新旧
響き渡る、覚醒の旋律。
目覚めよ目覚めよ、人の魂よ。
偽りの殻を撃ち破り、自らの心を取り戻せ。
そうと語りかける音色は、戦場の熱量を確実に変えていた。
カミを名乗る何かが施した術は、非常に強固なものである。
仮にも精神干渉に特化して鍛えている魔王をして、集中施術して何とか排除できる、というレベルなのだから、それがどれ程のものなのか、推して知る事が出来るだろう。
だから、音色に乗せた僅かな干渉では、当然、撃ち破るには到底足りない。
それを聞いた誰もが、いまだ神への信仰を心に抱いている。
しかし。
しかし、ほんの少しだけ、それを揺すり、ごく僅かだけ、そこに隙間を作る事くらいは出来ていた。
それが、拮抗しつつあった士気の高さに、大いに影響する。
人の心を否定する神を下そうとする反逆者と、神の信仰に逆賊を討たんとする帰依者の想いは、互角だった。
本物だろうと偽物だろうと、何も変わらない。
互いに必死で、互いを間違っていると全力で否定し合っていた。
その結果、反逆者の進撃を阻み、数の差によって逆に殲滅戦に移りつつあった戦場。
だが、旋律の干渉によって、それは一変する。
神への信仰は変わらない。
今も、彼らは神を確かに信じ、神の救済を願っている。
しかし、そこまでであった。
信じない者がいても、別に良いのではないか?
そんな、この戦場を否定する思考が生まれる。
自分たちは神を信じる。
しかし、彼らは神を信じない。
それで良いではないか。
わざわざ敵だと声高に叫んで、否定し合わなくても良いだろう。
そんな余裕が、ある種の寛容性が、心の中に生まれていた。
それが、士気の高さに、戦場を望む心の熱量に、大きく影響した。
押し込まれる。
狂気とも言える反逆者たちの猛攻に、狂信の消え失せた帰依者たちの反撃は届かない。
戦場の天秤は、再び傾く。
「おおおおおお……!!」
「ああああああ……!!」
「ひっ」
「うあっ」
一切の妥協を許さない、死をも厭わない、魂の咆哮に恐怖が芽生える。
死ぬかもしれない。
ゴミのように、誰のためにもならず、誰からも忘れられて、路傍に無残な屍を晒すかもしれない。
神への狂信を失った彼らは、命を賭して戦う理由を一時的に見失ってしまった。
その隙を、見逃す反逆者たちではない。
理由はよく分からないが、敵の抵抗が弱まっているのならば、突き進む以外になかった。
「行くぞッ! 勝利はすぐそこにあるッ!!」
「「「おおッ!!」」」
敵の屍も、味方の屍もさえも、彼らは踏み越えて進撃した。
全ては自由と尊厳の為に。
~~~~~~~~~~
何故だ。
何故、揺らぐのだ。
神域にて、カミは目減りした信仰心に疑問を抱いていた。
一人一人の影響は小さなものであったが、それが欧州にいる全人類ともなれば、それも大きくなる。
塵も積もれば、という事だろう。
確かに分かる程に消えてしまった信仰心に、カミの理解は及ばなかった。
ただ、信じていれば良い。
それだけで、救われる。
全ての外敵を排除し、永劫の楽園の中で生命の営みを続けられる。
簡単な事で、理想的な事だ。
だというのに、それを否と叫ぶ不心得者たちがいる。
異物であった。
楽園には、必要のない不完全な人間モドキであった。
だから、排除するように囁いた。
楽園の完成のために、悉く殺し尽くせと言葉を贈った。
だが、結果はどうだ。
モドキが減るどころか、神への信仰に不純物を混ぜ混む愚者が増えている。
意味が、分からない。
「ヒトに、望まれた」
救ってくれと。
誰でも良いから、自分たちを助けてくれと。
そんな願いが自分を形作ったのだ。
だというのに、救おうとしたのに、彼らは否定していく。
自分は不要なのだと叫ぶ。
理解が、出来ない。
カミの手の中に、〝命〟が宿る。
小さな小さな、生命。
人の形をした、しかし手の平サイズの小人。
彼は、自分を父と呼ぶ。
自分への信仰に、一分の隙もなく、一心に祈りを捧げていた。
「…………そう、か」
理解した。
作り直せば良いのだ。
カミを作ったのは、この人間たちだが、この人間たちを作ったのは、カミではない。
故に、齟齬が生まれる。
主でなければならない者が、奴隷になっているのだから。
そこに、不具合が生じてしまうのは、ごく自然な事であった。
気付いてしまえば、とても単純なこと。当たり前すぎて、悩んでいた自分が滑稽ですら、あった。
手の中の〝命〟を大きく膨らませる。
神は、自らの似姿として、人を創ったという。
ならば、それにあやかって、自分の似姿としてみよう。
生み出されるのは、無貌の〝新しい人間〟だ。
魂に不純物を持たない、真に無垢な存在である。
力を、分け与える。
カミからすれば、ごく小さな断片でしかなくとも。
単なる似姿でしかないそれにとっては、大いなる力。
それを受け入れた似姿は、全身から力の奔流を溢れさせる。
それはやがて収束し、背中で幾つもの光の翼となる。
偉大なる力を受け取ったそれは、カミの寵愛に震え、その足元に跪いた。
心からの祈りを捧げる。
創造主への惜しみ無き感謝を贈り、創造主を否定する反逆者への深い怒りを湛えていた。
その出来栄えに、カミは満足する。
「最初から、こうしておけば良かったのだ」
続けて、カミは自身が治めるに、守るに値する新人類を創り出していく。
彼らの誰もが、自らを讃える。
疑う事無く、いつまでも純心を保ち続け、そしてカミの為ならば死すらも厭わない、素晴らしき民たちだ。
「行け。遍く全てを、平らげてくるのだ」
命令を下す。
自分に帰依しない愚か者たちを、悉く排除してこい、と。
否、と叫ぶ声はない。
自分の声は絶対なのだから。
その様に、創ったのだから。
神託を遂行せんと飛び去って行く新しき民を見つめながら、カミは少しだけ思い直した。
「……もしも」
それは、ほんの僅かな期待だったのかもしれない。
「もしも、心からの信心を抱く者がいれば、それだけは救うべきであろう」
好き好んで旧人類を滅ぼしたいのではないのだから。
慈悲を恵むべきだと、思うのだった。
~~~~~~~~~~
「……あら」
目指すべき地、バチカン。
かつて隆盛を誇った宗教の総本山に近い土地。
〝カミ〟は、どうやらかつてのそれをベースに形を成した存在らしいのだ。
その為、標的が閉じこもっている神域とやらにアクセスする為には、大聖堂のような場所を利用する事が最も手っ取り早いと判断されていた。
ノエリアほどの干渉力や、カミの正確な居場所への知見を持っていれば、適当な穴からでも道を造れるらしい。
だが、あれがそこまで協力的ではなかったので、わざわざ欧州まで遠征する作戦が立てられたのだ。
そして、それも大詰め。
ナナシが上手くやったらしく、欧州勢の反攻が鈍った所を一気に駆け抜け、バチカンを目前としたその時、それは起こった。
空へと立ち上る、光の柱。
それは、天を引き裂き、巨大なゲートを造り上げた。
一瞬、異界へのゲートが開いてしまったかと、誰もが思った。
だが、それは正確ではない。
確かに、それは異界への門であるが、全き虚空へと繋がる別宇宙へのゲートではなく、神々しさに満ちた神域への門であった。
白い光が溢れるゲートの向こうから、無数の人影が溢れてくる。
大きさはまちまちだ。小さいものは子供サイズだが、大きいものは10メートルを超えているものもいる。
パッと見、人型に近い。
男型や女型もいる。
だが、人間とは明らかに違う。
肌は、病的に青白く、頭部には顔がない。
背中からは、エネルギーが収束したような光の翼を背負っており、一見すると天使の様にも思えたかもしれない。
「「「神罰を」」」
彼らは、何処から発声しているのか分からない声を、一斉に唱えると、眼下の世界に向けて無差別爆撃を開始する。
「……おい、ミク。ありゃ、何だ? です」
背中の雫が、空を見上げながら美雲に訊ねた。
彼女はきっと察している。
ただ、確信が欲しかっただけだろう。
美雲は、それを肯定する。
「……超能力を使っているみたいだし、向こうからの使者って事でしょうね。
友好的ではなさそうだけど」
「そんなもん、見れば分かんぞ、です」
謎の力を使って行われているように見える爆撃だが、同じ力を有している彼女たちには、彼らの正体はよく理解できる。
そして、似た様な事の出来る能力も、ごく身近にいた。
「久遠と同じ力で、量産したんじゃないかしら?」
「……あー、だろうな……です」
〝命〟を生み出す久遠の超能力。
きっと、それと同系統の御業なのだろう。
特に驚くほどの事ではない。
能力などを使わず、自然生命の進化の最果てに生み出されている、廃棄領域の怪物たちの方が、よっぽど驚愕すべき生命体だ。
そう思えば、人間の業は深い、と涙を流さずにはいられない。
「それよりも、やったわね。手間が省けたわ」
そんな事よりも、美雲は今の状況に手放しで喜ぶ。
神域へのアクセスは、正直、手探りだったのだ。
多分、きっと、おそらく、出来るだろうという曖昧な方法で押し開くつもりだったのだが、向こうから勝手に開いてくれた。
おかげで、あのゲートを利用しさえすれば良いと、作戦の一部を省略できるのだ。
喜ばずにはいられない。
「……敵が増えたんだぞ、です。
喜んでんじゃねぇぞ、です」
「そう言われても、あんなの、今までのとさほど変わらないじゃない」
人ならざる化け物など、欧州に入ってからずっと戦ってきた。
今更、見た事もない新型が現れたからと言って、焦る様な事ではない。
雫のツッコミを困ったような笑みで受け流して、美雲は空を向く。
そこには、幾つものゲートが更に開かれて、天使もどきの軍勢を吐き出し始めていた。
「……困ったわ。どれにしようか悩む」
「いや、そこは問題じゃねぇだろ、です」
雷裂の血は、いつでも余裕を絶やさない。
~~~~~~~~~~
「……ぬ?」
唐突に背に受けた衝撃に、ヴラドレンは億劫そうに首を回して背後を見る。
せっかく、楽しくなってきた所だった。
目の前には、山よりも猶巨大な、天を衝く燃え盛る鉄巨人がいる。
《牡牛座》ランディの魔法によって、巨大化させたイフリートである。
ヴラドレンが知る由もない事だが、ランディの魔術は生命の巨大化であり、本来、無機物に使用しても意味がない。
しかし、イフリートは久遠の力で命を与えられた、無機物生命体という、地球の常識では有り得ない存在だ。
ヴラドレンに追い詰められて切羽詰まった彼らは、やるだけやってみるか、というチャレンジャー精神を突発的に発症させて、イフリートに巨大化術式を使用した。
結果、雲にまで届く鉄巨人が誕生したのである。
ここが攻め時だと判断した久遠は、更に自身を炎魔と融合させて、炎の鎧となってイフリートを包み込む。
その名に恥じない、炎の魔神が顕現したのだ。
これには、流石のヴラドレンも驚き、そして発揮される実力には、更に驚愕した。
その巨体から放たれる威力は、間違いなく自らの身を砕き、命を脅かす絶対的なものだったのである。
ようやく、戦いらしい戦いが出来ると、心が躍り始めたタイミングでの、無粋な横やりである。
彼の機嫌は、一気に急降下する。
『あれは……!』
久遠は、ヴラドレンを攻撃した存在を見て、驚きの声を上げた。
そこにいたのは、天使の様な何かだ。
それらが、空に開いたゲートから虫の様に溢れ出している。
久遠には分かる。
あれが、自分と同じ力を用いて、創られたものなのだと。
「羽虫が」
警告を、発しようと思った。
あれらの背後にいるのは、カミである。
久遠としてその存在は認めたくないが、一方で有する実力は確かに神を名乗るに値する程の高みにあると知っている。
だから、今でこそ敵対しているものの、一応、味方と言えなくもないヴラドレンに警告しようと思ったのだ。
だが、それよりも早く、ヴラドレンの牙が剥かれる。
咆哮。
龍という形態に相応しい攻撃が、一直線に放たれた。
莫大魔力の奔流。
ヴラドレンは、力の放出を続けながら、首を横に振った。
結果、ブレスは尋常ならざる大剣となり、天使の軍団をそれこそ虫の様に薙ぎ払ってしまう。
『お、おぉ……』
久遠は絶句せずにはいられない。
いや、強いとは分かっているのだが、こうして目の当たりにすると自身との差に慄かずにはいられなかった。
『ヒュー♪ かっけぇじゃねぇかよぉ! 流石だぜぇ!』
炎魔が他人事の様に軽く言ってくれる。
それを次の瞬間にも向けられるかもしれないのだぞ、と久遠は言いたい。
『お母さん! お母さん!
あんなの受けたら、ボク、壊れちゃうよ!? 壊れちゃうよ!?』
言われなくても分かっている、と舌打ちしながら思う。
『……何で私、こんな事をしているのだろうなぁ』
ヴラドレンと相対しろと立案した瑞穂の参謀共は、無事に帰れたらぶん殴ってやろうと、彼女は心に決めたのだった。
……何故か、色々な物をすっ飛ばして、最終話を書き始める自分。
書きたくなっただけです。
ちゃんとまだ続けますから。