穏やかな時間
年度が変わり、多くの者たちが新しい生活へと身を投じる。
学生は新たな学年へと上がり、次なる課題と新しい級友と交わる。
社会人もまた、新人を迎え入れて、教育や彼らを含めた上での業務の構築に忙しい。
あまり変わらない者もいたりもするが、それはごく一部の事だ。
雷裂美雲も、そんな一人である。
この度、高天原学園高等部を卒業した彼女は、大学への進学はせず、そのまま社会の一部となって働く道を選んだ。
今の時代、専門的に本気で学びたいという学者気質の者以外、わざわざ大学に進学したりはしない。
なので、それは順当な進路であった。
美雲の場合、雷裂家の次期当主として内定している。
一般的には現当主について家の内外における運営について本格的に学ぶ所である。
しかし、彼女は悲しくも雷裂家の人間である。
現当主である彼女の実父をはじめ、歴代の当主たちが、度々、行方不明になってしまい、業務が滞るという事が雷裂家ではよくある。
その為、当主不在でも問題なく機能する組織構造がいつの間にか構築されてしまっており、ぶっちゃけお飾り以上のやる事があまりない。
勿論、その制度を廃して、普通の組織を再構築しても良いのだが、美雲にはそれをするだけのやる気がなかった。
なので、父に倣い、卒業して自由の身となった彼女は、雷裂家や所有する会社から程よく距離をおいて過ごしている。
はっきりと言葉を選ばずに言えば、プー太郎であった。
「弟君、3,000番台の構築終わったわ。
4,000、7,000番台はもうちょっと」
「うむ、有り難う。助かるよ、賢姉様」
暇をもて余した美雲は、現在、宇宙にいる。
無重力空間という、ある意味では大規模装置の建造がしやすい場所では、刹那の手で新たなマジノラインが建造されているのだ。
後に自分の物となるという事で、彼女はその手伝いに来ていたのである。
美雲が担当するのは、主にシステム面での設計だ。
巨大構造物であるマジノラインは、部品一つ取っても非常に大きく、重たい。
非力な彼女が変に手伝うよりも、刹那の念力に完全に任せた方が圧倒的に早くて正確な仕事となる。
その為、美雲は中身を受け持ったのである。
「……今回のテーマは〝空〟なのねぇ~」
造りかけの品を見て、注文されたシステムの仕様を確かめた美雲は、完成図を脳内に描き出しながら言う。
「その通りだとも。
一式は陸上、二式は海上、三式は高機動による陸海……まぁ限定的な空もカバーはしていたのだが。
と、そうなれば、次に目指すべきは空の支配であろう。
まっ、正確には〝宇宙〟ではあるが」
「やたら密閉がしっかりしてると思ったら、大気圏外まで活動可能なのね」
「ふふふっ、重力に縛られた地虫ども。
それを見下ろすは、天空の絶対者たる美麗な巨城。
そして、城の主たる偉大なる賢姉様は、全ての頂点に君臨し、あまねく存在が崇め奉る事となるだろう。
おお、なんと素晴らしき未来絵図か……!」
「困った子ねぇ~」
本当に困ったという様子で、美雲は微笑む。
基本的に世界の中に自分しかいない彼女としては、数多の有象無象に崇められても困るだけなのだ。
それに応える力も、意思もないのだし。
「でも、まぁ、静かなプライベート空間が出来るのは嬉しいかしら。
地上は煩わしい事が多すぎるわ」
「それは由々しき事だな。
うむ、看過は出来ん。
賢姉様、私めが煩わしいあらゆる事柄を叩き潰してきましょうぞ」
「あら、それはダメよ。
そんな事したら、弟君、自分で潰れないといけなくなるし」
「ぐふぅ!?
ふふっ、賢姉様は私の心をナチュラルに抉ってくるね?
この私が……煩わしい、とは……」
わざとらしく胸を押さえて呻く刹那を横目で見ながら、美雲は追撃する。
「ちゃんと遠回しな表現を理解してくれて助かるわ」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
「褒めてないわよ?
もうちょっと大人しくしててくれれば、可愛げもあるんだけど。
美影ちゃんも含めてだけどね」
「ふふふっ、これは甘えですよ、賢姉様。
私も愚妹も、偉大なる貴女様に甘えているので御座います」
「……もうちょっと強めに鞭をくれてもいいかしら?
と……。はい、完成」
「流石は賢姉様。仕事が早いね」
割り当て部分を終わらせた美雲に合わせて、刹那は組み立ての手を止める。
「では、早速にテストといこうか」
「OK。一気に走らせるわよ。準備は良い?」
「いつでも構わんよ」
「じゃ、カウント5でいくわね。
5……4……3……2……1……、システム起動」
スイッチを入れる。
仮想空間内でのシミュレーションだが、完成図のマジノライン四式が構築されたシステムに従って起動した。
稼働状況をモニターしながら、弾き出されるエラーや想定外の動きを洗い出していく。
「1万台まで終了」
「エラー検出は761件。
まぁ、初回ではこんなものだな」
「残りコード……今終わったわ。
それじゃ、手直ししていくからデータをちょうだい」
「うむ、頼むよ」
刹那は、洗い出された問題点をまとめて美雲の端末へと送る。
その情報を基に、彼女はプログラムコードを組み直し始めた。
集中し始めた姿に一つ頷くと、刹那は中断していた組み立て作業へと戻る。
姉と弟だけの、静かな時間が流れていく。
そこには、甘やかさは何処にも無いが、お互いにそこにいるのが自然で、とても気楽な空気が満ちていた。
色々と言い訳を。
まずな、閑話な、本当はもそっと本編と関係ないアレコレを書くつもりだったねん。
でも、テーマは思い付いてても中々良い感じにならないから、ちょっと後回しにしたったねん。
そして、時間、一気に飛んどるってなツッコミな。
本当は、秋と冬にそれぞれエピソード入れるつもりだったねん。
秋は、三重連月輪の開発で問題起きて、男たちは苦悩した的なプロジェクトXをやろうと思ってたねん。
冬は、主人公勢を排してな、完全に一般魔術師のみの群像劇的な事をしようと思ってたねん。
でも、こっちの話を書きたくなったんや。
だから、仕方ないねん。
ごめんなさい。