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地獄の釜の蓋を開……いた

 形は、逆さまにした四角錐だろうか。

 上下は最大で500メートル弱という所。

 天井部は正方形に近く、一辺の長さは100メートルを越えている。


 巨大、としか言いようがない。


 これよりも巨大な人工物は幾つも見てきた。

 マジノラインが良い例だ。

 都市を丸ごと武器にしてしまうあれなど、本当に人間が造り出したものなのかと疑う規模の代物である。


 しかし、逆にあまりに巨大に過ぎる為に、実感が沸かない物でもある。


 これは違う。


 人智の及ばない巨大さではない。

 まだ、想像の範疇に納める事の出来る規模だ。


 であるからこそ、その威容に圧倒される気持ちが奥底から湧き出してくる。


『隊長殿、何が見えているのですか?』


 何も見えていない親衛隊の一人が、無言で虚空を見詰める俊哉に訊ねかけた。


 視覚的には完全な無色透明であり、人間の目ではどうあっても捉える事が出来ない。

 更には、ステルス性を追求しているのか、非常に静かであり、これ程の巨体だというのにも関わらず、大気の荒れようもあまりにも小さかった。

 おそらく、他の如何なる探査機器を用いても、似たようなものなのだろう。

 だからこそ、今の今まで誰に気付かれる事もなく空を漂っていられたのだ。


「……ああ、今、見せる」


 義腕を幻属性(コード:シルバー)で起動させて、メンバー全員に俊哉の見えているものを共有させる。


『なんと……』

『こ、これは!?』

「……でっっっけぇーな、です」


 すぐ近くをまるで気付かせずに航行するそれに、皆が揃って絶句している。


 それもそうだろうと頷く。

 これ程の遺物は、中々見られる物ではない。

 今なお、稼働しているとなれば、尚更である。


『!? 隊長! 駄目です!』

「あー、何が?」


 唐突に焦りを含んだ報告を飛ばされた俊哉は、何の事かと訊き返す。


『通信、全回線途絶しました!』

「……こいつのステルス圏内に入っちゃったって事かね」

『でしょうな。どうしますか?』

「どうしようかねぇ……」


 過去の遺物を発見した場合、基本的には手を出さずに即座に報告するという対応が求められる。


 それは、墓荒らしを取り締まる為ではなく、単純に何が起きるか分からないからだ。

 過去の技術は、その多くが現代に伝えられておらず、ロストテクノロジーと化している。

 その為、一見してそれがどの様な代物なのか、はっきりとは分からない。


 もしかしたら風変わりな住宅なのかもしれないし、あるいは世界滅ぼし兵器なのかもしれない。冗談や比喩ではなく。

 加えて、それが本当に死んでいるのかも、素人目では判別できないのも問題となる。

 外見が風化して、明らかに機能を停止している……様に見えても、内部はしっかりと生きている、などという事も過去にはあった。


 素人が油断して触れた結果、大事故に繋がってしまった例など、数え始めたらキリがない程である。


 故に、基本的には触れずに通報する、が正しい対応なのだが、


「…………これ、離れたとしてまた見つけられると思うか?」

『隊長の能力次第ではないかと』


 問題はそれである。

 やたらと高性能なステルス性故に、下手に距離を取ってしまうと見失ってしまう可能性が、大いに高い。


「…………んー」


 暫し悩んだ彼は、背中を振り返る。


「雫はどうしたい?」

「冒険だな、です! ワクワクが止まらねぇぞ、です!」


 目をキラキラさせたお子様が、そこにはいた。


「お姫様のご要望だ。

 取り敢えず、一回り調べてみるぞ」

『『『了解』』』


 否の声は一つたりとも返ってこない。

 当然だ。

 彼らは、雫の言葉に従うように()()()()()()()

 肉体に、精神に、日夜、刷り込まれ、自らの命よりも優先させるように洗脳じみた方法で。


 だから、彼女が望むならば、上位者の命令であろうと、あるいは法律であろうと、あらゆる全てを無視してしまえるのだ。

 当たり前とばかりに。


 俊哉は、返事に頷きながら、警戒を高めつつ遺物へと接近する。

 もしかしたら、防衛機構が残っており、突然に攻撃されるかもしれないのだから、当然の警戒心である。


「さて、何処から上陸したものかね」


 出入り口らしい出入り口は、パッと見では見当たらない。

 仕方ないので、上昇し、平らとなっている天井部からのアプローチを試してみる事にする。


 目と鼻の先にまで近付いているというのに、いまだに肉眼では捉えられない。

 本当はそこに何もないのでは、と思えてしまう。


「…………」


 その異常なまでのステルス性に、嫌でも緊張が高まる。

 そうまでして隠していたい技術とは、一体、何だと言うのか。

 興味と恐怖が揃って心を満たしていた。


 静かに、着地する。


「ふぅ……。迎撃装置は無し、か」

『今のところは、ですがね』


 天頂部に足を付けても、何の反応もない様子にホッと安堵の吐息を吐き出す。

 混ぜっ返す様な隊員の言葉を無視して、俊哉は足元のそれを見た。


 触れたからだろう。

 直前までは何も見えなかったというのに、今では完全に視覚で捉える事が出来ていた。


 黒銀の色をした表面に、所々に紅い線が走っている。

 ツルツルとした加工をされており、斜めに傾けば滑り落ちてしまいそうな装甲をしている。


「……うーむむ、見た目では入り口が見当たらんな」


 警戒しつつ、適当に歩き回りながら調べてみるが、出入り口らしい場所は見られなかった。


「もしかしたら、これは単なる端末なのかもしれんなぁ」


 何らかの装置の、遠隔部品ではないかと当たりを付ける。

 そうであれば、無人で動く前提の構造となっていてもおかしくない。


「だけど、この大きさだぞ、です。

 整備用の穴がどっかにあるんじゃねぇのか? です」


 その意見は否定しないが、それでも道はあるのでは、と背中から声が届いた。

 御尤も、だと思った俊哉は再度、詳細に調べていく。


 これ程の巨大さなのだ。

 適当に表面を剥がしただけでは、中心部までは手が届かないだろう事は想像に難くない。

 故に、異常が起きた時の為の整備用通路が用意されている可能性は充分に考えられた。


 部下たちにも手伝わせながら、暫し丁寧に調べていく。


「隊長ー。こっち、これ、見てください」


 すると、隊員の呼び声が少ししてあった。


「おぉー、何かあったかー?」


 そちらに近付くと、隊員は足下の一点を指差す。


「ここ、この辺りに継ぎ目があります。

 人一人くらいは通れる大きさです」

「……ふぅん。当たりかね?」


 確かに、言われた通りの物がそこにはあった。

 一辺が1メートル程度の正方形で型どられた繋ぎ目がある。


 何処かに操作する為の、何らかのスイッチがないかと近くを探してみるものの、残念ながら何も見つからない。


「じゃあ、仕方ねぇ。諦めよう」

「何でだよ、です」


 ごすっ、と後頭部を殴られる。


「いや、だって、入れないし」


 殴られた場所を擦りながら、雫に言葉を返せば、彼女は膨れっ面で言う。


「入れないなら、入れるようにすれば良いだけじゃねぇか、です」

「えぇー。それって、壊してしまえって言ってる?」

「得意分野だろ? です」

「気は進まないんだけどなぁー」


 あくまでも反対しています、という態度を見せながらも、しかし俊哉はそれ以上の抵抗はしない。


 なんだかんだで、彼も気になってはいるのだ。

 だから、何かと理由を付けつつ、自分を納得させて調べる気でいたのである。


「ちょいと離れてろ」


 集まっていた隊員たちを離れさせて、俊哉は左の指先を立てて刀印を形作る。

 魔力と超能力を同時に発動させれば、その指先が閃光を放ち始めた。


 ごく小規模な《アマテラス》である。


 彼は、極温となった指先を、繋ぎ目に沿って動かす。

 赤熱し、装甲が溶け落ちる。


 ロストテクノロジーの装甲と言えど、この温度には流石に耐えきれなかったようだ。


 瞬く間に一回りさせた俊哉は、止めに強めに蹴り付けた。

 すると、ギリギリで繋がっていた部分さえも砕け散り、天板が内部に向かってひしゃげて落下する。


「オッケー、開通ー」


 俊哉は指先の《アマテラス》を消し去り、手を叩く事で余熱を払いながら、気楽な様子で言う。


 予想は正しかったようで、中には下へと続く吹き抜けと、細い梯子が伸びていた。

 その先端は、暗く、目で見る事は敵わない。


「さってと。地獄の蓋を開いちまったな!」

「笑い事じゃありませんぞ、隊長殿」


 朗らかな空笑いが皆の間に広がった。

 本当に行き先が地獄ではないとは、誰にも否定できない冗談である。

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