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救いし光の刃

「っ!? 霧が……!?」


 頭上から差し込む光に気付き、空を見上げれば、あれほど濃密だった霧が急速に薄れていく最中だった。


「おお!」

「やるじゃねぇか、あの娘っ子!」

「任務終わりだ!」

「撤収――――――ッッッッ!!」


 隊長からの指示に、先行して霧の中に入っていた囮部隊の面々は、歓声を上げながら、全力で逃げ始める。


 霧の無力化が為された以上、これから本隊が欧州に突入する手筈である。

 そこまで逃げきれれば、彼らの任務は終了だ。

 あとは本国に戻って、温かい食事を取って、ベッドの中に潜り込むだけとなる。


「帰るまでが遠足だと極東では言うらしいぞ!

 最後まで油断するんじゃないぞ!?」

「分かってますよぉ!」

「隊長こそ、真っ先に死んじゃ駄目ですからね!」

「もう年なんですからな! ハッハッハッ!」

「よぉーし、お前ら! 後でしばき倒すッ!」


 軽口を叩き合うも、彼らは既に満身創痍である。

 選抜隊の半数は、とうに脱落しており、一般的定義で言えば壊滅と言って差し支えない状態となっていた。


 それでも、彼らは命の限りに奮闘していたのだ。

 全ては、祖国の為に。

 そして、自分たちが自由意思を持つ人間である為に。


 ここまで死兵となって戦っていた彼らが、背を向けて一目散に逃げだしていく様に、跋扈している怪物たちは、容赦なく噛み付く。


 敵である。

 倒すべき、殺すべき、外敵だ。

 だから、隙を見せたのならば、躊躇も容赦もなく、淡々と殺す。


 それが、化け物である彼らの存在意義なのだから。


 背中に、圧力を感じた。

 波を打って襲い来る化け物共の、殺意という熱気が具体的な圧力を持って伸し掛かってくるようだった。


 傷つき、疲弊した彼らでは、確実に逃げきれないだろう。

 そうと悟った隊長は、一人、反転して追撃者と向かい合った。


「ッ!? 何してんですか、隊長!?」


 気付いた隊員の一人が、悲鳴のような声を上げる。

 それに、彼は気取った風に返す。


「私は隊長だ。部下を無事に帰す義務がある。

 ……つまり、仕事をするだけだ」

「アホですか!? カッコつけてんじゃねぇよ!」

「そうだそうだ! あんた、そんなキャラじゃねぇだろ!」

「とっとと帰んだよ、アホ隊長め!」

「お前ら、少しは言葉を選べッ!」


 格好つけたというのに、応じる相手方の反応の所為で台無しであった。


 舌打ちしつつ、いよいよ目前となっている化け物に向かって、攻撃魔術を放つ。


 飛翔翼に充填されていた魔力はほぼ枯渇しており、自前の魔力も大分すり減っている。

 威力もなければ、弾幕としても薄かった。


 一瞬だけ、警戒したように動きを緩めた化け物たちだが、それが脅威ではないとすぐに見て取り、進撃を再開する。


「クッ……!」


 ひ弱な自分に、彼は歯噛みする。

 こうなれば、非常に危険だが、遠距離戦は捨てて残存全魔力を強化に注ぎ、肉弾戦をした方が効果的か、と思い直す。


 その時、隊長の脇をすり抜けて放たれる魔術弾があった。


 それは、先頭を走っていた化け物の鼻柱にぶち当たり、その勢いを殺す事に成功する。

 最前が止まってしまった事で、後ろが渋滞してしまい、しかし止まり切れずに転げ、ひしゃげ、潰れ、混乱をきたした。


「隊長ー、カッコつけてんじゃないっすよー」

「お前ら……! 逃げろと言っているだろうが!」


 隣に並んだのは、部下たちである。


 彼らを逃がす為に残ったというのに、彼らが残っては意味がない。

 だから、隊長は叱責しようと口を開きかけるが、それよりも早く部下たちから声が上がった。


「いやー、もうクタクタで。

 後方まで走れないんですわー」

「俺、さっき膝に攻撃喰らっちゃって。

 立ってるのもきついんです」

「自分はあばらをやってしまって。

 走るなんてとてもとても」

「いやいや、困りましたな! ハハハハッ!」

「という訳で、隊長。

 殿軍、お供します」

「馬鹿者共が。感謝なんぞせんぞ」


 色々な言い訳を重ねているが、ついさっきまで意気揚々と走っていた連中である。

 それが、ここに残る為の適当な理由付けに過ぎない事は明らかだ。


「いやいや、隊長の感謝なんぞいりませんって」

「そーそー。もっと後方の連中から、ちゃんと感謝して貰えるでしょうし」

「いやー、友軍を逃がす為に命を懸けるって、美談まっしぐらじゃないですか?

 帰ったら勲章ものですよ、マジで」


 彼らのいる場所が、最も敵陣深い場所である。

 残念な事に。


 だから、彼らの背後には、他に囮となって突撃していた者たちが、今も必死に撤退している。


 何もしなくても逃げ切れるかもしれない。

 だが、何かをしなくては追い付かれてしまうかもしれない。


 だったら、ここで自分たちが踏ん張って少しでも足止めできれば、確実に友軍は逃げきれるだろう。


「チッ。脳味噌の入っていない馬鹿どもめ。

 そんなに死にたいと言うのなら、こき使ってやる」

「了解です。精々、足掻きましょう」


 態勢を立て直した化け物たちが、再度、進み始めた。


 その絶望的な圧力を見て、本能的に震える身体を理性で押し殺しながら、彼らはそれぞれの魔術デバイスを構える。


「よく引き付けろよ。

 射程取ったら、威力が出ないからな」

「分かってますよ、隊長。新兵じゃないんですから」

「馬鹿だから忘れてると思ってな」

「ひっでーなー」


 努めて明るく、彼らは最期の瞬間を華々しく迎えようとしていた。

 だが、その瞬間は、遠い彼方へと延期となってしまう。


 彼らと化け物の間に、高速で何かが落下した。

 大地を砕き、粉塵と土砂を巻き上げるそれには、覚えがある。


《射手座》による砲撃だ。


 しかし、同時に疑問が過った。

 現在は砲撃予定時刻ではないというのに、何故なのか、と。


 その答えは分からなかったが、少なくとも自分たちの役目が終わったのだという事は、すぐに理解できた。


 視界を遮る粉塵が切り裂かれる。


 砲撃の着弾地点には、一人の女性が仁王立ちしていた。


 灰色の髪をした、長身の女性。

 その手に握られた長剣型デバイスは、とても印象的で、合衆国の民ならば誰もが知っている。

 その持ち主の事も。


《乙女座》プリシラ・ライトフット。


 瞬間火力では、当代どころか、史上最強とも語られる魔王である。


 彼女が、長剣を腰だめに構える。

 鉄色をしていた剣が、彼女の魔力に呼応して、目が眩むような輝きを発した。


「せー……のっ!」


 振り抜く。


 プリシラオリジナル地属性魔術《断界剣》。


 瞬間的に、対象の速度を強制的に光速を突破させてしまう、尋常ならざる超重力の刃が敵勢を一刀両断に薙ぎ払った。

 耐える事など、出来やしない。

 一直線に分断された敵陣を見やりながら、プリシラは背後の者たちに言う。


「任務、ご苦労様です。

 現場は私が引き継ぎます。

 速やかに撤退を」

「あっ、はい」


 カクカクと頷いて、彼らはそそくさと撤退していった。


「……隊長、せっかくカッコつけたのに、台無しです」

「私の気持ちがよく理解できたようだな。

 良い経験をしたな」

「こんな経験、いりませんわー」


 決死の覚悟を見せたというのに、それを台無しにされた微妙な気分を抱きつつ、彼らは安全に撤退していった。

 大地が空に浮き上がるという天変地異を背後にしながら。


~~~~~~~~~~


「チッ……」


 ジャックは、合衆国本土に居残った状態で舌打ちをした。

 ほとんどの《ゾディアック》たちは、何らかの形で戦争に出かけているが、彼は本土から動けなかったのだ。


 理由は、当然、全世界から宣戦布告されているからである。


 欧州が主敵ではあるものの、南米大陸やアフリカ大陸の方から、敵勢が来ないとも限らない。

 というか、実際に来ている。


 その守備の為、彼が残されているのだ。


 ジャックの射程は、非常に長い。

 その気になれば、地球の裏側にまで届かせる事が出来るほどだ。


 だが、そうであるが故に、この場に留まったままでも支援が出来るという理由から、本土に居残りとなってしまっていた。


 確かに支援砲撃は出来ているが。

 それでも、状況の見えないままの決まりきった砲撃をするだけでは、いまいち手応えが無かった。


 それが歯がゆい。


「ええい、サラよ。まだ終わらんのか?」

『今、やってるのだよぉ~!』


 通信するのは、魔王ではないのに魔王と同等の権限を与えられている例外、《蛇遣い座》のサラ・レディングだ。


 彼女は、現在、洗脳解除の為に使用した国土防衛用巨大魔法陣を、元の機能に戻すべく作業中である。


《アーク・エンジェル》の威力は、先日の一件でよく理解できている。

 かの強大な竜騎士たち相手にすら、翻弄し、一時は押し戻すほどの力を見せつけていた。


 あれが起動さえすれば、本土の防衛は任せられる。

 そうなれば、自分も最前線に赴く事が出来る。


 そうした想いから、彼はサラを急かしているのだ。


「少し書き換えただけなのだろう。

 すぐに終わらんのか?

 まさか、サボっているのではないのだろうな」

『うっさいのだよ、このハゲッ!』

「ハッ……!?」


 突然の暴言に、一瞬、ジャックの思考が空転してしまう。

 一拍置いて、なんとか復帰した彼は、断固抗議の姿勢で通信機に怒鳴りつけた。


「誰が、ハゲだっ! 私はハゲではない!」

『うるせぇぇぇぇぇぇ!

 技術のぎの字も知らないリテラシー底辺なんざ、脳ミソ腐り切ったハゲに決まっているのだよ!

 文句ばっか言ってないで、黙って待っているのだよッ!』

「きさっ……!

 貴様、言うに事欠いて……本当に通信切りやがったな、あの馬鹿!」


 言い返そうとするも、その時には、通信機はうんともすんとも言わなくなってしまっていた。

 再度、呼び出しをかけようとするも、電源そのものを落としてしまったのか、無しの礫である。


「チィィィィィィ……!

 なんと歯がゆい……!」


 どうにかしたくともどうにも出来ない現状に、ジャックはいつまでも鬱憤を募らせていくのだった。


日曜日は用事があるので、もしかしたら更新できないかもしれません。

無かったら、舌打ちしてください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最終決戦+覚悟を決めた一般兵=横から強者をシユーーーーツ!!!超エキサイティング!! 終わりのクロニクルですね。
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