最後の引き金
「…………しつこいね、ほんっとに」
肉塊となって落下した巨神だったものの側に着地しながら、美影は嘆息しながら吐き捨てる。
その言葉が示すように、肉塊は徐々にその形を変形させ、元通りの形へと復元しようとしていた。
「な……ぜ、だ」
喉の再生が出来たのだろう。途切れ途切れの掠れた問いが零れ出た。
「何故、我……は、勝てぬの、だ」
「当たり前じゃん」
美影は、冷めた視線を送りながら、その問いに対する解答を言う。
「お前は何処まで行っても、〝人の救世主〟でしかないんだよ。
化け物は範疇外なんだから、まともに戦える訳ないじゃん」
「そん、な……」
人である限り、積み重ねてきた歴史の差によって美影には勝てない。
人を止めれば、力を剥奪されてしまう。
どう足掻いても勝てる道理がなかったのだ。
唯一の活路と言えば、エネルギー総量差を利用した持久戦以外にない。
それを選択すれば、確実な勝利を得られる筈だった。
その選択肢は、巨神も気づいていた。
気付いていて猶、目を逸らしたのだ。
それは救世主の戦いではない、と。
誰よりも前に立ち、脅かす外敵と戦う者が救世主なのだ。
逃げ回るような戦い方が許される筈もない。
守るべき民を利用もしよう。
誘導し操る真似もしよう。
だが、その一線だけは、踏み越える訳にはいかなかった。
『やぁやぁやぁ、豪華な花火だったね!
とても美しく、思わず俳句を詠んでしまったよ!』
「……暇そうだね、お兄」
ふよふよ、と浮遊霊が漂ってきた。
責める様な妹の視線に、兄は怯む事無く、ポーズを決めて高らかに言い放つ。
『ふっ、当然だとも!
何故ならば、私に出来る事が何一つとして存在しないからな!』
「堂々と言う事じゃないよ、それ」
呆れた様な、諦めた様な吐息を漏らした。
(……早く終わんないかな、これ)
疲れと共に彼女は思う。あまりにも不毛なのだ。
どうした所で、カミを殺しきる事は出来ない。
だから、戦意を圧し折ってやる事しかないのだが、対象が心であるが故に、どうしても思うようにはいかない。
あるいは全人類から否定を叩き付けてやれば、とも思っていたが、新しい民を生み出すという暴挙に出てしまった為、それも意味を為さなくなった。
だから、諦めるまで叩き伏せるという方策に出ているのだが、流石に〝救世主〟というべきなのか、非常に諦めが悪い。
ここまでやってもまだやる気が尽きていないらしい。
困った事に。
「貴、様は……」
カミの視線が漂う刹那に留まる。
『ふむ。久し振り、と言うべきかな。
暫く見ない内に、随分とくたびれた姿になったものだね。
過労かね? 人類の管理など、そんな無駄な事にご苦労な事だ』
「……分かってて煽るような事言わないでよ」
その被害を受け止めなければならない身としては、そういう事をあまりして欲しくはない。
とはいえ、強くも言えない。
そうする事で得られるものもあるのだから。
「そうか……。そういう事か!
貴様がッ……! 貴様が鍵か!」
自身の状態について、刹那を見た事でようやくはっきりと理解したカミは、興奮したように叫ぶ。
おおよそ人の形へと復元された彼は、立ち上がりながらその手を伸ばした。
その様を、美影は冷めた気持ちで見つめていた。
彼女は、隣に流れてきた兄の足元へとゆっくりと視線を移し、胡乱気な視線となりつつ、問いかけた。
「なんか、たなびいてない?」
『ふふっ、気のせいではないかな?』
刹那の足元が、風になびいている様に揺らいでいた。
それが向かう先は、手を伸ばすカミの方向である。
彼に吸い寄せられようとしている、その様に見えた。
「……やる気は?」
『愚妹よ、あるように見えるのかね?』
「ない訳ね」
『応援くらいはしようではないか。頑張れ!』
「はいはい、ありがと」
言葉を交わしている内に、揺らぎが大きくなった。
足元のみならず、全身が揺れ動き、明滅した。
美影は、軽く身体を解きほぐしながら、その時を待つ。
邪魔などしない。
それをするのが、現状取り得る、最も手っ取り早い解決方法なのだから。
『おい、本当に良いのかの?』
「良いじゃん。合体させちゃえば」
ノエリアからの問いかけに、投げやりに答える。
『戻らぬやもしれぬぞ?』
「大丈夫だって。僕、お兄を信じてるもん」
『根拠は……まぁなさそうじゃの』
「根拠ならあるさ。
僕たちは相思相愛だからね。愛はあらゆる奇跡の源だよ?」
『そうと断言できる汝には、もはや感心するしかないのぅ』
そんな馬鹿なやり取りをしている間に、事態は動いた。
『あぁぁぁぁ~~~~……』
遂に引力に負けて、刹那がカミの中へと吸い込まれていく。
なんだか楽しそうに見える辺りに、程好く苛立ちが募った。
「……全部終わったら、いっぱい可愛がって貰うんだから」
守護者の権能を取り込んだカミは、完全な力へと昇華する。
『フッ、フハハハ、フハハハハハハハッ……!!』
安定した力を十全に引き出した彼は、急速に肉体を再生させる。
これまでの全てを帳消しにして有り余る力が奔流となって溢れ出した。
「ほいっと」
取り敢えず、付き合う理由もないので、巨神として完成するよりも早く、美影はその横顔を蹴り抜いた。
それが、最後の戦いのゴングとなったのだった。
あと2~3話で、エピローグに入ろう。
多分。