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分かたれる魂

あと2~3話と言ったな。

あれは嘘だ。


今回で終わりよ。

面倒だから1話に纏めました。

 重い手応え。

 あまりにも、重過ぎる。

 まるで、星そのものを蹴り飛ばしたような巨大な感触だ。


 強めにいったと言うのに、芯に当てたと言うのに、一方で攻撃を徹した感覚は非常に薄かった。


 そして、それを証明するように。


『悲しき事だ……』


 一言、巨神へと再構築されつつあるカミが呟く。


 そこに痛痒の色はない。

 いまだ傷付き、細く薄い身体付きだというのに、もはや美影の蹴り脚に揺らぐ事さえしていなかった。


 認めていた。

 敵である、と。

 己の道を阻む大敵だと、確かに認めていたのだ。


 だというのに、これ程に矮小となってしまった。

 それが、悲しくもあり、寂しくもあった。


 羽虫を払うように、力ない動作で腕を振るう。


「チッ!」


 舌打ち一つで、僅かに遅れながら退避する。


 ギリギリで躱す。

 彼女のすぐ下を巨大な力がすり抜けていく。


『おい、反応が遅れておるぞ』

「うっさい!」


 脳裏に響く苦情に、美影は一喝する。


 躱せない攻撃――巨神にとっては攻撃とも言えぬものだが――だった。

 実際に、躱せている。


 だが、これ程に紙一重となる筈がない。

 身を重ねている今、彼女が持つスペックはよく分かっている。

 そこから導かれる予想と現実の乖離には、苦情の一つも付けねば気が済まなかった。


 美影にも、自覚はある。

 しかし、どうにもならない事はあるのだ。


「クッソ……! 滅茶苦茶な構造しやがって!」


 人の殻を完全に脱ぎ去った巨神の動きは、人のそれと似て非なるものへとなっていた。


 まともな戦人ならば、だからどうした、という程度の差異でしかないが、美影にとっては重大な変化である。


 彼女の見切りが早過ぎるのだ。

 動き出しを見るよりも早く、脳が発する動作信号よりも早く、彼女は相手の一秒先を感じ取れる。

 それが出来るが故に、常に先手を取れていた。


 しかし、それは相手が人であればこそ、だ。

 彼女は人に打ち勝つ為に作り上げられた才人である。

 人ならざる存在を、基本的には想定していない。


 故に、読み違えが生じてしまう。


 最速で見切った動きと、現実に反映される動きの間に、無視できない程の差が出来てしまうのだ。


 僅か一瞬の遅れ。

 されど、確かな一瞬の遅れ。


 彼我の間に大きな性能差があれば、無視しても良い程度の物であるが、実力が拮抗していれば、それは大きな隙となってしまう。

 実力を上回られていれば、もはや取り返しが付かない程に重大な瑕疵であろう。


 グラリ、と態勢が崩れる。

 無理な回避運動をした事が災いし、動きが止まってしまった。


 それを見逃してくれる様な甘い相手ではない。


 巨神の腕が颶風を引き起こしながら迫る。

 単純な質量と速度でも大概だが、更に厄介な事に、腕を星焉の力が覆っていた。


 直撃すれば、比較的に柔い美影など、瞬時に分解され、あらゆる保存法則を無視して塵一つこの世に残らないだろう。


「チィッ……!!」


 躱しきれないと断じた彼女は、羽衣を引き延ばし、蜷局(とぐろ)を巻かせて盾とする。

 渾身の力を込めて最大限に強化して受け止めた。


 弾ける。


 羽衣の盾は儚く引き千切られ、その衝撃で美影も大きく弾き飛ばされた。


『GYAGOOOOOOOO!!』


 目の前の障害を取り除いた事で生まれた、ほんの僅かな気の緩み。

 それを隙として、巨神の背後からヴラドレンが強襲した。


 喰らい付く。


 乱杭歯の並んだアギトを広げ、巨神の胴体に牙を突き立てた。


『そういえば、貴様もいたな』


 美影にばかり意識が行っていて、完全に忘れていた。

 しかし、一方で殊更に驚く様子もなく、巨神は自らに噛み付く恐竜を見下ろす。


 その牙からは、消滅を示す蒸気のような揺らぎが立ち上っていた。


 エネルギーの安定した巨神は、全身に鎧のように星焉の力を纏っている。

 喰らい付けば、たちまち滅びがもたらされてしまう。


 ヴラドレンがなんとか即座に消滅せずにいられるのは、牙に正逆の属性である混沌を纏わせているからだ。


 とはいえ、それも小さな力だ。

 先程までの大暴れによって、彼の魔力はほぼ尽きている。

 今は、この僅かな時間で回復させた分と、纏わりついている永久が補佐する形で、なんとか混沌魔力を生み出しているに過ぎない。


 巨神からすれば、儚く、淡いエネルギーだ。


 彼は、喰らい付く顎を両手で掴み、軽々と押し広げて自らから引き離した。


 その喉奥に、暗い輝きが瞬いた。


 咆哮(ブレス)


 全霊を振り絞った魔力が吐き出される。

 しかし、巨神の鎧を貫くには、それはあまりにも頼りなかった。


 傷一つ与えられない。

 ほんの僅かに、巨神の中に煩わしさを生んだだけであった。


『先の返礼をしてやろう』


 暗いオーラを放ちながら、上下の顎を掴む腕に力を込める。


 引き裂いた。

 胴の半ばまでの肉が、一気に千切られ、中身を溢れ落ちる。


『この程度で死にはすまい』


 その通りであった。

 命のストックを使って、ヴラドレンは即座に再生を始めている。


 だから、巨神は追撃を行う。

 両腕から刃のように星焉の力を薄く伸ばす。


 閃。


 何処を狙うという訳でもなく、目に付いた大きめの部位からヴラドレンを細切れに解体した。


『止めを……』


 刺そうとする。


 完全に動きを止めたので、纏めて滅してしまおうというのだ。

 肉片一つ、塵さえも残さずに滅ぼしてしまえば、どれ程に命のストックがあろうと関係ない。

 確実な死を与えられる。


 サイコロステーキのようになりながらも再生しようとする、人間の範疇を越えた能力に呆れながら星焉を放とうとした。


 寸前。


 巨大な、巨神ほどもある隕石がフルスイングでヒットした。


 その正体は、砕けて散乱していた浮島の破片である。

 美影が発生させた特殊磁力によって一塊にされたそれが、遠心力込みで強かに打ち付けられたのだ。


 重量と速度に、巨神は流石にたたらを踏むようによろめいた。


「おいコラ、何処見てんだテメェッ!!」


 復帰した彼女が吠えたてる。


『……まだ生きていたか』


 見れば、まだまだ元気そうな姿が確認できた。

 先程で殺せたとは思っていなかったが、ここまで無傷でいるとも思っていなかった。


 少しばかり意外に思いながらも、それだけの感情で済ませて改めて向き合う。


 チラリ、と背後を見れば、断片となったヴラドレンが永久の助けも借りて急速再生している。

 美影を秒殺したとしても、その時には復活しているだろう。


 苦戦する相手ではない。

 両者共に。

 たとえ、連携してきたとしても、問題なく殺せる。


 しかし、一々面倒だと、巨神は思った。

 なので、一辺に纏めて抹殺してしまおうと考える。


『煩わしい、虫どもが……』


 力が高まる。星の援護を得た、大出力の炸裂が予見できた。


「チイィィィ……!!」

「あわわわ、不味いですよぉう」


 察知した内に、反応したのは美影と永久の二人だった。


 魔力超能力混合術式《黒城雷壁》。

 混沌魔法《暗ク深イ穴》。


 美影は、渾身の力で黒雷の壁を作って盾とし、それを裏から再伸長させた羽衣によって支える。


 永久は、固有亜空間にストックしていた自らの身体を全放出し、それを細胞の一欠片に至るまで混沌魔力で覆う。

 底無しの無駄飯喰らいを作り出した。


『……消え失せよ』


 一瞬の溜めの後、全方位に向かってそれが炸裂した。

 二つの黒い防壁が拮抗できたのは、数瞬だけであった。

 圧倒的な力の奔流を受け止めるには、あまりにも足りず、千々に引き裂かれてしまう。


「く、ぁ……」


 永久はほとんどの細胞を消滅させられ、小さな水溜まり程度に萎んでしまっていた。

 それでもなんとかヴラドレンだけは守りきり、近くには再生中の肉塊が落ちている。


 美影の方は、


『しぶといな……』


 立ち込める消滅煙の中を、雷光が駆け抜けた。

 粉塵を突き抜けて、彼女が姿を現した。


 黒雷が放たれ、巨神を撃つ。


 しかし、それはあまりにも儚いものだった。

 規模も小さければ、中身も詰まっていない。

 ノエリアの持つ分を合わせても、全ての魔力が尽きてしまったのであろう。


 躱すまでも、防ぐまでもない。


 無防備に受け止めながら、無造作に腕を振り回す。


 しかし、彼女は落ちない。

 一発でも掠れば、それで終いだというのに、一寸も怯まずにそれらを見切り、しっかりと躱していく。

 そして、隙を見ては意味のない攻撃を繰り出していく。


『……虫が』


 巨神が僅かに距離を取る。

 彼にとっては、一歩後退した程度の小さな距離だが、美影からすれば大きく距離を空けられていた。

 サイズの差である。


 薄皮一枚に張り付かれていては、素早い敵は捉えきれないと判断しての事だ。

 おかげで、ちっぽけな抵抗者の姿がよく見えた。


 危険を察知したのだろう。

 彼女は既に動き出している。


 だが、それを逃す程、巨神とて甘くはない。


 威力ではなく、速度重視で星焉を放つ。

 広域に拡散させ、確実に美影を捉えた。


 光が収まった後、力なく落ちてゆく影が二つあった。

 美影と、彼女から分離したノエリアである。


 彼女たちは、偶然にも下方にあった浮島の破片に落下し、起き上がらない。

 起き上がれない。


 ノエリアは、自己を保つ事も難しいのか、姿形が霞んでおり、時折、明滅していて今にも消え去りそうである。


 美影も、似たようなものだった。

 ノエリアがとっさに庇ったおかげで、完全な消滅こそ逃れられているものの、その姿は完全に肉が削げ落ちている。

 ほとんど骨と皮だけの痩せ細った身体となっており、ミイラとさして変わらない有り様だ。


 意識はあるようで、なんとか立ち上がろうとしているようだが、肉のない手足は自重を支える事も出来ず、その場で哀れにもがく事しか出来ていなかった。


 もはや、放っておいても死ぬだろう。


 そう見えるが、巨神はそれで満足しなかった。

 これまで、理解の出来ない程の抵抗を見せてきた連中である。

 ここからどの様な手札でもって逆転してみせるか、分かったものではない。


 だから、彼は確実に止めを刺そうと、足を振り上げて踏み潰さんとした。


 迫り来る足を見上げながら、ノエリアは倒れたまま言葉を発する。


「おい、汝。なんか切り札でも出すが良い」

「あるように見えんの、お前」

「ないと潰されるだけじゃぞ、虫のようにのぅ」

「うるさいなぁ。

 大体、これ、もうエキシビションだから良いんだよ」

「あん? どういう意味じゃ?」


 美影の応答に訊き返せば、彼女は鬱陶しそうに答える。


「そのまんまの意味だよ」


 吐息し、足掻くのを止めた美影は、大の字に転がって落ちてくる巨大な足を見上げた。


「僕たちはもう、勝ってんだよ」


 強烈な踏みつけ。


 重量だけでもまともな人間なら死ぬが、更には星焉の力を纏っており、抵抗の余地はない必殺の威力が落ちた。


 美影たちの横に。


『?』


 浮島の端を消滅させながらも、しかし肝心の敵が無事な様子に、巨神は首を傾げた。


 意図して外した訳ではない。

 嬲るような趣味はないし、それで妙な手札を切られても堪らないから。


 ならば、美影たちが躱したのかと言えば、そうでもない。

 もはや自力での移動はままならない姿となっており、実際に彼女たちはその場から全く動いていない。


 だと言うのに、外した。


 目測でも見誤ったか、と納得できそうな思考を紡ぎながら、再度の止めを放つ。


 しかし、やはり外れる。


 踏みつけも、拳も、星焉を放っても、ギリギリの所で当たらない。


 何が起こっているのか、と焦りと不安を抱いたその時、巨神の中に響く声があった。


『遊ぶ事を許そう。

 少しばかり傷付ける事も看過しよう』


 身体が、固まる。

 肉体の操作権が、一気に持っていかれる。


『しかし、ただ一つ、それだけは駄目だ。

 そのメスを(こわ)す事だけは、私以外の何者にも認めない。

 私だけが(あい)して良いのだ』


 巨神の身体に、ヒビが入る。


『グッ、き、貴様……!?』

『全く、馬鹿馬鹿しい。

 分かっていた事だろう?

 化け物は、私の領分だと』


 端から砕けて崩れてゆく。


『人を切り捨てたのは、失策だったな。

 新たな民を生み出すのは良かったが、戦いに集中して途中から生み出さなかったのもマイナス点と言える』


 人の救世主であるカミだが、人から見捨てられればその力は消えていく。

 それに代わる新たな信仰を生み出したまでは良かったが、それを放置していた事で、外の者達に狩り尽くされてしまっていた。


 結果、誰にも望まれない脱け殻だけが残った。


『何者にも望まれないお前に、居場所などないと知れ』

『貴様がッ! 貴様が言うなぁぁぁぁ!!』

『クッ、フハッ、フフフハハハハハハッ!!

 負け犬の遠吠えは心地好いな。

 私はちゃんと望まれているというのに』


 ただ一人、絶対なる味方がいる。

 己がどうなっても、どんな状況であろうと、己を裏切らないと根拠なく信じられる相手がいる。


 そして、その信を裏切る事なく、彼女は信じていてくれた。

 世界の誰もが己を忘れようとも、彼女だけは覚えていてくれた。


 たった一人。

 されど一人。


 その差を、刹那は嘲笑う。


『失せよ、望まれない英雄。間違った救世主よ。

 後の事は、全て任せたまえ』

『ギっ、あ……カ、カッ……』


 巨神の身体が、遂に人の大きさにまで崩れ落ちた。

 そして、その中身もまた、決着が付く。


 人の大きさにまで萎んだ破片が、孵化するように割れ砕けた。

 中から現れたのは、スーツを着た一人の青年、刹那であった。


 世界を巻き込んだ大騒動は、人知れず、ひっそりと幕を下ろしたのだった。


 彼は、ゆっくりと下降すると、虫のように這いつくばるノエリアを鼻で笑って、愛しい女を優しく抱き上げた。


「ふふふ、ただいま。愚妹よ」

「おかえり、お兄。

 ご褒美にチューして欲しいな」

「ほほう? それが望みかね? 良かろう」

「え? うっそ? マジで? ……んー」


 まさかの快諾に、目を輝かせた美影は、唇を尖らせて兄のそれを待つ。

 すると、本当に刹那は自らのそれを美影の唇と重ね合わせた。


「んむ、ちゅう……」


 もっと、とせがむように啄む美影に、刹那は重ね合わせる以上の事はしてあげない。

 そんなイチャツキを転がったまま呆と眺めていたノエリアだったが、


「あ」


 と、何かに気付いたように声を漏らした。


 一分程で、普段の言動からは考えられないくらいに可愛らしいキスは解かれる。

 後には、満足感と不満感の入り交じった表情の美影がいた。


「お気に召さなかったかな?」

「むぅー。もうちょっとお兄に積極性が欲しかったなー、って」

「それはあと二年の辛抱だね」


 刹那も我慢しているのだ、これでも。

 禁が解かれれば我慢はしない。

 欲望のままにする事はするつもりである。


「あと、こんなミイラで初めてはしたくなかった。

 僕だって女の子なんだよ?」

「私は、貴様の魂を美しいと思っているのだ。

 見せ掛けなど、些細な事である」

「……これ、本気で言ってるんだもんなぁ」

「…………うぬぬぬ」


 恋人のような語らいを横で聞かせられながら、ノエリアは唸りをあげていた。


(……今、小娘に霊格が移っておったような気が。

 相性を見るに、〝救世主〟の霊格かの)


 今回の一件で、世間から見れば美影は、人類の為に孤軍奮闘していたようなものである。

 永久やノエリアも手伝っただの、実態は愛しい相手を取り戻す為だっただの、人類の事など眼中外だっただの、そうした事は些細な事だ。


 だとすれば、彼女こそが救い手として選ばれたとしても、何らおかしくはない。

 実際、ほぼ最後まで何もしていなかった刹那よりは、よほど適任であろう。


(……まっ、良いか)


 暫し思い悩んだ末に、匙を投げ捨てる事としたノエリアであった。


 どうせ大した違いではないし、此度の様に〝救世主〟と〝守護者〟の間で仲違いが起きている訳でもないのだから、見なかった事にしてスルーするに限る。


 変に触って妙な事になっても面倒だ、と思ったのは内緒の事である。

あとは、エピローグやって、今章は終わりです。


長かった。

特に今章は頭から戦闘開始だったから、短く終わらせるつもりだったのに、蓋を開けてみればいつもと変わらない長さに。


悪癖である。



あっ、多分、明日はないと思います。

力尽きたので。

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