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ゴミはゴミ箱へ

「これで本日の朝礼は終わりとします。皆さん、今日も一日頑張っていきましょう。

 ……ああ、それと繰り返すようですが、一年の担任の皆さんは、くれぐれもよろしくお願いしますね?」


 教頭の言葉に、教員が一斉に礼をして着席する。

 それぞれに授業の用意や溜まっている仕事の処理に動き始める中、一年四組の副担任……火縄 剛毅は、隣の席にいる担任……五十嵐 栞に話しかける。


「よろしくって言われてもよ。

 うちのクラスからはあのバカで決まりじゃねぇか?」

「そうでしょうね。むしろ彼以外の候補がいません」


 話題とされているのは、五月初旬に開催される新人戦だ。

 新入学生、中等部一年と高等部一年を対象とした大規模な大会である。

 始まりは、決闘システムに不慣れな新入学生を慣れさせる為、という名目だったのだが、いつの頃からか軍関係者の目に留まり、早くから有望株を見定める場の一つとなった。

 それに伴って大会の規模もどんどんと大きくなり、今では軍幹部や大手警備会社を始め、各界の著名人なども多く観戦し、メディアも入って全国放送されるほどにまでなっている。


 とはいえ、もう何十年行われてきた恒例行事である。

 蓄積されたノウハウもあり教職員も慣れた物で、今更慌てる様な事はほとんどないと言える。


 今年もそうなる筈だった。

 大抵は高等部は魔力量に優れた内部進学生の圧勝で終わる大会が、今年は雷裂 刹那の存在によってどんでん返しが起こるかもしれない。

 その程度の波乱があるだろう、という認識だった。


 つい数日前までは。


 事情が変わったのは、二日ほど前の事。

 突然、この新人戦を天帝が観覧される事が決まったのだ。

 しかも、それだけでなく、丁度、時期を同じくして来日される合衆国大統領までやってくるという。


 言うまでもないが、これはとんでもない事である。


 大国と称して問題ない二国の頂点が一ヶ所に集まるのだ。

 しかも、それは不特定多数の人間が集まる大会の会場に、である。

 規模に関わらず、テロの一つでも起これば責任問題は何処までも広がるだろう。

 国際問題にもなるであろうし、現在友好的である日米関係にも罅が入りかねない。


 高天原警備部は、その知らせが入ってから絶望的な忙しさと、あまりの責任の重さに倒れる者が出ている始末だ。

 倒れても点滴一本打って、強制的に現場復帰させられてもいるらしい。


 剛毅も当日は警備に加わるように要請を受けている。

 他にも、戦闘能力のある職員は、警備部所属ではなくても当日は駆り出されるという話だ。


 心配のし過ぎだと、理性は言う。

 同時に、直感は何かがあると囁く。


 理性は言う。

 今、この高天原には《六天魔軍》の一人がおり、天帝陛下には専属の護衛もつくのだから、最悪の事態は起こりえない、と。

 直感は囁く。

《嘆きの道化師》には何かがある、自分たちの把握していない何かが影で蠢いている、と。


 判断は、出来ない。あまりに情報が少な過ぎる。

 ならば、この場で考えるだけ無駄だ。


 なので、思考を別に向ける。


 教頭から頼まれた事は、簡単に言えば適切な生徒を代表として選び出せ、という事だ。

 新人戦は、そもそもが新入学生を決闘に慣れさせる為の物だ。

 規模が大きくなり、注目度が上がろうとその前提は変わらない。


 とはいえ、生徒全員に総当たりさせるのでは、時間も人手もかかり過ぎる。

 その為、クラスごとに二名ずつの代表を選出し、代表者に決闘を体験させると共に、見学者に決闘とはどういう物か、という事を学ばせる形となっている。

 これまでであれば、内部進学生はともかくとして、外部進学生側の代表者は立候補で決める事も多くあった。

 なにせ、担任側も外部進学生の性格や能力を把握できていない様な早期に、代表者の選出が行われるのだ。

 ならば、いっその事、やる気のある者を代表とした方が良い、という判断になるのも仕方ない。


 しかし、今年は違う。

 天帝陛下の事は勿論、他の魔術先進国のトップすらも観戦するのだ。

 無様な試合を見せようものなら、日本帝国の国威が地に落ちるという物だ。


 故に、しっかりと生徒を見定めて、適当な人選を行えと言われているのである。


 と言っても、他のクラスは大変なのだろうが、一年四組の担任組は楽観的だ。

 なにせ、このクラスには、既に百戦錬磨の決闘経験者となり、入学一週間にして学内総合ランキングで二桁上位に食い込んだ怪物、雷裂 刹那がいる。

 代表の一人は彼として、もう一人も実技試験成績第二位だった風雲 俊哉という有力候補がいるのだ。


 二人に代表を任せるのが安牌という物だろう。


 それ故に、二人は楽観していた。

 その楽観が、焦りに代わる時間はすぐそこである。


~~~~~~~~~~


 その日の最終コマ。LHRを入れられた時間。


 この時間で、新人戦の説明と代表者の選抜を行う事となっている。


「……以上が、新人戦の概要となります。詳しい規定は配布した資料を参照してください」


 栞担任が締めくくり、続けて話を進める。


「では、これよりこのクラスの代表選手を決めようと思います」


 それを言えば、クラスの中の空気が少しばかりざわつく。

 生徒たちは皆、難関の試験を突破してこの場にいるのだ。

 当然、多少なりとも腕に自信はあり、より上を目指そうという向上心も持ち合わせている。


 その為、世間に自らをアピールする絶好の機会であるこの新人戦を逃す手はなく、我こそがと名乗り出んとしているのだ。


「……えー、知っている方もいるかもしれませんが、外部進学生の代表者は、例年通りであれば立候補から決められてきました。

 今年も本来はその予定でしたが……」


 言葉を切り、栞担任は訝しげにしているクラスを見渡す。


「今年はこちらで指名します。文句は言わせません」

「な、何故ですか!?」


 一人の女子生徒が声を上げる。

 面倒ばかりのクラス委員にも進んで立候補する、意欲の高い生徒だ。

 彼女も代表となるべく手を上げようとしていただけに、栞担任の言葉には反応せずにはいられなかった。

 尤もな疑問だ、と内心で思いながら、栞担任は言う。


「今年は、天帝陛下が観覧されます」

「「「……え?」」」


 生徒たちが、聞き間違えかと間抜けな顔で呆けた声を漏らす。


「更には、何故かアメリカ合衆国大統領も来られます。

 この意味が分かりますね?

 無様な姿は一切見せられないのです」


 言われた事が信じられない様子の生徒たちは、暫し沈黙する。

 やがて、先ほどの女生徒が恐る恐る皆の気持ちを代弁する。


「じょ、冗談ですよね?」

「……短い付き合いですが、私がこの様な冗談を言う人間だと思いますか?」


 言外に、真実だと告げる栞担任。

 正しく読み取った女生徒は、すとんと椅子に腰を落として沈黙した。


 教室内の空気を居心地悪く思いながら、栞担任は続ける。


「……理解していただけたようなので、早速ですが、代表者を発表します」


 一拍。


「一人目は、雷裂 刹那君。君にお願いします」


 教室内に納得の空気が流れる。

 既に、彼の武勇伝は、高等部一学年のみならず、中等部及び高等部の全学年、更には初等部や大学にまで広がっている。

 見応えのある試合をさせるのならば、刹那以外の人選は考えられないだろう。


 だから、直後の彼の言葉に、皆が凍り付く。


「残念だが、俺には重要な用事があってね。

 生憎と出場できない」

「「「「「……………………は?」」」」」

「聞こえなかったかね?

 その日の予定は既に埋まっていると言っているのだよ」

「ちょ、ちょっと待ってください! 拒否は駄目ですよ!?」


 安心しきっていただけに、まさかの拒否に焦りを覚える栞担任。

 教室の後方では、剛毅副担任も唖然としている。


「とは言ってもな、俺の用事も拒否は許されない類でね。

 そして、重要度を比較してみた結果、この様な判断になったのだ。

 理解していただきたい」

「い、一体何の用事があるというのですか?」

「詳細は機密に当たるのだが……ふむ、言える範囲内で語るのなら、老人介護かな」

「ろ、老人……?」


 あまりに予想外過ぎる回答に、栞担任は戸惑いを隠せない。

 それを無視して、刹那は背後の剛毅副担任へと顔を向ける。


「教師火縄。あなたなら分かるのではないかな?

 俺は、その日、老人の相手を、しなければならないのだよ」

「…………あっ。あー、そうか。そういう事か」


 何かに気付き、納得した剛毅副担任は、自らの間抜けさに天を仰ぐ。


 察していたではないか。

 雷裂 刹那は、天帝と何らかの繋がりがあるのだ、と。

 つまるところ、彼はその日、天帝に何らかの理由で呼び出されているのだ。

 だから、大会には出場できない。


 確かに、優先度の問題だ。

 大会と天帝の命令、どちらの方が優先度が高いかと言われれば、間違いなく後者である。


「五十嵐先生、こりゃ無理だ。別の奴にしよう」

「な、何故……」

「後でこっそりと教えてやっから。今は納得しといてくれや」

「む、ぬぅ……」


 事情を知らぬが故に、納得しきれない栞担任を強引に押し潰す。

 剛毅副担任の、殺気すら感じられる強い視線を受けた彼女は、それ以上の追及を止める。


「し、仕方ありませんね。

 ……では、二人目、風雲 俊哉君。

 君は……拒否、しませんよね?」


 名を呼ばれた俊哉は、ちらりと横目で刹那を見る。

 にっ、と笑顔を返された。

 最優先の用件、対《嘆き道化師》には支障は出ないという事だろう。

 そうと受け取った俊哉は、自信満々に栞担任に返す。


「ああ、大丈夫ですよ。万事、任せて下さい」


 彼の返答にほっと安堵する。

 彼にまで拒絶されていたら、本格的に危なかった。


 とはいえ、現在進行形で精力的に決闘を行っている最有力候補が空振りになってしまった事は確かだ。

 正直な所、断られる事を考えていなかった。

 というよりも、断る事を許すつもりがなかった為、第三候補を考えていなかった。


「第三候補は……すみません。考えていませんでした。

 取り敢えず保留としますので、我こそはと立候補する方は申し出て下さい」


 クラスの三分の一ほどが手を上げる。

 先ほどまでは、クラス全員がやる気だったというのに、随分と減ったものである。

 流石に御前試合という事で、怖気づいてしまったらしい。


 明白な実力もなく、更にはやる気もない者を強引に出場させても、碌な結果にはならないだろう。

 故に、もう一人は少なくともやる気はあるらしい立候補者の中から選ぶ事とする。


「確認しました。熟考の後、追って代表者をお知らせします」


~~~~~~~~~~


「雷裂君。少し、時間をよろしいでしょうか?」


 HRを終えた後、栞担任は刹那を呼び止める。


「代表にはなれないと伝えたはずだが?」

「いえ、その件ではなく。

 ……少々、この場で話しにくい事ですので、職員室まで来てくれますか?」

「ふむん? まぁ、よかろう。手短に頼むよ」


~~~~~~~~~~


「実は、先日の爆発音事件の犯人が判明しました」

「爆発音ではなく、明確な爆発だ。

 俺のおかげで被害が出なかっただけだ。

 何故、その様な言い回しを?」


 入学式の翌日、刹那の靴箱に爆裂術式を仕込んだ凶悪な事件である。

 刹那が異常を察知してバリアを張り巡らせなければ、物的のみならず人的被害も多く出たであろう。


 自分一人のみならば、別に構わない。

 幾らでも対処するし、殺されない自信があった。


 しかし、無関係な他者を巻き込むのはいただけない。

 しかも、合法的な行為の結果ならまだしも、犯罪行為の結果に、である。


 だから、警備部に通報した。

 犯人を明確にして、きっちりと裁いてもらおうと。


 だというのに、爆発音などと言葉をぼかしている。

 不愉快な事だ。


「……詳細はこちらを」


 調査報告書を差し出す栞担任。

 だが、刹那はそれを受け取りながらも、中身に目を通さずに言葉を紡ぐ。


「高天原警備部の優秀さは知っている。

 わざわざ報告してくるのだ。

 明白な証拠を取り揃えているのだろう?

 見る必要はない。

 そして、もう一度、問おう。

 何故、言葉を濁すのかね?」

「…………」


 栞担任は、沈黙する。何かを迷うように。


 実際に、彼女は迷っている。

 事は単純な事件の加害者と被害者、という話ではなくなっているのだ。


 そして、それに彼女は巻き込まれたくない。

 栞担任には、権力的にも財力的にも、そして武力的にも力が足りていないが故に。


 これも刹那の担任になってしまったのが運の尽き、と覚悟を決めた栞担任は、黙って待つ彼に向けて口を開く。


「……炎城です」

「はっきりと言ってくれないかね? 近頃、耳が遠くてね」


 ぽつり、と呟くように言った事が気に入らなかったのか、刹那は咎めるように返す。

 彼の不遜な言葉遣いにも慣れてきた栞担任だが、流石にこれにはムッとする。

 既に覚悟は決めたのだ。だから、その感情に従って言い放つ。


「犯人は、炎城 永久なのです!

 八魔家、炎城家の次女の!」

「……ほう? 成程。

 それで? それが何故、言葉を濁す理由になるのかな?」

「分かりませんか?

 八魔家だからです。

 日本魔術界において、八魔の権力は絶大です。

 配慮は必要なのです」

「俺も、八魔の一つ、〝雷裂〟なのだがね」

「だから、関わりたくないのです。

 八魔同士の争いになど、巻き込まれたくありません」

「成程。悉く道理だ」


 納得を示しつつ、刹那は続ける。


「だが、どんな理由があろうと、犯罪者にするべき配慮など存在しない。

 容赦なくブタ箱にぶち込んでおきたまえよ」

「だから! それでは高天原に圧力がかかる可能性が……!」

「では、雷裂として言おうか?

 ブタ箱に、ぶち込め」


 刹那は、つまらなさそうに言う。


「ちなみに参考情報なのだが、高天原の運営資金の中で雷裂家からの寄付が占める割合は、おおよそ四割ほどにも及ぶ。

 そして、更にその中で俺のポケットマネーが占める割合は、約二割だ。

 つまり、一割足らずは俺の独断で差し止める事が出来るのだが、どう思うかね?」


 金の暴力である。


「炎城の圧力如き、雷裂の力で守ってやるとも。

 雷裂の要求はただ一つ、罪人を法に従って正当に裁く事だけだ」


 簡単な事だろう? と言う。

 確かに、その通りである。

 とはいえ、事はそう簡単な物ではない。

 それこそ、高天原の今後の運営にも関わってくる話だ。

 この場で、栞担任の一存だけで決められるものではない。


「……雷裂の意向は理解しました。

 上層部には、確実に伝えておきます」

「よろしく頼むよ、五十嵐先生」


勘違いしてはいけないので言っておきます。


元妹はこれで永久退場なんかにはなりませんよ?

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