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殺意のお膳立て

気付けば、投稿を始めて一ヶ月。

これで20話足らずは、果たして少ないのか否か、と考えてしまう。

「アッハハハッ、結構進歩したんじゃない?」


 高天原、深層第十層。

 氷雪エリアと銘打たれた超大型冷凍庫、ブリザードが常に吹き荒れる極寒の空間に、陽気な少女の声が響き渡る。


 全身に黒雷を纏った、雷裂 美影だ。


 第一制限のみとはいえ、制限解除した《六天魔軍》である。

 もしも、それを目撃している者がいれば、何の緊急事態が進行しているのだ、と危機感と焦燥に捕らわれる事だろう。


 しかし、真相は緊急事態などではなく、ただ新しい玩具と戯れているだけの事だ。


 玩具の名前は、風雲 俊哉。

 ほんの一週間前に超能力に覚醒したばかりの、新たな《二重螺旋に住まう者(ア・バオ・ア・クゥ)》である。


 超能力は目覚めただけでは、基本的に強くない。

 苛め抜いて、鍛え抜いて、初めて実用に耐えられる物となるのだ。


 安全で確実に強くするのならば、自力で地道に修行するのも良いだろう。

 だが、祭りの時間はすぐそこだ。

 それまでに使い物になるレベルまで引き上げておかねば、彼はきっと後悔を抱えるだろう。


 美影個人としては、俊哉に対して思う所はない。

 極端に言えば、どうでもいい人間という認識だ。

 だが、彼女の兄である刹那が彼の事を気に入っているのだ。

 ならば、彼女なりに俊哉の事を気にかけても良いと思っている。


 だから、こうして命懸けという諸刃の剣を用いて、その刃を研ぎあげている。

 おかげで、一週間というごく短期間にして、既に最低限レベルには使えるようにはなった。


「……………………」


 雪に半ば以上埋もれている少年――俊哉は、美影の言葉に反応しない。

 ぴくりともしない。


 どうやら死んでいるらしい。


「まーた、簡単に心臓止めちゃって。なっさけないなー」


 理不尽に言って、雷を一筋落とす。

 手加減されたその一撃は、心臓への電気ショックとなり、その活動を再開させる。


「もうそろそろ、臨死体験が三桁行くかな?

 流石に、ここらで休憩挟んだ方が良いかなー?」


 何事も緩急とメリハリが大切だ。根を詰め過ぎても、逆に非効率となる。


「それに、学生の本分は学業だしねー。

 いい加減、学校に戻してあげないと」


 学園には《六天魔軍》の名で俊哉を借りると通達してある。

 だから、出席日数的な意味合いでは問題ないが、だからと言って勉強に励んでいる訳ではない。

 なので、学業の遅れは出てくる。


 復讐を終えて人生も終わり、という訳ではないのだ。

 ちゃんと後の人生を考えて行動していかねばならない。


「……僕もお兄に会いたいしね」


 それが修行を切り上げる、一番の理由だ。


~~~~~~~~~~


 柔らかな光の射し込む、爽やかな朝。

 自然と目を覚ました刹那は、ゆらりと上体を起こす。


「……ほぅ。帰ってきていたか」


 自身の隣では、いつの間に潜り込んだのか、美影が可愛らしい寝息を立てている。

 愛らしいとは思うが、生殖能力のある男の寝床に潜り込むな、と思う。

 寝ぼけて襲い掛かったら、どうするのだ、と。


「愚妹は喜ぶのだろうがな」


 望むところ、であろう。

 それで妊娠でもしようものなら、諸手を挙げて大喜びしかねない。


 目に見える未来予想図に苦笑しつつ、彼女を起こさないように静かにベッドから出る刹那。


 隣のベッドには、久し振りに俊哉の姿があった。


 随分とズタボロだ。

 大きな傷はないようだが、小さな生傷は無数にある。


 取り敢えず、呼吸と心音を確認してみる刹那。


「うむ、生きているようだ」


 どうしようもない死体になったから持って帰ってきた、という訳ではないらしい。


 ならば、遠慮はいらない。

 容赦なく念力式往復ビンタ(超絶手加減)を決めてたたき起こす。


「おぶぶぶぶぶぶ……はっ!? こ、ここは!?」

「地獄の最果てにようこそ」

「ああ、やっぱり……。

 センパイも地獄行きなのか」

「俺は天国行きに決まっているだろう。

 日々、清く正しく生きているのだから」

「うっそだぁ」


 腹が立ったので念力ツッコミを入れる。


「緊急回避!」


 危険を感じ取ったのだろう。

 寝起きとは思えない俊敏な動きでベッドから脱出し、念力を回避する俊哉。


「おお!」


 これには刹那も感心する。


 危険を即座に察知する能力、直感に従い行動する決断力、しかもそれを寝起きという悪条件下で発揮する能力。

 たった一瞬で、一週間前とは比べ物にならない程の能力の向上が分かる。

 美影がどんな苦行を強いていたのか、想像できるという物だ。


 周囲に警戒心を張り巡らせながら、自分が一瞬前までいた場所を見て、俊哉は顔を蒼褪めさせる。


「ベッドに穴が……! センパイ、殺す気か!?」

「ちゃんと穴が開いても問題ない場所を狙ったぞ?」


 即死しなければ超能力式治癒で、大体の傷はすぐに治るから万事問題ないのだ。


「いや! いやいやいや!

 人体に穴が開いても良い部分なんて存在しねぇよ!?」

「それは新説だな。是非とも論文に纏めてくれたまえ」


 適当な事を言って流す刹那。


 彼は睡眠用スーツから制服に着替える。

 それを横目に、俊哉も自分の身体を見下ろす。

 無数の生傷はともかく、着ていた制服はボロ布と化している。


「あーあ、新品なのにこんなに……」


 文句を漏らしながら着替えていると、横から刹那が言う。


「請求書を用意すれば、俺が支払ってやるぞ」

「え? センパイ、良いのかよ?」

「愚妹の後始末をするのは兄の務めだ。

 なぁに、気にする事はない。

 ちゃんと君には十分な仕事を回してやるとも」

「……高い制服代になりそうだなぁ」


 一族が滅び、本家からの援助もない俊哉は、現状、受け継いだ資産を切り崩して生活している。

 それなりに纏まった金額ではあるが、贅沢をすればすぐに吹き飛んでしまう様な半端な額でもある。


 その為、苦学生一歩手前な彼としては、節約できる部分があるなら一も二もなく飛びつきたい所。


 その代償は何やら高そうだが。


「なに、大した事ではない。とても面白い事だとも。

 詳細は……その内だが」

「……まっ、なんだか世話になってるしな。仕事ぐらい良いんだけどよ。

 仕事って言うくらいなら給料は出ませんかねぇ、センパイ?」

「一億ぐらい貰っておくか?」

「…………すげぇな。単位が億なんだ」

「流石に兆は大変だが、億単位なら然程でもないな」


 軽口を叩き合っていると、小さな物音が聞こえる。

 それは、刹那のベッドで寝ている美影が寝返りを打ったのだ。


 反応した俊哉が視線を向け、彼女の姿を認めた瞬間、


「ヒィッ!!??」


 悲鳴を上げて部屋の隅に退避した。

 ガタガタ、と、ちょっと心配になる勢いで頭を抱えながら震える俊哉。


「ごめんなさいごめんなさいもう無理ですごめんなさい弱音吐いてごめんなさいでもでも無理なものは無理なんですだからたすけてくださいゆるしてくださいごめんなさいごめんなさいやめてやめて死んじゃう死んじゃうごめんなさい……」

「……完全にトラウマになっているな」


 記憶がフラッシュバックしているのか、何やら助けを求める言葉を繰り返している彼に、憐れみを覚える刹那。

 何があったのか、念力式千里眼でちょくちょくは見ていたので全体像も想像できるのだが、中々の壊れっぷりである。

 これなら大抵の脅威も鼻で笑える事だろう。

 あの時よりはマシだ、と。

 大変に良い事だ。


「落ち着け、トッシー後輩よ。

 あれは猛獣みたいなものだが、今はお腹一杯で眠っている。

 危険はない」

「お、おおおおお、起きたら危険って事じゃ……!?」

「否定はしないぞ」


 再び泣きに入ってしまった。

 慰めるという行為は難しい、と考えつつ、面倒になった刹那は俊哉を引きずって部屋から連れ出す。

 取り敢えず、腹でも満たせば落ち着くだろうと、短絡的に考えたのだ。


~~~~~~~~~~


 二人が住まう寮では、食事は自炊するか、それとも給食を用意してもらうか、それぞれに選べる。

 自炊の場合は、食材の用意から調理まで自己責任であるが、食事時間からメニューから全てを自分で決められる。

 一方で、給食の場合は、予約制だ。

 予約分しか作らない為、余分は基本的にはない。


 刹那も俊哉も自炊派だ。

 とはいえ、刹那はともかく、ここ最近は拉致されていた俊哉が食材の用意などしている訳がない。

 昨夜まで拉致されていたので、予約をしている訳もない。


 なので、今日の朝食は適当な売店で軽食を買おうかと思っていた。


「……意外な事に美味い」

「愚妹ほどではないがな。もっと褒め称えろ」


 刹那自作の十割蕎麦をすすりながら、なにやら悔し気な俊哉。

 一流、とまでは言わないが、大衆食堂レベルでなら金を取れる程度の味はある。

 ちなみに、美影の味は超一流レベルだ。おそらく、店を出せば星を貰える。


「以前、マルチタスクの練習がてら、研究の片手間に念力で研鑽を積んでいたのだ。

 おかげで人に出せる程度の腕前はあるとも」

「センパイは本当に多芸だな。

 見習いたいと思う反面、あまり見習いたいとも思えない不思議」

「クククッ、まぁ凡夫ではそうだろうな」


 美影がいないおかげで、周囲からの悪感情の少ない和やかな食事をする二人。

 そんな二人の許に、食堂に設置されていたテレビからニュースの声が届く。

『……逮捕された《嘆きの道化師》構成員の身柄が、高天原研究機関へと移送されていた事が政府より発表されました。

 これは容疑者の特異性を診断する為であり、非人道的な実験を行う為の措置ではない、と政府関係者は述べております。

 続いて、国会にて審議されている新たな税法について、いまだ発表する段階ではないとして詳細は伏せられており……』


 ベキッ、と何かが折れる音がする。

 見れば、俊哉が手に持っていた箸が、その握力でへし折られていた。


「嘆きの……?」


 据わった目で呟く彼に、刹那はニュースの内容を肯定する。


「うむ。一週間ほど前に、構成員三名が拘束され、この高天原に移送されているぞ」

「何処だ!? 何処にいる!?」


 たまらず、俊哉は刹那に食って掛かる。


 同時に制御の緩くなった魔力と超能力が、圧を持って押し寄せる。


 こうなる事を予見していた刹那は、自分たちを囲うようにバリアを張って、周囲への影響を遮断している。


「それを聞いて、どうするのかね?

 襲撃に行くか? それは犯罪だぞ?」

「だがっ! あいつらは……! っっ!」


 野放しの状態なら、たとえ問答無用に襲い掛かり殺害したとしても、正当防衛だとか緊急事態だとか、色々な言い訳でもって不問にできるだろう。

 指名手配されている以上、話の持って行き方次第では、逆に英雄の様にも扱ってもらえるだろう。


 しかし、既に逮捕され、牢屋の中にいる者を殺そうものなら、それは明確な犯罪行為であり、庇いようがない。


 刹那の言葉は分かる。

 それを認めるだけの理性は残っている。

 それでも、溜め込まれた憤怒と憎悪が、それを受け入れる事を許さない。


 歯を食いしばって悔し気に沈黙する俊哉。

 その肩に腕を回し、彼の耳元に口を寄せて囁く。


「安心したまえ、風雲 俊哉。復讐の機会は残されている」

「――なんだって?」


 邪悪の滲んだ悪魔の囁き。

 それは甘美な響きを以て俊哉の心に沁み込む。


「連中は、脱獄する。そして、この高天原で暴れる。

 これは決定事項だ」

「何で……そう言い切れるんだよ?」

「政府の決定だから、に決まっているだろう。

 現在、連中を使った秘密企画が進行中でね。

 むしろ、連中には脱獄して暴れて貰わねば困るのだよ」


 刹那がそれを知っている事に、何故とは思わない。

 彼は〝雷裂〟で、彼の妹は《六天魔軍》なのだ。

 機密情報の一つや二つ、知り得ていても何もおかしくはない。

 彼自身の特異性も合わせれば、むしろ事情を知らない、という事の方が考え辛い。


「って事は……」


 言いたい事を察した俊哉は、暗い希望に目を輝かせる。

 刹那はそれに頷き、芝居がかったように言う。


「ああ、なんという事だ!

 凶悪なテロリストが脱獄してしまったぞ!

 奴らは見境なく暴れていて手が付けられない!

 誰か! 誰でもいい!

 殺しても良いから奴らを止めてくれ!

 はい、君の出番は?」

「殺す事まで既定路線か……!

 クハッ、良いじゃねぇか!

 ああ、殺してやるぜ! 絶対に殺してやるともさ……!」


 滾る殺意。

 刹那は満足げに頷く。


「うむ。良い殺気だ。

 事が始まれば、我が姉、雷裂 美雲より誘導が来る手筈になっている。

 それに従えば、お膳立ては完了する」

「感謝するぜ、センパイ。心からな」


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