終幕に向けて
短め。
『魔王……! 風情がぁぁぁぁぁ!!』
巨神は咆哮する。怒髪天の怒りを込めて。
聞く者に本能的な恐怖を与える様な叫びは、しかし怖いもの知らずの魔王に通用する筈もない。
特にそれが、新たな目覚めに調子に乗っている輩ならば、猶更である。
『GYYYYYYYYAAAAAAA……!』
黒き恐竜が負けじと叫び返しながら、巨神に喰らい付いた。
鋭い乱杭歯が肉を引き裂き、強力な顎は骨を砕き割る。
引き千切る。
『ガァッ!』
痛みが走る。
巨神は堪らず悲鳴を上げながら、手の先に力を集中させる。
力は刃となり、指先から長く伸長した。
一閃。
鋭利なそれは、恐竜の鱗を一切の抵抗さえ許さずに斬り裂き、その下に隠れている肉と骨を断ち切った。
だが、恐竜は痛み一つ覚えない。
彼には、掃いて捨てるほどに〝命〟のストックがあるから、というのも理由の一つだが、もう一つ、この場には気にしなくて良い理由があった。
血が噴き出すよりも早く、半透明の粘液が何処からともなく出現し、傷口を塞いでしまう。
「んっ?」
目が合った。
粘液の中に、冗談のように混ざっている少女の生首。
とんがり帽子を被ったそれは、すぐに視線を逸らすと、そそくさと恐竜の背後に退避していく。
「お邪魔お邪魔」
それに引きずられるように纏わりついていた粘液も消え、そしてそこには傷一つない鱗が再生されていた。
これが厄介だった。
多少の傷を与えようとも、即座に再生されてしまう。
一撃で、確実に、消し去ってしまわねばならない。
それが、目の前の敵と戦う為の条件だった。
しかし、
『ハァ……ハァ……! グゥッ……!』
簡単な筈のそれが、出来ない。
巨神は苦し気に肩で息をして、必死に恐竜からの攻撃をいなしていく。
そこに余裕などという物は、毛ほども感じられなかった。
『何故だ!』
巨神は、この戦いが始まってから、幾度となく繰り返した疑問を叫ぶ。
『何故、力が安定しない……!?』
出力が低下しているのみならず、それさえも大きくぶれており、全く安定して戦う事が出来ないでいる。
その疑問の答えを持つ者は、ここにはいなかった。
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「そりゃそうだよ。
その権限は、お兄が持ってるんだから」
選手交代した事で手持無沙汰になった美影は、超越者二名と共に車座になって座って、完全に観戦モードになっていた。
その彼女が、漏れ聞こえてきた巨神の疑問に、呟きで返した。
「あ、あー。
成程、そういう事なのかぁー。
いや、我、分かたれた事がないから、こういう風になるとは知らなかったのぅ」
美影の呟きの意味を理解したノエリアは、得心がいったと頷くと共に、言い訳の様な言葉を続けた。
あの巨神は、〝人の救世主〟でしかないのだ。
何処まで行っても。
〝人〟である事を捨て去ってしまえば、その権限で振るえる力などたかが知れている。
そして、人以外の権限、化け物としての権限、〝星の守護者〟は、未だ刹那が持ったままなのだ。
『ふっ、何かね、その目は。
そんなに注目されると、私のハートが熱く燃え滾ってしまうぞ?
もっと見てくれ!』
「こんなのの所為で負けるとは、あれが不憫に思えてくるのぅ」
化け物よりも猶化け物であるとお墨付きを貰っている刹那は、どんよりとした女衆の視線を受けて、自らを曝け出すように両腕を広げた。
「お兄さ、実はもう元に戻れるんじゃないの?」
美影が、ズバリと斬り込んだ。
それに、彼はうむと頷き、答える。
『まぁ、出来るだろうね。
こうなってしまえば、私の方が権限が強い。
引っ張り合いになれば、私が勝つだろう』
「じゃあ、とっととこの茶番を終わらせてくんない?」
正直、もう飽きてきた美影は、本気の声音でそう言う。
戦いに飽きたのもそうだし、そろそろ生身の兄と触れ合いたいとも思っての言葉だ。
しかし、当の刹那は首を横に振る。
『いや。いやいや、それはまだ時期尚早というものであろう』
「何でだよ」
『ほら、あれの目を見たまえ』
巨神を指し示す。
そこには無貌のカミがいるだけだ。
目はない。
「……何を見ろって?」
『魂の鼓動で心眼を開けば、見えぬものくらい見えてくるだろう?』
「何を言ってんのか、さっぱり分からんのじゃが……」
ノエリアの言葉を無視して、彼は続ける。
『あれはまだ諦めていない目だ。
私は、心優しい私は、そんなやる気に満ちた子供の意思を無視するような事は……出来ない!』
「良い事の様な言葉じゃが、タイミングを選んで欲しいのぅ」
「マジそれ。良いから押し潰してきてよ」
『おっ、見たまえ。こんな所に、花が咲いているぞ』
「「……やる気ねぇな、こいつ」」
露骨に話題を逸らした刹那に、女衆は揃って言葉を漏らし、深々と吐息した。
すぐに気を取り直した美影は、戦いの行方を見る。
「……さて、まぁ長続きはしないかな?」
ヴラドレンは、超能力の目覚めに伴う高揚感に酔って、ペース配分を考えない馬鹿出力で暴れ回っている。
永久が補佐しているおかげで、何とか保っているが、それもそう長続きしないだろう。
それに、巨神も気付き始めている。
力を無駄遣いさせるような動きになってきていた。
「最後の花火を上げて、また交代かな」
髪をかき上げて判断を下した美影。
彼女がそろそろ介入の時間だと足に力を込めた所で、横合いから言葉がかけられる。
「うむ。あれが役に立たんので、我も協力してやろうぞ」
ノエリアが言って、二人の姿が重なった。
あと少しで終わる予定。
ちなみに、ここまでやっておいてヌルっと終わらせるつもりなので……壮大感は期待しないでいただきたく。