悪魔の蹂躙
案外と頑張れるもんだな……。
三日連続更新。
実の所、瑞米における軍団の作戦は、ほぼほぼ終了している。
「……ふっ!」
美雲は、速射にて天使からの爆撃を全て叩き落とし、即座にリロード。
敵のリチャージが終わるよりも早く、弾丸を撃ち込む。
事前の準備、という点で面倒な部分が大きくあるものの、逆に言えば、準備さえ出来ていれば、戦闘中に必要とされる時間のほとんどを省略できる。
彼女の封印能力は、大いに発揮され、先の先をひたすら掠めとっていた。
瑞米の侵攻作戦の目的は、大きく二つある。
一つは、カミへの対抗戦力、美影とノエリアを神域の中に万全の状態で送り込むこと。
もう一つは、一つ目の作戦を本気にされない為の派手な囮だ。
そして、現在。
ノエリアは勝手に忍び込んでいるだろう故に放っておくとして、美影を送り込む事に関しては、敵の方から道を開いてくれていた。
これによって、作戦行程の大部分が省略出来ている。
「雫ちゃん、どうかしら?」
美雲は、発信器を取り付けた弾を、隙を見て適当なゲートに撃ち込みながら、背中の少女に訊ねる。
「ダイジョーブだぞ、です。
全部、同じところから返ってきてやがる、です」
「そう。じゃあ、本当に何処でも良いのね。
簡単な仕事……だわ!」
雫は、空間を司る超能力を持っている。
限定的な機能しか持たないが、その代わりに最初から高いレベルで習得できていた。
空間を〝見〟る事において、彼女は世界屈指の技能保有者なのである。
その彼女が、保証する。
全てのゲートは繋がっており、一つでしかない、と。
保証を貰ったので、美雲は作戦の最終フェーズへと移る。
両手に持っていたナイフ付きの拳銃を投げ捨てて、代わりに指揮棒のような細いデバイスを取り出す。
展開する。
彼女の身長を超える程になったそれは、一丁のスナイパーライフルだった。
いや、口径からすれば、対物ライフルと言った方が良いかもしれない。
美雲は、ライフルを構え、素早くリロードしながら通信機に言葉を送る。
「最終作戦、開始します。
各員、逃げるご準備を。
……言うまでもない事ですが、お家に帰るまでが遠足ですからね」
『『『了解!!』』』
応、というまだまだ元気そうな返答を受けながら、美雲は最初の一発を射撃した。
貫通力の高いそれは、間にいた天使たちの悉くを貫いて、空の彼方へと消える。
「…………」
無言で次弾の装填を行う。
外した、訳ではない。
いや、狙いは外しているが。
本命を隠すための囮だ。
「う、うぉぉおおぉぉ……!!?
ミク! ミクッ!!
早くしやがれッ! です!」
単発式であり、また二丁から一丁に変わった事で、美雲の手数は確実に減っている。
それは、敵に付け入る隙を与える事と同義であった。
先程までよりも、遥かに敵が近くなっている事に、彼女の背中で振り回されるしか出来ない雫は、恐怖を抱いていた。
「だいじょ~ぶよ~。ちゃんと守るから」
「その根拠は!? です!」
「……若さには、時に理由なんて必要ないのよ?」
「ないのかーッ! ですぅ!」
気休めの慰めを適当に送りながら、淡々と弾丸を放っていく。
(……そろそろ良いかしら?)
大分、敵が近くなってきた。
予想では、あと三手で刃がこちらに届くだろう。
なので、潮時だと本命の弾丸を装填する。
「…………」
今までと変わらず、あくまでも無表情を保ちながら、美雲は一発の弾丸を放った。
それは、弾道にいたあらゆる敵を撃ち貫き、ゲートの中へと吸い込まれていった。
(……封印、あと30秒)
封印の設定を書き換えながら、再装填を行い、彼女は戦闘を続行する。
その後、二発の射撃の直後、遂に敵が間近へと肉薄する。
一閃。
目と鼻の先で振るわれた攻撃を、美雲はライフルを盾にして防ぐ。
それによって、傷こそ負わなかったが、ライフルは半ばからへし折れてしまった。
明らかに重大な破損であり、射撃は不可能だろう。
故に、美雲はそれを刺突武器として使い、壊してくれた敵の喉元を貫いてプレゼントした。
戦果をあげたご褒美である。
「……あらら、武器が壊れちゃったわね。
じゃ、そろそろ逃げるわよ」
「さっさとしやがれぇー!! です!!」
「焦らないの」
雫の悲鳴を聞き流しながら、彼女は通信機に符丁を囁く。
「〝白きを黒きに染めた〟。
繰り返します。
〝白きを黒きに染めた〟。
以上。では、撤退しましょー」
そうして、美雲と愉快な侵攻部隊一同は、尻尾を巻いて後退を開始するのだった。
~~~~~~~~~~
白き虚空。
神々しささえ感じる、光に満ちた空間の中を、一発の銃弾が浮遊していた。
美雲が放った大口径弾である。
漆黒に染められた弾丸。
それは、射撃の際に込められた推進力を使い果たし、ただそこにあるだけだ。
もはや、使い捨てられ、役目を終えたそれを気にする者は、何処にもいない。
周囲には、ゲートから出ようと殺到している天使たちが大量にいるが、見向きしている者は一人としていなかった。
ただ、フヨフヨと、フワフワと、重力の薄い虚空を彷徨うだけ。
変化は、少しして起こった。
それが放たれてから、30秒が経った瞬間、漆黒の稲妻が轟く雷鳴と共に周囲を焼き払った。
黒の雷は、収束し、龍の如き様相を成す。
それは、見える範囲にいた全ての天使を食らい尽くしていく。
やがて、そこにあった命の全てを消し去った所で、黒龍もまた紐解けて消えた。
「ふぅ……」
後に残るのは、一人の少女。
黒い服を身に纏い、黒い雷で編まれた背中まで届く髪を揺らす、黒い瞳の娘。
雷裂美影であった。
「封印状態で撃ち込むって、考えた奴は馬鹿だよね。
……お姉だけど」
彼女は、存在の全てを、美雲の能力によって一発の弾丸の中に封じ込められていたのだ。
美影自身の了承と協力があったからこその、完全封印である。
少しでも抵抗の意志があれば、例えそれが無意識であっても、彼女ほどの強大なエネルギーを封印しきる事は出来なかっただろう。
ともあれ、そのおかげで、美影の存在は誰に気付かれる事もなく、敵の中枢に撃ち込む事に成功していた。
「さてと」
軽く身体を解しながら、彼女は周囲を見渡す。
何処までも広がっている様に見える白き虚空。
あちこちに出入りする為のゲートが見えるが、それだけだ。
向かう場所は、敵の首魁の居場所は、一見して定かではない。
「……んー、あっちかな?」
だというのに、美影は割りとあっさりと方向を定めた。
決めた理由は簡単な事である。
あちらから、新手の天使の団体がやってきているから。
それ以外に、特に理由はなかった。
「省エネで、行かないとね」
カミとやり合っている最中に、後ろから刺されるのも面倒である。
なので、少なくとも出会った天使どもは殲滅すべきだと思う。
しかし、それにばかり力を割いて、結果、カミとの対決でガス欠になっては、本末転倒も良いところだ。
よって、程よく手を抜いて相手にしていく。
「……!?」
とん、と、先頭にいた天使の懐に入り込み、胸板に優しく手を添える美影。
全く目を逸らしていないというのに、見失ってしまったという事実に、その天使は驚愕する。
だが、反省や改善の時は与えられない。
衝撃。
芯まで響く打撃が、密着していた掌から放たれる。
「身体の構造は……そう変わらないみたいだね」
胸骨を砕き、その奥にある心の臓を破裂させると、天使は力が抜けてグラリと傾いで落ちていく。
「「「ッ!!?」」」
先頭の一人がやられた事で、ようやく後続の者たちが、美影の接近と攻撃に気付いた。
慌てて臨戦態勢を取ろうとするが、それはあまりにも遅過ぎた。
魔力も超能力も使わず、美影はその身体能力と卓越した技術のみによって、次々と天使を引き裂き、落としていく。
「…………君たちは、本当に単純だね。
手抜きなのかなぁ」
「何をっ――ガッ!?」
心底、つまらないと呟く彼女に、反駁しようとした天使だが、すぐにその喉を、ほっそりとした指が貫いて言葉を封じた。
突き抜ける。
皮も肉も、骨さえも貫いた指が、首の後ろから飛び出して、命をしかと刈り取っていた。
それは、まるで豆腐にでも指を突き立てるような、そんな力ない動きであるというのに、である。
魔力式合気術【流転】。
同僚の魔王が得意とする〝技〟だ。
対象の魔力と同調し、支配権を奪取、そのまま自らの武器として鎧として使ってしまう、弱者が強者を屠る為の技。
それを、超能力式に改変して行っている。
天使が纏うエネルギーの鎧を引き剥がし、無防備になった箇所を、引き剥がしたエネルギーで強化した指で突いた。
やった事はそれだけで、しっかりと決まれば、これ程に凶悪なものとなる。
美影は、本来、この技を使えない。
正確には、実戦で用いる事が出来ない。
不特定多数の魔力の波長を戦闘速度の中で見切り、瞬時に自らの魔力を変質させなければならないのだ。
非常に特異な感性が必要とされてしまう為、演舞程度ならともかく、実戦レベルでは到底不可能であった。
しかし、この天使たちが相手ならば、全てが同個体である彼らならば、話が別だ。
全員が同質にして同波長のエネルギーを使っている為、たった一種類を見切って合わせるだけで事足りる。
足りてしまう。
演舞と、さして変わらなかった。
「差異がないってのは、つまらない事だよ」
鏡を見ていても、何も面白くないと美影は呟く。
心の中では、姉なら楽しんでるかも、とも思った。
指に付着した赤い液体を、軽く払いながら、彼女は次なる標的へと襲い掛かる。
彼らを殺すのに、力など必要ない。
ただひたすら、淡々と作業のように、技だけで殺し尽くしていく。
その姿は、まさに悪魔の如き蹂躙劇であった。