花火を上げよう
本当は、五郎と王芳の剣対拳を書こうと思いました。
だけど、途中で謎の第三勢力、シリアス成分を使い果たして脳がスパッとスパーキングした御風が乱入して、しっちゃかめっちゃかになってしまったので、没となり申した。
なので、普通に状況を進めようと思います。
射撃する。
放たれた弾丸は、狙いを外す事なく、異形の化け物の頭へと吸い込まれた。
炸裂。
同時に、内部に封じ込められていた魔力が解き放たれ、周囲へと雷撃の嵐を撒き散らした。
それによって、僅かな停滞が起こる。
それはほんの数秒程度のもの。
致命には至らない弱い雷だが、その短い麻痺だけで彼女にとっては充分だった。
無数の銃声が撃ち鳴らされ、止まっていた全てを悉く打ち砕く。
そして、再び広がる雷の嵐。
その繰り返しにて、淡々と、悠々と、歩を進める。
「……ミク、おめぇ、楽しいか? です」
雷への完全耐性が無ければ止められない、負の連鎖による撃破を間近で見て、雫はやや引いた様子で、眼下にて己を運んでいる人物に訊ねた。
彼女は今、とある籠に乗って運ばれている。
いつ爆発四散するとも限らないマジノライン三式の中に、彼女を残していく訳にもいかなかった為、最も安全そうな人物に身を任せているのだ。
その人物とは、雷裂美雲である。
美雲は、背中に背負った八本の金属アーム――腕多腕型デバイス|《平蜘蛛》を展開して、戦場の最中を堂々と闊歩している。
雫は、その平蜘蛛の中心部に、括り付けられるようにして運ばれていた。
「んー、楽しいか楽しくないかと言われれば、とても楽しいわよ?」
平蜘蛛の八本腕が火を吹く。
同時斉射された弾丸は、更に大きな範囲を削り取り、戦場に空白地帯を作り出していた。
背後すら見ないままの、全方位射撃である。
臨時でばら蒔いた探査プローブからの情報を基に、脳内のイメージだけで狙いを定めているのだ。
特に意味はなかったのだが、宇宙船操作講習を受けていて良かった、と、美雲は思う。
宇宙というちょっと単位のおかしい世界の場合、人間の五感など当てにならない。
だから、センサーがもたらす情報だけを頼りに精密に操船する技術を求められた。
暇潰しに磨いたその技が、今、とても有効に発揮されていた。
元々、見えない位置を狙撃するくらいの事は出来たが、ここまでの速度域で連続して行った事は無かったから。
マジノラインの場合は、それ自体にある程度射撃を補正するプログラムが組み込まれてもいるし。
「とてもそうは見えねぇぞ、です」
「そうかしら?」
美雲の答えに、雫は感想を漏らす。
美雲の顔には、感情らしきものが浮かんでいないように見える。
ただ淡々と、邪魔なものを片付けるように排除していくだけ。
その行為が楽しいようには、まるで思えなかった。
「……んー」
地下から接近する存在に気付いた美雲は、地面の下に向けて射撃しながら、少し言葉を考える。
「雑魚狩りって、楽しくないかしら?
私に危険はない。
そして、群れる雑魚を一方的に撃滅する私は、自らの強さを確認できる。
ああ、私ってなんて凄いのかしら。
流石は私」
演劇のように大袈裟な態度で、そんなとち狂った事をのたまう。
うん、と彼女は一つ頷いて、雫を振り返りながら微笑んだ。
「とっても楽しいわ」
自分が良ければ全て良し、という雷裂の見本のような感情の発露だった。
思ってもみなかった本性を目の当たりにした雫は、ドン引きせずにはいられない。
「…………おめぇって、実はすっげぇ性格悪ぃんじねぇか? です」
「美影ちゃんにもそんな事を言われるのよねぇ。
不本意よ」
プンスカ、と怒った風に見せながらも、敵勢を殲滅していく速度は変わらない。
化け物たちだって、脳ミソのない馬鹿ではない。
近付く間もなくやられるならば、と遠距離攻撃を仕掛ける事もある。
だが、それらは、美雲の近くに落ちている仲間たちの死体を使い捨ての盾にして、簡単に防がれていた。
ならば、突撃だと。
質量と速度で押し潰してやろうともするのだが、美雲の目と判断速度の方が速い。
速度が乗る前に撃ち殺され、彼女まで届く事はなかった。
《歩き回る要塞》。
今の美雲は、まさにそう呼ばれるに相応しい姿をしていた。
彼女と戦うには、最低限、一撃で撃破されない高い耐久性が必要であり、この場にいる誰もがそれを持っていなかった。
止まらない。
止められない。
溜め込まれた備蓄を使いきらせるまで、命を対価にした人海戦術を続けるしか、化け物たちには道はなかった。
そうして突き進んでいると、ふと美雲が南方へと視線を向けた。
「……………………」
その様子を不審に思った雫は、魔力不足で悲鳴を上げている後方の者たちに投げ渡しながら、問い掛ける。
「? どうした? です」
それに、美雲は即答しなかった。
暫ししてから、静かに口を開く。
「南の方から敵が来てるわね」
言われて、雫が背伸びしながら眺めるが、背の高い化け物たちが邪魔だし、そもそもまだ肉眼視できるような距離の話ではない。
「予想よりも消耗が早かったわね。
まぁ、使い捨てなんだから、当然の結果なんだけど」
南側に差し向けていたのは、命を起爆剤とした特攻餓鬼軍団である。
瞬間的な破壊力こそ、目を見張るものがあるが、どうしても特攻兵器であるが故に数に限りがある。
そもそも、こっそりと繁殖させられていたものを引っ張り出してきたものだから、そう多くもない。
一発芸のようなものだ。
だから、いずれ弾切れで抜かれる事は予想が付いていた事である。
とはいえ、面白い事ではない。
北側は、無限増殖を繰り返す無制限ショゴスが壁となっているので、そうそう突破される事はないが、これはこれで危険なのだ。
なんせ、知能が微妙なので、いまいち敵味方の識別をしていないようなのである。
なので、下手に近付けば、こちらも食われてしまう。
ショゴスが壁となっているのは、こちらも同じ事なのだ。
つまり、南側が抜かれたとなれば、三方を包囲されたも同然であった。
ついでに言えば、空からも蓋をするように圧迫されていた。
制空権を押さえる要であった永久も、欧州の守護獣に絡まれて動けないでいる為だ。
米国からの応援部隊が頑張ってくれているが、多勢に無勢で押されている。
「困ったわねぇ。包囲されつつあるわ」
「全っ然、困っているようには見えねぇぞ、です」
頬に手を当てて嘆息する美雲に、雫はツッコミを入れた。
「で、だったらどうすんだ? です」
「私一人なら、まだ焦るほどの事じゃないんだけど」
ちらり、と周囲で戦っている友軍たちを見る。
「彼らを無為に死なせてしまうのもどうかと思うのよ」
「ちゃんと人の心があったんだな、です。で?」
「だから、一発大穴を開けてみましょうか」
美雲は、平蜘蛛の中から大きめの金属片を取り出した。
圧縮状態のデバイスである。
通常のデバイスであれば、掌の中に収まる程度に圧縮されるというのに、それは圧縮状態でありながら人の腕程もあった。
それに魔力を通せば、元の形状へと展開される。
無数のパーツが元の大きさを取り戻し、数多のボルトで固定されていく。
造り出されるは、長大な砲塔であった。
長さにして、二十メートルを超えるだろう。
口径は80㎝近くもあり、肉厚の砲身は一メートルを超える太さをしている。
どう見ても、どう考えても、歩兵の携行装備ではなかった。
戦車か戦艦にでも搭載すべき、大砲である。
「アンカー、セット」
平蜘蛛の八本腕が地面へと深く突き刺さり、美雲と大砲を固定する。
「穴を空けます。
十秒だけ持ちこたえて下さい」
「「「承知っ!!」」」
美雲の声に、回りの兵たちは撃てば響くように答えて、守護陣形を取る。
何かをする。
それを敵勢も察したのだろう。
決死の猛攻を始めるが、あと一歩届かない。
大砲の底、弾倉部が展開される。
そこには、一発の弾丸……否、口径からして、もはや砲弾と言った方が良いであろう代物が装填されていた。
表面には、〝王雷封入〟〝危険〟〝触れるべからず〟と、荒々しい筆文字で書き殴られている。
「シール、ブレイク」
砲弾に施されていた封印が解除される。
瞬間。
空気が震えた。
あまりのエネルギー量に、余波だけで世界が震えているのだ。
砲身から稲妻が迸る。
受け止めきれないエネルギーが溢れ始めていた。
部品の一部が赤熱している。
そう遠くない内に、耐久力を越えて溶解してしまうだろう。
その前に砲撃する。
全エネルギーが変換され、臨界へと達する。
十秒。
前言通り、しっかりとそれだけの時間で準備を終わらせた美雲は、躊躇いなく引き金を引いた。
世界が白く染め上げられる。
尋常ならざる砲撃は、戦場の熱と音を吹き飛ばし、ただ一つの轟音と閃光で塗り潰してしまった。
やがて、光が収束する。
細く消え去った先には、何も残っていなかった。
化け物の敵だけではない。
建物も、大地も、空気さえも、消滅して跡形もなく、ただ綺麗に抉り抜かれた砲撃跡が、一直線に伸びているだけだった。
突き抜けた先には、空の青ではなく、宇宙の漆黒が見えるのは気のせいか現実か。
失われた大気を補充する為、思い出したように周囲から空気が押し寄せ、渦を巻き、豪風となって場を荒らしていく。
それを為した張本人は、吹き飛ばされないように砲身にしがみつきながら、その状態を確認していた。
「うーん、完全に壊れてるわねぇ。
二発目は無理そう」
先端は崩れ落ち、あちこちでパーツが脱落して、フレームも歪んでいる様を見て、暢気な事を呟いている。
「…………おめぇ、何しやがった? です」
「え? ちょっと派手な花火を上げただけよ?
弟君謹製。
でも、私の趣味じゃないわ。
使い捨ての一発芸なんて、邪道よ」
そういう事を訊きたいんじゃない。
雫は心から思わずにはいられなかった。
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陽電子加速砲《武御雷》。
刹那がSF小説を読んでいた際に、造ってみたいと思い立ち、本当に造ってしまったジョークグッズの一つである。
平均的Sランク魔術師の全魔力のおおよそ五倍ほどの魔力を一度に使用するという、非常に燃費の悪いエネルギー効率をしており、更に言えば発生する威力に砲身自体が耐え切れない為に、一発限りにしかならない完全なる欠陥兵器だった。
その為、お蔵入りして埃を被っていた代物であるが、陽電子という反物質の一種を射撃する事で発生する威力は絶大の一言であった。
それを期待して、この度、美雲が倉庫の中から引っ張り出してきたのである。
ちなみに、あらゆる物質、空気中の成分とさえも反応して消滅反応を起こしてしまう為、確実に大気圏内で使用すべき兵器ではない。
消滅反応によって、放射線の放出が尋常ではない事になる為、周囲への汚染がとんでもない事になるから。
どうせ魔力強化している連中なら、それくらいどうとでもなるだろう、という、美雲のアバウト思考が引き起こした惨劇と言えよう。
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「さっ、敵陣に穴が開いたわ。さくさく進みましょう」
穴、と言うには些か巨大すぎる道を、美雲が先頭に立って進み始める。
敵からの反撃、追撃は薄い。
多大に撒き散らされた放射線による急性被曝によって、さしもの化け物たちも動けなくなっているのだ。
廃棄領域という手の出せない汚染を作り出してしまった人類の黒歴史。
その記憶が、環境を汚染する技術に対する忌避感を生み出し、結果としてそれへの対抗策を疎かにする現在を作り出していた。
そんな現状を、一切の躊躇なく逆手に取った攻撃である。
空気を読まない馬鹿の所業とも言えるが。
「…………」
味方からさえも、ドン引きしたような視線を受けながらも、鼻唄を歌いながら進んでいると、美雲はふと空を見上げた。
「音が、聴こえるわね……」
朗々と、彼方より響く音の連なりが、彼女たちの下まで届き始めていた。
「おい、ヤバいんじゃねぇか? ヤバいよな? です」
先日の一件で、それが何を意味するのか、全世界が知っている。
雫は、周囲で早々に音の影響を受け始めている敵勢を見回しながら、美雲へと確認の言葉を送った。
「大丈夫よ、多分ね」
「多分って何だよ、です」
「瑞穂って、正面衝突するよりも搦め手の方が得意って事。
きっと何とかなるわ、作戦通りなら」
その答えは、すぐに出た。
思い立って書き始めた新作が、明日で一章完結なので、よろしければ覗いてやってください。
『野蛮人珍道中 ~かくして彼の者は伝説となる、色んな意味で~(N6530GX)』
……おおよそ12万字を、ほぼ一カ月で。
こっちもそれくらいの速度で書けよって声が聞こえそう。