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つまらない代物

「トシ、おめー、そんな事できたんだな、です」


 燃え残る黒い炎を見つめながら、俊哉の背中から顔を出した雫が、感心したように呟く。

 それに対して、彼は微妙な顔をしながら言葉を返した。


「いやな、感心してくれてるところ、本当に申し訳ないんだけど、これ、使い道がないわ」

「? どういう事だ? です?」


 義腕『クサナギ』に魔力属性変換機能が追加――正確には解禁――された事で、俊哉は魔力による火属性を扱えるようになった。

 それに思い至った彼は、大変に屈辱的な気持ちを抱きながら美影に教えを乞うて、力を黒化させる方法を教わっていたのだ。


 練習では何度かやっていたが、実戦で使用するのは、今回が初めてである。

 そうして得られた結果だが、今までは見た目のカッコよさに隠れて見えていなかった問題が浮き彫りとなってしまっていた。


「火力が出ねぇ」


 端的に言って、それが問題だ。


 黒化現象は、魔力と超能力、二種類の力を均等に混ぜ合わせる事が絶対条件である。

 そうである為、どうしてもその出力は低い方に合わせなければならない。


 俊哉の発火能力は、度重なる死線や、名だたる魔王連中からの扱き、そして雷裂兄妹からの嫌がらせ……もとい愛の鞭により、相当に強化されており、出力だけならば魔王クラスにも匹敵する程となっている。

 対して、彼の魔力資質は、Bランク相当でしかない。


 性質上、そちらに合わせなければならず、結果、火力がとてもではないが実用性に乏しいものとなってしまっていた。


 無論、今の様に普通の化け物を相手にするには充分であり、また一般的な魔術師相手でも使い方次第で武器となるだろう。


 しかし、彼がいるステージは、既にそんな領域ではない。

 この程度では、囮にすらならない。強いて言えば目くらまし程度にはなるかもしれないが、それにした所で限度がある。


 黒化、ありとあらゆる特性を無視して、完全なる出力勝負に持ち込める特異な現象であり、その有用性は色々と考えられるが、そもそもの出力が低くては、ほぼ意味のない代物であった。


「雫に魔力供給されてる時なら、まぁ使い様もあるかな」

「慣れる為にいつでも注いでやろうか? です」

「止めて下さい、死んでしまいます」


 魔王魔力の常時補給など、正気の沙汰ではない。

 なんとか抑えつけて利用する事は出来るが、常にその状態を保っておくなど、精神的にも肉体的にも負担が大き過ぎる。

 そんな事が出来るのは、それこそ普段から何の変哲もない技術のみで、自身の許容量を上回る魔力を保持している美影くらいのものだ。


「さて、まぁ、そんな事はさておいて……」


 衣服に付いた戦塵を叩いて落としながら、俊哉は通路の先を見る。


「チッ、平然としてやがる」


 そこにある景色に、つまらなさそうに舌打ちをした。


「酷いですなぁ~、隊長殿。

 余程、背中を撃たれたい様子で」

「テメェらの下手くそな弾なんざ、寝てたって当たってやらねぇよ、バーカ」


 増援の化け物じみた獣と戦っていた筈の仲間たちだが、彼らはとうの昔に殲滅して暢気に俊哉の方を観戦していた。

 死者はおらず、特に重篤な傷を負った者さえ皆無である。


「……どうだったよ?」


 感想を訊ねれば、副官は肩を竦めて答えた。


「取り立てて、申し上げる事はありません。

 この程度でしたら、異界の住人の方が厄介でしょう。

 まぁ、やはりと言うか回復力は並外れておりましたが」


 その回復力さえも、爆破して粉々にしてしまえば問題ない程度であった。

 その点で言えば、俊哉の相手にしていた者こそが、最も完成されていたのであろう。


 それでさえも、色々と意味の分からない廃棄領域の多種多様な生命体と比べれば、一段も二段も落ちるし、異界からやってくる住人たちも、出力面でこちらが圧倒される為、厄介度で言えば上回る。


 総評として、面倒ではあるが殊更に警戒を必要とする程ではない、という所に落ち着く。


「はん、やっぱ、その程度か」

「これなら、雷裂の研究所の方が余程の魔境でしょう。

 期待外れでしょうかね」

「そいつは奥を調べてみてから結論付けようぜ」


 全てを研究者の自由にやらせている雷裂の研究所は、一時の油断も出来ない魔境である。

 突発的危機への対処訓練として何故か放り込まれたりもしたが、今ならばあれ程に最適な場所もないと思えた。


 廃棄領域の生物を扱っている生体研究所だけではない。

 単純な魔術デバイスの開発であっても、彼らは冗談交じりに普通にぶっぱなしてきやがるので、何処かの壁を貫いて、唐突に高出力の戦闘魔術が襲い掛かって来る事が、当たり前のように頻発する。


 好奇心こそ、人間の凶暴性を最も引き出す感情なのだと、あれを見ていると誰もが悟るのだ。


 それに比べれば、ここは随分と大人しい。

 雰囲気だけである。


 故に、少しばかり残念に思うが、まだ最奥は見ていないのだ。

 結論を決めつけるのはまだ早い。


『あり得ない。あり得てはいけない。

 なに? なんなの、あなたたちは?』


 かつての時代であれば、人間大の兵器として最強最悪を誇ったであろうそれを、いとも容易く殲滅してしまった者たち。

 その存在に、管理AIは、酷く動揺していた。


「機械様も随分と感情的だな。

 二百年もあれば、進化したりするのかね」


 現代のAI技術では、動揺する機械など造れない。

 少なくとも、俊哉は聞いた事はない。


 かつては造れたのか。

 それとも、二百年で自己進化したのか。


 興味がほんの少しだけ沸いたが、技術者ではない彼を、根本的に引き寄せる程ではなかった。

 なので、呆れたような吐息一つで、先へと向かいながら軽く質問に答えてあげた。


 どうせ理解できないだろうと思いながら。


「偉大なる魔王様と、それに付き従う地獄の魔人たちだよ」

「……カッコいい風に言ってますな?」

「うるっせぇ。そうでも言わなきゃやってらんねぇだろうが」


 魔王の下りはともかく、地獄の魔人というのは、些か誇大広告だと指摘する副官に、俊哉は顔をしかめた。


 実際、地獄にいるのは確かな事だ。

 加減をしてくれないアホ魔王たちに弄ばれるのだから、それを地獄と言わずして何を地獄と言うのか。

 魔人、と言うのも、まぁ間違ってはいない。

 魔術を扱う人、という意味では確かに魔人とも言える。

 定着はしなかったが、その様な呼称もかつてはあったのだし。


 しかし、その表現で理解できるのは、現在の常識を理解している者だけだ。


 二百年間、空を漂っていただけの知性に理解できよう筈もない。

 始祖魔術師ノエリアの出現によって、地球の常識は大きく変化してしまったのだから。


『……ふざけた事を』


 よほど、腹に据えかねたのだろう。

 可愛らしい顔が怒りに歪む。


 それを彼らは、揃って指を指してゲラゲラと笑った。


「オメェら、どんどん魔王ども(あいつら)に似てきてんぞ、です」


 雫が眉を顰めて注意すれば、途端に下卑た笑いは消え失せ、絶望的な雰囲気を纏った。


「……ちょいと気を付けるか」

「そうですな。うむ、それがよろしいでしょう」


 嫌な記憶を際限なく植え付けてくるクソ野郎どもと同類と言われれば、流石に深く心に傷が付く。

 態度には気を付けようと頷き合いながら、俊哉らは先へと歩を進めるのだった。


~~~~~~~~~~


『やめて。来ないで。来てはいけないわ』


 涙声で懸命に止めようとしてくる管理AIを綺麗に無視して、俊哉たちは遂に最下層へと至った。


「……重厚な感じだな」


 最下層の扉は、見るからに重々しそうな風情を宿している。

 取り敢えず、適度に肉体強化をしつつ開こうとしたが、ビクともしなかった。超人の膂力を以てしても、である。

 雰囲気だけでなく、本当に頑丈なようである。


「きっとすげぇお宝が隠されてんぞ、です! とっととぶち抜け、です!」

「姫は過激ですなぁ。……隊長、おやりなさい。姫がお望みです」

「おんめぇら、ほんっとに洗脳が進んでんなぁ」


 本来であれば、石橋を叩いて叩き割ってしまう程の慎重さを必要とする場面だろうに、親衛隊の者たちは、そんな常識を遥か彼方へと投げ捨てて、目を輝かせる雫の要望を優先させてしまう。

 呆れた様な視線を向けつつも、しかし俊哉も否を言わない。


 吐息しながらも、力を高める。


「流石にぶち抜くのはヤバ過ぎるから、軽くくり抜く感じでな?」

「……派手さがねぇな、です。まぁ、仕方ねぇか、です」

「妥協してくれてありがとね~」


 指先に、極小サイズのムラクモを展開した俊哉は、それを扉に押し当てて溶解させていく。


『…………』


 もはや諦めたのか。

 管理AIの少女は、近くに佇むだけで何も言わない。


 扉は相当な強度をしているらしく、ムラクモの火力を以てしても、開通には時間がかかりそうである。

 二分で眺めている事に飽きた雫は、暇潰しに管理AIへと言葉を投げかけた。


「なぁなぁ、ここには何があるんだ? です?」

『…………』


 しかし、睨みつけるだけで、彼女は何も言わない。


「答えろ。三秒以内だ」


 背後に並び立つ強面の親衛隊が脅しをかける。


『ホログラムを相手に、何を威圧しているのかしら。

 馬鹿なの? 馬鹿だったわね』

「ほほぅ、言いよるわ、被造物風情が」

「まぁ、こいつらが馬鹿なのは今更だけどな、です」

「はっ、我々は馬鹿であります」


 掌を返すのが早過ぎる。

 手首が捩じ切れる勢いであった。


 紛う事なきアホ共を放置して、雫は言葉を続ける。


「ぶっちゃけ、言ってくれれば興味が消えるかもしれねぇぞ? です。

 どうしても調べないといけねぇ理由なんて、ウチらにはねぇからな、です」

『…………不完全なシステムよ。未完成のシステムなのよ』

「で?」


 僅かな希望に縋るように、重々しく口を開いた彼女に、続きを促す。


『創造者たちは、戦略兵器を造ろうとしたわ。造る気だったの。

 でも、途中で気付いたの。気付いてしまったの』

「何にだ? です?」

『破壊兵器になり得る、という事によ。

 これは、地球という星を滅ぼせると、理解したの』

「なんだ、つまんねぇな、です」

『……何ですって?』


 どんな秘密があるのかとワクワクして聞いていたというのに、その答えはとてもありきたりで詰まらない物だった。


 確かに、凄い物なのだろう。

 とても危険な物なのだろう。


 しかし、そんな物は、雫の付き合っている連中ならば、割と当たり前の様に持ち合わせている程度の代物だ。

 刹那など、思い付いたからなどという救い難い理由で、平気な顔をして惑星破壊兵器を量産している。

 量産しては端から美雲に破壊されているが。


 それに、そもそもそんな兵器に頼らなくても、刹那やノエリア、最近だと美影辺りも、生身に宿した能力のみで、星を砕いてしまう。


 故に、彼女からすれば、そんな物、恐れるほどの代物ではない。

 ある所には、当たり前の様にあるのだ。


 一気に興味が萎えてしまった。


「おい、トシー、です」

「んあ? なんだー?」

「もう良いぞ、です。撤収すんぞー、です」

「うえ?」

『え!?』


 意外な言葉を言われて、つい顔を上げて振り返ってしまった。

 管理AIもまた、驚きと、そして喜びの感情を綯交ぜにした声を漏らした。


「いや、おい。今更、そんな事を言うなよ」

「んだ、です。なんか問題あんのか? です?」

「いや、問題っつーか」


 困ったように頭を掻きながら、彼は背後の扉をゴツンと軽く一発殴った。

 途端、金属の擦れ合う耳障りな軋みを上げながら、扉の一部が傾いで倒れてしまった。


「たった今、開通しちゃったんだけど」

「あー……」


 どうする? という視線が雫に集まる。

 彼女がボスなのだとこれまでの言動で理解している管理AIも、期待を寄せて見つめていた。


「じゃー、まぁー、仕方ねぇし、調べるだけ調べてみっか、です」

「「「うぇ~い」」」


 完全にやる気の無さそうに方針を決めると、親衛隊にもその気持ちが伝線した様な気の抜けた返事が為された。

 その様子を見て、管理AIは何処までも冷ややかな視線を向けずにはいられなかった。


『やっぱり馬鹿なの。大馬鹿なのよ』

「そうでなきゃ、魔王なんて言われてねぇぞ、です」


 今の常識を一つ教えながら、雫は俊哉の背中に飛びつくのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] >『破壊兵器になり得る、という事によ。 > これは、地球という星を滅ぼせると、理解したの』 地球「理解できるだけ賢い」
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