知性の回収
実は、今回の話で遂に文字数100万字を突破しちゃいました。
やったね!
……これは喜んで良い事なのだろうか。
中は暗く、見通しの利かない空間となっていた。
主電源が落ちてしまったのだろう。
照明は消えており、足下を淡く照らす非常灯のみが唯一の道標となっている。
時折、何処かがショートした火花が散る辺りに、言い様のないスリルを感じさせる。
「こりゃー、もう何も残ってないかもしれんなぁ」
「です。コンピュータの再起動も出来ねぇかもしれねぇな、です」
あまり期待の持てそうにない状態に、俊哉と雫はそれぞれに溢す。
崩れた瓦礫を押し退けながら中を進んでいく。
「……んー、あっちかね?」
「メイン・コンピュータの位置は向こうだぞ、です」
いまいち向かう先の分かっていない俊哉を、雫が後ろから誘導する。
転移前に、プロテクトを解除した際に施設内部のマップを参照していたのだ。
何処に何があるのか、おおよその位置は把握できている。
疑う理由もないので、俊哉はその誘導に従って真っ直ぐに突き進む。
常人には重すぎる瓦礫の山でも、魔力と超能力、二種類の身体強化術を持つ俊哉ならば、軽く持ち上げ、押し退ける事が可能なのだ。
どうしても無理ならば、炎熱によって溶断してやっても良い。
今の彼の足を止めるのは、中々に難しいのである。
そうしている内に、容易く目的地に到着する。
メイン・コンピュータを収めた重要区画である。
流石に頑丈に造られているらしく、これまでの場所に比べれば、遥かに原型が残っている。
それでも壊れている部位は見受けられる為、精密機械の生存については期待しない方が良いだろう。
「よっと」
歪んで開かなくなっていた鉄扉を引き剥がして、彼らは侵入する。
メイン・コンピュータを構成するパーツ群は、落下の衝撃でグチャグチャになっていた。
あちこちで固定が外れて倒れており、見るからに大きく歪んでしまい、精密機械には致命的なダメージが入っている様に見える。
電源も落ちており、稼働している様子はない。
「どうしよっか?」
雫に訊ねると、彼女は俊哉の背中から降りて、コンピュータに繋がっているコードの束を弄り始める。
「こっからはウチの仕事だぞ、です。
トシは崩れないように警戒しとけ、です」
「オッケー。任せた」
それから、彼らはメイン・コンピュータの復旧に向けて動き始める。
雫は、無事なパーツを繋ぎ合わせて適当に機能する形をでっち上げていき、俊哉は部屋自体が壊れないように、怪しげな場所の補修をしていく。
「ふぃ……。完成だぞ、です」
一時間弱ほど、時間が経過した頃に、額に浮かんだ汗を拭いながら雫が立ち上がる。
一応、これで最低限には起動する筈だ。
中の情報がどれだけ無事かは見てみない事には分からないが。
あとは、電源を用意するだけである。
「トシー、電気、流しやがれ、です」
「……専門じゃないから、思わず壊しちゃっても怒るなよ?」
乞われた俊哉は、魔力を雷属性に変質させて、雫が差し出す電源コードを握る。
「定格200だぞ。間違えんじゃねぇぞ、です」
「その定格が、分からんのだよなぁー」
ゆっくりと少しずつ力を入れていく。
雷属性の専門家なら、感覚でピタリと一定の電圧を引き出せるのだろうが、俊哉にそんな芸当は無理である。
練度が足りていない。
なので、手探りで正答を探り当てねばならない。
「ふぅー……」
少し緊張しながら、弱めに電力を流し始める。
「弱過ぎ、です。もっと強くやれ、です」
「あのね、雫ちゃん。俺、こんな事すんの初めてなの。
だから、力加減、全っ然、分かんないの。お分かり?」
「ンな言い訳、聞きたくないぞ、です」
「我儘なんだからなぁ」
仕方ないので、気持ち早めに電圧を引き上げていく。
そして、ようやく正解へと辿り着いた。
「ストップ! です! そこで保ってろ、です」
「お、おお。いや、これ、ちょっと微妙な力加減……。
て、手早くお願い、ほんとに」
指定された力加減は、力を入れ過ぎず、しかし抜き過ぎず、非常に絶妙なものだった。
おかげで魔力が攣りそうである。
そんな彼の弱音を無視して、雫はコンピュータを起動させる。静かな稼働音を発生させながら、しっかりと動き始めた。
接続されたモニターに、ノイズ混じりの表示が映し出される。
「んー、不安定だな、です」
やはり中身がかなり傷ついているらしく、ノイズが非常に大きい。
データもとびとびであり、上手く情報を吸い出す事が難しくなっている。
「は、早く……。攣る、攣っちゃうぅ」
「んあ? です?」
背後の泣き言をやっぱり黙殺して弄っていると、唐突に勝手な動きをし始めた。
断片的であったデータやプログラムが独りでに繋がっていき、やがて一つのシステムとして動き始めた。
『生きてるの。何で生きてるの?』
雑音交じりの合成音。聞き覚えのあるそれに、慌てず騒がず素直に答える。
「ウチが繋ぎ直して再起動させてやったからだぞ、です。感謝しやがれ、です」
『誰がそんな事を聞いたの。聞いてないの。
これが、ではなく、貴方たちなの』
「ああ、そりゃー、ウチの連中のしぶとさはゴキブリ並みだからな、です。
どんな状況でも、なんだかんだと生き残りやがるぞ、です」
再結合されたのは、この遺跡の管理AIであった。
雫としても意外である。
まさか、こんな適当な組み立てで、中心的プログラムが再起動してしまうとは思わなかった。
「で、まだやる気か? です?」
『もう、もう良いわ。良いのよ。だって、全部、壊れたもの』
「そっか、そりゃ良かった、です」
実際、申告通りに超新星爆弾製造に関連する施設は、次元移動の負荷とそれに続く自由落下の衝撃で、完膚なきまでに破壊されている。
修理する事は、現実的ではない程だ。
そんな事をするくらいならば、一から造り直した方が速いだろう程の有様である。
その為の設計図などの情報も、完全に破損していた為、結局は最初から全て研究し直さねばならくなっている。
正しく使える者たちの為の未来への保存であったが、それはあくまでも理想の未来だ。
それが不可能と判断すれば、完全破壊する事が管理AIの優先目標として設定されている。
なので、これはベストではないが、ベターな結果なのだ。
雫たちとしても、敵対してくれないのならばそれに越した事は無い。
脅威とは言い難いが、全くの無害ではないので、いちいち相手にしなければならない為、非常に面倒なのだ。
まだやる気があると言えば、もはや完全破壊してやるしかなかった。
それは、この時代の情報を吸い出すという目的に反してしまう。
「じゃあ、やる事もなくなっただろ? です。
だから、暇潰しにウチらに協力してくれねぇか? です?」
ひとまず、敵ではないのならばと勧誘してみる。
管理AIが味方に付いてくれれば、いちいちプロテクトの解除をする必要も無いので、雫の手間が省けるのだ。
この先、この時代で生きていくのならば、電子の専門家がいるかどうかはかなり重要になってくるのだし。
『理由が無い。何処にも無いのよ』
だが、即答で断られる。
それくらいは予想していた雫は、間髪入れずに言葉を重ねる。
「断片とはいえ、テメェが守っていた物の中心に触れた連中を、野放しにしてていいのか? です?」
『貴方たちが閲覧したのなんて、表面の概念だけじゃないの。それだけよ。
それで全てを再現しようなんて、片腹痛いわ』
雫らが知ったのは、あくまでもそういう発想と、それが出来るという結論のみである。
重要な中心的理論や施設設計図については、時間も無ければ興味も無かったので、彼女たちは見ていない。
だから、問題ないと言う管理AIに、しかし雫は言い返す。
「まさか、ウチらだけが世界の全てとは思ってないだろ? です。
ウチらのバックには、倫理観の欠片も無いくせに、能力だけは無駄に優秀なマッドサイエンティストくらい、掃いて捨てるほどにいるぞ、です」
『…………』
「トシ、そうだろ? です?」
「お、おぉ。そうだな。せっちゃんセンパイとか、その代表格だよな……!
ところで、そろそろ限界なんですけど!」
雷裂の研究所には、そういう者たちがゴロゴロといる。
頂点にいる雷裂家自体が、そういう真っ当な価値観を逸脱しており、加えて無暗矢鱈と富が有り余っている為、、大体の事は計画書を提出すれば、予算が出てしまうのだ。
そんな研究者にとっては夢の様な環境であるおかげで、そういう一般的な常識を突破した者たちが勝手に集まってくるのである。
その筆頭が刹那というだけで、彼以外も大概に頭がおかしいのだ。
概念を伝えさえすれば、そう時を置かずに結果を出してしまうだろう。
恐ろしい事に。
「踏ん張りやがれ、です」
限界宣言を一言で叩き潰して、雫は無言となった管理AIと向き直る。
「どうだ? です。考える余地はねぇか? です」
『私は絶対的な味方じゃないわよ? 味方になんかならないわ』
「別に良いんじゃねぇのか、です。
イエスマンじゃないと嫌なんてほど、心は狭くねぇぞ、です」
『邪魔だってするわ。きっとするわよ』
「それくらいヤンチャじゃねぇと、人生はつまんねぇぞ、です」
刺激があるくらいでは無ければ、と雫は言う。
若干、頭がおかしくなりつつある彼女である。
元々、いつ死んでもおかしくない重病生活を送っていた為、危険に対する忌避感が薄いのだ。
その為、近頃の厳重に守られる安全な生活は、少しばかり物足りなく感じていたのである。
だから、反抗的な者が近くに置いておきたくなったきたのだ。
『良いわ。良いわよ。付き合ってあげるわ。
確かに、放置しているのは危険だものね。ええ、危険だわ』
「ヨシ、釣れたぞ、です」
「こっちも攣りそうぅー!」
「こいつを吸い出すまで持ちこたえやがれ、です」
それから暫く、俊哉の泣き言を聞き流し適当に宥めながら、管理AI――【ステラ002】のメインデータを携帯端末に移す作業に没頭するのであった。
作業終了後、俊哉が力尽きたようにぶっ倒れてしまったのは、言うまでもない事である。