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八方手詰まり

まだ日曜日だからセーフ。


引っ越しのどさくさで、外付けハードディスクが一個死んでしまって、心が闇に染まっていたのです。

「ヤッホー、お兄!

 呼ばれていつでもどこでも参上! あなたの専用性欲処理娘です!

 さぁ、エッチな事しようぜい!」

「ハッハッハッ、いつでも元気で素晴らしいな、この愚妹は」


 扉を開けるなり、美影は刹那に向かって、陽気に獰猛に飛び掛かった。


 彼は、それを大らかに受け止めながら、巴投げで背後に向かって盛大に投げ飛ばす。

 常人ならばちょっと危険な勢いですっ飛んでいった美影は、そのまま棚やら機材やらを巻き込みながら、けたたましい音を響かせて山の中へと埋もれてしまった。


 挨拶代わりの様な、いつも通りの光景である。


「う~、酷いんだぁー。

 もうちょっと優しくしてくれても良いんだよ?」


 何事もなかったかのように、山を崩して立ち上がる美影。

 その姿には、投げ飛ばされた際の衣服の乱れ以上の変化は見られなかった。

 つまり、無傷である。


「これ以上なく、優しくしていると思うのだが」

「えー、そうかなー?

 こんな事して、乙女の柔肌に傷が付いたらどうすんのさ」

「しかし、無傷ではないかね」

「無傷だけどさ」


 一般人ならば勢い余って死にかねない対応であったが、相手は美影である。

 あの速度と突発的状況でも、適切な受け身を取れると判断しての対処であった。

 というか、彼女の肉体スペックを鑑みれば、何ならば受け身を取らずに無防備に投げ飛ばされたとしても、あの程度では不具合が起きる筈もないのだが。


「はいはい、漫才してないの。

 事態はこっそりと逼迫しているのよ?」


 パンパン、と手を叩いて二人の間の空気に、美雲が水を差した。


 過去から届いた失踪者のメッセージは、瑞穂の上層部に送ってある。

 本物であると証明する為の各種データも揃えて、だ。


 しかし、事は人類が今なお手の届かない、時間旅行(タイムスリップ)の話なのだ。

 俄かには信じがたい話に、ただでさえ鈍重な政治部の判断は、更に遅れてしまうだろう。


 下手をすれば、年単位で結論が出ない、などという事さえも考えられる。


 その為、武力的にも財力的にも権力的にも、やろうと思えば様々なしがらみをぶっ千切ってしまえる雷裂三姉弟でさっさと対処しようという話になり、美影をこの宇宙ドックにまで呼び寄せたのである。


「美影ちゃん、状況は把握してる?」


 一応、まだ話を何も知らない可能性があるので、美雲が訊ねると、美影はこくりと頷いた。


「うん、大丈夫。

 ここまでのシャトルの中で報告には目を通しといたよ」


 普段の言動からは中々そうと思えないが、彼女は基本的には真面目なのだ。

 自分がやるべき事はしっかりと終わらせてからふざけているのである。


 だから、回ってきた情報には、隅々までちゃんと読み込んでいた。


「それにしても、タイムスリップねぇ~。珍しい現象だよね」

「……珍しいなんてものじゃないわよ。

 与太話ならともかく、本当に異なる時間軸から証拠になるメッセージが届いたって事で、政治家だけじゃなくて学者の人たちだって大騒ぎしてるんだから」

「ふっ、まぁ未だに時間旅行は、人類にとって手の届かない未知の領域だからな。

 致し方あるまいよ」


 研究は、されている。

 人類に残された最終課題の一つとして、四次元への干渉は世界各国で活発に行われていた。


 しかしながら、その甲斐もなく成果という意味ではほとんど存在しない。

 まだまだ時間流を明確に捉える事さえもできておらず、とてもではないが時間旅行など夢のまた夢というのが現状だ。


「で、弟君? 過去への跳躍、出来るの?」


 美雲が、刹那に訊ねる。

 彼が時間を操る超能力を有している事は知っている。


 しかし、している事と言えば、時間を止める事と早める事だけであり、遡る事は一度としてしていない……筈だ。

 知っている限りでは。


 なので、確認の為に訊くと、刹那は自信満々に答えた。


「賢姉様よ。見縊らないでいただこう。

 私の辞書に不可能という言葉はない。

 しかし、無理という言葉は存在する」

「前後が繋がっていない事はさておいて。

 出来ないなら出来ないってはっきり言ったら?」

「ごめんなさい。出来ません」

「素直でよろしい」


 美雲に対して、強がりを即座に撤回して土下座する刹那。

 そこには、プライドもクソも無かった。

 美雲は美雲で、流れる様な自然な動作でその頭を踏みつけている。


 この姉弟なりの愛情表現なのだ。

 傍目には虐めの現場か、もう少しオブラートに包んで厳しめの主従関係にしか見えないが。


「ねぇねぇ、何で無理なの?」


 刹那の側にしゃがみこんだ美影が、グリグリと足蹴にされている兄の顔を覗き込みながら訊ねる。


「ふっ、良い問いだ。

 簡潔に言えば、エネルギーが足りていない」

「…………お兄でも?」

「私でも、だ」


 刹那は、地球という惑星が持つエネルギーを際限なく抽出して使用する権限を持っている。

 そのエネルギー量は、現在の人類が所有する尺度に換算すると、想像もできない程に莫大であり、無限の様にも感じられるほどだ。


 それだけのエネルギーを以てしても、足りないと言う。


「過去に帰る、というのは非常に難しいのだ。

 なにせ、時間は一方向にしか流れていないのでね。

 それに逆らい、巻き戻すのは至難と言わざるを得ない」

「星の力でも、足りないの?」

「全く」


 やはりピンと来ていない様子の姉妹に、刹那は言う。


「ごく小規模ならば、出来るのだよ。技術的には」


 証明するように、彼の姿が青年のそれから、時を巻き戻すように童子のそれへと変わっていく。


 まさに、その通りだ。

 これまでの変化の全てを経過しながら、徐々に戻っていく。

 中には、直視に耐えない化け物の姿も混じっているのだが、刹那が自己という物に拘らないのは今に始まった事ではないので、姉妹は特にツッコミを入れる事は無かった。


 そうして、そんな化け物らしい姿への変化が徐々に減り、傷だらけの姿が多くなっていく。

 髪を始めとした体毛が濃くなり、廃棄領域で必死に野生児をやっていた時代を経て、完全にごく普通の童子の、五歳児ほどの姿へと戻った。


「と、この様に、例えば己一つだけならば、そう難しい事ではない。

 多少、神経は使うがね」


 声変りを経ていない高い声で、刹那は説明する。


「しかし、星全体の巻き戻しとなると、繊細さはけた違いになる」


 彼は、再び見慣れた青年期の姿へと戻りながら語った。


「どうして?」


 美影の短い問いに、彼は即答した。


「星の影響は、それ程に大きいという事だよ。

 銀河系全体からすれば、ちっぽけな惑星だが、たかが人間一人から見れば、想像を絶する規模なのだ。

 宇宙への影響を演算し、発生する矛盾の全てに辻褄を合わせて処理するとなれば、要求される処理能力もエネルギーも、桁違いに跳ね上がる」

「ふぅーん。なんとなく、分かった気がするわ」


 バタフライエフェクトの様な物だと、アバウトに理解する。


 宇宙全体からすれば、地球が一つどうなろうとどうでもいい程度の矛盾なのだろう。

 地球規模から見れば、刹那一人が巻き戻っても大した事が無いように。


 しかし、たった一つの惑星の中の、たった一つの生命体からすれば、その規模と影響範囲は、まさに想像を絶するとしか言いようがないのだ。


「……演算能力なら、自信がある人間がここにいるけど?」


 美雲は、それだけならば、弟と妹にも負けていないと自負している。

 そう提案するが、刹那は首を横に振る。


「それは分かっているがね。

 私と賢姉様、そして愚妹の三人で演算すれば、処理能力自体は何とかなるだろう。

 しかし、もう一つの問題、エネルギーの不足が解決しない。

 こればかりは、どうにもならない」

「お兄の全力でも、駄目?」

「この星が枯渇するまで絞り上げても、コンマ一秒でも遡れるかどうか、という所だろうね」


 困ったものだ、と気楽に言う刹那に対して、それ程に深刻な話なのかと姉妹は絶句した。

 本当に、想像の外の話であったのだ。


「彼らは、どうやってタイムトラベルなど引き起こしたのか。甚だ疑問だね」


 俊哉たちが、どの様な手段で以て二百年前に行ったのか、大変な疑問であった。

 何処にそれだけのエネルギーがあったというのか。

 地球上の何処でも、それ程の莫大エネルギーの放出は確認されていないというのに。


「……どれくらいのエネルギーが、必要なのかしら?」

「さてね。太陽を犠牲にしても足りるかどうか。

 個人的には、宇宙開闢のエネルギー、ビッグバン級のエネルギーが必要だと予測しているのだがね」


 時間を遡るというのは、それ程に大変な事なのだ。


「地球を、いや太陽系をひっくり返しても、そんなエネルギーなんて何処にもないよ?」

「そうなのだよ。

 いや、実に困った。手詰まりだね」


 SOSは受け取った。

 助けに行こうという意思も、まぁ無い事も無い。


 しかし、肝心の助けに行く手段が閉ざされていた。


「「「うーむむむ」」」


 八方手詰まりである。

 三人揃って、頭を突き合わせて考えるが、良い手段は中々思い浮かばない。


 刹那は、気分を変えるように、視線の向かう先を変えた。

 適当に天を仰いだ先には、大きく開けた天窓がある。

 強化ガラス越しに、満天の星空とそれでも埋め尽くせない宇宙の闇が広がっていた。


「…………開闢の力、か」


 小さく呟いて、刹那は手を開く。


 ほんの少しだけ集中すれば、そこに宇宙の闇にも似た黒い影が滲みだした。


 始原の混沌である。


 ビッグバン以前には、遥かなる虚無があったとか、全てが溶けあった混沌があったとか、様々な説が唱えられている。

 この混沌は、それらの論争を証明するようなエネルギーであった。

 今にも何かに変異しそうな不安定でありながら、しかし一方で何物にもなれない安定さを保っている、とても歪なエネルギー。


 もう片方の手を開き、そちらに極光を放つエネルギーを生み出す。


 終焉の極光である。


 如何なるものをも、無の境地へと誘う究極の無駄飯喰らいのエネルギー。

 あらゆる物質を、あらゆる保存則を無視して消滅させてしまう、とても暴力的な力だ。


 対極に位置する二つのエネルギー。

 始まりと終わり。

 アルファとオメガ。


 見比べていると、ふと引っかかるアイデアが降りてきた。


「…………ねぇ、お兄? 何を考えるのかな?」

「む? いや……」


 兄の顔を見て、その思考を読み取った美影が、愉悦半分恐怖半分で問いかけた。

 それに僅かに間を空けながら、刹那は決断する。


「うむ、そうだな。試してみる価値はある、か」


 大変に危険な実験を、起こす決断を。


「……どうでもいいけど、地球の……いえ、太陽系、出来ればこの銀河の外でやってくれないかしら?」

「中々、壮大な要求をしてくれるね、賢姉様」


 取り敢えず、危なそうな事をしようとしていると直感した美雲は、はっきりと釘を刺しておいた。


実は、前回で200話行ってた事に、たった今気付きました。


やったね!

皆さんが読んでくれているおかげですよ!


これだけ続けても全く風呂敷を畳みきれていないけども!

おかしい……。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも面白い物語をありがとうございます。楽しんで読ませていただいてます。 面白い話の風呂敷が広がるのは大歓迎です!
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