謎多き近代史
美影は、縦横16,384回転を決めながら、太平洋に足から華麗に着水した。
大気圏突入した隕石もどきにしては、驚くほどに静かな落下である。
その光景を見ている審査員がいれば、満場一致で満点を捧げるであろう程だ。
尤も、悲しい事に目撃者は誰もいないのだが。
水面に上ってきた彼女は、360度水平線しか見えない周囲を見回す。
「ええっと、……高天原は、と」
太陽の位置と勘を頼りに、自身と目的地の位置を割り出す。
「あっち」
指差す方向には、やはり見事な水平線しか見えないが、確信があるかのように美影は迷いなく泳ぎ始める。
間違っていようと、何処かしらの陸地には辿り着くだろうというアバウト思考の為せる業であった。
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美影は、紛う事なき高天原魔導学院高等部の学生である。
しかし、だからと言って真面目に授業に出席している訳ではない。
と言うのも、彼女は悪名高き高天原の卒業試験を、中等部一年にして突破しており、既に卒業条件を満たしているからだ。
故に、何かしらの出席義務を持っておらず、何ならば今すぐにでも卒業してしまっても良い。
それでも、未だに籍を置いているのは、ひとえに暇潰しである。
これと言ってやる事のない彼女にとっては、高天原は貴重な遊び場の一つであった。
適当な授業に冷やかしのように出席してみたり、無謀にも挑んできた相手と決闘で遊んでみたり、財力と権力と武力を盾に大学の研究プロジェクトに潜り込んでみたり、と、暇潰しのネタにあまり困らないのが、高天原という土地であった。
そして、そうしている為に雷裂の姉弟の中では、あちこちの施設に最も顔が利く。
今回は、その顔の広さを役立てる為にやってきた。
高天原魔導大学史学部。
その中でも、第三次世界大戦について重点的に研究している物好きたちがいる。
現代においては、大学に在籍している時点で、大抵の輩は物好きなのだが。
二百年前とはいえ、記録するという事の重要性を知られている時代であり、物理的電子的を問わず、様々な保存手段を持つ時代である。
本来であれば、世界中の記録をかき集めて時系列順に並べるだけで終わる筈のテーマだ。
今更、当時の情報について機密指定している国など、何処にも無いのだから。
しかし、これが中々に正確な歴史を紡げていない。
と言うのも、地球上のあちらこちらで破滅的な破壊兵器を当たり前のように使用していたからである。
軍事施設だろうと民間施設だろうと、一切の区別なく無差別に攻撃が行われていた為、記録自体が吹き飛んでしまっており、確かに起こっていた出来事を収集する事さえ困難となっている。
戦場伝説の類いも多くある為、何処までが現実で、何処からが虚構かを判別する所から始めなくてはならず、未だに完全な歴史は出来上がっていないというのが実情であった。
美影は、その不完全な記録を収集しに来ていた。
不完全とはいえ、多少の記録があるのならば、それは過去に行くに当たって非常に強い武器となる。
事前の予習は、単なる勉学に限らず、どんな業界においても役に立つものなのだ。
「……ロクな記録がないねぇ~」
三次大戦時代の研究をしているプロジェクトチームのデータを、あの手この手で揺さぶってかき集めた美影は、それらを閲覧しながら呆れたように呟く。
単に、データが破損して虫食いとなっている、というだけではない。
そもそもの記録自体さえも、曖昧で適当なものが多くある。
例えば、正規の軍の活動記録の筈なのに、内容は日付と食事のメニューしか書かれていなかったり、下手をすればその日付自体さえも、データ保存日時と齟齬があったりと、実に信頼性が低い。
よほど忙しくて、記録をしている暇もなかったのだろうと、好意的に見る。
当時は、官民を問わず、全てがブラックを通り越したダークマターな時代であったのだ。
その日を必死に生き延びる事こそが重要であり、明日の事を考えている余裕もなかったという。
だから、記録を残すなどという生きる上では何の意味もない事は、後回しになっていたのだろう。
おかげで、後世の人間は大変に苦労している訳だが。
「こっちはこっちで、座標情報が適当だし」
ゴミのように死んでいく名もなき者たちがいれば、一方で時代に適応して生き残り、名を上げる者もいる。
美影が取り上げたのは、そんな英雄の一つだ。
無所属の傭兵団で、世界各地を転戦しては無双していたらしい。
だが、その戦闘記録がおかしい。
何処かで戦っていたと思えば、次の瞬間には地球の裏側にワープしていたりする。
最高で、11もの戦場を同時並行で処理しているというのだから、戦場伝説ここに極まれり、という有り様だ。
「……全く。ワープなんて魔術でも使わないと出来ないよ」
今では、空属性魔術がある為、地球程度の距離のワープならば、そう難しくはないが、当時にそんなものがある訳もない。
科学でのワープか、それに準ずる行為は、未だ手の届かない領域だ。
とはいえ、言葉では否定するものの、心の何処かではもしかしたら、という気持ちもないではない。
なにせ、当時は変態兵器の見本市のような時代である。
記録に残っていない、謎の超兵器が何処かにあったとしても、何の不思議もないのだ。
実際、廃棄領域を調べれば、何の使い道があるのか分からない施設だの装置だのが発見される事が、今なおあるのだから。
そういう事情もあり、一概に偽情報と切って捨てる訳にもいかない。
「研究が進まない訳だよ……」
呆れの言葉しか出てこない。
記録をスクロールして、読み込んでいけば、再度のため息が彼女の口から吐き出された。
「…………うちからして、こうだもんなぁ」
見ているのは、欺瞞情報の可能性が高い、とされている記録だ。
ただ一人の人間が、戦車から軍艦から戦闘機に至るまで、生身でなぎ払ったという、明らかな嘘の記録である。
しかし、その具体的な戦場と時期を見れば、それが現実の出来事だと判断できる。
なにせ、それは雷裂の実家に残っている戦闘記録と一致していたからだ。
「まぁ、あの頃はまだ秘された血筋だったし、ね」
自分自身がまさに常識で計れない存在である。
それを思わぬ形で突き付けられた美影は、再度のため息を吐き出すしかなかった。