技術の枝葉
最近、不安定で申し訳ない。
分厚い隔壁を抜けると、目の前には巨大な太陽があった。
円筒状の筒の中で、何にも固定される事なく、ゆっくりと燃え盛る火の玉である。
サイズは、十メートルは超えているだろう。
まるで太陽のミニチュアモデルのようだ。
そして、周囲には、その筒からが繋がる幾つものパイプが通っており、更には制御用と思われるコンピュータやモニタなど、様々な機器が並んでいた。
「……あれがメインディッシュかな?」
「どう見てもそうだろ、です」
明らかに異質な太陽模型に、雫は無警戒に先陣を切って近付いていく。
「あ、おいおい。もうちょっと、こう、警戒心とか慎重さってもんをなぁー」
彼女のあまりにも突発的な行動に、俊哉は困ったように笑いながら、何が起きても守れるように代わりに警戒を張り巡らせて背後に付く。
他の親衛隊も同じだ。
雫を囲みながら、厳しい視線を巡らせている。
それをいつもの事と気にした素振りも無いまま、雫は一つの操作席に座った。
そして、適当なボタンやスイッチを次々と押していく。
その様子を、管理AIは絶句した様子で茫然と見つめていた。
「……自爆スイッチが付いてるとか、考えたりしない?」
「自爆スイッチはあっちだぞ、です」
顔も向けず、片手を動かしたまま、彼女は別の席を指差した。
そちらを見るが、一見してそれらしいものは見えない。
だが、ちらりと視界の端に映った管理AIの表情からして、正解しているらしい。
(……AIの癖して表情豊かだなぁ。分かり易い)
便利だと心の隅で思いつつ、彼は訊ねる。
「……何で分かるん?」
その質問に、雫は遠回しに答えた。
「雷裂の連中、頭おかしいんだ、です」
「うん、それは知ってる」
親衛隊の誰もが頷いた。
もはや言葉にするまでも無い常識である。
「オメェらが思っている以上に、です」
「ほほぅ? それはどういう事なのかねぇ?」
ロックが解かれたらしく、コンピュータが起動し、排熱ファンの音が響き始める。
「あいつら、人間を極めてんだ、です」
「らしいな。それが始まりだって聞いたわ」
雷裂は、人間の極限を目指している一族だという話だ。
それは肉体的な話でもあるし、同時に技術的な話でもある。
そして、その技術に含まれる範囲は、決して体術等に限定されない。
現在、世界的に産業界のシェアを大きく占めている理由は、金やコネに物を言わせて有望な研究者を囲い込んだから、だけではないのだ。
その基盤を造り上げたのは、雷裂が蓄積してきた頭脳なのである。
「あいつらが言うには、技術に突発性は無いらしい、です」
「突発性?」
「何処からともなくいきなり生えてきたりはしないって事だぞ、です」
「反論するようですけど、魔術って突発的に植え付けられてません?」
「でも、起源はあった、です。
地球になかっただけで、別の所にはあったぞ、です」
「あっ、はい。混ぜっ返す事を言いました」
突然、奇跡が発生したように見える魔術も、別の世界、惑星ノエリアにその起源と発展があり、それが始祖魔術師の手で持ち込まれただけだった。
超能力も同じだ。
その下地が少しずつ発生し、ようやく花開いただけの事である。
「だから、基礎を知って、その過程を理解していれば、どんな発展が起きようとも付いていける、って連中は言ってんだ、です」
「それが、雫が迷いなく操作出来てんのとどう関係すんの?」
「別にそれは、ソフトに限った話だけじゃねぇぞ、って事だぞ、です」
コツコツ、と彼女は手元のキーボードを小突く。
独自開発された物なのだろう。
キー配列は一般的な物とは違うし、そもそも非常に多くの何が何だか分からないキーも付属している。
俊哉にはまるで分からないが、雫に逡巡はない。
「人間には手が二本あって、指は十本、目が二つ、耳二つ。
それが基本、です」
「そこまで遡るのかー」
「そう、それが分かっていれば、人体として何をどう配置すれば使い易いのか、予想は出来るんだぞ、です」
合理的に考えて、どこに起動スイッチがあるのか。
どの様な意味を持つキーを、どの様に配置すれば使い易いのか。
そうしたあれこれを考えていけば、それがどの様な思考と発展で辿り着いた技術であろうと、初見で何の説明も無しに操作する事は可能だと、雷裂のアホ共は言っているのである。
「……滅茶苦茶じゃない?」
「でも出来てんだから仕方ねぇだろ、です」
とんでもなく突飛な理論を展開する雫の説明に、俊哉は否定したい気持ち一杯で訊くが、彼女は目の前の現実一つで黙らせた。
「あっ、はい。そうですね。
雫ちゃん、そんな事、出来るようになってたんですね……」
全く知らなかった特技に、俊哉はちょっと引いた様子で呟く。
雫は、自慢げに胸を反らして、
「ふふん、勉強は得意なんだぞ、です。
……大変だったけど、です」
「……やっぱ大変だったん?」
「あいつら、言葉が足りねぇんだもん、です。
〝これで分かるだろ?〟って感じでほとんど説明も何もねぇんだもん、です。
噛み砕くだけでとんでもなく疲れたぞ、です」
そこで言葉を区切り、音高くキーを叩いた。
途端、他の全てのモニターも起動し、何らかの文字列を流し始めた。
「うっし、全セキュリティ突破、です。おつかれー」
『…………嘘でしょう。嘘ですよね』
「現実を受け入れられない機械とか、使い道がねぇな、です」
「いやー、擁護する訳じゃないけど、そいつの気持ちは分かるなぁー。
俺も信じたくねぇ気持ちで一杯だもんよ」
「全くですぞ、姫。これを常識的に思わないでいただきたい」
「まぁ、そんなもんだよな、です」
警戒しつつも端で見ていた親衛隊たちも、同意する言葉を述べる事で、確かにちょっとばかり埒外な事だった、と少しばかり反省する雫。
「そんな事より、中身の方だぞ、中身の方、です」
「お、おお。忘れてた。
で、結局、何だったん、これ? 太陽爆弾?」
「まぁ、似た様なもんだな、です」
発火能力者である俊哉には、多少の障害があろうとも熱量を測る位の事は出来る。
彼が見る限り、目の前に浮かぶ疑似太陽を爆発させれば、大層な被害が出そうだった。
少なくとも、地殻表面を歪に抉り取る位の事は出来るだろう。
しかし、その程度だ。
絶望的な破壊兵器と言うには、いまいちインパクトが足りていない。
それならば、美雲が使う災害発生兵器『ラグナロク』の方がよほど破壊兵器らしいと思えた。
それでも充分に地球を破滅に導けるのだが。
「これ自体は、ただの断片だぞ、です」
「へぇ……。じゃあ、本体は何処に?」
問えば、雫は指先を天井に向けた。
「頭の上に浮かんでんだろ、です」
見上げれば、硬質な天井しか見えない。
つまり、彼女が示しているのは、単純に上にある物ではない。
そうと理解した瞬間に、俊哉は連想した。
その答えを、彼は口にする。
「……まさか、マジな太陽?」
「おう、マジな太陽だぞ、です」
「マジかー……」
何がどうなってそんな物に手を出そうとしたのか。
俊哉は、ここの研究者たちの正気を疑う気持ちで天を仰ぐのだった。
申し訳ない第二弾。
今週末、用事がありまして、まず間違いなく更新できません。
ごめんなさい。