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エピローグ:半エネルギー生命体

思えば、前回のあれが、この作品における初めてのキスシーンなんだよな……。

求愛行為は他にしてるのに。

補食とか。


初めてなのに、ヒロインがミイラ状態とは。

 突発的に発生した第四次大戦は、十日と経たずに終結した。

 元凶による思考誘導が解除され、これ以上、争い合う必要性がなくなった為、両陣営共に早々に矛を収めたのだ。


 とはいえ、全てが元通り、とも言いきれない。


 戦争は戦争。

 人的にも物的にも、決して無視しきれない程度の被害がお互いに発生しており、その補填をどうするのか、という事で各国首脳部は連日終わらない会議に明け暮れていた。


 会議は踊る、されど進まず。

 あるいは、戦争は終わらせる事こそが難しい、とでも言うべきか。


 ともあれ、そこで頭を悩ませるのは政治家たちの仕事であり、関係の薄い一般人たちは戦災復興に取り掛かり、徐々に日常を取り戻そうと励んでいる。


 そして、そんな巷の喧騒から離れた所にいる者たちも、若干だが存在していた。


~~~~~~~~~~


「いやー、君、よく生きてるねー」


 とある病室に、美影の感心したような声が広がった。


「モゴモゴ(いやいや)、モゴモゴモゴ(あんたは何でそんなに元気なんスかね?)」

「え? なんつってんのか、さっっっぱり分かんないだけど?」


 猿轡でも噛まされているかのような、籠った唸りのような声に、美影はわざとらしく耳に手をやりながら言い返した。


 ここは、風雲俊哉の病室であり、つまり先程の唸り声も彼の物である。

 そして、病室の主である彼は、ベッドの上で縛り上げられていた。


 全身を包帯やギプスなどで強固に固められ、顔面さえも人相が分からぬ程であり、完全にミイラそのものである。


 中華連邦突破の際、疫災の魔王を追って単独で行動していた彼は、追っていった先にて待ち伏せしていた一般魔術師たちより袋叩きに遭うという絶望的な戦闘を繰り広げていたのだ。

 天使出現により、矛先が逸れた隙に何とか逃げ出した俊哉だが、その時には既に満身創痍の瀕死であった。

 戦争が終結して回収された時には、完全に危篤状態であり、刹那と瑠奈の二人がかりの治癒術を施していなければ、本当に死んでいただろう有り様だったのである。


 何とか危篤状態を抜けて、一命を取り留めた後は、一般病院に預けられ、常識的な治療を施されている。

 未だ重傷には変わりないのだが、少なくとも命に関わる事はない。


 それが、今のミイラ姿の理由である。


 しかし、それは美影とて同じ事の筈だ。

 俊哉が聞いた話では、彼女は衰退の力を浴びた所為で、こっちはもっと分かりやすくミイラの様に干からびた状態だったらしいのだ。


 そうと聞いていたのに、同じ病院にいるからと、元気にお見舞いにやってきていた。


 包帯の隙間からちらりと覗く視界の中には、記憶にある姿とまるで変わらない健康そうな彼女の立ち姿が見えていた。

 自分が全く回復していないというのに、それ以上に重傷そうだった美影の方がピンピンしている現実の不可思議に、彼は首を傾げずにはいられなかった。


 そんな俊哉の疑問を感じ取ったのか、ふふん、と自慢そうに鼻を鳴らして胸を張る。


「君みたいな不健康人間と一緒にしないでよね!

 怪我くらい、ご飯をお腹いっぱい食べて、ぐっすり寝れば一晩で治るに決まってんじゃん!」

「モゴモゴ(嘘つけ)!

 モゴモゴモゴ(そんなん人間じゃねぇよ)!」

「そんな事いわれてもなぁ~。

 治っちゃったもんは仕方ないじゃん?」


 流石に一晩というのは誇張表現ではあるものの、美影は実際にそれ以外に治療らしい治療をせずに、僅か四晩にて今の状態となっていた。


 これには、自らの血をよく知る雷裂一同も目を瞠っていたものだ。

 ここまで常識はずれな身体はしていないと、美影本人さえも驚いていた。

 気にしなかったのは、外の人間である刹那と母の瑠奈だけであった。


 ともあれ、見た目は回復した彼女だが、現在は検査入院中である。

 本当に回復したのか、よく分からないので確認をしている真っ最中であり、本人は暇なので怪我人仲間の俊哉の事をなんとなく思い出して、暇潰しにお見舞いにやってきた訳だ。


「それにしても、本当によく生きてたね」

「モゴ(まぁな)」

「十中八九、死ぬと思ってたのに」

「モゴモゴ(おいコラ)」

「だって、敵陣の奥地に一人で突っ込むんだよ?

 魔王でもないくせに。

 絶対に死ぬって」

「モゴモゴ(こいつ! こいつ!)。

 モゴモゴモゴ(とんでもない事言い始めやがったぞ!)」


 俊哉の配役を決めたのは、美影である。

 他に適任らしい適任もいなかったので納得していたのだが、そこまで切り捨てられていたとなれば、抗議の一つも言わずにはいられなかった。


 しかし、美影は全く罪悪感を持っていないらしく、当たり前の様に語る。


「だってー。

 僕の優先順位的に、お兄の方が圧倒的に上だしー。

 女の子ならちょっとは考慮してあげても良いけど、トッシー君ってば男じゃん。

 自分で根性見せろ」

「モゴモゴ(男女平等!)。

 モゴモゴモゴ(差別のない社会を!)」

「はっ、しゃらくさいね。

 そんな化石みたいな価値観、時代遅れだよ」


 考慮にすら値しない。

 美影は鼻で笑って訴えを退けた。


「分かってないなら言っとくけど、僕の中で君の存在って然程大きくないからね?

 お兄に比べたら塵芥に等しい」

「モゴ(いやー)、モゴモゴ(それは知ってるッスけど)」

「なので、トッシー君の命一つでお兄の命が錬成できるなら、実に安い買い物という事で。

 等価交換にもなっていないぜい」

「モゴモゴ(清々しいなぁ~)。

 モゴモゴモゴ(ここまではっきり言われると)、モゴモゴモゴ(抗議する気にもならないッス)」


 酷い事を言われている気もするが、この女がそういう人間である事は重々承知している。

 今更、驚きもしなければ、一々傷付く事もない。


 美影は、不意に指先を伸ばし、その先を病室の入り口へと向けた。


「君に値段を付けてくれるのは、あっち」


 首が動かないので、視線だけでそちらを向けば、そこには半開きになった扉と、その縁から少しだけ顔を覗かせる、目の前の冷酷女とは比べ物にならない可愛い女の子がいた。


「こ、この泥棒猫……! です!」

「モゴ(あー)、モゴモゴモゴ(あれは何やってんのかね?)」

「新しい芸風でしょ?

 倦怠期に入らない為に、たまには味付けを変えるべきかという試みなんじゃない?

 可愛いよね」


 気付かれた事に気付いた雫は、それまでの嫉妬に歪んだ表情を改め、いつも通りの眠たげな表情となりながら、勝手知ったるとばかりに遠慮なく入室してきた。


「おっすー、です。

 トシ、元気にしてるか? です」

「モゴモゴ(おっすー)。

 モゴモゴ(元気と瀕死の狭間にいるぜ)」

「……あのー、雫ちゃん? 僕もいるんだけど」

「…………チッ! です」

「まさかの舌打ち!」


 無視された形となった美影が切り込めば、極寒の視線と鋭い舌打ちが返ってきた。


「何でテメェがここにいんだ? です」

「え? お見舞い?」

「パンチをか? です」

「違うよ!? 僕を何だと思ってんのさ!」

「冷血暴力女だぞ、です」

「そんな! こんなに愛に溢れてるのに!」


 端的で明快かつ、全く遠慮のない言葉の暴力に、美影はさめざめと泣き始めた。

 雫は、鬱陶しいと鼻を鳴らして無視して、俊哉もまた触れなかったが。


 四秒で飽きた彼女は、泣き真似から一瞬で切り替えて立ち上がると、


「いいもんねー!

 僕にはちゃんと良い人がいるもんねー!

 お前らは勝手にイチャついてればいいんだ!

 待っててね、お兄ー!」


 捨て台詞を吐いて、颯爽と消えていった。


「……意味わかんねぇ、です」

「モゴモゴ(いや、意味は分かるけど)」


 ともあれ、邪魔者は去った。

 なので、雫は俊哉へと向き直りながら、彼の様子を確認する。


「経過は……良いみてぇだな? です」

「モゴモゴ(おかげさんで)。モゴモゴ(快方に向かっております)」

「じゃあ、今がチャンスだな、です」

「モゴモゴモゴ(えっ、何が?)」


 不穏を感じた俊哉が問うと、雫はベッドの上に乗り込み、彼の上へと馬乗りとなりながら答える。


「ウチ、この間、遂に生理が来たんだぞ、です。

 女の子になったんだ、です」

「モゴモゴモゴ(そりゃおめでとう)。

 モゴモゴモゴ(で、それが今と何の関係が?)」


 なんとなく何をしようとしているのかを察しながら、しかしそれでも必死に目を逸らしつつ訊ねる。

 雫は、蠱惑的な指使いで俊哉の胸板をまさぐりながら、それを言った。


「動けない今が狙い目じゃねぇか、です」

「モゴー(いやー!)。

 モゴモゴモゴ(だ、誰か助けてー!)」


 必死に助けを求めるが、雫はそれを嘲笑うように幼い容姿からはかけ離れた艶然とした笑みを浮かべる。


「助けを呼んでも無駄だぞ、です。

 この病室の防音は完璧だって、ルナの奴が言ってたぞ、です」

「モゴモゴ(あの人か!)。

 モゴモゴモゴ(あの淫乱ナースの差し金か!)」


 何処までも祟ってくれる雷裂の女衆に、俊哉は呪い電波を発信して憂さ晴らしをする。

 現実逃避とも言うが。

 心の美雲は、不本意だと言っていた。


「安心しやがれ、です。

 ウチも初めてだから大丈夫だぞ、です」

「モゴモゴモゴモゴ(何一つ大丈夫じゃないぞー!)」


 その後、どうなったのか。

 俊哉は貝のように口を閉ざして語らなかったという。

 雫が不貞腐れたようにしていた事から、推して知るべし。


~~~~~~~~~~


「お兄、やっほー」

「やぁ、愚妹。よく来たね」


 俊哉の病室から逃げ出した美影は、病院の地下にある秘密診察室にやってきていた。


 オーナーにも内緒でこっそり造った場所である。

 何故、秘密なのかと言えば、特に意味はない。

 強いて言えば、ただのお茶目心と言おう。


 造るだけ造って満足したのだが、使わないのも勿体ないという事で、特に意味もなく使う事もあった。

 本当に機密にしたいのなら、こんな場所を使ったりしないし。


 今は刹那が、美影の身体を調べる為になんとなく使用している。

 そろそろ診断結果が出たのではないか、と思い至った彼女は、こっそりとやってきたのだ。


「どう? どう?

 僕、ナイスバディに成長してる?」

「ふむ、身長体重、及びスリーサイズ、共に変化無し。

 いや、あの干物からよくもまぁここまで正確に戻ったものだな。

 何かの呪いかね?」

「そんなの僕が訊きたいよ!

 何で成長しないかなぁー!」

「さて、そんな事はどうでも良いとして」

「良くないよ? 全然良くない」


 彼女の抗議を黙殺し、刹那は早速に本題へと入る。


「問題は、こちらの方だな」


 言って、一枚のレントゲン写真を取り出した。

 全身の骨格を前方から写し取った写真である。

 とても理想的な骨格をしており、歪みやバランスの崩れている場所は、何一つとして見当たらない。


 美影には、一見して何処が問題なのか、全く分からなかった。


「んー?」

「理解できないかね?

 では、こちらをどうぞ」


 首を傾げる彼女に、薄く微笑んだ刹那は、もう一枚の写真を取り出した。

 レントゲン写真である事は同じだが、先の一枚とは違い、カラー表示された物である。


 今の時代、レントゲン写真に実際のカラーを付ける技術が確立している。

 手荷物検査などの分野では活躍しているが、医療現場ではそこまで必要とされない技術だ。

 骨に色を付けても白くなるだけだし。


 だから、そこには本来ならば当たり前の様に何も変わらない骨格が写し出されている筈だった。


 しかし、そこには真っ黒な骨格があった。

 美影の骨の全てが、黒く染まっているのである。


「愚妹よ。貴様、いつの間に烏骨鶏の遺伝子を組み込んだのかね?」

「知らないよ!? そんなの僕が訊きたいよ!?

 え!? っていうか、えっ、これ何!?

 どゆ事!?」


 自分の骨が黒く染まっているという事実に、流石に動揺する美影。

 つい、ちょっと肉を引き裂いて確認したくなってきた。


 しかし、それを実行に移す前に、兄から答えがもたらされる。


「うむ。色々と調べてみたのだが、どうやら黒雷が骨格にまで侵食しているようでね。

 黒く見えるのは、その影響のようだ」

「え、えー? それ、大丈夫なの?」

「不都合らしい不都合は確認されていない。

 強度も、脆くなるどころかむしろ頑丈になっているくらいだからな。

 ……ああ、そうだ」


 そこまで言って、一つ思い出したと彼は付け加える。


「もう一つ。

 骨格の強度が上がった為、どんなに頑張っても今以上の成長は見込めないだろうね。

 ハハハハ」

「笑い事じゃないよ! 僕にとっては深刻だよ!」


 小学生レベルの体格で終わりだという事が決定付けられた瞬間だった。

 美影は心から泣きたい気分である。


「まぁ、気にするな。

 私はちっちゃい愚妹も好きだぞ。

 うむ、抱き枕にすると丁度良さそうだ」

「……それなら良いんだけどね」


 少しだけ持ち直した彼女は、じっとりとした視線を呉れながら、話題の続きを促す。


「それで? 他には何かあった?」

「そうだな。

 これはどうかな? 面白いぞ」


 次に取り出されたのは、全身の魔力流路を写し取った写真であった。


 魔力の流れを見る物であり、通常、それは全身に走っている。

 とはいえ、血管や筋肉などとは違い、隅から隅までという程ではなく、魔力流路だけを写せば、たとえ魔王たちのそれであろうとも、子供の書いた棒人間のようになるのが普通である。


 その、筈だった。


「……何、これ」


「今の愚妹の流路だ。

 いや、実に凄まじいね」


 全身を隅から隅までくまなく網羅し、完全なる人の形へと成長した流路体となっていた。


「ここまでの密度となると、もはや単なる流路では収まらない」

「……というと?」

「私に近付いている、という事だ。

 半エネルギー生命体と言えるだろう。

 肉体と並列して、エネルギーだけで構成されたもう一つの身体が形成されているに近い」

「……それって喜んで良いんだよね?」

「化け物に近付いた事を喜べるなら、諸手を上げて感激すべき場面だね」

「…………うん」


 一拍、噛み締めるように頷いた後、彼女は言われた通りに両手を掲げて、喜色満面の笑顔を浮かべた。


「わぁい!! 褒めて褒めてー!」

「よーしよしよし。

 うむ、素晴らしい出来だぞー。

 完全に人間辞め始めたなー」


 人の進化は止まらない。

 究極を目指した血脈は、神が定めた限界を突破してしまっているのだから。

 その最先端にいる彼女が何処まで辿り着くのか、それはまだ誰も知らない事である。

よし、面倒だからこれで章は締めとしよう!


いつも通りに、ちょぼちょぼと閑話を挟んだ後に、新章に入ろうと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 状況がめちゃめちゃ深刻な中でもほとんどシリアスを感じずに読めてとても面白かったです!! 戦闘シーンもかっこよかったりムネアツなシーンが多くて最高でした。 [気になる点] たまにはシリアス…
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