過去からの言葉
『……って訳でさ、お姉、サウザンドアイズで探してよ。許可出てるからさ』
「はぁ……。まぁ、事情は分かったわ。
一応、現時点で分かってる限りの情報はちょうだい」
美影経由で渡された仕事を、美雲は溜め息混じりに応諾する。
そして、ついでなので、一通りのデータを要求しておく。
ないならないで何とかなるが、あるに越した事はないのである。
『はーい。すぐに送らせる』
了承の言葉を最後に、通信は切られた。
「なにやら面白い事になっているようだね」
「面白くはないわ。ただただ面倒なだけよ」
「そうかね?
私は面白くなりそうだと思っているのだが」
「…………その根拠は?」
確信めいた言葉に、美雲の目が眇られる。
問い詰められた刹那は、薄く笑みながら隠す事はないとあっさり答えた。
「私の知覚に引っ掛かっていない」
「…………」
続けろ、とばかりに彼女は無言の圧力をかける。
「トッシー後輩も、虚弱娘も、私の力の影響を強く受けている。
言わば、私という個体の端末だ。
故に、地球の生存可能圏内にいる限り、無意識下においても捉え続けている」
「じゃあ、彼らが何処にいるか、弟君は今も分かってるの?」
手間が省けるかと期待して問うが、しかし彼は首を横に振った。
「いや、分からない」
「……ふぅん?」
「数分前に、彼らの反応が途絶えた。
完全に。まるで、煙の如く。
ふふっ、さて、連中は何処に消えたのだろうね?
下手をすれば、地球圏にはいないかもしれない」
「…………厄介な話になってきたわね」
単なる失踪では無さそうである。
少し考えて、美雲はふと思い付いた可能性を訊ねた。
「ねぇ、彼らが死んでても分かるの?」
「死んでしまったら、流石に同じように反応は途絶えるだろうね。
しかし、戦闘状態に移行すれば反応が変わる。
何と言うのかな。
こう、シャキーン! という感じに。
しかし、その兆候は、残念ながら感じ取れていない。
……今の彼らを、反応も許さずに暗殺せしめる存在は、果たして地球上にどれほどにいるのだろうか。
甚だ疑問だね」
現在の俊哉は、準魔王級であり、世界屈指の戦力である。
そして、雫はともかく、その周囲を固める親衛隊も、選び抜かれ、鍛え上げられた精兵揃いだ。
世界になだたる魔王たちと言えど、舐めてかかれる相手ではない。
そんな彼らを、戦闘行為を一切させずに殺害するとなれば、刹那やノエリア並みの戦力が必要だろう。
本気を出せば、美影やヴラドレン辺りでも可能だろうが、今度は彼ら自身の力によって、誰にも悟らせずに、という事が不可能になってしまう。
つまり、怪奇現象という事だ。
現代に甦った神隠しという所だろう。
「……キナ臭さがどんどん濃くなってきたわね。
弟君の感覚にも引っ掛かってないんだったら、サウザンドアイズでも無理かしら」
「とはいえ、やらない理由もないのではないかね?
格好は必要だよ。
人の世を生きるには。
私には必要のない物だが」
「弟君はもうちょっと外聞を気にしてちょうだい。
……まっ、それはその通りだけどね」
やれやれとばかりに首を振って、美雲は端末を手に取ってサウザンドアイズと接続した。
刹那の感覚は、鋭く、広い物だが、一方で魔術的方面においては、著しく精度が落ちる。
そこらの一般人にすら及ばないだろう。
ついでに言えば、キャッチした情報をどの様に解釈するのかは、刹那という一個人次第である。
その為、彼が意味無しと判断して捨てた情報は、他所に伝わらない事となる。
そういう意味では、収集した情報を取り敢えずは誰にでも見られる形で保存できるサウザンドアイズの方が、大衆にとっては価値のある手段と言えた。
「グッドタイミングね……」
走査開始とほぼ同時に、美影に要求していた俊哉たちの最終情報が届く。
簡単にウイルスチェックを済ませて解凍したそれを、美雲は脳の端で読み込んでいく。
(……交信が途絶えたのは、30分弱前。
それから、関係各所に問い合わせて、機材の故障も確認して、と。
巡りめぐって私にまで回ってきたのね)
30分という時間は、早いのか遅いのか、とちょっと悩ましい所だった。
(……消息を断ったのは、航空演習中。
太平洋上を飛んでいる最中に、忽然と消えてしまった。
魔の海域でも復活したのかしらね)
取り敢えず、該当の座標を中心に走査を開始した。
他に手掛かりもないので、ローラー作戦で潰していくしかない。
丁度、その瞬間の事だった。
「ッ……!?」
美雲は、脳に響いた強烈な信号に顔をしかめ、一気にサウザンドアイズの精度を落とす。
彼女の異変に気付いた刹那は、即座に側に寄りながら訊ねる。
「大丈夫かね?」
「……うん、大丈夫。
ちょっと強い信号を、ピンポイントで叩き付けられたから、ショックを受けただけよ」
振り払うように、少し頭を振ればそれで何の問題もない。
「何があったのかね?」
「SOS信号よ。
いきなり一発だけ打ち込まれたわ。
まるで、私がサウザンドアイズを使う瞬間を見計らっていたみたいに」
「ほう……。怪奇現象が続くね。
……どこかな?」
興味を惹かれた刹那は、該当空域を立体表示して、それを探し始める。
しかし、怪しげな影は見つからない。
首を傾げていると、美雲が画面を切り替える。
「こっちよ」
高度が一気に引き上げられ、宇宙空間にまで届いた。
衛星軌道上にまでやってきた中に、ごく小さな反応が浮かんでいる。
そこにあると決め打ちしていなければ、デブリの類いだと無視してしまうほど小さな反応である。
「最大幅で約30㎝か。
これでは、見付けられんな」
それは、金属質なメッセージカプセルであった。
完全密閉型で、外殻が腐食しない限り、内部の物を劣化させずに保管し続ける代物である。
似たような物は、現在でも公民問わず様々な場面で使われているが、しかし明らかに型式が古い様に見受けられた。
「識別信号、出てる。大東和神聖帝国」
「…………聞き覚えはないな」
「二百年前、第三次大戦時代にあった、分裂していた瑞穂の一国よ。
歴史の教科書位にしか、もう名前は出てこないわね」
「私は歴史に興味が無い故、知らないのも無理はなし」
「少しは勉強なさい」
「過去は振り返らない主義なのだ」
「よく知ってるわ」
ともあれ、どうやらあれが救難信号の出所らしい。
あんな大きさの代物に人間が入っているとも思えないので、最優先で見付けさせる為に後から付け足したのだろう。
俊哉らの件とは、関係の無い話だとも思う。
謎の多い当時の事を知る手段として、歴史的には貴重な遺物なのだろうが、考古学者でも何でもない美雲には、どうでもいい代物……の筈である。
「…………」
しかし、気になる。
狙い撃ちしたかのように、ピンポイントで放たれたSOS。
あれは、明らかにこちらを狙っていた、本当に。
調べ直してみれば、全方位に信号をばら蒔くのではなく、サウザンドアイズと繋がった探査プローブ目掛けて、収束された通信波を放っているのだ。
どう考えても、SOSを送るための仕様ではない。
こちらに何かを伝えようとしている。
そうとしか思えない。
何処の、誰が、何の為なのかは、まるで分からないが。
「弟君」
「あれを回収すれば良いのだね?」
「お願い」
「容易い願いだとも」
現在、彼女たちがいる座標からは、かなり離れている。
普通に取りに行こうと思うと、少し手間がかかる位置だ。
しかし、刹那の念力ならば、そうした手間を一気に省略できる。
手を伸ばして掴み取れば、それで済むのだから。
あっという間に回収されたそれは、流石に二百年も前の物というだけあり、相当に古びていた。
塗装はあちこちが剥げており、腐蝕も目立つ。
「中身が、無事だと、良いんだけど」
固く締め上げられたボルトを外しながら、美雲は呟く。
変形しており、かなり力を入れて、ネジ切るようにして気密を解いた。
プシュッ、という内部に閉じ込められていた空気が漏れ出す音が鳴る。
「これは……」
「ふむ。データチップのようだね。
やはり随分と型は古いが」
出てきたのは、指先大の板であった。
刹那の言う通り、金属とプラスチックを組み合わせて作られているそれは、データを保存するチップと酷似している。
「中身、見られるかしら?」
「暫し待ちたまえ。
このままでは読み込めまい。
特別に用意せねばな」
言って、彼は近くにある機材を弄り始めた。
あーでもないこーでもない、と分解や再構築を繰り返し、十分弱で専用の読み取り機をでっち上げた。
「では、挿入ー」
何が出てくるか、と好奇心寄りの心で見守っていると、遂に保存されていた情報が吐き出された。
「……うわ」
それは、明らかな機械言語であった。
数字と記号だけで構成されたそれは、一見して何らかの暗号のようである。
人間の目からすれば、似たような物だが。
「チッ。中身まで弄らないとダメか」
「解読できそう?」
「妙な暗号化はされていない。
きちんと順番に相手してやれば、何の支障もなく」
「なら、お願いするわ」
「お任せあれ」
そして、更に少しばかりの時間を空けた後、ようやく現代語に翻訳されたそれが日の目を浴びた。
どうやら映像データだったらしく、立体画面に映し出されて再生された。
『コォォーーーーン!! ニィィーーーーチ!! ハァァァァァァ!!!!』
「あら」
「ほほう?」
出てきたのは、ひきつった笑みで挨拶する俊哉であった。
彼に背負われる形で、肩越しに雫の顔も見えた。
『イエェェェェェェイ!!
せっちゃん先輩! 見ってるぅぅぅぅ!!?
もしかしたら、美雲さんかもしんねぇなぁ!
どっちでもいいけど!
今さ今さ、俺たち、二百年前の三次大戦末期に来ていまぁーーすっ!!』
「……何の冗談かしらね」
「数奇な体験をしているようだね」
美雲は半目で、刹那は面白がるように、それぞれに呟く。
『取り敢えず帰り方とかはコールドスリープでも決めりゃ良いと楽観している現状なんだけどさ!!
でも、ちょっと問題が色々と発生してるっぽいんだわさ!』
『このまんまじゃ、戦争が終わらねぇぞ、です。
うちらだけじゃどうにもなんねぇ、です。
だから、手を貸しに来やがれ、です』
『てぇ! そんな訳だからさ!
ちゃんと俺たちの未来に届く事を信じてこいつを二百年後に向けて撃ち出しまぁーす!
いや、ホントに!
ちゃんと届いたなら助けに来てぇぇぇぇ!!
事情とか詳しく説明してる暇なんて無いから色々と察してさぁ!
って、うお!!?』
と、次の瞬間、画面が爆炎に包まれ、何も見えなくなった。
おそらく、カメラのレンズが破損したのだろう。
しかし、録画そのものは続いているらしく、音声は続いている。
『あの野郎共!
ミサイル撃ち込んできやがった!
何故バレたのか!』
『大声で喋ってるからじゃねぇかな、です』
『それもそうだな!
ラッキー!! 釣れたぜ!』
『逃がすんじゃねぇぞ、トシ』
『あたぼうよ、雫!
うるるるああああぁぁぁぁぁぁ!!
糧食寄越せオラァァァァァァァ!!』
鬨の声と言うか、盗賊の如き雄叫びを最後に、今度こそ映像は終了した。
「…………」
「……ふむ」
暫し、無言が二人の間に流れる。
先に口を開いたのは、美雲の方だった。
彼女は顔を俯かせ、頭痛がするとばかりに額に手を当てながら問いかけた。
「フェイクの……可能性は?」
「ないね」
「根拠を」
「メッセージカプセルを調べてみた。
間違いなく、二百年前後の経年劣化が見られる。
ついでに、その間、開封された形跡もない」
「そう。このチップは、間違いなく二百年の時を漂っていたという訳ね」
再度の沈黙を挟んだ後、美雲は深々と溜め息を吐き出した。
「…………厄介、ここに極まれり、ね」
「クックッ、面白くなってきたではないか。
楽しまねば損だぞ、賢姉様」
「そう気楽に考えられれば良いんだけどねぇ……」
どうしたものか、と考え、四秒で飽きて、なるようになると匙を投げ捨てる美雲であった。




