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足りないもの

強いて言えば、シリアス成分。

「……あん? なんだぁ、おい」


 スティーブン大統領は、空に開いたゲートから吐き出される天使の様子の変化に、訝しげに首を傾げた。


 底無しの様に出現してくる無貌の天使たち。

 それを迎撃する居残りの国防軍と、いつの間にかパワーアップしていたらしい防衛システム。


 その攻防は、中々の凄惨ぶりであった。

 情報を共有しているのか、それとも単に性能が上がっているのか、徐々に対応し始める個体が出始めていた。

 このままでは、いつか押しきられ、甚大な被害を出しかねないな、と、仄かに思い始めていた矢先の事である。


 唐突に、天使の圧力が見て分かる程に低下した。

 具体的には、ゲートから出現する量が一気に落ちたのだ。


 何があったのか。

 とうとう相手方の資源に限界が来たのか。

 それとも、何らかの準備の前触れか。


 どちらかと言えば、不安側に傾きながらの綯交ぜとなった内心でいると、通信機が呼び出しを奏でた。


「あいよ。暇してる最高責任者だぜ。なぁ、おい」


 大統領という事で、一応、軍の頂点ではあるのだが、だからと言って軍事に明るい訳ではない。

 なので、好きにやれ、という免状を発行して放置するというとんでもない事をしているスティーブンである。

 責任は取ってやる、と言っているが、丸投げにも程がある。


 ともあれ、その様な状態なので、彼自身は割りと手持ち無沙汰にしていた。

 コーヒーカップを片手に、ぼんやりと空を眺めていられる程度には。


 しかし、一応は最高責任者なので、状況に関する速報ぐらいは時折やってくる。


 此度の連絡も、それであった。

 そして、それによって、先に抱いた疑問もおおよそ答えが見えてしまった。


「ああ……ああ、そうか。

 よくやったな。誉めてやるぜ」


 欧州派遣部隊は、作戦目標の全てを完遂し、現在、微速後退中である、という連絡であった。

 目標を達成したという事は、瑞穂側も上手い事やったのだろう。


 面倒な事に、地球上でトップクラスの戦力となっている雷裂美影を、神域とやらに送り込む事に成功したのだと理解する。


 そして、だから答えも分かる。


 あの娘が、引っ掻き回しているのだ。


 だから、天使はこちら側にちょっかいをかける余裕がなくなっているのだと理解した。


「……あの娘っ子も、もうちょい真面目にやってくれりゃ便利なんだがなぁ」


 ともあれ、ならば今のうちに突然の襲撃で浮き足立っていた軍を、立て直すべきだろう。

 そう思いながらも、それくらいの判断は自分たちでやるだろうと、適当に放り投げたスティーブンは、コーヒーのおかわりを淹れるのだった。


~~~~~~~~~~


「ふむ……」


 美影の突入から遅れて、ノエリアもまた、浮遊霊を伴って神域の中に侵入していた。


「なんとも酷い有り様じゃの」

『まぁ、予想の範疇内の光景ではないか』


 内部は、天使の死骸がそこかしこに散乱している、地獄絵図もかくやという状態であった。

 肉片や血飛沫がそこらを浮遊しており、命の気配はまるで感じられない有り様である。

 まともな感性を持つ者であれば、あまりにも酷い光景に吐き気の一つも催していただろう。


 それを見ている二柱には、全く縁のない感性であるが。


「さて、まぁそれはどうでも良いとして……あの娘は何処かの?」

『死体のある方向に行けばいるのではないかな?』

「……とんだヘンゼルとグレーテルじゃな」


 言いながらも、確かにその通りだと思ったので、邪魔な死体を消し飛ばしながら、彼らは神域の奥へと進んでいく。


 時折、生きている天使と遭遇する事もあった。

 新たに創られ、偶然か故意か、美影と出逢わなかった個体であろう。


 ここまで来れば、隠れる必要も無し、と特に存在の隠蔽をしていなかったノエリアは、当然のように襲われるのだが、即座に羽衣が閃く。

 簀巻きにして絡め取った獲物を、力任せに握り潰した。


「……うーむ、やはり系統が違うと、いまいち食い手がないのぅ。

 あまり吸収できなんだ」


 握り潰す天使から、ノエリアはエネルギーの吸収を試みるが、あまり効率的とは言い難い量しか取れなかった。


 似て非なる魔力と超能力の違いのせいである。


 大元が同一なので、全くの無意味ではないのだが、やはり魔力に変換する為に少なくない取り零しがあったり、変換そのものにエネルギーを消費してしまい、ほとんどノエリアの残存エネルギーは増えない。


 気休めにはなるかな、という程度である。


『ふはははっ、無駄無駄無駄!

 脳ミソがない輩は、これだから駄目なのだよ!』


 その隣では、無敵状態の浮遊霊が、天使と楽しそうに遊んでいた。

 ちゃんと敵認定されているらしく、ノエリア諸とも攻撃されているのだが、やっぱり効かないので素通りしている。


 クネクネと動いて、見ていて実に神経を逆撫でしてくる。

 心なしか、天使たちからも苛立ちらしきものが感じられる様だった。


 天使よりも先に、この男を先に抹殺したいと思うノエリアだが、彼女の攻撃も効かないので、嘆息一つで苛立ちを深く呑み込む。

 そして、無敵の代わりに攻撃も出来ない浮遊霊に代わって、羽衣で握り潰してエネルギーを搾り取った。


『……こやつらの肉は美味いだろうか』

「思う事はそれだけか、貴様は」

『食は大切だぞ、化け猫よ。

 人を食うと賢姉様にこっぴどく叱られてしまうのだが、こいつらなら怒らんだろうからな。

 肉体のない現状を厭わしく思う時が来ようとは』

「それは最初から厭わしく思っておくべきじゃろ。

 しかし、あの娘もそんな事で怒るのか。

 我のイメージでは、気にも留めそうにないのじゃが」

『うむ。案外と厳しいぞ。

 揉み消すのが面倒だ、と、とても怒られる』

「あっ、イメージと合致してしもうたわ」


 食べる事そのものではなく、食べた事実を無かった事にする手間が嫌なのだという。

 そう言われれば、とても納得できた。

 確かに、そんな事を言いそうであった。


『まぁ、言われるまでもなく、好んで人を食おうとは思わないがね』

「ほぅ、何故かの?」

『人はあまり美味しくない。

 個体差も大きいのでな。

 積極的に食べたい人間など、愚妹と賢姉様くらいのものだ』

「……んあー、それは性欲的意味合いかの?」

『何を言っているのだ、この化け猫は。

 文脈を読む知能さえないのかね?

 今は、食欲の話をしていた筈だぞ?』

「……………………あやつらは、それで良いのじゃろうか」

 (つがい)としてではなく、獲物として見られて、不満はないのだろうか、とノエリアは思わずにはいられなかった。


 彼女の種族である精霊には、繁殖というプロセスが存在しない為、番という物もないのだが、他の生物には当たり前にある物である。

 かつての同胞たちの記憶、そして二百年見つめてきた地球人類の行為から、おおよそその感情を理解している彼女は、歪というか、特異に過ぎる彼らの関係に、呆れざるを得なかった。


『愚妹の肉は、脂身が少なく、サッパリとした味わいでな。

 筋肉質な歯応えもあり、常食するに適している。

 毎日でも食べたい所だね。

 そして、賢姉様は、どっしりとパンチのある肉質をしている。

 赤身と差しのバランスが丁度良く、噛めば噛むほどに旨味が溢れてくる様はまさに……』

「あーあー、良い。聞きたくないわ、そんな事」


 惚気話の皮を被ったサイコパスグルメレポートを強引に遮って終わらせる。

 何が楽しくて、共食いカニバリズムの話を聞かねばならないというのか。


『ぬぅ。我が自慢の姉妹の話を聞きたくないと言うか。

 猫の癖に生意気な。

 三味線にしてくれよう』

「やかましいわ。

 その内、警察に捕まるぞ、貴様は」

『安心したまえ。

 ポリスの野郎どもとは、顔見知りだとも。

 近所で何かあると、真っ先にやってくる。

 ……あいつらは、私を何だと思っているのか』

「適切な評価じゃと思うがの。

 それよりも……」


 ノエリアは、言葉を区切りながら、猫の姿から星霊の姿へと変わる。


「見えてきたの」


 神域の最奥、カミのおわす神殿の島が見えてきた。


 ここまでやって来たならば、直々に相手をしてやろうという腹積もりなのだろう。

 島から飛び立つ天使たちは、ノエリアも浮遊霊も無視して、背後に抜けていく。

 襲い掛かってこないのならば、別に構わない。


 彼女たちもそれを無視して、島へと近付いていく。


「ぬ?」

『おや』


 そして、気付いた。


 二つに別れた神島。

 その内、下段に位置する島の中央部で、力無く倒れている姿がある事に。


 その姿は、間違いなく、


『愚妹ではないか。

 何をして遊んでいるのかな?』

「やられてしまったとは考えぬのか、貴様は」


 特に心配する様子もなく呟く浮遊霊を置いて、ノエリアはぐったりと横たわる美影の隣に降り立った。

 彼女を抱き起こしながら、ノエリアは呼び掛ける。


「おい、おい娘っ子よ。生きておるか?」

「うっ……」


 呼び掛けに、美影はうっすらと目を開ける。

 見たところ、何らかの傷はなさそうだが、精神攻撃を受けた可能性は充分に考えられる。


 何があったのか、問いかけた。


「汝、何があったのじゃ。

 どんな攻撃を受けたのじゃ」

「う、うぅ……。

 ごめん。ごめんね、お兄。ついでに、化け猫……じゃなくなってるね。

 まぁ、猫でいっか」

「良くないぞ」


 辛そうにしながらも叩かれる軽口に、案外大丈夫そうだな、と思いながら、ツッコミを入れつつ、続く言葉を待つ。


「僕はもう駄目だ。あとは……任せた」

「おい、勝手に任せるな。

 何があったのかと訊いておるのじゃ」

「あれは……あれは恐ろしい精神攻撃だった」


 催促されて、ようやくポツポツと語り始める美影。


「ここに辿り着いて、いざ決戦だとあいつを見た瞬間、僕は確信したんだ。

 あいつと戦うには、僕には絶対的に足りないものがあったんだと」

「それは、一体……」

『…………』


 意外と真面目なノエリアは、神妙に聞いているが、その後ろでは、浮遊霊が笑いを堪えて沈黙していた。


「僕には……僕には、あれが足りなかった。

 そう……やる気が」

「うむ……。

 ……ん? やる気?」

「負ける可能性が高いと……そう、思っていたんだ。

 きっと命を懸けた大決戦になると。

 なのに、なのにあんな、あんなにつまらない相手だったなんて。

 ……ガッカリだよ。

 あまりの期待外れに、僕のやる気は谷底に向かって急降下しちゃったんだ。

 恐ろしい精神攻撃だった」

「おい、おい汝!」


 力尽きた様に、ガックリと不貞寝をし始めた美影を、ノエリアは今度は乱暴に揺り動かした。


「やる気を出すのじゃ!

 やる気でどうにかなる範囲なら、頼むから出してくれ!」

「…………やだー」

『クッ、クックックッ……』

「…………だるーん」


 不貞寝する美影と、何とか起こそうと揺さぶるノエリア。

 そして、その背後で腹を抱えて笑いを堪える浮遊霊。


 敵の本拠地にやって来たというのに、実にシュールな光景が展開されてしまっていた。


 美影の再起動に要した時間は、およそ17分であった。

今週、書き過ぎだと思うんだ。

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[良い点] ギャグ要素大さじ一杯に、シリアスひとつまみっと ん? [一言] 隠し味のシリアスが効いてますね
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