弾丸特急
本日二話目!
前話が短かったのでね!
前話を読んでいない方は、そちらからどうぞ。
瑞穂の一角。
霊峰富士の裾野にて、特大の魔力放射が観測された。
それは、デバイスを展開する魔力光。
但し、あまりにもデバイスそのものが巨大に過ぎる為に、ただ展開しただけにもかかわらず、まるで大魔術が使用されたかのような派手な代物となった。
明るい魔力光と共に出現したのは、壁であった。
金属を重ね合わせて造られた、巨大で長大な壁。世界を分かつような、そんな印象を抱かせるもの。
その先頭部分には、『マジノライン三式』と達筆で書かれていた。
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『――えー、えー、マイクテスト、マイクテスト。聞こえておりますかー?』
マジノラインの中、瑞穂国軍の精鋭たちと、一部、合衆国から派遣されてきた部隊を詰め込んでいく状況の中に、涼やかな女性の声が響き渡った。
それは、瑞穂勢力の中でも、特に若い者たちにはとても聞き覚えのある声であった。
雷裂美雲。
高天原学院高等部の現生徒会長である。
そして、これから彼らを欧州へと送り届ける為の鍵を握る、最も重要な人物でもある。
『えー、これより安全確認の為の、機内放送を始めます。
よく聞かないと痛い目に遭いますので、ご注意ください』
とても不安になる放送が、当たり前のように語られる。
しかし、瑞穂勢は慣れた物だ。
彼女は何処まで行っても雷裂の一族である。
この心理を前にすれば、どんな理不尽もそういう物だと納得できてしまう。
派遣されてきた合衆国勢は、不安の色一色であるが。
『当機体は、安全確保の為、急激な機動を行う事があります。
大変に危険ですので、シートベルトを着けるかどうかは好きにしてください。
どちらにしても怪我をする可能性は減りません』
「……しないなんて選択肢もあるのか」
「バッカ、お前。
こんな巨体だぞ? 躱しきれる訳がないだろ」
「んだんだ。
敵の攻撃が直撃しそうなのに、シートベルトに固定されたままで良いのかよ」
注意事項に対しての呟きに、周りの人間が補足するように言う。
『また、状況により、途中で貨客領域を切り離す可能性もあります。
敵陣の真ん中に放り出されても悲観せずに頑張ってください』
「頑張ってって、おい」
「うーん、取り敢えず逃げ回ってれば良いんじゃねぇかなぁ」
「流石に、そんな状況で敵を壊滅せよ、なんて言わねぇだろ。
言わねぇよな?」
あまりにも不安になる注意事項だった。
『あとは、当機体は未完成品です。
途中で大破・爆散する可能性が充分に考えられます。
事故で死なないように常在戦場の心構えでご乗車ください』
「……もう走ってった方が良いんじゃないのかな」
「それでも良いぞ。
まずは中華連邦があるけど」
「南北回りでも魔王の領域だしな。
俺たちじゃ、速攻で狩られるわ」
全人民が近接魔術師として教育されている中華連邦を、自力で走って抜けるなど無謀である。
ならば、北回りではどうかと言えば、最強魔王であるヴラドレンの領域だ。
眼光だけで死ねる予感が激しくする。
南回りでは、インド王国が壁としてある。
超長射程を持つ空間属性の魔王が相手では、一般魔術師など死んだ瞬間すら分からないだろう。
となれば、もはや防御を固めて強行突破しか選択肢はないのである。
『では、最後に。
遠足は帰るまでが遠足です。
皆さま、気を抜かずに張り切って戦争をしましょうー』
「「「うぇ~い」」」
気の抜ける様な締めに、瑞穂勢は軽いノリで頷くのだった。
合衆国勢は、このノリには付いていけないと、ただただ途方に暮れるしかなかった。
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「甲種雷封弾、解放。
リニアカタパルト、展開――」
操縦室にて、最終点検を終えた美雲が『マジノライン三式』を起動させる。
各部位が熱を吐き出し、排熱が蒸気となって白い靄を生み出す。
マジノラインの巨体が浮き上がる。
魔王クラスの全魔力を封じ込めたに等しい、雷属性の魔弾が解き放たれ、超磁力を発生させ、その反発作用によって浮き上がったのだ。
その磁力で造られたレールは、富士の山を駆け上がり、空に向かって長く延ばされていた。
「装甲位置、弾道モードに移行。各部固定」
装甲が動き、空気抵抗を可能な限り薄める形となって固定される。
その姿は、まるで一本のロケットのようである。
「雫ちゃん、大丈夫?」
「全っ然、よゆー、です」
最も安全を約束された操縦室の中で、雫はゴチャゴチャとした機械の中にちょこんと座っていた。
動力源である。
本来であれば、純粋魔力タンクを各部に配置するのだが、突貫作業で造られた三式には、それらの装置が欠落していた。
その為、急遽、全てのエネルギー供給ラインを操縦席まで引っ張ってきて、雫と直結させたのである。
雫が、別空間に送っていた自身の魔力を垂れ流す。
漏れ出したそれを純化装置が吸い取り、魔王級純粋魔力となってマジノライン三式の全体へと流れ込んでいく。
一気に過熱していく。
事前に温めていなければ、あちこちでショートしていただろう程の負荷だ。
「どうせ使い捨てよ」
ただでさえ、簡略化して建造された代物である。
そこに、こんな無茶な魔力供給をすれば、寿命は急激にすり減っていく。
だが、それでも良い。
欧州まで辿り着きさえすれば、片道切符でも良いのだ。
「弾道軌道、調整。
仰角、プラス0.6。
N、プラス1.2」
カタパルトの向きを微調整し、向かう先を見据える。
「すぅ……」
美雲は、瞑目し、短く息を吸い込む。
いつになく、心が昂っている。
彼女は、とても前向きに敵をぶっ殺そうと思っていた。
何故ならば、この敵は己を書き換えようとした。
いや、確かに書き換えていたのだ。
美影がいなければ、自分が自分でなくなっていた。
それは、自分の事が最も可愛い美雲にとって、絶対に許してはならない悪行と言って良い。
敵だ。
一片残らず抹殺すべき悪逆の徒である。
戦う事は、別に好きではない。
平和で平穏にいられるのならば、それに越した事はないと思っている。
だが、戦わねばならない理由があるのならば、別だ。
彼女の中に眠る、戦人としての血が沸き立つ。
敵を殺し尽くせ、と身体が震える。
「ふぅ……」
吐き出す息と共に、過剰な熱を散らした。
本能に引きずられて、目的を見失ってはいけない。
目の前の課題を一個一個クリアしていくべきである。
伏せていた瞼を開けば、冷静を取り戻した瞳が出てくる。
「マジノライン三式――《万里》、発進……!」
彼女の言葉を合図に、全ての固定具が解除される。
「っ……」
身が押し潰される様な、急加速による強烈な圧迫感が乗組員を襲う。
磁力のレールに導かれるまま、マジノラインという巨体は富士の山を駆け登り、勢いそのままに空高く射出された。
「レール、射出ッ!」
放物線弾道軌道を描くマジノラインは、やがて下降線に入る。
間髪入れず、美雲は次なる操作を行う。
先頭車両の両脇から二条の太い鉄線が発射される。
それは僅かに進んだ所で、重力制御に掴まれ、U字に折れ曲がった。
鉄線はレールとなり、マジノラインの下部に潜り込む。
底に並んだ車輪と噛み合うと、マジノラインの超重量を支えて、その巨体の行く先を導き始めた。
「最終加速、入ります!!
しっかりと掴まっていてくださいッ!!」
車内放送に通じるマイクに叫びながら、美雲は耐ショック姿勢を取る。
純粋魔力を各属性に染色する《ヤマタ》によって、多重属性にて強化された車輪群は、限界を超えた回転数を弾き出す。
頑丈に作られた筈のレールが一発で歪んでしまう程の馬力で、マジノラインを前へ前へ、速く速く押し出し始めた。
その速度は、やがて音速を超える。
マジノラインは、衝撃波を纏い、あらゆる障害を踏み潰して、ただ真っ直ぐに突き進んでいった。
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マジノライン三式《万里》。
それは、これまでの火力と装甲で耐え切る要塞らしい要塞とは、コンセプトを異にする異形の要塞。
そのコンセプトは、速度。
機動性に特化したそれは、近付く全てを、質量と速度によって踏み潰す、弾丸列車型要塞。
自ら造る即席の道に沿い、陸海空の全てを自在に動き回る超音速の怪物である。