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閑話:滅ぶべき星の運命

思い付きなんだよなぁ……。

 火星。

 赤い荒野の広がるばかりの、生命の存続を許さぬ星。


 しかし、惑星ノエリア宙域から移住してきた精霊たちの手によって、急速に開発が進みつつある。

 ごく一部ではあるが、生命力の強い原始植物が生え始めており、その勢力が星全体を覆い尽くすのも時間の問題と思える程だ。


 とはいえ、それは限られた一部であり、加えて生命力の強い植物だからこその結果の為、常識的な生物では未だただ生きる事さえ難しい環境である。


 そんな火星であるが、ほんの一点だけ、生命を許容する大地がある。

 精霊の楽園、精霊島【セレンディア】である。


 全八柱の始祖精霊の内、七柱もの生命を土台として創られたそれは、全ての循環を内部で完結させており、小さくとも完成された世界とも言える。

 惑星ノエリアから持ち込まれたそれは、火星開発の中心拠点となり、火星近域を気ままに浮遊していた。


「ここは、懐かしい匂いがして良いの」


 そんな場所に、ノエリアはやってきていた。


 里帰り、の様な物である。

 慰安旅行でもあるが。


 カミとの戦いにおいて、美影と融合し、彼女の矛となり盾となったノエリアは、現在、酷く疲弊した状態である。

 大人しくじっとしていれば、消滅の危険はないのだが、逆に戦闘行為でもしようものならば、即座にその危険が見えてくる程の有り様だ。

 その為、故郷に近い環境にいる事で、なんとか自身の安定と回復を図ろうという思惑なのだ。


 ちなみに、地球の勢力には秘密のお忍び旅行である。

 要注意危険人物として見られている彼女では、望んだからとおいそれと許可など出ないからだ。

 一応、永久や刹那やら、近くにいる者たちには告げてはいるが、ノエリアに然程の興味を持たない彼らが止める訳もなく、むしろ何で告げているのだろう、とばかりに不思議な顔をされた物である。


「星、よく来たな」


 化け猫形態でセレンディアの縁に降り立ったノエリアは、すぐに出迎えられた。


 漆黒の美女。

 黒の始祖精霊、エルファティシアである。


 古き戦友の来訪に、彼女はにこやかな笑みで応対する。


「……こっそりと来たつもりだったのじゃがなぁ。

 久しいな、黒よ」

「私が旧き友の気配を違うものか。

 ああ、久し振り……と言っておこうか。

 二百年など、我らからすれば瞬きに等しい歳月だが」

「それもそうよな。

 我も随分と人に馴染んだという事かの」


 守護者にして救世主であるノエリアが、母星の為に尽力していた事をエルファティシアはよく知っている。

 結果を見れば失敗であり、犠牲となった者たちからすれば恨み言は尽きないであろうが、彼女の苦悩と苦労を知っている身としては、殊更に失敗を詰るつもりは微塵もなかった。


(……それに、あれはどうにもならなかったしな)


 予定調和、という言葉が思い浮かぶ。


 惑星ノエリアは、滅ぶべくして滅んだのだ。

 この宇宙を、地球という星を見ていれば、そう思ってしまった。


 エルファティシアは、丁度良い機会だと思う。

 ノエリアには、当時の歴史の裏側を伝えておこうと、そう思った。

 こちらに来て、暇潰しに地球を観測している内に気付いてしまった残酷な運命という物を。


「では、人間に毒された文化に洒落こんで、歓迎の宴でもしようか」

「勘弁しておくれ。

 一応、お忍びなのじゃ。

 派手にやられてはたまらん」

「ハハッ、そうか。

 なら、茶会程度にしておこうか」


 小さく笑って、エルファティシアはデブ猫を掬い上げると、フワリと上昇した。

 そよ風に揺られる様にゆっくりとした速度で、彼女はセレンディアの中央に聳える巨大な樹木へと向かう。


「…………懐かしいの。星樹じゃ」

「ああ、そうだな。

 まだまだ苗木だが、充分に元気だ。

 緑の置き土産だとも」


 星樹。

 それは、惑星ノエリアの星核に根を下ろした、始まりの大樹である。

 天を貫き、宇宙にまでその枝葉を伸ばす姿は、数多の種族にとって畏怖と憧憬の象徴であり、誰もが敬意を抱いていた。


 それは精霊種にとっても同じであり、星の力を循環させる大樹は、始祖精霊と彼らによって産み出された直接の眷族を除けば、ほとんどの精霊の母とも言える存在である。


 今はまだ、全長は300メートル弱の苗木だが、順調に成長すればいつかはかつての威容へと変貌し、再び精霊の母となってくれるだろう。

 そう感じさせる程の力強さを、今現在でも誇っていた。


 大樹の側には、色とりどりの光が纏わり付き、気ままに浮遊している。


 精霊たちの光だ。

 遊んでいるのだろう。

 母猫にじゃれ付く子猫の様である。


「……あのような光景を見られるだけで、我は満足じゃな」

「出来れば、母なる星で見続けたかったがな」

「それは言わんでくれ。心が痛い」

「すまん。詮ない事を言った」


 やがて、彼女たちは星樹の頂上付近に降り立つ。


 そこには、惑星ノエリアで育まれた文化様式の町が広がっていた。

 東西南北、多種多様な文化がごちゃ混ぜになっており、規則性らしきものは見受けられない。

 精霊は基本的に自然の中に生きる為、誰も使用していない事もあり、良く言って博物館のような、悪く言えばゴーストタウンのような雰囲気を漂わせている。


 エルファティシアの腕から飛び降りたノエリアは、周囲をグルリと見回しながら、懐かしさを覚えた。


「これは……白の遺産かの」

「ご明察……と言う程でもないか?

 文明に入れ込んでいたのは、我らの中ではあいつが一番だったものな」

「そうじゃの。

 皆、自らの支配領域に引き込もってばかりの連中であったわ。

 文明の営みに触れておったのは、あやつと、黒……貴様くらいじゃろ」

「そうだな。

 だから、私が残った、残されたのだが」


 育まれてきた文明に寄り添っていた二柱、黒と白の始祖精霊。

 残された者たちを纏め上げ、導く者として、彼らが最も適任だと一致し、そして最終的には黒が選ばれた。

 白は文明に興味こそあったが、それを造り上げる者たちには執着が薄かったからだ。


 だから、エルファティシアが選ばれ、同胞たちの亡骸の上で今も一人で生き長らえている。


「……そうか」


 あちらこちらに点在するかつての同胞の残り香に、そしてエルファティシアの心痛に、ノエリアは目を細めずにいられない。


「…………星」


 無言で、冥福を捧げていると、エルファティシアが小さく呼び掛けてきた。


 見上げれば、至極、真面目な表情をした彼女がいる。

 先の言葉を待つと、少しだけ迷いを抱いた沈黙の後に、彼女は口を開いた。


「お前に、見せたいものがある」

「何じゃ?」

「……こっちだ」


 エルファティシアが町の中心部へと向かう。

 ノエリアは、素直にその後ろを付いて歩く。


「……我らは、星喰いの侵食を止められず、お前が敗北して行方知れずとなった段階で、惑星ノエリアの存続を諦めた」


 やがて辿り着いた中心部には、穴が開いていた。

 遥か奈落へと繋がる小さな穴だ。


 エルファティシアは、言葉を紡ぎながらそこに飛び込む。

 ノエリアも、それに続いた。


「……すまぬの。我が不甲斐ないばかりに」

「謝らないでくれ。責める気はないのだ」


 ずっとずっと、下まで一直線に落ちていく。


「そうと決めた我らは、種を残す事を決めた。

 我らが存在したという証明を残そうとしたのだ」

「……文明を残そうとした。

 それがあの町並みかの?」

「あれもその一つだな。

 しかし、あんなものはただの物体でしかない。

 我らの証明にはなるだろうが、それだけだ。

 未来はない」


 やがて、大樹の幹を抜けて、周囲が大地の壁へと変わる。

 それでも、まだ穴は続いていた。


「もしかしたら、まだ知らない何処かに新天地があるかもしれない。

 そんな淡い可能性を無謀にも信じていたのだ。

 いや、信じようとしたのだな。

 せめてもの気休めに」

「…………」


 話の行く先が見えたノエリアは、黙って同胞の言葉を聞く。


 ようやく底へと辿り着いた。

 土の壁が消えて、明るい空間が開けた。


 広い空間だ。

 球状に広がったそこには、重力が存在しておらず、全ての方向を床面として、効率的に空間を使用している。

 極度の低温となっており、彼女たちが精霊で無ければ、すぐさまに凍り付いていただろう。


「ここ、は……」


 周囲を見渡したノエリアは、言葉に詰まる。


 この空間の異様さに。

 機械的な造りをした、惑星ノエリアでは存在しなかった形に。


 壁に張り付いている装置の一つに近付く。


 霜の降りたカプセルがあり、中には二足歩行する獣とでも言うべき種、獣人種の男女が眠りに着いていた。


「これは……まさか……」

「サンプルだ。

 この場所には、惑星ノエリアに存在した全ての動植物の遺伝子情報と実物のサンプルが収められている。

 知能の有無に関わらず、な」


 ないのは、遺伝子や遺体という概念のない、精霊種と天竜種の二種族だけだ。


「そんな……。どう、やって……」


 ノエリアは詰まる言葉を振り絞って、問いかける。


「見たままさ。

 この施設は、その為の場所だ。

 その為に造られた……らしい」

「らしい、とは」

「ふふっ、その疑問も尤もだな。

 なにせ、この様な高等な機械文明は、我らの星には存在しなかったものな」


 惑星ノエリアは、魔法文明の発達により、科学文明の発達は然程でもなかった。

 原始的な機械がやっと登場していたくらいである。

 この様なコールドスリープを継続的に維持するような施設は、間違ってもあり得ない。

 だから、ノエリアは機械に疎かったりするのだが。


 当然の疑問に、エルファティシアは小さく笑う。


「私もつい最近までよく分かっていなかったのだがな。

 だが、こちらに来てから、その疑問が氷解してな。

 結果、我らの星は滅ぶ運命にあったのだとも確信してしまった」

「……どういう事じゃ」


 母星が滅ぶべくして滅んだ、と言われては、守護者であるノエリアとしては、内心、穏やかではいられない。

 心の中に黒い感情が湧き上がりながらも、しかし相手が同胞という事で、なんとか暴発させずに抑え込む。


「この施設を寄越してくれた者たちは、ここをこう呼んだよ」

「……なんと?」


 続いて告げられた言葉は、唖然とせざるを得ないものだった。


「マジノライン終式(ついしき)【ノア】、と」

「…………はぁぁ?」

当初の予定では、こんなエピソードはなかったんだけどなぁ……。

予定は未定とはよく言ったものよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだこの最後にまた引き込んでくる感覚はっ!!! [気になる点] 刹那が惑星ノエリアとの最終決戦の時にサンプルとして生き物を確保していたって認識でいいのか??? 何にせよ種は撒かれた、どん…
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