結実する一つの可能性
漆黒の稲妻が、連鎖する。
それぞれに溜められた黒雷は、互いにぶつかり合い、共鳴、増幅する。
それは、蠱毒の如く。
互いが互いを喰い合い、より高みへと押し上げていく。
だが、それは単なる幻想。
そう見えるだけで、いつかは弾けて消えてしまう。
やがて、黒雷の結界は消え失せる。
残ったのは、ごく僅かな塵のみ。
炭さえも残さない尋常ならざる力の顕現であった。
「ふぃ……」
美影の髪が、パチリと小さく弾けて、元の長さと色合いを取り戻す。
連弾を撃ち尽くしたのだ。
元より、そう大した残弾はなかった。
ノエリアとの衝突で、これまでに溜め込んでいた分は、全て使い尽くしていたのだ。
それから回復した分と、雫に頼んで用意できた分しか、持たなかった。
だから、こんなものである。
星を砕く事さえ、出来はしない。
ここからは、本当に自力のみでの勝負となる。
勝ち目は、そう高くない。
しかし、負ける気はまるでしない。
戦場を読む力。
雷裂という戦人の血に刻まれたそれは、卓越している。
その視点から見れば、もう勝っている。
(……お兄なら、ダイジョブだよね)
最後の鍵を握るのは、愛する義兄だと見る。
心配が、無い事も、無い。
彼は、雷裂の血筋ではないのに、自分たち姉妹よりも、よっぽど雷裂らしい気質をしている。
自らの命を賭けて、自らの道を楽しもうという、愉快犯の気質だ。
己も、大概に自由人だと思っているが、それでも兄ほど自分に正直に生きてはいない、と思う。
彼と同じくらいに人生を楽しんでいるのは、父親くらいだろう。
知る中では。
あれはあれで、大概におかしい。
ともあれ、そんな気質なので、どんな気まぐれを起こすか、分かったものではない。
心配である。
「まっ、それならそれで、何とかするけど……」
吐息している内に、状況に変化が起きる。
僅かな塵が集まり、不足分を補う様にエネルギーが集束していく。
それは、徐々に質量を持ち、確固たる形を成していった。
無貌の、カミ。
エネルギーが尽きない限り、死なない、不滅の怪物。
面倒な相手だと、美影は内心で嘆息した。
「ハァ……ハァ……、理解、した」
「なーにがー?」
絞り出すように呟かれた言葉に、美影は馬鹿にするように返す。
ここで、遮るような事はしない。
せっかく、自分から負ける用意をしてくれようというのだ。
邪魔をする理由は何処にもない。
「私が……私が、〝人〟であるが故に……お前に勝てないと」
「うんうん、そうだね。
正直、つまんないんだけど。
もうちょっと修行積んできてくんない?」
彼女の挑発を無視して、カミは続ける。
「ならば、ならば、手段は一つ」
「…………」
「〝人〟に拘らない事のみ……!」
ボコリ、とカミの身体が膨れる。
顔がないだけの、それ以外は普通の人間に即していた肉体が、人という枠組みを外れ、化け物の領域へと踏み込んだ。
大きく、巨きく、見上げても頂点が分からない程の、巨人。
一応、人の形をしてはいる。
胴体と頭部があり、四肢が繋がっている。関節の位置も、見た目は同一だ。
しかし、美影は、それが形だけのものだと、即座に看破した。
見慣れているから。
義兄が、大体、こんな形をしていたな、と暢気に思っていた。
『これで、お前の優位は失われた……!』
勝利を確信しているのだろう。
勝ち誇るように、眼下で静かに佇む美影に向かって、宣言した。
彼女さえ倒してしまえば、己の道を阻む者はいないのだと、そう言うように。
カミは、完全に忘却していた。
一応は、自分と同等である存在が、この場にはいた事を。
故に、気付いていなかった。
それが、こっそりと己の背後に躙り寄っている事に。
「召喚――」
巨神の背後に、その全長にも匹敵する大きな魔方陣が描かれた。
パッと見、後光でも背負っている様にも見える。
実際には、それは巨神を害する攻撃なのだが。
とても間抜けな現実に、美影は冷めた視線を向けずにはいられなかった。
この段に至っても、巨神は未だ背後のそれに気付いていないのだから。
なにせ、刹那がそうであるように、この巨神もまた魔力を感知する能力を持たない。
普通に目に見える所で仕掛けられ、意識しているのならば、対策のしようもあるのだが、気付いていなければどうしようもなかった。
忘れられているノエリアは、特に隠している訳でもないというのに、何の邪魔もされずに悠々と術を完成させた。
何でこんなに大きな魔方陣になっているのだろうか、と脳裏で疑問に思いながら。
「《我が眷族》《混沌の魔女》《炎熱の末裔》《不定形の怪物》《無限の命を持つ者》!」
対象を特定するキーワードを唱え、発動させた。
「出でよ、炎城永久――!!」
次元を繋ぐゲートが開かれ、ほとんど輪郭の失われたスライム状生命体が飛び出す。
その触腕には、漆黒の大剣が握られている。
そして、
「GYYYYAAAAAAAA――――!!!!」
世界を揺るがすような叫びと共に、大剣を脳天にぶっ刺した大怪獣も、ついでに召喚された。
「……おや?」
意図していなかった結果に、ノエリアは首を傾げるのだった。
コンマ三秒で、まぁいいか、と気にしない事にしたが。
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ヴラドレン・ジェニーソヴィチ・アバーエフ。
最古にして最初の魔王。
命属性の魔術師として生を受けた彼は、しかし自らと始祖魔術師との差を目の当たりにして愕然とする。
そこで諦めていれば、ただの魔王として終わっていただろう。
だが、彼は諦めなかった。
より高みへと届かせる方法を模索した。
その結果が、他者の命との融合であった。
他者が持つ可能性を、才覚を、自らの内に取り込み、混ぜ合わせ、昇華させる禁断の技法である。
寿命さえも突破した彼は、数多の才を喰らい、最強の名を欲しいままにしながら、今に至る。
そして。
天使を喰らうという幸運に恵まれた事で、彼は更なる高みへと至った。
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その姿は、飛竜というよりも、恐竜であった。
巨神よりも更に一回り程は巨大な体躯。
全身は光を飲み込む黒鱗で覆われており、怪獣と聞いて誰もが最初に思い浮かべそうな、シンプルでありながら凶暴な姿をしている。
そして、その背には、超能力で形作られた光翼が、神々しく形成されていた。
『っ、何!?』
雄叫びを受けて、ようやく背後の異変に気付いたカミが振り返る。
だが、遅い。
既に、怪獣は敵を見定めていた。
喉の奥に、漆黒が宿る。
一切の光を反射しない、完全なる闇の色。
混沌の如き、エネルギーがそこにあった。
それが一直線に放たれた。
見る者が見れば、その正体は明らかであった。
混沌属性。
ノエリアと刹那、そして永久のみが習得した、あらゆる物質を飲み込む原初の力であった。
油断、していたと言って良いだろう。
カミは、超越者に相応しい速度で、背後の敵が、たかが魔王だと、即座に看破していた。
今更、魔王如きに何が出来る、と興味を失っていたのだ。
故に、その程度の防御しかしていなかった。
普段から張り巡らせているバリアで無力化できると、無視して良い存在だと、そう思ったのである。
結果として、暴威の如く暴れ回る混沌に、対処が遅れてしまった。
後先考えない様な大エネルギーの放出に、一瞬さえも耐え切れずにバリアが食い破られ、カミ本体を侵食していく混沌の奔流。
『グッ、オッ……!?』
頭の中は混乱ばかりだが、まずは距離を取ろうとその流れに身を任せようとする。
しかし、カミの頭を、太い筋肉を束ねた剛腕が掴み取り、それを阻止する。
殴り飛ばす。
引き寄せると同時に、混沌を纏わりつかせた逆の腕で、強かに殴り倒された。
『クックックッ、クカッ、カッカッカッカッ!!』
大怪獣は呵々と大笑した。
『カミよ! 楽しきものよなぁ! 強いというのはッ!!』
本来、ヴラドレンでは、どう頑張っても混沌属性は再現できないものであった。
全属性を体得している彼だが、唯一、理論上のものとして誰も持たない属性があったのだ。
無属性。
力の中心となる、無色透明のそれが無ければ、全属性はしっかりと混ざり合わず、混沌へと昇華されない。
故に、地球人類の本来持つ力ではない魔力故に、どう工夫しても無属性には辿り着けず、結果として混沌属性にもまるで届かない、筈だった。
しかし、ここにイレギュラーが起きる。
天使の存在だ。
彼らは、魔力とは違う、超能力で創られた、超能力を宿した存在であった。
加えて、その力は何の色付けもしていない、無色な力であった。
それを喰らい、我が物としたのだ。
取り込んだ無色の力が呼び水となり、魔力によって蓋をされていた地球人類としての可能性が開花した。
そして、そこで再び奇跡が起きる。
本来であれば、それで終わる筈だった。
何らかの超能力が目覚めるという、ただそれだけで。
しかし、その時点で大量の超能力を取り込んでいた事で、ヴラドレンが持っていた可能性は、別の可能性へと塗り潰されてしまったのだ。
雫の可能性が、限定的な空間操作に特化したように。
ヴラドレンもまた、限定的な無色の力に特化したのだ。
無色であるが故に使い道のない、失敗した可能性の開花であるが、しかし彼には使い道があった。
保有する全属性魔力を十全に融合させる基軸、という使い道が。
魔力超能力融合《混沌精製》。
地球と惑星ノエリアの可能性が交差する、一つの結晶であった。
ヴラドレンは暴れ回る。
超能力に目覚めた万能感に酔いしれながら。
頂点にまた一歩登り詰めた歓喜に身を任せて。
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『ゴ〇ラだな』
「ゴジ〇がいるね」
「〇ジラじゃのぅ、あれは」
避難してきた美影とノエリアを交えて、先にいた三人は暢気に観戦していた。
「た、たぁぁぁぁぁぁすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!!?」
ただ無秩序に放出される混沌属性の制御の為に、怪獣の側を離れられない永久の叫びを無視しながら。
実はこれ思い付きだったり。