煉獄門
なんだか、久し振りに長めになったな。
「大丈夫かー? お前らー」
廃棄領域の生命体ならば、八つ裂きにした程度では死なない。
大抵、生きている。
故に、そういう事もあるだろうと事前に予想していた俊哉は、不意打ちにも難なく対応し、無傷で躱していた。
しかし、他の者たちは違う。
見事に不意打ちを受けて、血を流していた。
「問題ありません。毒が厄介なくらいですかね」
だというのに、全く気にした風もない答えが返る。
それもそうだろう。
体表を肉と共に少しばかり抉られただけなのだ。
通常ならば、発生する痛苦で行動不能になりかねない重傷だが、彼らからすれば、普段から魔王たちより受けている訓練という名の虐待の方がよほど辛い。
国家のバックアップがある為、優れた命属性術者の支援を惜しみ無く受けられ、そうであるが故に魔王たちも容赦してくれないのだ。
おかげで、この程度であればかすり傷程度にしか思わなくなってしまっていた。
強いて言えば、自己申告通りに傷と一緒に注入された毒素が面倒なくらいである。
苦痛に耐えられるのは、あくまでも気合いや根性の領域の話であり、生命維持として駄目なものはちゃんと駄目なのだ。
そこまで人間を止めていない。
なので、それぞれで対処する。
俊哉が先にやっていた様に命属性魔力によって、新陳代謝を加速させる事で毒を排出したり、水属性魔力によって、直接、体内から毒を抜き取ったりと、手法は違えど専門の衛生隊員に頼むまでもなく、対処を終えた。
そうしている間にも、肉塊は元の巨漢の姿を取り戻している。
仕切り直しである。
「よっし。じゃあ、俺が代表してこいつは貰うぜ」
その横顔面を、躊躇なく蹴り飛ばしながら俊哉が宣言した。
「お前らの仕事は、残りの片付けな」
「ちと物足りませんな」
見れば、奥、勝ち誇るように薄く笑む少女の向こうから、わらわらと四足の畜生どもが現れていた。
巨漢と似たように皮膚のない姿だが、補強するように全身に金属の骨組みが這わされている。
生物兵器と機械兵器の融合体なのだろう。
とはいえ、こちらも戦闘魔術師。
明確な現代の人間型兵器である。
遅れを取る道理などない。
前後を挟まれながら、俊哉と愉快な仲間たちは背中を守り合う様にそれぞれの相手へと向かった。
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管理AI――『ステラ002』は、侵入者の排除を確信する。
これまでの道中で、彼らの診断は出来ていた。
戦闘能力は、精査するまでもなく単なる人間を越えている。
何らかの改造体だろう。
金属探知機には、身に付けている装備以上の反応はなかった為、機械化兵器ではない。
ならば、遺伝子レベルで変質させた生体兵器の可能性が有力だ。
であれば、殺す事は容易である。
生物である以上、そして人間をベースとしている以上、その限界点というものは世界の常識なのだ。
だからこそ、切り札を切った。
生体科学の狂気が生み出した、最悪の化け物を解き放ったのだ。
もはや、彼女の心配は侵入者に対しての物ではない。
矛先は、解いてしまった化け物を、どうやって再封印するか、という一点に向いている。
それ程の化け物であったのだ、それは。
人間大の兵器としては無敵そのものであり、無論、目の前で戦略級核が爆発すれば死ぬだろうが、逆に言えばそれくらいの事をしなければ滅ぼせない怪物なのである。
侵入者たちが、どのような改造を受けた人間なのかは分からない。
しかし、もう興味もない。
解いた化け物を封じ込める手段を構築しつつ、彼女は悠々と眺めるのだった。
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それは、正しい認識であった。
少なくとも二百年当時の常識では、間違いなく正しく、また現代においても、相対するのがただの戦闘魔術師であったならば、そう変わらない結果となっただろう。
しかし、悲しい事に、ここにいたのは現代における最高峰、魔王に率いられるべき直下の魔人たちである。
特に、その先頭に立つのは、慈母の魔王の寵愛を受け、漆黒の魔王の試練を乗り越え、そして星の化身と友誼を交わす、特異な存在だ。
たかが化け物退治。
手慣れたものである。
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無数に枝分かれした触手が、四方八方から殺到する。
その動きを、俊哉は眼球の動きだけで全て把握する。
「しっかり掴まってろよ!」
「りょーかい! です!」
激しく動く。
故に、背中のお荷物に声をかけて後、彼は前に踏み切った。
自ら死中に飛び込むような動きは、化け物にとってもあまりにも予想外であった。
その結果、幾らかの触手は掠りもせずに背後へと突き抜けてしまう。
しかし、それはごく一部の事だ。
いまだ多くのそれらが、俊哉の行く手を阻んでいた。
「《ムラクモ》!」
左手を開き、虚空を掴む。
次の瞬間、爆発的な熱量がその手の中に生まれ、陽炎を揺らしながら炎熱の一刀が伸びた。
振るう。
灼熱の刃は、一切の抵抗を許さず、容易く触手を切り裂いた。
だが、触手はまだ死んでいない。
焼き塞がれた断面が切り離され、即座に再生し、続けて襲いかかってくる。
更には、切り落とした先端側も蠢き、俊哉へとその手を伸ばしていた。
その一つ一つを、彼は丁寧に切り払っていく。
「まだまだ温いぜ!」
美影や刹那からは、もっと速く、もっと強く、もっと厚く、スピードもパワーも物量も兼ね備えた扱きを受けている。
それに比べれば、まだまだ余裕があった。
魔力と超能力をフル稼働させて、徐々に増えていく攻め手を、彼もまたギアを上げつつ対応していく。
「トシ、援護いるか? です?」
「まだ大丈夫!」
右手にも閃熱の剣を握り、二刀となりながら彼は叫び返した。
魔王魔力の供給は、肉体的に辛い。
本当に最後の手段である。
対処できる内は自力での対処が望ましい。
しかし、とはいえ限界はある。
切れば切るほど、延々と増え続ける触手の数は、遂に俊哉の対応能力を越える。
「っ!」
彼の防御を突破した一本が、脇腹を掠めた。
傷はほとんどない。
一瞬、擦過した感触があっただけだ。
だが、突破されたという事実に、僅かに心が揺らぐ。
その隙は大きく、次の瞬間には多くの触手がすり抜け、彼の全身を強かに打ち付ける。
「すまん。大丈夫だよな?」
「無問題だぞ、です」
そんな中でも、雫の身だけはしっかりと守りきる。
しかし、逃げ場はなくなった。
次の一波では、背中の彼女を守りきれないだろう。
だから、彼はあっさりと切り替える。
両手の炎剣を重ねて爆発させたのだ。
発生した炎熱と衝撃は、俊哉の意思によって指向されて、包囲網の一角を打ち崩した。
その穴に飛び込んで、彼は距離を取る。
追撃は、僅かなものだった。
向こうも仕切り直そうというつもりなのだろう。
あわよくば、を狙った小さな追撃を振り払った俊哉は、素早く振り返って、そこで見た光景に呆れの吐息を漏らした。
「おいおい、マジかよ」
そこには、切り落とされた触手から再生された、無数の巨漢の姿があった。
「プラナリアみてーだな、です」
「だよねー? どうすっか?」
同じものを見た雫から、端的な感想が届き、途方に暮れるような乾いた笑いを漏らす。
そして、どうすべきかを問う。
「うちがなんとかしてやろっか? です?」
「んー、それは男として情けない」
今まで観察し、この生物が魔力を宿していない事は間違いないと確信できた。
ならば、雫の魔王魔力の供給による、自己崩壊攻撃が有効だ。
魔王には通用しないし、通常の魔術師相手でも、万に一つの可能性で適応される事も考えられる、あまり役に立たない攻撃手段であるが、魔力を持たない生物に対しては絶大な効果を発揮する。
無闇矢鱈としぶとい生命力を有する廃棄領域の生命体でさえ、一撃で殲滅させられるのだ。
その威力は折り紙付きである。
だが、俊哉はその提案を却下した。
何の事はない。
言葉通りに、単なる男の意地だ。
どうにもなりそうにないのならば、きっぱりと諦めて雫にでも誰にでも頼るが、そうでないのならば自分で頑張るべきであろう。
無数に増えた巨漢どもが、一斉に押し寄せてくる。
一体ずつならともかく、複数体に同時にかかられると厄介である。
なので、容赦はしないし、遊びもしない。
左腕を突き出す。
鋼の義腕が稼働し、装甲が変形する。
『Cannon Mode』
「(……うぜぇ)《アマテラス》」
いつの間にか付けられていた音声システムに、嫌な顔をしつつ閃熱を撃ち放つ。
加減した一撃である。
全力だと、反動に耐える為にいちいち固定用アンカーを打ち込まねばならないし、放ち終わった後に魔力枯渇でぶっ倒れる事となってしまう。
ついでに、余波だけでこの施設が溶解しかねない。
なので、程好く出力抑え気味で撃つ。
効果範囲、及び熱量共に、然程でもない。
現代の魔術師ならば、不意打ちで打ち込まれでもしない限り、致命傷にまでは至らないだろう。
それでも、まともな生物を蒸発させるには充分な熱量である。
たかが生物兵器、取り立てて熱耐性が強い訳でもない生き物を相手に、過剰な程の物であった。
通路を駆け抜けた閃熱は、数秒で消える。
余熱により、周辺の気温が一気に上がっていた。
「…………しぶとい奴だな」
結果を確認すれば、無数にいた巨漢が一人たりとも見受けられず、唯一、足首だけが通路に残っていた。
そう、断片とはいえ、残っているのである。
であるならば、再生は可能だ。
失われた肉を補い合うように、それぞれの足首が連結し、質量を増していく。
「ふとどうでもいい事を思ったんだが、あれのエネルギー源って何なんだろうな」
無から有は生み出せない。
神ではあるまいし。
ならば、何処かから何らかのエネルギーを持ってきている筈だが、あの残された足首如きにそれだけのエネルギーを貯蔵していたとは考えにくい。
余裕ぶっこいた俊哉は、そんな事を考えて首を捻っていた。
その後頭部を、雫が拳で殴った。
「ンな事言ってねぇで、とっとと片付けやがれ、です。
まだ戦闘中だぞ、です」
「つったってなぁ……」
ウゾウゾと寄り集まって再生している肉塊を見る俊哉。
向こうは、必死に再生している最中であるが、こっちには余力がまだまだ有り余っている。
アマテラスを使用した事で、義腕は過熱状態にある。
急速に行われる排熱によって周囲が揺らいで見える有様だ。
とはいえ、普通に動かす分には問題がないので、たった一つ、攻撃手段が封じられているだけに過ぎない。
俊哉自身は、ほぼ無傷なのだ。
故に、もうあと一手で終わらせられると、余裕ぶっこいているのである。
その考えを見透かした雫が、もう一度、彼の頭を殴った。
「そうやって廃棄領域の化け物に痛い目見せられた事、何回あったか、数えてみっか? です?」
「……あー、そりゃやばいな。うん、ちゃんと止めを刺そう」
積み重なっている嫌な思い出に顔をしかめながら、俊哉は一歩を進み出た。
「さって、再生中に悪いが、まぁとろい自分の能力を後悔してくれや」
再生速度も、能力の内だ。
一応、人間扱いされている知り合いを含めて、実戦レベルで再生能力を活用している者たちは、本当にアホみたいな速度で肉体を復元してしまう。
場面が切り替わったのだ、と言われてしまえば納得できるほどだ。
そんな人外と比べれば、目の前の相手は簡単に壊れてしまう割に、再生速度はあまりない。
脅威とは言い辛いレベルでしかない。
しかし、それが演技ではないとも言い切れないのも確かなので、雫に言われた通りにしっかりと終わらせておこう。
「……そうだな」
問題は、どうやって、という部分だ。
この手の相手で、最も有効な手段は、と言えば勿論焼き払う事である。
なので、発火能力を使う事は確定なのだが、普通に火を点けても面白くない。
余裕がないのであれば別だが、余裕があるのならばユーモアを利かせるくらいはしたい所だ。
俊哉が見上げている人たちは、皆、そんな楽しそうな生き方をしているから。
「ん。じゃあ、こんな感じで行ってみよう」
少しだけ思考した後、彼は一つの余興を思いつく。
まだ冷却中の義腕を見て、
(……まぁ耐えられるか)
アバウトに診断して、決断した。
そして、魔力を流す。
「コード:レッド」
火属性に変換した魔力を。
加えて、右手には、超能力で生み出した炎を宿す。
見た目は同じ、しかしその発生する起源が異なる二種の炎。
両手に宿したそれを、俊哉はゆっくりと混ぜ合わせた。
黒。
赤々としていた二つの炎が、重なり合った場所から黒く染まっていく。
「うわ、これ、バランス難しいな」
均等に混ぜ合わせないと崩れてしまう、精密さの要求に、彼は眉を顰めていた。
同時に、そんな精密さをあの異常な戦闘速度の中で当たり前の様に叩き出している、憎たらしい童女の顔が脳裏に過った。
――慣れだ!
親指を立ててそんな事を言ってきた脳内存在を振り払って、集中して黒炎を完成させると、俊哉はようやく普通の人間サイズにまで再生している肉塊へと、それを解き放った。
魔力超能力合成・火属性術式【煉獄門】。
「――――――――――!!!!」
悲鳴のような叫びが聞こえた。
今までの炎に比べれば、圧倒的に熱量が低い為、焼け死んでいく苦痛に苛まれているのだろう。
のたうち回る肉塊を、俊哉は鬱陶しいと殴り倒しながら、追加で火力を投入していく。
肉塊はどんどんと焼け落ちていき、やがて漆黒の炎に包まれながら動かなくなった。
そして、更に数瞬を経た後、綺麗にこの世から消えるのだった。
「……見栄えは良いな」
黒い炎とか、無駄にカッコいい。
それが一連の戦闘の中で得た、俊哉の唯一の感想であった。