開幕の花火
鋼の弾丸列車は、日本海を瞬時に横断し、朝鮮半島から大陸へと侵入した。
空を走る事も出来るが、レールにわざわざ超重量の巨体を支えるだけの強度を加えなければならない為、エネルギー効率として好手とは言えない。
その為、地上にレールを敷設しながら、それは走り抜けていく。
衝撃波を伴うその疾駆は、あまりにも暴力的であり、ただ走っているだけであるにもかかわらず、周囲は破砕を余儀なくさせられている。
一応、人道だとか道徳だとかに配慮して、なるべく人里から距離を取りつつ進行しているが、それでも被害は非常に大きい。
とはいえ、所詮は他所の国である。
運転手である美雲も、この作戦を立案し、決行した各責任者たちも、大して気にしていなかった。
あらゆる全てを薙ぎ倒して進むマジノライン三式は、順調に進んでいる。
朝鮮半島の勢力は、先日の戦争で強かに殴りつけられている所為で、再編成はほとんど出来ていない。
というか上層部が、ほぼ壊滅した為に、国家としての形自体が崩壊しつつある。
その為、マジノライン三式への対処も出来ず、ただ逃げ惑う事しかできなかったのだ。
そうして、彼らは半島を通り抜け、中華連邦の国土へと踏み入れる。
ルートとしては、中華連邦とロシア神聖国の国境を通っていく。
大国が睨み合う場所だけに、両者ともに下手に攻撃をしにくい地点である。
無論、その蟠りを捨てて、協力して邪魔しに来る可能性はあった。
相手にするのは、全世界に精神干渉を行っていた化け物なのだ。
その程度の意識誘導くらいは可能だろう。
どちらでも良い、と瑞穂は考えていた。
お互いがお互いを牽制し合って、素通りさせてくれるならばそれで良し。
協力して、両方から攻撃してくるのならば、それでも良し。
彼らの勝利条件は、一発の弾丸を欧州の中心部まで送り届ける事だ。
中途にある全てを倒す必要性はない。
最悪、その他は全滅してしまう事すらも想定している。
「……静かね」
不気味なほどに順調であった。
中華連邦に入って以降、国境警備隊の幾らかが、何度か突撃してきたが、特に対処する事もなく、純粋な速度と重さだけで薙ぎ払える程度の物だった。
そして、それだけで半端な戦力ではどうしようもないと悟ったのか、以降は襲撃に来ることもなく足早に撤退している。
このまま素通りできるか、という希望的観測が脳裏を過ると同時に、そんなに甘い国々ではない、という否定的な思考が同居する。
そして、答えは後者だった。
「っ! 高魔力反応、探知ッ!」
展開させていたレーダーに反応が来る。
方角は北西。
ロシア神聖国側だ。
反応の大きさからして、確実に魔王クラスである。
彼の国に、魔王は一人しかいない。
一人いれば、充分であった。
「魔王ヴラドレンです!
総員、衝撃に備えて下さい!
跳ねます!」
美雲は通信機に叫んで注意を促しながら、対処要員へと更に言葉を放つ。
「久遠ッ! 出番よ!」
『早速だな! 任せておけ!』
頼もしい友人の声が返ってきた。
~~~~~~~~~~
ヴラドレンは、細長い龍へと変じながら、悠々と空を舞う。
眼下を睥睨すれば、超速度で進行する鋼の蛇が這っている。
大きさそのものは、自身とそう変わらないが、能力差は圧倒的だ。
スピードもパワーも、あらゆる面でヴラドレンに軍配が上がる。
『……愚かな』
装備されている砲門が動き、上空の彼を撃ち落とさんと砲撃する。
それに、ヴラドレンは何もしない。
そんなちっぽけな砲撃では、彼の鱗を砕けやしない。
事実、直撃を受けたというのに、彼の鱗には、傷一つも付いていなかった。
ヴラドレンが、口を開く。
その喉の奥には、魔力の光があった。
複数の属性を混合させた龍咆は、世界中の魔王たちの攻撃の中でも随一の威力を誇る。
直撃すれば、あの移動要塞とて一溜りもないだろう。
充分な威力を充填した所で、彼は一切の躊躇なくそれを解き放った。
瞬間。
移動要塞が跳ね上がった。
『ほう』
レールの向きが急上昇を描き、それを駆け登ったのだ。
ヴラドレンの攻撃タイミングを見切った、素晴らしい機動であった。
おかげで、龍咆は移動要塞の下を潜らされ、見事に回避されてしまっていた。
彼は感心するが、それだけだ。
追撃するには、いまだ充分な距離があった。
頭の向きを変えて、再度の攻撃へと移る。
移動要塞は、どんどん上昇し、今やヴラドレンとほとんど変わらない高度へと達していた。
相対する、有機物と無機物の龍。
だが、その能力差は圧倒的で、勝敗は見えている。
狙いを定めたヴラドレンは、再度の龍咆の準備を整える。
(……残念だ)
もっと面白い事してくるのではないか、と秘かに期待をしていたのだが、何もしてこない様子に落胆の気持ちを抱く。
しかし、それはあまりに早計だった。
移動要塞の中から、強力な魔力の発動が伝わってきた。
その感触には覚えがあった。
つい先日、やり合った覚えがある。
雷の申し子、雷裂美影の物だ。
(……いきなり来たか!)
歓喜を覚える。
先日は、ほぼ己の勝ちであった。
途中、乱入を許して水を差されたとはいえ、継続してやり合えばヴラドレンが勝っただろう。
だが、それは彼女が力を隠していたからでもある。
美影が月を割り砕いた戦闘は、後に観測データを見ている。
あれ程の一撃であれば、自身さえも屠る事は可能だろう。
であれば、勝敗がどちらへと転ぶかは分からない。
ヴラドレンは、今ほどの力を得てから、戦いというものをほとんどした事が無い。
能力が高くなり過ぎて、どうした所で負けようがないという、戦いにならない戦いしか出来なかった。
久し振りに、勝敗が読めない、自身が戦うに値する者の登場に、彼は年甲斐もなく心が躍っていた。
しかし、その期待は裏切られる。
移動要塞の第二車両、その天板が吹き飛んだ。
その下から出てくるのは、全長百メートルほどの鋼の巨人である。
左肩には、炎を思わせる長い髪を風に靡かせ、背中に炎の悪魔を背負った少女を載せている。
そして、右手には黒い雷で造られた、長大な槍が握られていた。
《雷神槍・墜天黒》。
雷裂美影が十八番とする大魔術である。
巨人は、身体を半身にして、左腕を前に掲げる。
手首の装甲が開き、魔術デバイス展開時特有の光が瞬いた。
形成されたのは、巨大な弓。
巨人の身体に合わせた、鋼の強弓であった。
両端に炎が灯り、それぞれに向かって伸びて、炎の弦を結ぶと、そこに黒雷の槍を番えた。
引き絞られるに従って、漆黒の雷に紅蓮の炎が纏わりついていく。
(……そう来るか!)
美影が出てこなかったのは不服だったが、相手が無防備にやられる事を良しとしなかったのは面白い。
如何に炎の加護を得た黒雷の槍であろうと、ヴラドレンの鱗を貫くにはやや威力不足である。
しかし、音速を超える彼我の速度。その相対速度による後押しは絶大だ。
そして、更には鋼の強弓によって、更に加速されたならば、彼の鱗を貫くに足るだけの威力は叩き出せるだろう。
『よかろう。相手をしてくれる』
ヴラドレンが、喉に溜まった龍咆を解き放つ。
同時に、鋼の巨人も限界まで絞った弓矢を放った。
空中で激突した超威力の衝撃は、世界を大いに揺るがし。
後に『第四次世界大戦』と呼ばれる戦争の幕開けとなった。