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最後の砦

『やめて』

「嫌だね」

『来ないで』

「出来ない相談だなぁ」

『何で、来るの……』

「そこに秘密があるからかねぇ」


 襲いかかる罠の悉くを突破し、最奥に向けて進軍する俊哉たちに対して、管理AIは、遂に泣き落としという手段を使って、彼らの視界に現れては涙混じりの言葉を放つ。


 しかし、見た目子供の言葉だろうと、彼らが気にする筈もない。

 見た目が現実を裏切る事など、彼らは文字通りに死ぬほどに理解している。


 彼らの脳裏に、見た目は小学生程度の童女にもかかわらず、世界を脅かす黒き雷の娘の姿が過っていた。

 彼女を思い出せば、たかが泣き落としに心を痛める事などあり得ないのである。


 適当な言葉をなんとなく返しながら、一方で全く意に介さずに突き進む。


「大分、奥まで来たと思うんだが……どうよ? 今、どの辺?」

「はっ。かなり下層にまで到達しております。

 四分の三程度でしょうか。

 そろそろ重要区画に入っても良い頃合いかと」


 ここに至るまでに、幾つもの部屋を見つけていたが、残念ながら重要施設と思えるような収穫はなかった。

 職員用と思しき居住施設(完全に白骨化した遺体が幾つかあった)や、何らかの実験室だろうが特に珍しくもない機器ばかりの部屋ばかりである。

 紙の資料室のような場所もあったが、精査はしていない。

 今にも崩れそうなくらいに風化していた為、触れる事に躊躇したのだ。


 ともあれ、これ程、厳重に覆い隠すほどの価値のある代物は、今のところ見つかっていない為、そろそろお宝か、もしくは災いと対面する時期だろうと、経験則から気を引き締める。


「……んあ?」


 閉ざされていた正面の隔壁が、油圧の抜ける音と共に開かれる。


 その先には、一人の巨漢が仁王立ちしていた。

 ただの人間、には感じられなかった。

 なにせ、見た目からして異様である。


 身長は、2メートル半ばと見上げる程の巨体だ。

 その巨体を、ボディビルダーもかくやという分厚い筋肉によって支えている。

 皮膚はなく、筋肉が剥き出しとなっており、ヌタヌタとした粘液が滴り落ちている。

 そして、不自然に肥大化した右腕は、肘の辺りから幾つもの触手に枝分かれし、のたうっていた。


 人間を模しているが、明らかに人ではない怪物である。


 珍しくもないな、と俊哉は苦笑せざるを得なかった。


 無論、彼に比べれば一般的な感性を持っている他の隊員たちは、その異形の出で立ちにある種の怖気を抱いていた。

 しかし、俊哉は雷裂のアホ兄妹の手によって、怪物の巣窟である廃棄領域に何度となく放り込まれるという嫌な経験がある。

 そこに巣食う、どういう進化の過程を辿ったのかが謎過ぎる不思議生命体に比べれば、人がベースにあるのだと分かる分、まだ常識的な生き物だと思えてしまった。


(……嫌な慣れもあったもんだぜ)


 ギチリ、と肉を裂くような音を鳴らしながら、それが口を開く。

 吐き出される息は、特に寒くもないのに白く染まっていた。


 直後、それが瞬発する。


「おっ?」


 狙いは、俊哉であった。

 飛び掛かられた彼は、両腕でその突撃を受け止めるが、しかしまるで踏み止まる事が出来ずに勢いに乗せられて大きく後退させられる。


「雫様ッ!」


 俊哉はどうでもいいが、彼の背中には雫がへばり付いている。

 彼女の身を案じて親衛隊が声を上げる。


「おぉー、大丈夫だぞ、です」


 俊哉は、押し倒されそうになりながらも、しかし両足を床板に突き刺して、リンボーダンスでもするような膝を折り曲げた姿勢で持ちこたえていた。


「あっ、これ。結構キツイわ」


 巨漢は、見た目以上の重量と膂力をしている。

 雫を守る為にこの様な姿勢を取っているが、あまり長くは持たないだろう。


 吐き出す白い息が顔にかかる。

 それを吸い込んだ俊哉は、顔をしかめた。


「雫、息止めてな。毒だ」

「おう、です」


 即効性なのだろう。

 手足の末端に妙な違和感が生まれた。


 彼は、義腕を命属性(コード:ブラック)で起動し、自身の新陳代謝を底上げすると、一気に体内に侵入した毒素を排出する。


「ふんぬ!」


 同時に、肉体を強化し直すと、気合いを入れてのし掛かる巨漢を押し返す。

 しかし、巨漢はその力に、押しきれないと即座に悟ったのだろう。


 巨漢は、口を開き、中から長く太い舌を伸ばした。

 先端には更に小さな口が付いており、鋭い乱杭歯が並んでいる様が見て取れる。

 伸びた先は、俊哉の顔、ではなく、その横を通り過ぎて肩越しに雫を狙っていた。


「こいつ……!」


 自身に向かってくるならば、逆に噛み千切ってやるつもりだったのだが、雫の方を狙っているとは思っていなかった。


 一瞬、出遅れる。

 だが、再起動は早かった。


 頭突く。

 思いっきり巨漢の顔面に額を叩きつけ凹ませてやった。


 仰け反った結果、舌の軌道が逸れ、雫には当たらない。

 その間隙に、彼は叫ぶ。


「仕留めろ! 狙いは雫だッ!」

「「「承知!!」」」


 疑問を差し挟む意思は一つたりともない。

 俊哉の言葉に、親衛隊の面々は、条件反射的に行動した。


 自分たちが守るべき者の為に。


 銃剣に魔力を込めて、仰け反っていた巨漢へと殺到する。


 それに対して、巨漢は右腕の触腕を蠢動させる。

 正確には、させようとした、だが。


 根本から断ち切られる。


「お姫様を狙われちゃ、仕方ないんだわ。遊んでやれない」


 俊哉がノーモーションで放った風の刃の仕業であった。

 それによって対処が完全に遅れた巨漢は、親衛隊たちの手によって五体をバラバラに引き裂かれる。

 幾つもの肉塊へと変わったそれらが、周辺に散らばった。


「…………こいつは」


 落ちた肉塊の周りの建材から、白い煙が上がっていた。

 気付いた隊員が、巨漢を割いた銃剣を見れば、同じく煙を上げており、劣化が見て取れる。


「強酸性ですな。

 魔力強化を突破してくるとは。

 知らずに生身に受けていれば、危なかったでしょう」


 その評価には頷く所である。


「見た目以上の筋力と重量。妙な触手。毒性の吐息に、体液は強酸性。

 そんで、本能的なのか何なのか理由は知らんが、最初に雫を狙う戦術眼。

 はっ、大した怪生物だな」

「全くです」


 同意しながら、続ける。


「しかし、これまでの妨害とは、随分と毛色が異なりますな。

 最後の手段、という事でしょうか」

「さてなぁ……」


 それは分からない。

 確かに、今までとは趣が大分異なるが、だからと言ってこれが最後の切り札であるという保証は何処にもないのだ。


 しかし、その疑問は思わぬところから肯定される。


『そうよ。そうなのよ。

 あなたたちを殺す為の、最後の砦。

 切りたくなかった切り札なのよ』


 開かれた通路の先で、赤い少女が出現し、自信ありげに語る。


「切りたくない、ね……」

『ええ、そうよ。

 人の狂気が生んだ殺戮永久機関。

 あなたたち如きに、止められないわ。止められる筈がないもの』


 その言葉の直後。

 バラバラに散らばっていた肉塊が蠢いた。

 それぞれが互いを求めるように肉腕を伸ばして繋がり、一つの大きな塊となる。


 そして、


『死んで。死になさい』


 彼らの中心で、爆発するように全方向に向かって肉の槍を放つのだった。

本当は決着まで一話にまとめる予定でした。

しかし、書き上げる元気がなく、出来ている所までで。


理由は明快。

昨日、ワクチン二回目を打ち込まれたのです。


つらたん。

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