空気を読まないのは、伝統芸
スーパー短め。
ちょいとキリが良い感じだったので。
上島へと登っていく。
未だ、折れた心が回復しきっていないらしく、美影はぐったりとしたまま、ノエリアに引きずられるように運ばれていた。
(……大丈夫じゃろうか、こやつは)
そんな頼りない姿を見ていると、こちら側に賭けたのは間違いだったのでは、と考えずにはいられない。
「……お兄さぁー、あれ、分かってて何も言わなかったでしょ?」
『勿論だとも。
可愛い愚妹がやる気にやっているのだ。
わざわざ、そこに水を差すほど、私は風流を解さない男ではないとも』
「ひっどいよねー。
空回りしてんの見て、笑ってるなんて」
『ふふふっ、一生懸命な愚妹はとても可愛かったぞ』
「えっ、そう? なら良かった……かなー?
褒めてくれるのは嬉しいけど、でも割りに合ってるかって言うと、微妙ー……」
引きずられながら、彼女は浮遊霊と乳繰りあっている。
そこに緊張感は微塵も存在せず、ひたすら余裕ばかりが満ちていた。
「……貴様らよ」
「なぁに、化け猫」
「もう少し、シリアスという言葉を知ってくれぬか?
一応、敵の首魁との決戦という大切な場面なのじゃぞ?」
ノエリアの要求に、兄妹は、揃って眉を寄せた。
『……難しい事を言うな、貴様は』
「ホントホント。お兄の言う通りだー。
僕たちにそんなの求めんの、間違ってるから」
「そう断言されると、もはや返す言葉がないのぅ」
不安は募るばかり。
しかし、ことここに至れば、もう美影を信じるしかない。
ノエリア自身も助力するつもりではあるが、そう大した事が出来る訳ではないので、彼女こそが勝利の鍵を握っているのだ。
そうこうしている内に、階段を上りきり、神の座へと彼らは至る。
最奥、背の高い玉座には、無貌のカミが座っていた。
彼からは、感情らしきものが感じられない。
無貌故に表情は当然のように分からないが、発する雰囲気からして、緊張もなければ、焦燥もなく。
また、自らの領域に、虫が入り込んだ事に対する不快感も、そこには無かった。
ゴミを払うように。
羽虫程度の煩わしささえも、一行は与えられていなかった。
ノエリアは、それを当然だと断ずる。
己は、能力の種類や強さこそ同程度だが、圧倒的にエネルギー量で足りていない。
美影も、一瞬程度ならば、守護者を上回る出力を出せるが、所詮は一瞬だけ。
弱っていたノエリア相手ならばともかく、万全の守護者では、削りきれる筈も無し。
煽るくらいしか出来ない浮遊霊など、論ずるまでもない。
つまり、負ける要素が何処にもないのだから。
焦りも何も抱く必要もないだろう。
ただ、淡々と処理するだけの事だ。
眼下にやってきた一行を見下ろしながら、カミはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「よくぞここまで来た、背信――しゃバッ!?」
その横面を、思いっきり美影が蹴り抜いていた。
手の中から消えた重みと、目の前の光景に、ノエリアは視線が行ったり来たりする。
「…………何をやっとんじゃ、汝は」
それに答えたのは、吹っ飛んだカミを追撃しに行った美影ではなく、フヨリと揺れる兄の方だった。
『いや、あれと分かり合う余地などないであろう?
ならば、もはや我らの間に言葉は不要ではないか』
「様式美というものを考えて貰いたいのじゃが……」
『まぁ、そう言いたい気持ちも分からんでもないが、仮にも〝神〟を自称するのだから、あの程度の奇襲は防いで欲しいというこちらの気持ちも、是非とも汲んでいただきたい所だな』
「……それなんじゃよなぁ。
何で、あれは躱せんかったんじゃろうか」
意外に過ぎる突発的行動であったが、美影の動きは、ノエリアの目でもちゃんと追えていた。
もしも、己に向かって攻撃されていたのであれば、防ぐも躱すも、反撃する事さえも、容易であったろう。
であるならば、カミにもそれが可能であった筈なのだ。
なのに、何もしなかった。
当たり前のように蹴り飛ばされて、当たり前のように吹っ飛んでいった。
とても不可思議である。
『まっ、それが当然の疑問であり、そしてそれこそが愚妹の勝てる理由なのだがな』
クツクツと、楽しげに笑いながら、化け物の兄は、超人の妹について語り始めた。