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時の漂流物

昨日はね、ちょっとひたすら寝ていたらいつの間にか夜にね。


……すみませぬ。

 時はやや遡る。


~~~~~~~~~~


 風が流れてゆく。

 早く、速く、疾く。


 その中を、流れに逆らわず、上手く受け止めながら乗って進む者たちがいた。

 俊哉とその背にしがみつく雫、そして愉快な仲間たちである。


 俊哉だけは特別な装備を持たず、生身の身体と自前の感性だけで風に乗っているが、他の者たちは金属翼を展開する事で飛翔していた。


「いやー、こうして何も考えずに空を飛ぶのは気持ちいいなぁー」


 眼下には、何処までも広がる大海原。

 空に浮かぶ雲は少なく、近くに飛行機の類いもない。


 季節は春で少しばかり肌寒いが、座標的には赤道に近い位置という事もあり、そこまでではない。

 太陽から降り注ぐ光は柔らかく、心地好い温かみを感じさせる。


 まさに、絶好の飛翔日和である。


 風のハイウェイに身を任せて、気ままに飛んでいると、現実の悩みが何処かへと消えていくようだ。

 人はそれを現実逃避と呼ぶが。


「トシ、トシ。なんかおもろい事を言いやがれ、です」


 ひょこりと彼の背から顔を出した悩みの種が、俊哉の頭を軽く叩きながら突発的な無茶振りを行う。


 考えないようにしていた悩みの元凶こそ、この雫であった。

 というのも、最近、彼女の成長が目覚ましいのである。

 主に肉体的な。


 去年は、これまでの虚弱体質の影響で、それこそ骨と皮に近い体型をしており、身長も平均値よりかなり小さかった。


 だが、身体的障害が取り除かれ、健康体となった彼女は、これまでの反動なのか、急速に成長し始めていた。

 裏で、雷裂家秘伝の、肉体造り用特別メニューが供されているのも理由の一つだろうが。


 おかげで、身長はとうに美影を抜いているし、スタイルもどんどんと健康的な肉が付いて、女性らしい丸みを帯びた魅惑的なものへと変わっていっている。


 思春期男子にとって、大変な問題であった。


 色々な思惑の下に、彼らは同じ部屋の中で寝起きしている関係だ。

 その為、日常的に雫の素肌を見る機会がある。

 彼女が〝裸族〟という邪悪なスキルを有しているせいで、どんなに注意した所で限界があるので不可抗力なのだ。


 当初は、まだ良かった。

 正直、貧相な子供にしか俊哉の目には映らなかったから。

 ガリガリの身体を見ても、性的な欲求はまるで沸き上がらなかった。


 だが、今はダメである。

 健康的で瑞々しく、少女と女性の中間に位置する今だけの背徳的な肢体を目の前に晒されて、一人の男として反応しないなんて事は、本能として不可能であった。


 その内、プッツンと理性が切れてしまいそう。

 これが今の彼の重大で最優先な悩みであった。


(……せっちゃんセンパイは、よく耐えてるよな)


 周囲に興味がない故に無防備な所のある美雲と、自身に対してはナチュラルに淫乱で隙あらば誘惑してくる美影。


 俊哉の目から見ても、タイプはそれぞれに違えど魅力的な二人である。

 容姿的には。

 美影の方は趣味ではないというだけで、整っている事は整っているし。

 しかし、性格だったり社会的立場だったりで、絶対に選択肢に入らないけども。


 そんな姉妹に挟まれ、ベタ惚れしているというのにも関わらず、手を出さずにいられる刹那には、驚愕と敬意の念を抱かずにはいられない。


 こうしている今も、俊哉は精神力を試されているというのに。


 背中に、フニョリとした柔らかさと仄かな温かみが伝わってくる。

 誤って滑り落ちてしまわないように、なのだが、結果として雫が身体を思いっきり押し付ける形となってしまっており、女体の感触をこれでもかと堪能させられているのだ。


 思春期男子に対して、酷い拷問である。


 更に言えば、呼吸の度に鼻腔をくすぐる香りがある。

 ごく普通の女性の体臭、に近いのだが、それがどうにも心をざわめかせる。

 悪のりした雷裂による無駄に高度な罠である。


 どういう事かと言えば、俊哉の神経伝達や刺激受動の振れ幅を解析し、彼が最も好む香りを再現して香水として雫に渡しているのだ。


 曰く、「感情は作れる!」だそうな。


 容姿や性格など、個人を構成する一要素でしかなく、他の部分で点数を稼げば恋愛感情如きどうとでもなるとかなんとか。

 身も蓋もないというか、完全に悪の組織的なやり方であるが、しかし有効な手段である事は認めざるを得ない。


 体臭に限らず、手料理から所作から、細かく俊哉の好みに合わせた色々を仕込まれているせいで、今では雫への好感度はこれ以上なく高まっている。

 ふとした拍子に、彼女以上の女性はいないんじゃないか、などと考えてしまう程度には。


 幾度となく、雷裂系列の病院に入院してきた弊害であった。


 それ故に、忍耐力を試されているのだ。


「そうだなぁー。

 ……この間よ、せっちゃんセンパイが廃棄領域からまたぞろ妙な生き物を連れてきてなー」

「けしかけられて喰われそうになったってか、です」

「先にオチを言っちゃいけねぇぜ」

「見え透いた結末の話ほど、つまんない話もねぇぞ、です」

「黄金の殺陣だって、使い古されてんじゃん。似た感じ似た感じ」


 ()()()()()()()、二人だけの世界を作り出す。

 甘くはないが、熟年夫婦のような気安い語らいをしていると、耳元に通信の声が届いた。


『隊長ー。そろそろ射撃訓練、始めて良いですかー?』

「テメェら、()()俺を撃つ気か」


 俊哉が実弾演習の的になるのは、雫親衛隊の日常であった。

 なにせ、彼らのアイドルである雫と乳繰り合っているのだ。

 撃たない理由がない。

 割と本気の殺意を込めて、虎視眈々と隙を狙っている。


「俺を撃つ許可を、俺に求めるってどうなんだよ」

『それもそうですね。では、今度から許可なく撃ちます』

「そういう事じゃねぇよ」


 ツッコミに対する返答は、実弾でもたらされた。

 俊哉は咄嗟にバレルロールするような軌道で回避し、その後、急上昇する。

 その後を、一拍遅れて、親衛隊の面々がほぼ同時に追跡した。


 空に幾十もの軌跡が描かれ、その息の合わさった動きは、彼らの練度の高さを伺わせる。


「おぉー。皆、がんばれー、です」

『『『了解!』』』

「無責任に応援しないでくれませんかね!?」


 (アイドル)からの声援に、親衛隊はやる気に満ちた応えを返し、狙われる立場の俊哉は文句を叫んだ。


 そうそうやられない、という信頼の証なのだろうが、一歩間違えば本当に死にかねない実戦気分の的役は、やっていて心胆が寒くなるのだ。


「ふっ、ほっ、はっ、あらよっと!」


 色とりどりの魔術弾を、余裕をもってしっかりと回避していく俊哉。


「ふははは! 意外と躱せるもんだな!」


 的にされるのは最近の日常であるが、大抵は飛んでくる攻撃をガードし、撃ち落としていた。

 今のように回避のみで対処する事は初めての事である。

 なんとなく出来そうな気がしたので挑戦してみたのだが、結果は危なげなく全弾回避してのけていた。


 だからこそ、勝ち誇ったような声を出したのだが、そのせいで思わぬ返答を引き出してしまう。


『う~ん、無誘導では確かに甘かったですな。

 今度はホーミング付きで行きましょう』

「テメェら、ホントに容赦ねぇなッ!」


 本当に誘導付きの弾幕が飛んできた。


 流石に、これは回避だけで対処する事は出来ないと、彼は即座に判断する。

 自分一人ならば、色々と無茶をすれば可能だと思うのだが、今は背中に雫がいるのだ。

 無茶な軌道で彼女に負担をかけ、まかり間違って振り落としてしまっては護衛として失格である。


「クサナギ起動! コード、ホワイト!」


 鋼の左腕を突き出し、最近、解禁となった機能を発現させる。


 空間断層結界。


 空属性による絶対防御壁である。

 同種のエネルギーによって中和しなければ、如何なる攻撃も通さないという、ある種の反則術式だ。


 最近、解禁となったのは、他属性魔力への染色機能だ。


 クサナギには、魔力の貯蔵機能がある。

 しかし、それは俊哉と繋がっている関係で、たとえ雫から無属性魔力を供給されたとしても、すぐに風属性に染まってしまう。


 これまでは、それをどうする事も出来なかったのだが、親衛隊の面々に配備されている先行量産型多重属性付与機「ヤマタ」の運用データが収集され、それを下に新しい装置が作られたのだ。


 それが、完成型多重属性付与機「レンゴク」である。

 これは、属性に染まった魔力を、一度、完全に脱色して、別の属性に染色し直す機能を一つに纏めた物である。


 その試作品を、俊哉の義手には埋め込まれていた。

 というか、実用できるレベルが、彼の義手でしか出来なかったのだ。


 その理由は、使用されている素材、謎金属であるステラタイトにある。

 携行できるレベルの大きさと重さに圧縮する為には、この金属の特性が必要であり、使用しない場合、現状では大型トラック並の大きさが最低でも必要となってくる。


 マギアニウムで代用できないかなど、様々な試験が行われているが、現状で実用性があるのは彼の持つ一つだけであり、せっかくなので実験台として使用感をレポートする仕事を仰せつかっている。


 なので、積極的に使用しているのだ。


「うっ、お!? 制御、難しいな!」


 慣れ親しんだ風属性や、感覚的に使える超能力と似た性質を持つ火属性ならば、ほぼ無意識でも微妙な調整が出来る。


 しかし、馴染みのない、しかも上位属性とも呼ばれる幻・空・命属性は、本能的に理解できていない為に、扱いに苦労していた。


 効果範囲は小さいわ、ちょっとした事ですぐに揺らぐわ、使わない方がよほど安定した動きが出来ると不満に思う程である。


 必死に防壁を維持しつつ、足りない部分をなんとかカバーして、味方からの弾幕を防ぎきる。


『流石ですな、隊長殿』

「褒められてる気がしねぇぜ!」

『ええ、嫌みですので。

 そんな不安定では実戦に使うには不安でしょうに』

「もっとオブラートに包みやがれ!」


 叫んでいると、接近したメンバーが空属性魔力を展開し、俊哉の展開する結界の中和を行い始めた。


「うおっ!? テメェら、マジで勘弁しろ!」

『実戦準拠の訓練ですので』


 俊哉の文句を聞き流して、断層結界をあっさりと打ち崩した。

 慣れない俊哉一人に対して、ある程度は習熟した者が複数なのである。

 この結果は当然であった。


 俊哉はそれに拘らず、即座に逃亡する。


 更に上昇し、成層圏上層にまで到達する。

 地球の丸さがよく分かり、上を見上げれば空の青ではなく、宇宙の黒が見える高度だ。


「はぁー……」


 薄くなった空気を調整し、人体に問題ない気圧と成分構成、そして温度を保つ。

 俊哉はともかく、雫が死にかねないからだ。


 彼からの細やかな配慮を受け取った彼女は、感謝を示すように肩に頬を乗せて、スリスリと擦り付けた。


(……やめろ。俺を挑発するな!)


 暴発しそうになる若さを押し止めるように、内心で俊哉は叫ぶ。


「…………ん?」


 煩悩退散を唱えながら周囲を見回していると、違和感を抱いた。


「タンマ。ちと待て」


 通信回線を開き、追い付いてきた攻撃体勢の面子に告げる。


 冗談と真剣の区別は、流石に付く者たちである。

 即座に俊哉への攻撃体勢を解除し、彼を取り囲むようにして警戒体勢に移行した。


『如何しましたか?』

「風の流れがおかしい」


 問いに、端的に答えながら、空気の流れる動きから、周囲の状況を脳内に描き出す。

 その結果は、目に見えている風景と明らかに違っていた。


「……ん、だぁ、こりゃあ」


 何もない静かな世界の中で、俊哉の頭の中には、風に流されて浮遊する巨大な建造物が描かれていた。

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