閑話:不死なる怪物~中編・その1~
航空機から突き落とされる。
順番に、強引に。
勿論、パラシュートは付いている。
技能の無い者でも問題ないように、設定された高度に達したら自動で開傘されるものだ。
おかげで、パラシュート降下をした事の無い永久でも、安全に島に降り立つ事が出来る。
尤も、彼女の場合、自由落下であっても何一つとして問題はないが。
そちらならば何度も経験があるので確実だ。
幾つかの傘は風に流されて島外に落ちていっていった様が見えた。
(……まぁ、良いでしょう)
目を凝らしてよく見たが、どの傘も保護対象者ではなかった。
故に、助ける必要はないと放置する。
「とっ……。ようやく到着ですね」
フワフワと風に揺られて、島への落下が終わる。
落ちた場所は、山の中腹に位置する森の中であった。
木々に引っ掛かって、宙ぶらりんとなっており、カッコ悪い形でのゲームスタートとなる。
「はぁ……」
吐息しつつ、パラシュートのベルトを引きちぎり、今度こそ島の大地に足を付いた。
「さて、と」
周囲を見回しながら、鬱陶しく邪魔な首輪に触れる。
魔力を発動させてみれば、確かに阻害される様な感覚があった。
「対犯罪者用の簡易魔力絶縁体ですね。
かなりの強度です」
普通のルートでは、まず手に入らない品である。
余程のコネと財力を、このゲームに注ぎ込んでいるのだろう。
「とはいえ、私には効きませんけど」
指先に、小さな灯火を点ける。
魔王級の魔力を十全に扱えるだけの、鍛え上げられた魔力操作能力があれば、阻害を貫通して魔術を使うことは充分に可能だ。
ちょっとばかり面倒なだけである。
「しかし、ルールには従う事が条件でしたね」
ルールに則って、ゲームをぶち壊す事が依頼内容なのだ。
それを破ってはいけない。
灯火を消し去った永久は、小さく吐息する。
「まずは、保護対象者を見つける所から始めませんと、いけないですね」
呟いた直後、彼女の頭部が肉片となって弾け飛んだ。
僅かに遅れて、小さな銃声が響く。
まさかの最初の犠牲者となった。
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このデスゲームは、ある種の出来レースである。
最初から、勝者が絞られているのだ。
参加者のほとんどは、暴力の世界とは程遠い人間であるが、中には、主催者の息がかかった戦士が混じっているのである。
「ヘッへへッ、いただきだぜ」
硝煙を銃口から燻らせる狙撃銃を手に、一人の男が顔を好戦的に歪ませる。
欧州系の彫りの深い顔立ちだ。
全身がよく鍛えられており、見るからに強そうな印象を纏っている。
肩から顔にまで届く刺青が、凶悪そうな雰囲気を醸し出していた。
彼は、特殊な性犯罪者であった。
その性癖は、端的に言えば、ネクロフィリアである。
死体を犯す事に固執し、特に自らの手で殺した女性の身体には、格別の興奮を覚える性質をしていた。
その欲望に従って、これまでに幾人もの女性を手にかけており、その結果として逮捕される事となった経歴を持つ。
反省をしておらず、更生の余地もなく、また何よりも罪の凶悪性から死刑となる筈だった。
しかし、金の力でゲームの主催者に買われ、現在はプレイヤーとして生きている。
この生活に、男は満足していた。
今までのような自由はないが、定期的に生け贄はやってくるし、警察の影に怯えて逃げ回らずに済む。
主催者側も、彼の性癖を理解して、彼の好みにあった生け贄を差し出してくるので、協力的にやろうという気持ちにもなる。
「やっぱり……良いなぁ、この感覚はよぅ」
顔を醜悪に歪ませて、男は漏らす。
今しがた、また一人の女を殺した。
年若い少女であった。何処かの令嬢なのだろう。
線が細く、運動には向かなそうな服装をしており、如何にも弱そうな娘であった。
こんな状況だというのに、警戒心も薄く、比較的に視界の通った場所でゆっくりと立ち止まっていた。
仕留めるのは、実に容易い。
事前に主催者から聞かされていた武器の隠し場所で見つけたライフルで、一発で頭部を撃ち抜いてやったのだ。
血飛沫を撒き散らして倒れる様は、とても美しかった。
それを己の手でやったのだと思うと、下半身の滾りが抑えきれないというものである。
景気付けに、犯っておこうと彼は、警戒も程ほどに軽い足取りで道なき道を踏破していく。
まだゲームは始まったばかりである。
自分のような例外を除けば、まだ参加者のほとんどは碌な武器を手に入れられていない。
今が悠長に欲望を満たすチャンスであった。
そうして、獲物の元へと辿り着く。
僅かに繁った草の中に埋もれる様にして倒れている、頭の無い少女の死体が一つ。
もはや我慢の限界であった。
勢いよく矮躯に覆い被さった男は、血に塗れた黒い衣装に手を掛けて引きちぎるようにして、中に隠された物を白日の下に晒す。
そこには、成長途上の背徳的な少女の肢体と、その首元から臍下まで続く、パックリと縦に割れた赤い口腔があった。
「はっ……?」
あまりにも予想外の光景に、思考がフリーズする。
この状況下で、それはあまりにも悪手と言えた。
尤も、たとえ即座に反応できたとしても、迎える結末は何も変わらなかったであろう。
口腔が大きく開かれ、鋭く尖り、綺麗に並んだ乱杭歯が、勢いよく跳ね上がって男へと被り付いた。
「あが!? がっ! や、やめ……!!? ああああがぁぁぁあああああ!!」
血飛沫が吹き上がる。
肉を引き裂き、咀嚼する生々しい音が、森の中に木霊した。
男は必死に四肢を振り回して抵抗するが、首無しの化け物は異常な力でそれを抑え込んでしまう。
やがて、断末魔が途切れ、力なく手足が垂れ下がった。
抵抗の無くなった餌を、化け物は立ち上がりながら、逆さにして飲み込んでいく。
足先まで完全に消えると、開かれていた赤い口腔が、チャックでも閉めるように下から閉じていく。
首まで達すると、ようやく失われていた頭部が再生される。
薄桃色の粘液が盛り上がり、元の形を造り上げると、最後に色と質感が整えられる。
彼女は、調子を確かめるように、首を左右に何度か傾ける。
「……全く。これでは、雷裂の御兄妹を非難できないではありませんか」
全身に付着した、血痕を含む汚れを補食する事で拭い去りなから、永久は嫌そうに呟く。
食人をしてしまった事に対する嫌悪感だ。
と言うよりも、それをした事によって知り合いと同レベルにまで落ちてしまった事に対して、であろう。
知り合いとは、もはや言うまでもないだろうが、刹那と美影の事である。
最近、溜まる一方の性欲が行き場を求めた結果、意味の分からない事に食欲と結合してしまい、お互いの事を食べあっている訳分かんねぇ兄妹である。
狂人という呼び名以外に、彼らを表す言葉はないだろう有り様だ。
正直、ドン引きであるのだが、自分もしてしまった以上、あまり強くも言えない。
状況も違えば、目的も違うと言えばその通りではあるのだが、これは心情の問題である。
永久は自分が許せない。
「うぬぬぬぬ……」
一頻り、人体には不可能な角度で身体を捩りながら、呻き声を漏らすのであった。