きしながら、俊哉は確信を抱きながら問い掛ける。
「これってもしかしなくても、核?」
「ご名答です、隊長殿」
「初手核兵器って、何? トチ狂ってんの?」
現代の狂人代表格である魔王連中でも、そんな馬鹿な真似はしないだろう。
一応、最初の時点では周囲への被害を考慮した戦闘を展開する、筈だ。
一部……否、半分くらいは怪しい者たちもいるが。
だというのに、この時代では偵察レベルで核の炎を使用するらしい。
大変に殺意が高い。
高過ぎる。
思わず正気を疑ってしまった俊哉に、副官はやれやれと首を振りながら諭す。
「隊長殿、理解が追い付いていないようなので言っておきますが、今は第三次大戦中ですぞ」
「…………ああ、そうだったな。
人類史上、一番トチ狂ってた時代だったな」
愚問を発した、と彼は反省する。
ここは常識人である事が不利となる時代なのだと、心を入れ換えた。
「で、敵は? 交戦中なんだろ?」
「ああ、それでしたらーー」
会話しながら、二人はその場から飛び退く。
直後、頭上より飛来した機械兵器が彼らのいた場所に落下した。
「あれです」
「みたいだな」
それは、四本の腕と脚を持つ機械であった。
四本腕の先端は刃物の様に鋭くなっており、また腕を取り巻くように六本の砲身が並んでいる。
四本脚はそれぞれに違う動きをしており、どんな悪路であろうと踏破できそうであった。
先程の跳躍と着地を見るに、パワーと耐久力も充分にあるだろう。
「あれと同型が四機……ああ、いえ、一機は自爆しましたので、残り三機ですな。
それらが目下の敵です」
「理解したが……」
説明している間にも、それは攻撃を仕掛けてきていた。
突進しつつ、四本腕から大口径の弾丸を射撃してくる。
中々の速度である。
おそらくはレールガンの類いだと思われた。
無防備に当たれば、かなりのダメージを受けてしまうだろう。
とはいえ、見慣れた代物でもある。
なにせ、彼らが普段から訓練相手としている人物の代表格が、雷の化身がごとき生命体なのだ。
それくらいの攻撃など、当たり前のように放ってくる。
放出した魔力の再結合などという大道芸並みの特技を持つ美影のそれは、本格的に射線もタイミングも読めない。
突然に死角から襲い掛かるそれを回避するには、気合いと根性と経験則以外に頼れるものがないのだ。
それに比べれば、砲身と銃口という分かりやすい目印がある為、俊哉だけでなく副官の方も気軽に回避していた。
ドッチボール並みである。
四本腕から連続して放たれる弾幕を潜り抜けて、懐へと入り込む。
すると、攻撃パターンが変わる。
銃撃から先端の刃による刺突へと移行した。
それくらいは予想通りだし、そもそも機械駆動ごときの速度など、欠伸が出る程に遅い。
美影ではないが、見てから反応したとしても間に合うだろう。
彼は、邪魔な一本の刃を左手で掴み、握り潰しながら払い除ける。
そして、返す動きで生身の右拳で強かにぶん殴ってやった。
鈍色の装甲を拳の形に綺麗に凹ませながら、大きく吹き飛ぶ機械兵器。
そこそこ耐久力はあるようで、しぶとく起き上がってくるが、何処かが破損したのか、先程よりかは動きがぎこちない。
あと、二、三発も殴れば、それで破壊できそうであった。
「大して強くはないよな」
今の動きは、全て魔力強化のみでのものだ。
つまり、他の隊員たちでも同じように出来るレベルである。
加えて、全力での強化ですらない。
それで圧倒出来てしまう。
これは弱いと評すべき結果だろう。
現在のメンバーたちの実力ならば、すれ違いざまに粉砕出来てしかるべきである。
だというのに、いまだ戦闘は継続中であり、話によると苦戦しているらしい。
「なぁ、お前らって無能だったっけ?」
端的に罵倒すると、しかし答えは意外な方向からもたらされた。
『何を騒いでいるのかと思えば、【土蜘蛛七式】ではないの。
相手にするだけ無駄よ。ええ、無駄だわ』
唐突に、雫が携えている端末から声が響いた。
「……知ってるのけ?」
『勿論、知っているわ。知っているに決まっているじゃないの。
大東和神聖帝国製の兵器。
主要武装は四本のガトリングレールガン。あとは申し訳程度のナイフのみ。
簡易AIによって制御され、主に偵察及び嫌がらせ用に使用されるわ』
「……嫌がらせっておい」
『現にストレス溜まってるじゃない。
そうでしょう? そうなってるわ』
確認するように副官を見れば、彼は声の主に興味がある様な顔をしながらも言葉を返した。
「……ええ、まぁ、少々対処には困っておりますな」
「何でよ?」
『自爆するからに決まっているでしょう。
馬鹿なの? 馬鹿だったわね。
動力は小型融合炉。
分かる? 融・合・炉。
中に核弾頭を搭載している歩き回る爆弾よ。
しかも、廉価なAIだから、すぐに自爆しようとするわ。
弱いから簡単に撃破できるけど、代わりにいきなり爆発してくれるの。
廉価品だから数だけはたくさんあるし。
ね? 相手にしたくないでしょう? そうよね?』
「…………そいつは確かに鬱陶しいな」
つまり、周囲の爆煙の理由は、そういう事のようだ。
そういえば、先程、一機は撃破したと言っていた。
「被害は?」
目の前でいきなり核爆発が生じたのだ。
小規模なものとはいえ、核には違いない。
しぶとい連中だからそう簡単に死ぬとは思えないが、無敵の生き物という訳ではない。
所詮は人間であり、ナイフ一本、銃弾の一発でもまともに喰らえば死んでしまう脆弱さは変わらないので、完璧に不意を打たれれば、ごく当たり前に殺される。
なので、一応は心配する振りをした俊哉に、副官は短く答えた。
「軽傷者が二名出ました。
両者とも、軽い火傷なので心配の必要はありません」
「チッ……。しぶとい連中だな」
「何か言いましたかな?」
「いや、何も」
素直な感想が漏れ出てしまった事を適当に誤魔化し、目の前の問題へと向き直る。
下手に破壊すると、もれなく核爆発を起こすという謎過ぎる機械兵器であるが、俊哉にとっては容易い相手と言えた。
爆発の熱量は、発火能力者の熱耐性を貫けないし、衝撃は風属性魔術の領分だ。
唯一、撒き散らされる放射能だけが厄介だが、分かっていれば対策も取れる。
なので、纏めて自分が処理してしまおうと一歩を踏み出した所で、待ったがかかる。
『待って。待つのよ?
あれ、自爆させずに無力化出来ないかしら?』
「あん?」
意外な依頼に、思わず脚を止める。
「何のために?」
訊ねれば、ステラは簡潔に言う。
『あれは偵察用でもあるの。
だから、後ろで覗いている奴がいるわ。いないとおかしいの。
だから、逆に辿ってそこを叩く』
「……俺たち、今ん所はあんま派手にやる気はないんだけど?」
『あら? あらあら?
貴方たちにもメリットはあるわよ?
裏にいる者たちは、生身の人間だもの。
安全な食料の備蓄、上手くすればプラントまで手に入るわ。手に入れられるのよ?』
「………………」
魅力のある提案だった。
それでステラ自身にはどんなメリットがあるのかは知らないが、この時代で少なくとも暫くは暮らしていかなければならない俊哉らにとって、無視できない問題への解決法である。
一応、確認のために副官へと視線を走らせる。
彼らには食料の調達を任せていた。
その成果次第では、行動の必要もないのだが。
残念ながら、副官は首を横に振って答えた。
どうやら碌な物資は手に入れられなかったらしい。
ならば、喫緊の問題として、対処しなければならない。
程よく機械兵器の相手をしながら、俊哉は渋面を浮かべる。
「とは言ってもなぁ。
どうやったら自爆させずに無力化できんのか、って話よな」
それが一番の問題点である。
だが、その解決は雫が請け負った。
「おい、オメー、あれの設計図はねぇのか? です」
『あるわ。いえ、あったわ。
破損して断片化してるけど』
「欠片でもあるなら充分だぞ、です」
端末の中から、虫食いとなっている機械兵器の構造図を呼び出す。
彼女はそれに視線を落としながら、俊哉に言う。
「3分、場を持たせやがれ、です。完成させっぞ、です」
「オーケイ。了解」
『……その断片から完成品を作り上げるの?
無理だわ。無理に決まってる』
「雷裂直伝の〝千理算〟を舐めんじゃねぇぞ、です」
遺跡のプロテクトを正規に外した様に、雫は下敷きとなった技術を読み取り、完成品という果実を予想し、作り上げる。
虫食いの設計図の穴を、一つずつ埋めていき、やがてそれは完璧な形へと変わる。
かかった時間は、2分と53秒であった。
「うっし、完成だぞ、です。自爆回路はここだな、です」
『…………何故、分かる』
「一を知り十を知る、を極限まで突き詰めるとこんなんなるんだぞ、です。
……トシー、正面装甲、向かって右斜め下43.1度から手を突っ込んで、37.2センチの位置にある回路を焼ききれ、です。
そしたら自爆は出来ねぇぞ、です。
あっ、制限時間は0.4秒以内でな、です」
「シビアな要求をしてくれますね、雫ちゃん!」
ミリ単位コンマ秒単位の指示に、俊哉は声を上げて文句を言うが、雫は取り合う事はない。
「できんだろ。やれ、です」
「全く、もう!」
己の男なら、それくらいは出来ると確信しての言葉に、奮起せずにはいられない。
魔力及び超能力肉体強化。
二重での全力の強化により、機械兵器の稼働速度を完全においてけぼりにする。
邪魔なアームを払い除け、指を立てた貫手にて装甲を抉り抜く。
瞬間、制御AIは自爆回路を作動させた。
全ての回路が作動するまで、あと0.4秒。
時間はない。
それでも、慌てず焦らず、彼は自らの感覚を信じて、ピタリと腕を止め、指先から炎を放つ。
何らかの回路を焼ききった手応え。
ここまでで、経過時間は0.3秒。
時間は間に合っている。
あとは焼ききった物が、狙い通りの物か否か。
それは、結果次第。
かくして、爆発は……しなかった。
自爆が不発に終わった事を理解した制御AIは、悪足掻きに戦闘行動を再開させようとする。
しかし、唯一の懸念が無くなった以上、もはやそれは敵ではない。
四本腕、及び四本脚。
その全てが一瞬の内にネジ切られ、達磨となった本体が無惨に転がった。
「ミッション……コンプリィィィィィトッッ!!」
我が儘姫のご要求を見事に完遂した俊哉は、ピースサインを掲げながら勝鬨を上げた。
その後頭部を、無慈悲な頭突きが襲った。
「アホ。油断してんじゃねぇぞ、です。
あと二機あんだろうが、です」
「え? そっちも?」
『当たり前よ。当然だわ。
サンプルは多いに越した事はない。
そうでしょう?』
「ですです」
「…………」
嫌そうにしながら、副官に視線を向けるが、彼はむかつく顔でのうのうと宣う。
「私どもでは、それほどの精度で攻撃を入れられませんからな。
隊長殿にお任せするしかありますまい」
「……本音言ってみ? 怒らないから」
「面倒なので任せます。ざまあ」
「ド畜生がッ!!」
憤怒を吐き捨てて、俊哉は残る二機へと吶喊していくのだった。
勝敗は、二勝一敗で終わった。