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敗北侵入

「「「…………」」」


 場には、奇妙な緊張感が満ちていた。

 お互いが血走った目で目配せし合い、それぞれの隙と出方を伺い合う、謎の攻防が行われている。


 俊哉を含めて、彼らが何をしているのかと言えば、誰が先陣を切って内部に突入するのか、という目に見えた地雷を押し付けあっているのである。

 それが不発かどうかは誰にも分からないというギャンブル要素付きで。

 流石に、確実に爆発すると分かっていたら、素直に当局に連絡してサッパリと忘れていただろう。


 張りつめた空気は、徐々に、しかし確実に高まる。

 皆が拳を握りしめて、構えの姿勢へと移行していく。


「どーでもいいから、さっさと決めやがれ、です」


 間違っても危険には晒せない為、全く関係のない雫が、急かすように言葉を投げかけた。

 それが、引き金となる。


「「「っ!!」」」


 全員が同時に動き出し、その硬く握りしめた拳を前に突き出す。


 しかし、その形はおおよそ三種に分かれた。

 拳のまま変わらぬ者、指を開いた開手となる者、そして二本だけ指を立てた形にする者。


 そう、つまりはジャンケンである。


「アイっ!」

「コでっ!」

「しょっ!」


 当然の様に、一発では決まらなかった為、即座に第二戦が行われる。

 もう少し小分けにすれば、まだ早期決着も有り得るだろうに、何故か数十人の人間が同時に手を出し合っている為に、中々勝敗は決まらない。

 回を重ねるごとに、皆の表情に鬼気が宿り始めており、空気が白熱していく。


 そんな中で、俊哉は比較的に余裕を持っていた。


(……馬鹿め! 俺が普段どんな連中と付き合っていると思っている!)


 彼は、日常的に雷裂の姉妹、特に妹の方と関わり合っている。

 その関係で、飽きもせず彼女に付き纏い、懲りもせず彼女に勝負を挑む人物も知っていた。


 リネットである。


 正式にゾディアックに任命された彼女であるが、何故かいまだに高天原に居座っている。


 有事でもなければ、基本的に単なる最終兵器でしかない魔王には、やる事などないのだ。

 故に、暇潰しに負け続けているままの美影に、性懲りもせずに挑む日々を送っている。

 何かあれば、海を凍らせて走って帰ってくれば良いし、という豪快な発想で。


 そんな訳で、高天原にいる間は比較的に美影の近くにいる俊哉は、彼女とリネットの勝負を毎度のように目にしている。

 勝負、とは言うものの、高天原学園にある決闘システムに基づいたものではない。

 美影は言うまでもなく、リネットも新参とはいえ歴とした魔王の一角なのだ。

 下手にぶつかりあえば、高天原という人工島が海の藻屑と化してしまう。

 冗談ではなく。


 なので、彼女らの勝負と言えば、もっぱら下らないものだ。

 口喧嘩に始まり、駆けっこやら腕相撲、ファッションセンスなど、本当に小さい勝負であり、その中には、ジャンケンも含まれていた。


 彼女たちのジャンケンは、その卓越した能力を無駄に利用した意味もなく高度な代物である。

 少なくとも、俊哉ではやり合えば間違いなく必敗するし、完全な再現をする事も出来ない。

 しかし、多少の真似事くらいならば可能だ。


 周りのライバルたちの手を見る。


 実に単純だ。

 美影たちがしているように、相手の手を見て途中で手を変えるなどという搦め手をしていない。

 普通はしないが。


(……この勝負、貰った!)


 彼女たちのように、一瞬の最中で数十手も変える事など出来はしないが、十手程度ならば問題ない。

 確実に勝てる戦いだと、俊哉は確信しながら挑むのだった。


~~~~~~~~~~


「くっ、何故なんだぜ」


 結果は俊哉のストレート敗けだった。

 まさかの一人負けである。


 理由は簡単だ。

 油断しまくっていた俊哉を狙い打ちする様に、最後の最後で全員が手を変えてくれやがったのである。


「油断してっからだぞ、です。反省しやがれ、です」


 ダクトの梯子を下っていると、背中のお荷物が頭を細かく小突いてくる。

 危険、かもしれないというのに、着いてくると断固主張した雫である。


 荷物を背負った状態では、ダクトの幅はギリギリである。

 身動きなどろくに出来ない。

 困った状態だと言える。


「あいつら、あんなんでもうちの親衛隊だぞ、です。

 ミカ共のじゃれあいくらい知ってんぞ、です」

「あっ、そう……」


 つまりは、嵌められたのだ。

 別に俊哉を狙った訳ではない。

 油断した誰かを狙い打ちにしただけであり、それがたまたま彼だっただけの事だ。

 最初の数回を、何の小細工もなくやり過ごしたのは、皆の出方を伺う為の偽装である。


 そうした種明かしを知らされ、俊哉は渋い顔とならざるを得ない。


「う~むむむ。最近、平和満喫し過ぎてたかね」

「引き締めやがれ、です」


 ゴスッ、と強めに一発くれる雫。

 はいはい、と神妙に反省しつつ、俊哉は意識を入れ換える。


「入り口だぜ」


 下っていった先で、遂に別に繋がる扉を見つけたのだ。


「案の定、施錠されてんな」

「ぶち抜け、です」

「過激なお姫様だこと」


 身体強化を施し、強めに殴り付ける。

 手加減していた事もあり、一発だけでは少し歪むだけであった。

 二度、三度と殴り付け、五度目にしてようやく扉がひしゃげて開いた。


「御開帳ー」


 中へと入れば、SFじみた白い壁の通路となっている。

 明かりも点いており、施設が生きている事を証明していた。


 静かに降り立つ。

 周囲へと警戒を飛ばすが、反応は何もない。


「OK。クリアだ。入ってこい」

『了解』


 通信機を起動させ、外で待機中のメンバーへと連絡を入れる。

 少しして、不測の事態に備えた待機メンバーを残して他の者たちが侵入してきた。


「いやー、秘密の研究所という風情ですな」

「……本物の秘密基地は、ここまで如何にもな造りじゃねぇぜ」

「そういえば、隊長は雷裂のそれに入った事があるのでしたな」

「ああ、わざわざそういう造りにしない限り、中身は基本的に普通のと変わらん」

「つまり、ここを造った者たちは、風情を解するロマンチストという訳ですな」

「そうなるな」

「つまり、思考回路のバグった作品だっつー事だぞ。

 気を付けて進みやがれ、です」

「……まっ、そういうこったな。超こえぇー」


 倫理や人道を無視して、ロマンばかりを追求する輩の危険性は、身に染みて理解している面々である。

 危険度を更に上に設定して内部探索を始めるのだった。

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