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挑発と援護、そして多大なる遊び心

 時はやや遡る。


 露中国境線にて、ヴラドレンへの足止めとして残った久遠は、苛立ちのど真ん中にいた。


(……あの一族はどうしてこうも!)


 人の神経を逆撫でする事に血道を上げるのか。ほとほと理解できなかった。


「HEY、お嬢さん。あれは……どうなんだ?

 一緒に殺っちゃっても良いのだろうか」


 鋼の巨人――イフリートの隣には、もう一つ、生身の巨人がヴラドレンにぶっ飛ばされて、地面に大いにめり込んでいる。


《牡牛座》ランディである。


 いくら、超能力を得て、そこいらの魔術師とは一線を画した存在になったとはいえ、それだけで並べられるほど、世界最強という壁は低くない。


 なので、ヴラドレン対策として、米国から彼が派遣されてきたのだ。

 二人の巨人が揃って立ち向かい、揃って薙ぎ倒されているのが現状であった。


 しかも、悔しい事に相手はまだ本気で戦っていないというのだから、救いがない。


 こちらも奥の手を残しているとはいえ、向こうの方が手札の数も多ければ、質も高いだろう。


「一応、諸共に殺ってしまって構わないと返事は来たぞ」

「そうかー……。来ちゃったのかー」


 ランディが遠い目をしながら言う。


 その気持ちは分からなくもない。

 問い合わせた先が、瑞穂の政府やら軍部などではなく、実の血族なのだから。

 そこから、容赦なくやっちゃえ、と言われれば、あれを哀れと言うべきか、発言した血族を冷血と言うべきか、微妙な気持ちにならざるを得ないだろう。


 次の瞬間、二人は瞬発した。

 頭上からヴラドレンの咆哮が降ってきたからだ。


 極太の魔力砲は、二人の耐久性を以てしても、直撃すればタダでは済まない。

 だから、全力で回避する。


 どうやら、ランディの方に狙いを定めたらしく、咆哮は彼の方に向かって続いた。


「行くぞ、イフリート!」

『はい、お母さん!』


 鋼の巨人が足をたわめ、全力で飛び上がる。

 その跳躍力は、とても機械仕掛けのロボットとは思えない物だった。


 その軌道を、背中の炎翼が補助する。

 より高く、より速く、イフリートを雲上へと運ぶ。


 暗雲を越えれば、尋常ではない巨大さをした龍が身をくねらせている姿が見えた。

 頭部だけでも、イフリートよりも更に大きい。


 七つの瞳と十四の翼を持つ漆黒の最強龍、ヴラドレンの伝説に語られる姿である。


 そして、その頭蓋の上には、何故か仁王立ちして高笑いしている金髪の筋肉ダルマがいた。

 背中に銀髪の幼女を背負ったそいつは、まさしく現・雷裂家の当主、雷裂御風である。


 ヴラドレンの瞳の一つが飛び上がってきたイフリートを捉える。御風もこちらを見付ける。

 そして、何故かカモンカモンと両手で挑発的に手招きした。


(……ぶっ飛ばしてやりたいッ!)


 久遠は、御風の存在に心から苛立っていた。

 いつの間にか、何処からともなく出没したと思えば、ああしてヴラドレンの上に陣取ってこちらを挑発してくるのだ。


 立ち向かっている時には、挑発的に手招きをし、こちらがやられている際には、指差して腹を抱えて笑っている。


 実に鬱陶しい。


 もしかして、精神干渉が解けておらず、こちらと敵対しているのではないか、と心底疑わずにはいられない。

 だが、どうもそういう訳ではないらしい。


 御風は、久遠たちを挑発するだけで、特に何もしてこないのだ。

 まぁ、それだけで充分に邪魔をしているとも言えるのだが。

 少なくとも、こちらを攻撃してくる事も無ければ、ヴラドレンを守るような事もしていない。


 ただ、ヴラドレンの巨体の上でウロチョロしているだけだ。


 凄く目障りである。


 そもそも、何でヴラドレンは御風の事を無視しているのだろうか。

 振り落とす訳でもなく、叩き潰す事もなく、好きにさせている。

 まるで、その存在に気付いていないかのようだった。


 ともあれ、するべき事は分かっている。


「あれを狙えッ!」


 久遠は、雷裂夫妻を指差して、命令を下した。


 無数の魔術が殺到する。

 それを、久遠の見切りで、炎魔の推進力で、そしてイフリートの反射神経で、三位一体となって潜り抜ける。

 完全合一こそしていないが、彼女たちは緩く融合している状態を維持しているからこその、以心伝心の連携だった。


 そうして潜り抜けた先には、丁度、ヴラドレンの頭蓋の上に陣取る形になった。

 つまり、直下に御風たちが見える訳である。


 攻撃しない理由が無かった。


 炎魔が炎翼を吹かせて、一気に加速させる。


『アチョーッ!』


 ふざけた掛け声を出しながら、イフリートの一本足での飛び蹴りが炸裂した。


『グッ!?』


 少しは効いてくれたのか、ヴラドレンから僅かな苦悶の声が漏れ聞こえた。

 だが、それよりも重要な事が、今の彼女たちにはあった。


「チッ、躱されたか! あっちだ!」

『はい!』


 御風たちは、しっかりと攻撃を躱しており、少しばかり離れた所で、こちらを指差してせせら笑っていた。

 鋼の軋みを上げて、パーツが駆動する。


 生物の様な柔らかいしなりで勢いをつけて、文字通りに鉄拳を大上段から彼らに叩き付ける。

 その背後で、今まで久遠たちがいた場所に魔術が炸裂していたが、当たらなかったのだから大した事ではない。


 人間一人を叩き潰すには、あまりにも過剰過ぎる威力が地面、ヴラドレンの鱗に強かに打ち付けられた。

 微細な罅が入り、あともう一撃もすれば砕けてしまいそうである。


 御風は、そんな鉄拳を、遊ぶように紙一重で躱していた。


 巨人は拳を引きながら、逆側の鉄拳を放つ。

 罅の入っていた鱗が砕け、下の肉が見えた。

 御風は、瞬発し、イフリートの股下を抜けて背後へと走っていた。


「ええい、ちょこまかと!」


 久遠はそれを追って、攻撃を仕掛けていく。


~~~~~~~~~~


 鬱陶しい、と思っているのは、ヴラドレンも同じ事だった。


 強くはない。

 それなりだが、心震わせるほどではない。

 二人合わさった所で、簡単に捻り潰せる筈だった。


 だというのに、いまだ倒せていない。

 しっかりとクリーンヒットが入らない。

 しかも、一方でほんの少しとはいえ、逆にこちらにダメージを与えてくる。


 とても不自然だ。

 まるで現実が嘘を吐いているようだった。


『ぬぅ……』


 何かが変である。

 戦いに意識を集中すべきだというのに、そちらにばかり気付けば意識が向いている。

 それもまた変だった。


 己の認識していない何者かが介入しているとしか思えない。


 身をくねらせ、自身の上で暴れていた鉄巨人を振り落とす。

 宙に浮いたところを、尾の一撃で叩き落してやった。


 その直後には、肉の巨人が、顎下の刺客から飛び上がってきて、アッパーカットを決めてきた。

 痛くはないのだが、視界が強制的にぶれさせられるのが鬱陶しい。


『小僧共が……』


 自らの精神を洗う。

 己の感覚から隠れている誰かを洗い出す為に労力を割きながら、彼は吠える。


『調子に乗るでないわッ!』


 天災が唸りを上げて、牙を剥き始めた。


~~~~~~~~~~


「母さんや、そろそろ良い感じになってきたんじゃないかな?」

「そうなのよね~。仕掛けも結構進んでるのよ~」


 雷裂夫妻は、瑠奈の治癒力に含ませた精神干渉によって、こっそりと戦場に参加していた。


 彼女の魔術的素養は、平均値以下である。

 なので、本来的にはヴラドレンを騙す事など不可能だった。


 だが、治癒という肉体にとって害どころか益しかもたらさない能力を併用する事で、深い所まで差し込む事を可能としていた。

 おかげで、ヴラドレンの上でうろちょろしているというのに、彼のセンサーから逃れる事に成功している。


 ここで何をしているのか、と言えば、目的は大きく二つほどある。


 一つは、勝ち目のない巨人連合の援護である。

 喧嘩屋である御風の戦術眼によって、ヴラドレンの意識の薄い個所を見つけ出し、彼らをそこへと誘導しているのだ。

 ちなみに、その誘導を直接伝えず、こっそりと挑発風に行っている理由は、単なる遊び心である。

 特に意味はない。


 もう一つは、彼の精神干渉の解除だ。

 瑠奈の力では、カミの力を解除する事は不可能である。

 それ程に強固な干渉なのだ。

 しかし、違和感を持たせる事くらいは出来る。

 彼女が直近から干渉する事によって、誰かが己に何かをしていると思わせる事くらいなら容易だ。

 そして、カミの干渉まで誘導してやれば良い。


 ヴラドレンに自力での解除が可能かどうかは分からないが、出来ないという事は無い筈だ。

 なにせ、ナナシという魔王が自力で跳ね除けているのだ。

 技量面では低くとも、出力では大いに圧倒している彼ならば、気付く事さえ出来れば解除できると期待できた。


「では、そろそろ消えるかな」

「そうするのが吉なのよ。

 こんな所にいたら、私は虫の様に儚く散ってしまうのよ」

「ふふふっ、母さんは虫になっても素敵だよ。

 見る度に違う姿になるのは、まさに蝶のようだ」

「あら~。じゃあ、お父さんを翻弄しちゃうのよ~」


 背中に抱き着いている幼女が、筋肉だるまの顎を蠱惑的にくすぐる。

 とても背徳的で犯罪的な絵面だった。

 彼らの中ではいつもの事だが。


 ヴラドレンの意識の誘導は、おおよそ完了した。

 あとは、放っておいても辿り着くだろう。

 そこからは彼の戦いであり、夫妻では手出しできない。


 そして、巨人連合への援護も、もう良いだろう。


 娘たち……と、ついでに息子の乗ったマジノライン三式は、先程、欧州へと辿り着いたようだ。

 前哨戦はもう終盤に入り始めている。

 ヴラドレンへの足止めは充分であり、もう彼をフリーにしても良いのだろう。


 つまり、巨人連合の役目はもう終わったのだ。

 どうなろうと別に構わない。


 鋼の巨人を操る、長女の友人を遠目に見る。


「なんとなく頑張れよ、炎城の」


 何の役にも立たない適当な声援を送って、彼らはこの場から立ち去って行った。


実は、こっそりと新作を投稿しました。


『野蛮人珍道中 ~かくして彼の者は伝説となる、色んな意味で~(N6530GX)』


唐突に思い立って書き始めた、現代ダンジョンものです。

一章完結まで予約投稿済みなので、よろしければ覗いてやってください。

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