適度なちょっかい
「……全く。どいつもこいつも情けない事ですね」
二体の巨人に足止めされているヴラドレンも、相性差からたかが準魔王クラスから逃げ回っている紅花も、理解不能な熱に当てられて一騎討ちに熱中する王芳も、本来の目的を見失い過ぎである。
同僚の魔鏡を通して、中華連邦及びロシア神聖国国境線にて行われている戦闘状況を覗き見ながら、インド王国の魔王、《隠者》ガウリカは吐息した。
まだ中華連邦の戦力は尽きていない。
一般魔術師どころか、魔王クラスも数人存在している。
だが、王芳や紅花に比べれば、一枚も二枚も落ちる者たちだ。
あまり期待できない。
「あっ、やっぱり」
そして、実際に今、大魔術を華麗な側転機動で躱されて、隣を通り抜けられている。
あの巨体であのような無茶な機動を行うなど、正気の沙汰とは思えない。
やろうと思う方も思う方なら、それに応えられる機体の性能も大概に馬鹿げている。
ガウリカは、敵ながら天晴と内心で感心していた。
とはいえ、そんな悠長に驚いてばかりもいられない。
一応、インド王国も、宣戦布告しているのだ。
敵の選択故に主戦場から外れてしまっているが、やれる事はきちんとやらねばならない。
一般魔術師で構成した幾らかの部隊は、瑞穂本土に向けて進軍中であるし、己の手も、あの弾丸列車に届く。
ならば、ちゃんと働かねばならないだろう。
『……やるんすね? 姐さん』
「やらない理由もありませんし。
……文句でもありそうですね」
魔力を高めながら立ち上がると、北の戦場の様子を映し出している同僚から、言葉が届いた。
その内容は、やや歯切れの悪いものであり、どうにも乗り気ではない様子だ。
『いやー、文句は別にないんすけどねー』
「では、何だと?」
『今の状況には、どうにも違和感があるっていうかー。
瑞穂さんとアメリカさん、別に仲悪くなかった筈なんだけどなー、って思ってる次第っすよー。
まぁ、お国がそうと決めたなら、従うしかないんすけどねー』
「ふむ……」
言われてみれば、確かにその通りである。
インド王国は、その二国とは比較的友好な関係を結んでいた。
水面下で色々とあったにせよ、いきなりの宣戦布告は、あまりにも直情的に過ぎる。
それに、仮にも《八部衆》のトップであるガウリカに、その色々の部分が朧げにすら伝わっていない、というのも違和感を助長する要素である。
加えて言えば、そうと言われるまで、この状況を特に不審に思っていなかった、という事実が彼女の心を大きく揺らした。
「成程。何かが起こっている、と」
『そんな気がしないっすか?』
「言われるとそんな気もしますね。
では、どうしましょうか」
ガウリカが手を出せば、十中八九、瑞穂の進軍は止められる。
何らかの対策をしている可能性はあるが、少なくともダメージを何も与えられない、という事はない筈だ。
自分を信じられなくなった今、どちらに与する方が最適解か、即座には答えが出なかった。
『そうは言っても、お国は戦争をすると言っているのですよ?
何もしないという訳にはいかないのではありませんか?』
「…………」
ガウリカは、同僚の進言に目を細める。
それは、先にも聞いた言葉だが、声色が違っていた。
そこに隠された真意を、彼女は読み解く。
「まっ、やらない訳にもいきませんか」
『そうっすよー。
適度にやっちまいやしょー』
長年の付き合いから、互いの思う所を、言葉を隠したまま通じ合わせた二人は、改めて進軍中の瑞穂軍へと目を向ける。
ガウリカは、愛用のククリナイフを握り直し、遥か遠くへと狙いを定めた。
「では、瑞穂の皆様。適度に頑張ってくださいませ」
一閃した。
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「空間微動、探知ッ!」
全方位に向けて、あらゆるセンサーを総動員して警戒網を巡らせていた美雲は、敵の攻撃をいち早く察知していた。
「空閑家の皆様、お願いします!」
『『『はいっ!』』』
探知した魔力の質からして、魔王級。
それも希少な空属性の使い手となれば、思い当たる人物はたった一人しかいない。
インド王国の《隠者》である。
出来れば、出場して欲しくなかった相手である。
進軍ルートを北回りにしたのも、彼女と鉢合わせてしまわない為、という理由があるほどに厄介な存在だ。
なにせ、彼女の術は距離を操る。
彼女の魔力に捉えられれば、無限回廊に追いやられて、進む事も退く事も出来なくなってしまいかねない。
目的が欧州遠征である以上、それは致命的に過ぎる足止めだ。
戦う事もせず、ただ時が過ぎるまで延々と待たされてしまうだろう。
それだけで、作戦は失敗となる。
だから、彼女と比べれば、一応は力押しで抗う事の出来るヴラドレンの方がマシだと、北回りルートを選択したのだ。
だというのに、ここまで手を届かせるのだから、空属性の魔王というのは実に厄介極まりない。
などと嘆いていても仕方ないので、即座に対策チームに連絡を入れる。
空属性に対抗できるのは、空属性だけである。
その専門家である八魔の一角、空閑家が保有する最精鋭が乗り込んでいた。
『空間擾乱、突破されました! 早い!』
『ッ、捉えました! 対処、速く! お願い!』
『空間湾曲、誘導開始します!』
『圧力強いぞ! 押し流されんなよ! 気合い入れろッ!』
『あーあー! 自信無くすなぁ、もぉー!』
泣き言が通信機越しに聞こえてくるが、それでもなんとか仕事は出来ているらしい。
遂に攻撃を捉えきり、最後の一手を加える合図が来る。
『収束、完了しました! お願いします!』
「雫ちゃん!」
「任せやがれ、です!」
マジノラインの長大な機体を、輪切りにしようとしていた攻撃群。
それを空閑家の活躍によって、誘導し、一本に収束させる事に成功した。
向かう先は、先頭車両だ。
それ以上の誘導は出来なかった。
だが、そこには限定的ではあるものの、空間を操る超能力を宿した少女がいる。
雫である。
彼女は、自身が持つ固有異界と、湾曲した周囲の空間を繋げた。
「あら」
衝撃がマジノラインを大きく揺らした。
装甲表面に大きく斬撃が走り、深く切れ込みが入っている。
しかし、それだけだ。
両断はされていないし、走行にも問題はない。
「むっ。吸い込み切れなかったみてぇだ、です」
実態無きエネルギーのみを転移させられる雫の超能力。
それは、実態無き斬撃だけを飛ばしてくるガウリカの術には、非常に有効に働いた。
問題は、雫の能力の射程距離が短い事だけだ。
どうしても、彼女の干渉できる空間は近距離までしかならなかったのである。
それだけでは、マジノラインの巨体を守り切る事など不可能であった。
その為に、空閑家が全力で支援し、彼女へと攻撃を収束させたのである。
しかし、相手は仮にも魔王である。
しかも、世界に名を轟かせる熟達した存在だ。
俄仕込みの空間干渉能力では、完全に威力を殺しきる事は出来なかった。
雫が展開した固有異界を斬り裂いて、しっかりと攻撃を届かせてきた。
彼女はそれを悔しがるが、美雲は充分だと言う。
「大丈夫よ。
この程度の被害なら、無いも同然だわ」
実際、雫がいなければ、今の一撃で綺麗に輪切りにされていたのだ。
それを、幾らか装甲を潰された程度で収めたのだから、まさにその通りだろう。
(……しかし、手抜きでしょうか)
言いながらも、美雲は内心で不審に首を傾げていた。
積極的な追撃がない事もそうだが、なにより、そもそも攻撃してきている事がおかしい。
ガウリカならば、距離を弄って、行く道を無限回廊にしてしまう方が、よっぽど簡単の筈だ。
そちらの方が、確実に進撃を阻止するという目的を達成できる筈である。
にもかかわらず、攻撃してきているという点に、美雲は不審感を覚えた。
だが、彼女はすぐにその疑問を片隅に投げ捨てる。
どういうつもりかは分からないが、積極的な邪魔をしてこないというのならば、それで良い。
こちらには不都合はない。
だから、美雲はそれを忘れて、前を見据える。
「このまま突っ走るわよ!
もうすぐ欧州に入るから、気合いを入れ直しておきなさい!」
広域にセンサーを展開している美雲には、既にこの先にある欧州の様子が見え始めている。
霧の牢獄。
そうとも称される、欧州が誇る無敵の防御陣。
酸性を帯びた濃霧を前に、数多の存在が悉く殺されてきた。
異界の存在相手でも有効に活躍したそれを、この状況で展開しない筈もないというのに、しかし彼女が見る欧州は、綺麗に晴れ渡っていた。
(……合衆国は、上手くやっているみたいね)
間に大国を挟まなくてはならない瑞穂と違い、アメリカは大西洋を渡れば即座に欧州に入れてしまう。
その為、この挟撃作戦においては、彼らが先行して欧州戦力とぶつかり合っていたのである。
そして、最も重要な役割。
酸霧の無力化を、現状では順調に行えているようだ。
(……リネットちゃん、大丈夫かしらね)
無力化作戦の肝に任じられた知人を思い出しながら、美雲はアクセルを大きく踏み込む。
これが最後の加速となるだろう。
ここまでの無茶な動きと蓄積したダメージで、あちこちがガタガタだ。
いつ分解してもおかしくない程である。
「まっ、遠足は徒歩が基本よ。
電車の旅なんて、無粋だわ」
そう思う事にした。
モンハンの映画を見てきました。
モンハンではないな、という気分になりました。
怪獣映画としては良いのではないのでしょうか。
次回は、合衆国サイドですかね。
その予定です。