神へと手を掛ける人の究極
巨神は、防戦一方となっていた。
力の限りに暴れ回る暴竜を相手にして、有効打を与えられず、ひたすらに耐える事しか出来ていない。
しかし、それは彼自身が有効であると判断しての選択であった。
ヴラドレンは、ペース配分も何もなく、見境無く暴れている。
その勢いは凄まじく、例え万全の状態であったとしても、一時的には押し返されていたかもしれないと、そう思わせる程である。
それ故に、すぐに限界は来る。
所詮はたった一人の人間が元となっただけの存在なのだ。
星の力を無尽蔵に引き出せる巨神と比べれば、その力は悲しくなるほどに小さい。
彼を上回る程の力を振るえば、すぐに枯渇する事は目に見えた事実であった。
それまでの辛抱だと、不本意ではあるが、最も有効で、最も確実な防戦を選択したのである。
『GYAOOOOOOOOOO……!!』
巨腕が胸を打つ。
吹き飛びそうになるが、それを引き留められ噛み付かれた。
千切り取られる。
欠損部位を修復していると、身を回した勢いで、太い尾が叩き付けられた。
今度こそ吹っ飛ばされて、浮島の残骸に強かに打ち付けられた。
それでも、防御を念頭に置いている為に、巨神が受けているダメージは、見た目ほどに大きくはない。
「おお!
お強いですね、こいつ。
理不尽にお強いですね、こいつ。
何なんでしょうかね、こいつ」
巨神があまり攻撃してこなくなったおかげで、ヴラドレンの混沌エネルギーの制御に集中出来るようになった永久は、少しばかりの余裕を得て暢気に呟いていた。
彼女も、そしてヴラドレンもだが、巨神の狙いに勘づいている。
そして、順調にその終幕に向けて突き進んでいる事も。
ヴラドレンの残存魔力は、そう多くない。
ここまで力任せに戦っていれば、如何に魔王と言えど、こうなるのが当たり前である。
(……あと一発、でかいのぶちこんで、本命にまたバトンタッチとしましょうか)
これで終わってくれれば良かったのだが、どうにもまだまだやる気があるらしい。
さっさと敗けを認めてくたばってくれれば良いのに、と心から彼女は思う。
星の後ろ楯がある以上、最後まで削りきる、等という事は出来ない。
可能かどうか、という問題ではなく、やってはいけないのだ。
それをしてしまうという事は、後ろ楯となっている地球のエネルギーを削りきる事と同義なのだから。
だから、これは心の競り合いである。
敗けを認めた方の敗けなのだ。
だから、まだまだ戦いは続く。
「ほんっ! ではっ!
いっちょ、やったりますか!」
永久は、自らの身を広げる。
半透明の液状のそれは、ヴラドレンの全身を包み込むと同時に硬質化した。
生体鎧となる。
その役割は、鎧の本分である防具ではなく、装着者の動きをサポートし、より強力にするパワードスーツとしての物だ。
外骨格ならぬ、外筋肉とも言うべき代物へと、永久は自らの全てを変じていた。
『ご存分に!』
『言われるまでも無しッ!』
暴竜の攻勢が、苛烈さを増した。
爆発的に増殖を繰り返す、自由自在の筋骨格は、彼の身体機能を何倍にも引き上げる。
力も、速度も、どれもがこれまでとは比べ物にならない。
(……これほど、とは!?)
巨神は、ガードすら強引に突き破ってくる暴虐に、驚愕を禁じ得なかった。
たとえ、己が万全の状態であったとしても、完璧に受け止める事は出来なかっただろうと、素直にその猛攻を称賛する。
しかし、と一方で思う。
これは一瞬の輝きである、と。
直に力尽きるしかない、未来なき悪あがきでしかない、と。
巨神は、しっかりとその〝時〟を見計らう。
暴竜が内包するエネルギーを観測し、これまでの攻防の中で見てきた情報から割り出せる、彼が引き出せる最大出力と比較する。
『今ッッ!!』
やがて、最後の瞬間が訪れる。
暴竜が大きく口を開く。
その喉奥には、漆黒のエネルギーが溜まっていた。
混沌エネルギーである。
彼が持つ選択肢の中で、最も巨神に対して有効に作用する切り札だ。
予測するまでもない、ごく自然な一幕。
故に、巨神は対抗する。
防戦の中で、節約し、溜め込んだ力を一気に開放する。
混沌、ではない。
あれは、精製するだけですら、非常にシビアな操作能力を必要とする。
現在の調子では、とても十全に扱う事は出来ない。
故に、放つのは、取り出すだけならば然程の労力を必要としない、終焉の力だ。
極光が炸裂する。
制御の甘いそれは、巨神自身をも焼くが、放たれる混沌エネルギーをそのまま受けるよりもマシだ。
ずっとずっとマシである。
混沌と終焉がぶつかる――その間隙。
下方、眼下から光を追い越す一閃が貫いた。
終焉の光が、真っ二つに割り開かれる。
『な、……にぃぃぃ!!?』
それは一体何だったのか。
その様な場合ではないというのに、巨神は見ずにはいられなかった。
頭上には、終焉を切り開いた者が、隠れる事無く堂々と漂っている。
見覚えのある矮躯。
しかし、黒々としていた色合いは、神々しくもある明るい色へと変化している。
魔法陣のような幾何学模様の天輪を頭上に戴き、背には鋭い刃物のような四枚の洸翼が左側にのみ展開されている。
墨を垂らしたようだった黒髪は、オーロラの様な不思議な色彩に変化していた。
そして、その手には、漆黒に染まった羽衣が握られている。
「僕を忘れるとか……。
まーだ殴られ足りないのかな」
『雷……裂ッッ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
「そう、僕が〝神裂〟だよ」
彼女が割り開いた道を潜って、混沌が巨神を飲み込んだ。
~~~~~~~~~~~
美影は、羽衣を閃かせる。
「んー、今更だけど、何で出来てんだろね、これ」
己の黒雷を受け止めても、まるでビクともしないそれに、美影は不思議そうに呟く。
特に、今の自分の力を受けても、それが変わらないのだから、猶更だ。
(……星核じゃけど?)
「あ、そう……」
脳裏に響く回答に、美影は納得を示した。確かに、星の力を宿し、星を動かしているそれならば、並大抵の事では壊れないだろう。
疑問がすっきりと解決したので、彼女は追撃に入る。
「今なら、ナチュラルに倒せそうだね」
全身を巡るパワーに、美影は呟く。
彼女の代名詞とも言うべき黒雷だが、最近はその出力が頭打ちになっていた。
と言うのも、超能力側の雷が、魔力側の雷を上回ってしまったからだ。
使えば使う程に成長していく超能力と違い、魔力は生まれ持った時点で出力も量も決定している。
鍛錬によって、僅か程度には向上させられるが、美影の魔力からすれば微々たる変化程度のものだ。
そうである為に、いつかは超能力に追い越され、置き去りにされてしまう事は分かり切っていた。
黒雷は、超能力と魔力の雷を、均等に混ぜ合わせる事で発動する物である。
これまでは超能力の出力に合わせて運用されてきたが、それが逆転し、現在は魔力の出力に合わせて使われている。
もう成長の見込めない、魔力に合わせて、である。
その為、どうしても頭打ちになっており、今はまだ黒雷の方が使い勝手が良いが、その内、超能力による雷だけの方が強力になるのでは、と思っていた。
しかし、ノエリアと融合している今に限り、その制限は解除される。
魔力の始祖。
仮にも、一つの星とそこに生きた全ての生命の全権を持っている存在。
彼女の化け物じみた出力は、魔王級の魔力の出力を超えた今の超能力でも、まだ追いつかない。
故に、頭打ちになってしまっていた黒雷が、大きく進化出来たのだ。
混沌の奔流の中に、身を守る巨神を見つける。
瞬間、彼女は駆け抜けた。
羽衣を馬上槍のように固めて、混沌を突き破って巨神を穿つ。
容易く風穴が開いた。
薄紙を貫くように、まるで抵抗がなかった。
「柔いね……!」
先程までとは全く違う手応えに、笑みを零す。
彼女の力が巨神のそれを、明らかに上回っていた。
一気に畳み込む。
出力差は美影が有利であるが、しかしエネルギー総量差は、依然として向こうに分がある。
スタミナ切れは、絶対に美影の方が早いのだ。
一息に片を付けてしまわねばならない。
『チ、イイイイィィィィィィ!!』
「ふんっ!」
巨神は、精一杯の抵抗をしようとする。
しかし、あまりにもその動きは鈍かった。
傷ついた全身が、明確に足を引っ張り、なけなしのエネルギーはその修復の為に消費されている。
その隙は、美影には大き過ぎるものだった。
防ぐよりも早く攻める。
治すよりも速く傷つける。
残像が連なり帯となり、巨神を縛り上げる戒めとなる。
戒めはその包囲を徐々に狭め、巨神を折り畳んでいった。
手足を引き千切り、胴体をハチの巣にして、頭を粉砕する。
単なる肉塊へと作り替えていった。
一方で、美影の身体も崩壊の兆しを見せ始めていた。
皮膚が破け、血が流れ、風に吹かれて赤い尾となっていた。
急激に出力の上昇した黒雷に、彼女自身の肉体が耐えられなくなりつつあるのだ。
確固たる肉体を持つ者の限界であった。
(……おい、汝)
「心配すんな。まだ大丈夫だから」
自身の事を良く知る美影は、活動限界点を正確に予測し、案じる声を封殺する。
(……齟齬が大きい。誤差修正。細胞の最適化。まだまだ足りないけど……急な仕事だから仕方ないね)
肉体への負荷を見た彼女は、余計な部分を慣れによって修正させる。
同時に、それによって余裕の出来た活動限界を大いに使って、細胞分裂を加速させる。
より強靭に、より頑健に、より柔軟に。
強化された力に適した形へと、肉体そのものを変化させていた。
その様は、もはや成長などという領域ではなかった。
たった一代だけで行われる、進化の領域に入っていた。
(……人間のやる事ではないのぅ)
ノエリアは、それを内側から感じ取って、呆れた様な感心した様な、そんな笑いを漏らした。
そうではなくては、と。
こうでなければ、自分は人間に賭けなかった、と。
充分に削り切った最後に、美影は大きく跳躍し、巨神の頭上を取る。
「仕込みは充分……! じゃ、かますよっ!」
一帯の空間が呼応する。
ばら撒いてきた彼女のエネルギーが、再度点火された。
連結され、共鳴し、増幅される。
魔力超能力混合術式《崩天》。
極大の黒雷の帳が展開され、内側に向かって崩壊していく。
それが消えた時には、巨神は人よりも更に小さな塊に圧縮されていた。
次章を考えていて、突発的なエピソードを思い付いた。
しかし、これを書く為には、一章から一部書き直さなくてはならないという盛大に面倒な労力が……!
面倒だから諦めるか、頑張るか、雰囲気で察しろと言ってしまうか。
悩みどころです。