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閑話:闘辞

閑話はないって言ってましたけど、丁度、二周年記念なので一話だけねじ込みます。


特別記念回なので、毎度の如く、時系列は気にしないで下さい。

 三月初旬。

 世は卒業式シーズンであり、それは高天原神霊魔導学院・高等部も例外ではない。


 今の時代、大学に進む者はそう多くない。

 よほど、その道に進みたいという者以外は、基本的に高校卒業と同時に社会の一員となる。


 その為、高校の卒業式は、何処も派手になりがちであり、高天原のそれも同じくド派手極まりない物となっている。

 そんな大イベントが、一週間後に行われるとあって、在校生たちは楽しく、それはもう入念に準備を進めていた。


~~~~~~~~~~


「……もう来週かぁー」


 俊哉は左の義腕のメンテナンスを行いながら、間近に迫ったイベントに想いを馳せる。


 卒業生は、余程の事情が無ければ、強制で全員が参加させられる。

 まぁ、彼らの為の行事なのだから当然だが。


 一方で、在校生に関しては任意の参加である。

 興味が無ければ、我関せずを決め込んでいても良い。

 評価には一切関係しない。

 単なる祭りだからだ。

 とはいえ、大抵の者は参加するものだが。


 俊哉は参加する方針だ。

 彼自身も楽しみにしているし、同級生一同からも是非とも参加してくれと頼まれているから、遠慮なく参加する。

 中等部に在籍していた時は、家族の不幸の為に卒業式に出る事は一度もないまま退学してしまったのだ。

 初めての参加には、ワクワクせずにはいられない。


「ウチは出ねぇぞ、です。

 収拾が付かなくなるからな、です」

「まぁ、それが無難だよなぁ。

 なにより、雫に流れ弾でも飛ぶかもしれんと思えば、危なっかしくていけねぇ」


 俊哉の肩に肩車されながら、彼の髪を弄っていた雫は、つまらなさそうに不参加を宣言した。


「私は出ますよ。

 お姉様の晴れ舞台ですからね。

 せっかくなので、盛り上げ役として一肌脱ごうかと」


 夏以降、何かとつるむようになった永久が、水信玄餅のようにプルリと震えながら宣言する。


 彼女の異様も慣れたな、と、なんとなく俊哉は思う。

 人の姿でいるのは疲れるとか言って、よく原型が崩れている場面を目にする。

 半年で高天原の住人も慣れたらしく、彼女が粘液状態で町中を蠢いていても、もはや誰も通報しない程だ。

 改めて考えると、大問題な気もする。


「永久ちゃんは出んのかー。

 派手になるなぁー」

「お前が出たら、滅茶苦茶になるんじゃねぇのか? です」

「大丈夫ですよ。

 ちゃんと手加減しますから」

「…………あの、皆さん?」


 横で聞いていたリネットが、首を傾げながら口を挟んだ。


「なんスか? リネットさん」

「いえ、その、どうにも物騒な話をしているようでしたから……。

 卒業式の話ですわよね?」

「そうだぞ、です。

 卒業式だぞ、です」

「ならば、何で武装の手入れを?」


 とても不思議である。


 彼らに限った事ではない。

 現在、高天原学院の全体が異様な熱気で包まれている。

 そこかしこで武装の調達や手入れが活発に行われ、実践訓練にも熱が入っていた。


 確かに、実戦を目的とした訓練は積極的に行われている学舎であるが、ここ最近は輪をかけて熱がある。

 入り過ぎな程に。


「リネット様、まだ慣れておられないのですか?

 ここは、高天原ですよ?」

「……あまり慣れたくない言葉ですわね」


 理解力の足りていない子供を諭すように永久が言えば、朧気に想像がついてしまうリネットである。


 そんな自分に嫌気を覚えながらも、彼女は彼女で自身のデバイスを取り出して、調整を始めるのだった。

 嫌な想像に流されない為に。


~~~~~~~~~~


 高天原神霊魔導学院・高等部 卒業式

   プログラム

 1.開式の言葉

 2.国家斉唱

 3.校歌斉唱

 4.卒業証書授与

 5.学院長式辞

 6.祝電披露

 7.送辞

 8.闘辞



 そして、遂に卒業式がやってきた。

 全校生徒が入れる巨大講堂に集合し、粛々とプログラムが消化されていく。


 主役である卒業生たちは、中央に集められ、講壇の正面で整列している。

 在校生たちはアリーナ席から、それを囲んで見下ろす並びだ。


 その中で、リネットはそわそわとした空気を感じていた。


(……というか、闘辞って何ですの?)


 予定の最後に記載されている内容に、リネットは頭を悩ませずにはいられない。


 もしかして、いまだ瑞穂語の勉強が不十分だったのだろうか。

 あんな字ではなかったと思うのだけど。


 そう思わずにはいられなかった。


 そうしていると、七番目のプログラム、送辞が始まった。


(……まずは役目を果たしませんと)


 リネットも、留学生代表として一言、送る事になっている。

 何を言えば良いのか、という問いには、何を言っても良い、というとても困る解答を笑って返された。


 正直、まだ決めていない。

 どうしようか、と悩む。


 在校生たちが席を立ち、今年の思い出を基に言葉を送り始める。


「春! 異界からの突然の襲撃に驚きました!」

「「「実戦はとても勉強になりました!!」」」


「夏! 世界に喧嘩を売ることになるとは夢にも思いませんでした!」

「「「雷裂先輩のアバウト運転はトラウマです!!」」」


「秋! 地球は青かった!」

「「「でも、適当なミサイルに詰め込んで月まで打ち出すのはどうかと思います!!」」」


「冬! 思い出したくもない地獄の卒業試験!」

「「「いくら予定が詰まってるからって、連打はないと思います!!」」」


 ほぼほぼただの愚痴である。

 卒業生と関係ないにも程がある。

 これは送辞ではない、と、混じっている留学生一同は揃って思っていた。


(……なんて適当な。いえ、この学校らしいと言えばその通りなのですけど)


 それにしても連携がよく取れているな、と妙な感心をしてしまうリネットである。


 この送辞、事前に何を言うのか、全く決まっていない。

 選ばれた生徒が、適当な事をその場で言っているだけだ。

 だというのに、唱和する言葉は、しっかりと揃っているのだから驚かずにはいられない。

 よほど、同じ思いを抱いていたのだろう。


 そして、最後にリネットの番がやってくる。

 感心していた所為で、何を言うのか、まだ決めていなかった。


「え? えと……」


 僅かな時間を逡巡し、すぐにこのノリならばもうどうでもいいや、と投げっ放しにする事を決める。


「この次の闘辞って、何かの間違いではありませんの!?」


 もう送辞ではないよな、という思いを凝縮した疑問を投げ付ける。


 だが、教育の行き届いた在校生たちは、全く動揺せずに受け答える。

 あるいは、歴代の留学生が毎度疑問に思っていたからかもしれない。


「「「間違いではありませーん!!」」」


 そして、メインイベントが始まる。


~~~~~~~~~~


『では、続いて闘辞に移ります』


 アナウンスと同時に、外へと通じる全ての扉が音を立てて開け放たれた。

 それを合図に、卒業生も在校生も問わず、全員が全員、自らのデバイスを展開し、魔力を練り上げた。


「へ? え?」


 付いていけないのは、リネットら、留学生たちである。

 皆が殺気立つ中で、誰かの声が聞こえる。


「相手はたったの一学年! 戦力差は圧倒的だ!」

「おうよ! 積年の恨み、今こそ晴らす時!」

「皆殺しだ! ヤれるぞ!」


 何やら物騒な叫びが響き、それに同調する言葉が聞こえる。

 続いて、卒業生の中から聞き覚えのある女生徒の声が響いた。


「五学年合同でも、所詮は烏合の衆!

 一点突破で包囲を抜けるわよ!」


 美雲の声だ。

 どうやら、元生徒会長のカリスマで、卒業生一同の統率を取っているらしい。


 人混みの隙間から、彼女が長大な砲を展開する様が見えた。


 陽電子砲撃専用デバイス。

 欧州遠征時に披露した兵器である。

 どう考えても、こんな場所で使用する代物ではない。


「ちょっ……」


 リネットが唖然として固まる中でも事態は動いている。


「させっかよ!」


 全身に炎を纏った少年が飛び出す。


 俊哉だ。


 在校生の誰よりも先駆けて、彼は卒業生たちへと襲いかかった。


 狙いは美雲。

 陽電子砲なんてものを撃たれれば、一撃で崩壊すると理解しているのだろう。


「甘いッ!」


 対するは、久遠である。

 美雲を守るように割って入った彼女が腕を振りかぶる。

 すると、それに合わせて、床が割れ砕けて鋼の巨腕が出現した。


「せい、やっ!」


 ぶん殴った。

 正面から受けた俊哉は、圧倒的重量差により、為す術なく吹き飛ばされる。


 そうしている間に、美雲の準備が整う。


 砲門が開かれ、極光の輝きを放っている。

 そして、何故かその向かう先は、リネットがいる方向だった。

 アリーナ席であるが故に、直撃はしないだろうが、余波だけでも充分にぶっ飛ばされる。


 慌ててデバイスを展開して防御しようとするが、それよりも引き金が引かれる方が早い。


 極光が放たれる。


 しかし、それに立ち塞がる物があった。


 全てを飲み込むような、漆黒のマント。

 それが大きくはためき、陽電子の砲撃を正面から受け止め、食らいつくした。


「永久かッ!」

「はい! その通りです、お姉様!」


 存外に近くにいたらしい永久が、姉の叫びに応じる。

 邪魔な妹を叩き潰さんと、全身を出現させた鋼の巨人がやってくる。


『いっくよー!』


 踏みつけ。

 純粋な重量で押し潰す、単純明快な必殺技が降ってくる。


「ああ、もう!」


 そこで、ようやく頭が追い付いてきたリネットが、再起動した。

 瞬間的に魔力を練り上げ、十八番である氷の巨城を形成する。


『うわわ!?』


 下から思わぬ突き上げを食らった巨人は、バランスを崩して背後に倒れこんだ。

 その隙に、周囲の在校生たちがそれぞれに魔術を浴びせかける。


 しかし、フルマギアニウムの装甲には歯が立たない。


『むぅん! 邪魔だぁ!』


 全身を振り回して、雨あられと降り注ぐ攻撃を弾き飛ばす。

 その下では、復帰した俊哉と、陽電子砲の消化を終えた永久が、並んで突撃している。


「君の相手は私だ!」


 でかい一発を持つ美雲は、明らかな脅威だ。

 故に、彼女を狙った突撃だったが、俊哉の前には久遠が立ち塞がる。


『ケッケッケッ、祭りだぜェ!』


 彼女の身体から吹き上がった炎が、生命を宿して蠢く。


 炎魔。

 久遠の魔力の中で生まれ育った魔人が、悪魔の哄笑を上げて牙を剥く。


 燃え盛る片腕で俊哉を打ち払わんとする。

 対して、彼は閃熱の剣を打ち合わせた。


 炸裂する。


 莫大な熱量の激突に、周辺はたちまち灼熱の地獄と化した。


「あち! あち! あちちっ!」


 灼熱を掻き分けて、永久は姉を素通りし、美雲へと肉薄する。


「その首、貰いましたよ!」


 漆黒の大剣を大上段から振り落とす。


 容赦ない一撃に、しかし美雲は余裕の微笑みを崩さない。

 彼女のたおやかな指が伸ばされ、優雅に弾かれる。


 途端、大地が震えた。


 イフリートの出現によって粉砕されていた床が、更に砕け散る。


 そうして現れたのは、鋼の要塞。


 小型版のマジノラインだった。

 卒業式の舞台がこの講堂だと知っていた美雲は、事前に未展開状態でも巨大なそれを仕込んでいたのである。


「あっ、ちょっ!? 止まっ……!? きゃああああああああ……!」


 永久の剣戟は、マジノラインの分厚い装甲に阻まれる。

 半ば以上を切り込んだのは流石だが、そこで止まってしまった。


 そのまま、せり上がる装甲に巻き込まれて、彼女は天井を突き破って、空高く拐われてしまった。


 一点突破が失敗した以上、防御を固めて在校生戦力を殲滅あるのみ。

 方針を切り替えた卒業生たちは、展開していくマジノラインの中へと退避していく。


 統率の取れていない在校生たちも、このままでは各個撃破の的だと悟ったのか、リネットの造る氷の城郭を盾にするように移動していく。


「とあっ!」


 マジノライン上部で、奇妙な粘液が膨れ上がる。

 薄桃色のそれは、マジノラインを包み込もうと蠢く。


『てやぁ!』


 しかし、鋼の巨人がそれを阻む。

 華麗な飛び蹴りで、粘液の大部分を吹き飛ばしてしまった。


 相対する、氷の城郭と鋼の要塞。

 取り巻くは、不定形の怪物と鉄の巨人。

 そして、二人の炎の魔人。


 有象無象の戦力差は圧倒的に見える。

 だが、久遠が滅多矢鱈とインスタント生命体を量産する事で、数の有利を埋めていく。


「流石は、元生徒会長に元執行部部長だ! 簡単には押しきらせてくれないな!」

「それでこそ、遣り甲斐があるってもんだ!」

「お前ら、まずは取り付くぞ!」


 在校生たちが、散々にヤられてきた鬱憤を晴らすべく、気炎を上げる。


「ガキ共が! 先輩を舐めやがって!」

「最後の可愛がりってもんを叩き込んでくれる!」

「一応、手足を狙ってやれよ! 一応な!」


 卒業生たちも、舐めた態度の後輩に越えられない壁を見せつけてやるべく、戦意を滾らせる。


 お互いに遠慮容赦ない激突が起こった。


 闘辞。

 それは、高天原神霊魔導学院・高等部の卒業式で開催される、合法的な憂さ晴らしイベントである。

 今まで、散々に威張り散らしてきた先輩を、数の暴力によって押し潰す最後の機会。

 そして、先輩の偉大さを見せ付ける最後の機会でもある。


 魔王クラスすら混じった今年の闘辞は、高天原の一角が跡形もなく吹き飛ぶ事になった訳だが、春の訪れを告げる風物詩という事で、住人たちは大して気にしなかったという。


~~~~~~~~~~


「おー、たーまやー」

「トシー、頑張れー、です」

 ちなみに、参加したら流石に卒業生サイドが可哀想だという事で、美影と雫の二人は遠くから観戦するに留めていた。

 お菓子とジュースをお供にして。

 完全に他人事であった。

二周年にはちょっと早いですけど、書き上がっちゃったので。


これからもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ちなみに、参加したら流石に卒業生サイドが可哀想だという事で、美影と雫の二人は遠くから観戦するに留めていた。 あれ? 基地外は? と思ったけど、番外編とか前話とか見る限り、奴は“神”?(ま…
[良い点] プログラムに法辞(事)があってもおかしくないような、、、? [気になる点] 本編でのこれからのイベント面白そうなのばっかですね [一言] 2周年本当におめでとうございます 当日も改めてお祝…
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