表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/417

男の勝負と、空気を読まない女

 中華連邦の国土も半分を過ぎた頃に、とうとう最後の障壁が目の前にやってきた。


「ふんっ、ただの鉄馬車とは。

 殴り甲斐もないな」


 地を踏み砕きながら疾走するマジノライン三式と比べて、あまりにもちっぽけな一人の人間。


 しかし、その身に宿すは万物を砕く剛力。

 今の中華連邦の全てを牛耳る男、王芳が静かに行く先に立ちはだかっていた。


 彼を抜ければ、中華連邦での障害はほぼ無くなると言って良い。

 本番である欧州に、力を残したまま雪崩れ込む事が出来るだろう。


 だが、それこそが問題であった。


 近接格闘術のみを追求する彼は、単純に強い。

 力、速度、頑強さ、そして技を含めても。

 どれを取っても世界屈指である。

 唯一の弱点としては、遠距離攻撃手段に乏しいという点がある。

 それも、あくまでも負けない為の方法であって、彼を打倒する為の方法ではない。


 マジノライン三式は、超速度という特性を維持する為に、重量を大きく削っている。

 身を守る装甲も必要最低限であり、装備されている砲門の数も少ない。

 そこまでしても、王芳の追撃を振り切れるほどの速度もない。


 彼を近付けさせない飽和砲撃が出来ない以上、彼の射程距離に捉えられた時点で終わってしまう。


 それ程の脅威が、目の前に立ち塞がっていた。


 ゆっくりと、王芳が魔力を高める。

 実体ある分身が、彼の影と重ねられ、存在の密度が倍々に増していく。

 拳を固く握りしめ、構えを取った。


「むっ!?」


 そこで、自身へと真っ直ぐに向かう鋭利な気配を感じ取った。


 マジノラインの先頭車両、その最先端にて仁王立つ、真っ白な死に装束の老人。


 彼が拳にのみ信を置く男ならば、それは刃にのみその生を捧げた達人。


《千斬》山田真龍斎五郎。

 瑞穂の魔王、《六天魔軍》の頂点に名を置いた人物が、そこにいた。


 彼は、無言で腰に差した、大小の二刀を抜き放つ。

 途端に、真龍斎から放たれる剣気が一段と鋭利さを増した。

 王芳をして、己が斬り殺される一寸先の未来を幻視してしまう程の鬼気であった。


「成程。相手にとって不足なしッ!」


 心が滾る。

 彼とは、まだ若かった頃に手合わせをして以来だ。

 武者修行の一環で問答無用で喧嘩を売った時の事である。

 その時は、無様に敗走するしかなかったが、あれから己も大きく成長した。


 追い付いたのか、追い越したのか。

 それとも、未だ足りないのか。


 鍛錬の成果を確かめるには丁度良い相手だった。


 互いの間に、緊張感が高まっていく。

 張り詰めた空気が充満し、息苦しささえも感じられた。

 集中力は極限まで研ぎ澄まされ、相手の事しか見えなくなってしまう。

 それはきっと、向こうも同じだろう。


 やがて、その時がやってくる。


 マジノライン三式が、目前にまで迫る。


 速度からして、交錯は一瞬だろう。

 その一瞬に全身全霊を注ぎ込み、決着をつける。


 王芳が飛び出す。

 真龍斎も、身をたわめ、待ち構える。


 この時、敵同士ではあれど、同時に同じ求道者として、彼らの心は通じ合っていたと言って良かった。


 互いの口元に、素直な笑みが浮かんでいるのが、その証拠と言える。


 だが、そんな愚かしい男の性を無視する者が、この場にはいた。


 あと一瞬。

 あと僅か。


 その瞬間に、マジノライン三式が引くレールが大きく歪んだ。


「「ッ!?」」


 突然の機動に、お互いしか見えていなかった二人は反応できなかった。


 マジノライン三式の巨体は、信じられない程の超絶機動を行う。


 王芳との接触の寸前にて、斜め上に向かって跳ね上がったのだ。

 そのままレールは螺旋を描き、ジェットコースターさながらのラインを辿って天地をひっくり返しながら、大質量をものともせずに小さな一点でしかない王芳の脇を潜り抜けていった。


「…………」


 何の障害もなく着地した王芳は、背後を振り返る。


 そこには、轟音を立てて大地に帰り、高速で走り去っていく鋼鉄の姿があった。


 ふつふつと湧き上がる感情。

 期待をすかされた事で発生したそれの名は、憤怒であった。


「待ちやがれッッ!!!!」


 怒髪天を衝く絶叫を上げて、彼は大地を踏み砕きながらその後を追い始めるのだった。


~~~~~~~~~~


 一方で、マジノライン三式先頭車両上にて、真龍斎もまた呆気に取られていた。


 剣と拳、その極みの雌雄を決する交錯……となる筈だった。

 間違いなく伝説に残るであろう一戦となった筈だ。


 それが、すかされた。

 直前までの気合いは、完全に霧散して不完全燃焼となった微妙な心だけが、彼の胸中に残されていた。


 真龍斎は、通信を繋ぎ、それをした犯人に訊ねる。


「あー、美雲殿?

 こんな話は聞いていなかったのだが……」


 そう、問題は、こんな作戦が何処にも無かった事である。

 想定の上でもあったのなら、覚悟も出来たのだが、王芳が立ち塞がればスルーする事は不可能だとの判断から、真龍斎が正面突破する方針だったのだ。


 にもかかわらず、突然の方針転換に、困惑せずにはいられない。


『いえ、どうやら視野狭窄に陥っている様子でしたので。

 このまま通り抜けられるかと思った次第です』


 返ってきた答えは、とてもシンプルで、目的遂行の上では合理的で、であるからこそ悪気を一切感じていないものだった。


 暫し、眉間に皺を寄せて考えた真龍斎は、絞り出すように訴える。


「……美雲殿、男には避けてはならぬ戦というものがあるのだが」

『それを女の身である私に理解せよ、と言われましても』

「……戦人である雷裂ならば、理解は出来ないかな?」

『私は勝てれば満足ですので』

「…………」


 戦士としての矜持に訴えかけてみるものの、ニベもない。

 それはそれで戦場の真理であるので、真龍斎としては複雑な心境で黙するしかなかった。


 だが、悠長に気落ちしている場合でもない。


 背後から、尋常ではない気勢を感じ取る。


 振り返れば、物凄い勢いで猛追してくる王芳の姿が遠目に見えた。

 事前の予想通り、速度で完全に負けているらしい。

 このままでは確実に追い付かれてしまうだろう。


 どうやら、やはり己が出るしかないようだ。


 正直、今の心境でやりたくないのだが、そうも言えないのが悲しいところである。


「あー、やはり私の出番のようだ。

 鬼の形相で追ってきている」

『そのようですね。

 ご武運をお祈りしております』

「……あー、うむ。では」


 他人事として送り出す彼女に、色々と言いたい気持ちを飲み込んで、真龍斎は跳躍して途中下車する。


 地に足を着ける間もなく、即座に追い付いてきた王芳と激突した。


 硬い拳と、鋭い刃が、火花を散らして噛み合う。


「貴様ら、それでも武士かあああぁぁぁぁ!!」

「……すまぬ。

 私の意図する所ではないのだが……すまぬ」


 憤怒の雄叫びに、真龍斎は謝罪するしかなかった。


~~~~~~~~~~


 ちなみに。


「うおっぷ……。だ、誰か、酔い止めを」

「首が! 首がぁぁぁぁ!?」

「死ぬ……。これ、絶対に死ぬ……」


 事前警告無しで行われた螺旋機動により、車内は盛大にシェイクされ、地獄絵図の惨状となっていた。

闘辞で言われた、アバウト運転の正体なり。

これからも何度かして、完全にトラウマとして植え付けまする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ