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地味で地道な作業

「絶景かな絶景かな!

 いやー、大自然? 大宇宙? の神秘を見てる気分だねー」

「まぁ、まともに生きていては見られない光景ではあるだろうね」


 刹那と美影は、宇宙空間の中を二人で漂っていた。


 周囲に星はなく、遥か離れた場所に銀河団が見えるだけの、何もない空間。

 宇宙の中でも、まさに全き虚空と呼ぶに相応しい場所だ。


 遥か遠くに幾つもの銀河が並んで見える光景は、確かに絶景と言えるだろう。


「我が故郷の星は、何っ処かなー?」

「見えるかね? あの銀河の中だ。

 ちなみに、惑星ノエリアは一個隣の銀河の端にある」

「……一応、同じ宇宙だったんだね。

 別世界とかかと思ってた」


 天体観測、と言うには、若干壮大な規模で兄妹は、のんびりと漂っている。


「……現状、異世界への道は見付けていないな。

 一部の酔狂な者たちが探しているようだが、はてさて」

「そっかー。

 まっ、別の銀河って時点で、今の人類からすれば完全に異世界だけどね。

 なんかファンタジーな生き物もいるみたいだし」


 侵食され、異形化してはいたが、竜やら鬼やら獣人やら、それっぽい者が異界門の向こうからやってきていた。

 地球上には存在しない、空想上の生物たちである。


 だからこそ、美影は、惑星ノエリアは異世界なのだと思い込んでいたのだが、現実では彼らは歴とした同じ世界に住まう生物だ。


「その辺りは、何を以て異世界と定義するか、という話にもなってくるので長くなってしまうぞ」

「それもそうだねー。

 ……そんじゃ、早速、本題に行ってみよー。

 と言っても、僕は見てるだけだけど」

「うむ。兄の偉業、とくと刮目せよ」


 こんな宇宙の深淵にまでやってきた理由は、何も物見遊山などではない。

 それはそれでロマンチックだと美影は思うが、一応、ちゃんと目的があって来たのである。


 それは、エネルギー実験である。


 過去への遡上は、莫大という言葉では足りない程のエネルギーを要求される。

 現在の人類が所有するエネルギーの全てを費やしても、一瞬ですら遡れないであろう程だ。


 これでは救援は不可能だと思われたのだが、刹那が何やら思い付いた事があるらしい。

 そのエネルギー実験を行う為に、この様な場所にまでやってきたのだ。


 刹那としては、地球上でやっても良かったのだが、下手をすればビッグバン級のエネルギーが発生するとあって、美雲より固く止められていた。

 当然だが。


 それ程のエネルギーともなれば、例え暴発せずとも、僅かに漏れ出す余波だけで地球が蒸発しかねない。

 もしかしたら、太陽系そのものが吹き飛ぶかもしれない。


 それを思えば、同じ銀河系の中でも安心できず、遥か大宇宙の端っこにまで追い出されてしまったのである。


 尤も、首尾良く大エネルギーの発生に繋がったとしても、制御に失敗して暴発しようものならば、待ち受ける結果はあまり変わらないだろうが。


「さて、では行くぞ」

「頑張れー」


 にこやかな声援を背に受けながら、刹那は両腕を広げる。


 右手に始原を、左手に終焉を。

 それぞれに宿した。


 似て非なる、相反するエネルギー同士。

 その反発エネルギーが大エネルギーに繋がる、と彼はふと思い付いたのだ。


「ぬっ、ぐ……!」


 互いを拒絶しあう反発エネルギーを、強引に重ね合わせる。


 純黒と極光が、遂に合わさった。

 そして、何も起こらなかった。


 互いが互いの力を打ち消し合い、綺麗に無くなってしまったのである。


「…………お兄にはガッカリだよ」

「待ちたまえ。

 結論を急ぐには早すぎるぞ、愚妹よ」


 ドキドキしながら見守っていたというのに、あまりにも期待外れの結果に、美影は吐き捨てるように言う。

 それを、刹那は手で制しながら言い訳をする。


「思えば、今までの戦いでも混沌と終焉をぶつけ合った事はあったけど、妙な反応はしていなかったしねー。

 順当な結果かな」

「だから、結論は早すぎるぞ」

「何か案があんの?」


 美影の視線は冷えきっている。

 極寒の宇宙よりも猶、冷たい。


 彼女からこの様な視線を向けられる経験は、中々無い為に、刹那は背筋にゾクゾクとした感覚を抱きながら、自信満々に続けた。


「手応えはあったぞ。

 しっかりと狙い通りに反発作用は生まれていた」

「うっそだぁ~」


 美影の全く信じていない猜疑の眼。

 刹那は心に大ダメージを受けた。


「ぐ、ぬぅ……。中々やるではないか」

「お兄がやらな過ぎなんだよ?」

「ふっ、今日のところはこれくらいておいてやろう」

「それは負けてる側の台詞じゃないからね?」

「……愚妹よ、先程から正論パンチばかりだね。

 少しは手加減したまえ」

「たまには、こーいうのも良いでしょ?」

「ふむ。スパイスを効かせて単調な味わいにアクセントを加えるという事か。

 成る程、良い趣向だ。

 長い人生には適度な刺激が必要だからね」

「…………これだもんなぁ~」


 反射神経だけの適当な言い訳をあっさりと受け入れてしまう、ある意味で単純な兄に、彼女は苦笑せざるを得ない。


「で、おふざけは良いとして、本当に手応えはあったのかな?」

「勿論だとも。

 私が嘘を吐いた事があるかね?」

「下らない強がりならよく聞くけど。

 あれも嘘に数えてみる?」

「今日の愚妹は辛辣風味だね。

 唐辛子でも食べてきたのかね」


 ともあれ。


「本当の事だよ。

 あとは、比率の調整だ。

 最も効果的な反発効果の起こる特異点を探り当てねばな」

「んー、どうやって?」

「方程式などないのでな。

 ひたすら、挑戦と微調整を根気と惰性で行うのみ」

「……うっわ。気が遠くなりそう」

「まっ、急ぐ事もあるまい。

 なにせ、時を戻るのだ。

 時間をかけて準備しても、問題などない」

「それもそうだね」


 時はこちらの味方、の筈だ。

 ちゃんと扱えるようになれば、だが。


「なので、私の準備が整うまでは、愚妹と賢姉様に頼みごとをしたいのだがね」

「ふぅん?

 まぁ、ここでずっと待ってるのもね。

 ()()、絶食では生きていけないし」


 なんとなく真空と極低温、そして各種宇宙線の飛び交う宇宙空間に生身で適応してしまっている美影だが、まだ半分ほどはしっかりと肉体に縛られている身である。

 その為、食事や呼吸の必要性はある。

 常人に比べれば遥かに燃費が良いが、それでもまだまだゼロには遠い。


 すぐに終わる実験ならば、最後までこの場で見学していても良かったのだが、いつまで続くかも分からないのでは付き合ってもいられない。

 なので、程々の所で切り上げて地球に帰還しなければいけなかった。


 そのついでにと、刹那は頼みごとを伝える。


「頼めるかね?」

「はぁい。

 まっ、それくらいならダイジョブだよ。

 お姉もやってくれるでしょ」

「では、よろしく頼むよ」

「うん、お兄も頑張ってね。

 うっかり暴発して蒸発しないように」

「ハッハッハッ、誰に物を言っているのかね」

「ほとんどの怪我の原因が自爆という自虐趣味人に、だよ」

「こやつめ」


 減らず口を叩く美影に、刹那は笑みを見せながら指を弾く。

 途端、空間が歪んで彼女の姿がかき消えた。


 空間を繋げ、地球圏に送ったのだ。


 虚空の闇に、ただ一人で残された刹那は、改めて混沌と極光を両手に生み出す。


「さて、釘を刺されてしまっては仕方無し。

 愛しいメスたちを遺していく訳にもいかぬ故、慎重にやらねばな」


 ひたすら根気の作業が始まった。

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