歴史の重さ
――〝業〟とは、罪。〝業〟とは、技。
――我等、〝業〟深き身なり。
――此の身を鉄となし、運命に叛逆を企てし者なり。
――覚悟せよ、天上人よ。
――いつの日にか、我等が末が、貴様等を引き裂く。
――〝神裂〟の名の下に。
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(……なんて、くだんない家訓を僕がやる事になるなんてね)
遥かなる先祖から伝わる、言葉。
呪いの如き、血に刻まれた誓い。
本当に、神を想定していた訳ではない。
例え話の筈だ、多分。
だというのに、今まさに、カミを名乗る馬鹿を相手に、受け継がれ、研ぎ澄まされてきた〝業〟を存分に振るっている。
特に、血筋に対して敬意も矜持も持たない己が、である。
数奇な事だと、呑気に考えながらカミをぶん殴ってやる。
良い手応えが拳に返ってきた。
これ程に重い手応えは、中々無い。
楽しくない、とは言い難かった。
「それにしても頑丈だね、分かってた事だけど」
呆れたように、美影は呟く。
兄がしている物と同じように、強固なバリアが張られている。
おかげで、いちいちそれを剥ぎ取ってから撃ち抜かねばならない。
面倒だが、それくらいのハンデはあげても良いと思えてしまう。
それくらいに、圧倒していた。
そして、そもそもの肉体能力も高い。
単純に頑丈である為、手加減抜きで殴っているというのに、あんまり堪えていないらしい。
(……やっぱり、直打ちじゃ難しいかな?)
非力なこの身が憎い、なんて心にもない事を思う。
仕方ないので、少しスタイルを変えてみる事にした。
カミが暴れている。見えぬ敵を倒そうと、必死に手足を振り回し、力を撒き散らしている。
子供の駄々のようでもあるが、秘められた力は、一発で美影を挽き肉に変えてしまう程だ。
ミスは許されない、命の瀬戸際。
だというのに、彼女は涼しい顔をしてそれらを受け流していく。
弾き、流し、差し止め、そして打ち返す。
グシャリ、と実に痛快な音がした。
力の流れを制御し、束ね、打ち返したそれが、カミの顔面を穿ったのだ。
初めての有効打となる。
肉が爆ぜ、実に可哀想な有り様となっていた。
逃す手はない。
動きの止まったカミの全身を、これでもかと滅多打ちにしてやった。
「 舐 め る な ぁぁぁぁぁぁッッ!!」
とうとうキレたカミは、叫びと共に力を解放した。
それは、己の生体活動を大きく乱す事に繋がり、結果として美影の〝仕掛け〟を解く事となる。
「そこかぁ!」
見えた美影は、僅かに離れた場所にいた。
爆裂を察知していた彼女は、余裕を持って退避していたのだ。
だが、その余裕もここまでだと、カミは確信する。
見えてしまえばこちらのものだ、と。
(……まぁ、仕掛け直しても良いんだけど)
技を解かれた事は、すぐに気付いた美影は、改めて仕掛けても良かった。
しかし、そうはしなかった。
何故ならば、つまらないから。
これでもまだ、人神は超人に届きはしないのだ。
亜光速で迫る拳。
それを美影は、僅かに身を反らすだけの小さな動きで躱す。
「グッ、この……!」
「……単調な動きだねー」
あくびが出ると言いながら、脇に挟むようにして絡めとる。
「よい……しょっと」
宙返り。
カミの腕を抱えたまま、後ろ向きに回転すると、下方に向けて勢いをつけて投げ飛ばした。
そこには、丁度、カミのいた浮き島があった。
大破砕。
尋常ならざる速度を叩き付けられ、浮き島は粉々に粉砕してしまった。
「ぐぶっ……」
そして、カミもまた、傷ついている。
浮き島は、単なる石土の地面ではない。彼の力で強固に形作られたものだ。
そんな固いものに激突すれば、ただでは済まないのは道理である。
接触した瞬間に、バリアを崩されていれば、猶の事である。
内側から破裂するように血肉が飛び散り、全身の輪郭が崩れている。
急速再生させる。
エネルギーさえ尽きなければ、彼は不滅である。
しかし、それを悠長に見守ってくれる程、相対者は優しくなんてなかった。
「まだだよー」
軽い声掛けをしておく。
尤も、それが届くよりも攻撃の方が先に届いてしまうのだが。
美影は、スカートの裏に仕込んでいた金属片を取り出すと、それに薄く魔力を流す。
デバイスだ。
展開されたそれは、飾り気の無い長槍。
ひたすら頑丈さのみを追求した品物であり、おかげで僅かな時間だけ、彼女の力にも耐えてくれる。
破裂する限界ギリギリまで力を押し込んだそれを、美影は眼下に向けて投げ放つ。
穂先が再生中の肉塊に突き刺さった瞬間、限界を迎えた槍は、雷鳴と共に派手に爆裂した。
それでも、まだ死なない。
無数の肉片となり、それらも黒く焼け焦げているが、まるで逆再生でもしているかのようにすぐに引き戻され、元の形へと再生されていく。
「があああぁぁぁぁ……!!」
追撃にくる美影の気配を捉えたカミは、渾身の力で吠えた。
激昂の咆哮は、具体的な圧力を以て周囲を席巻する。
「カッ!」
迫る圧に向かって、美影もまた短く吠えた。
鬨の声は、戦において重要な役割を果たす。
敵への威圧、そして自らを奮い立たせる勇気の源だ。
ならばこそ、当然、雷裂が極めていない訳も無し。
全方位に向けて放たれるカミの咆哮と違い、美影のそれは、特殊な発声法によって細く収束され、ごく小規模に纏められていた。
だが、そうであるが故に、一点に集中された力は、拡散された力を上回る。
穴を開けて飛び込んだ彼女は、いまだ修復の終わっていないカミへと肉薄した。
「クッ!?」
カミは、接近させじと多重障壁を展開した。
全てが異なる法則によって形作られた断絶障壁である。
まともな方法では、これを突破する事は非常に難しいだろう。
黒雷が駆け抜ける。
しかし、それは普通の相手であれば、の話だ。
如何なる法則であろうと、純粋な出力勝負に持ち込める美影にとっては、それがどんな性質をしていようと関係がない。
カミは、複数の性質を持たせるのではなく、ただひたすらに力を込めた一枚の壁を用意すべきであったのだ。
彼女の進撃を阻むのであれば。
「いちいち復活されるのは面倒だねぇ」
容易く潜り込んだ美影は、指を立てた拳を作りながら呟く。
打撃、というよりも刺突。
立てた指をカミへと突き立てた。
「カ、ハッ、ァ!?」
「うん、やっぱり効くみたいだね」
生物には、それが何であれツボという場所がある。
刺激の仕方一つで、健康を保つ秘訣にもなれば、逆に苦痛を与えたり動きを止める事にもなる、致命的な点だ。
人体のそれくらい、熟知している。
ノエリアの様に、流動的でツボが一定の位置に留まっていない化け物とは違い、カミのそれは普通に人と変わらなかった。
ちなみに、刹那にもこれは効かない。
訳の分からない体構造をしている為、美影の目を以てしても特定できないのだ。
(……動きがっ、止まるっ!!?)
全身のあらゆる場所を小突かれ、どんどん動きを鈍らされていく。
このままでは木偶人形になる。
そうと危惧した彼は、力業で解決する。
力の暴走。
底なしのエネルギーを、強引に炸裂させたのだ。
結果、断ち切られていた各所のツボを、再開通させる事に成功した。
尤も、自爆の類であるが為、決して少なくない傷を負う事にもなったが。
しかし、予想していなかった恩恵もあった。
「むっ」
至近で力の解放を受けた美影は、それに目を晦まされ、一時、カミの姿を見失ってしまったのだ。
ふらり、とよろめきながら後退する彼女の姿に、大きな隙を認めた。
「力の炸裂かぁー。脳に響くな、これ」
目を瞬かせながら呟く彼女の背後に、気配を圧し殺したカミが現れる。
完全な修復こそされていないが、僅かながらも人の形を取り戻した彼は、この一瞬の隙を逃さなかった。
但し。
「ッ!?」
「その隙が誘いだと、そう考えられないからダメなんだよ」
後ろを向いたまま、美影の手指が連続してカミを穿った。
血が吹き出す。
見失ったとしても、別に構わなかったのだ。
なにせ、もうカミの行動は見切り終わっているのだから。
もう見ずとも、どのように行動していくのか分かっている。
最後に蹴り飛ばされたカミを、黒雷で作られた大槍が貫いた。
石突きの位置には黒雷の塊が留まっており、まるでまち針のような形をしていた。
「ごめんね」
美影が謝罪しながら腕を振れば、周囲を舞う瓦礫の隙間から、無数のまち針が現れ、次々と全方位からカミを刺し貫いていく。
一瞬の後には、栗かウニのような姿となってしまった。
「違い過ぎたみたいだ」
指を弾く。
それを合図に、石突きに溜まっていた黒雷が解放される。
魔力超能力混合連弾術式《黒天結界・穿千本》。
「人として、積み重ねてきた歴史が」
神域を、漆黒の轟雷が染め上げた。