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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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エピローグ:無敵に復活! 復活?

 美影の目には、空へと舞い上がる光の幕が見えた。


 役目を果たし、砕け散った魔法陣から漏れ出た過剰な地脈エネルギーの輝きだ。

 それが神秘のヴェールとなって、空を美しく彩っている。


(……まずは一手)


 ようやくの一手である。

 義兄を、愛しい人を取り戻す為の。


 まだ元凶には辿り着いていない。

 殴り倒してもいなければ、姿も見せていない。

 そもそも、殴り倒せる場所にいない。


 だが、多少なりとも嫌がらせにはなった筈だ。


 昨日には、軌道上から北米大陸で似た様な現象が発生した事を確認している。


 サラが上手くやったのだろう。

 上手くいかない筈がない。


 美影が盛大に暴れ回っていたおかげで、世界の目は彼女に集中している。


 元々からして米国の秘であるサラには、誰もが目を向けていなかった。

 当事国でさえも。


 だから、悠々と作業を進める事が出来たし、あっさりと事を成功させたのだ。


 そして、瑞穂でも同じく成し遂げた。


(……やっぱり電撃作戦は有効だよねー)


 古から続く伝統的戦法の有用性を再確認して頷く。


 これで、瑞穂と米国の二国が精神干渉から解放された。

 魔導先進国に名を連ねているだけあって、攻撃的な思考回路をしている国家である。

 攻撃を受けていた、と理解すれば、必ずや報復に動くに決まっている。


(……どれだけ早く動けるかな?)


 相手側だって、大変な事態が起こっている事は分かっているだろう。

 分かっていないならそれに越した事はないので、分かっていると仮定して動く。


 今後の敵の行動としては、考えられるのは大きく二通り。


 一つは、もう一度、精神干渉を行い、二国を支配下に戻す。

 もう一つは、敵対者と断定して排除する。


 美影個人の予想では、後者が有力だが、どちらを選択されるにせよ、ここからは時間との勝負だ。

 相手が準備を整える前にこちらの足並みを整え、敵の牙城に雪崩れ込むしかない。


 今後の予定に想いを馳せていると、薄桃色の物体を引きずる黒衣の影が近付いてくる。

 ナナシと、7割ほど溶けている永久である。


「だうーん……」


 ほとんど芯の入っていないフニャフニャとなった永久は、完全に目を回していた。


 それもそうだろうな、と美影は思う。

 瑞穂全土を覆う魔法陣の、その中心部で全エネルギーを受け止めていたのだ。

 普通なら跡形もなく消し飛んでいる。

 だが、なんとなくではあるが、いまだ原形が分かる程度には形を留めている辺り、結構な頑張りようである。

 ネタを呟くくらいの余裕もある様なので、命に別状もないだろう。


(……うーん、案外、便利)


 最初に拉致った時にはあまり期待もしていなかったのだが、蓋を開けてみればノエリアなんかよりもよほど貢献している。

 というか、あの化け猫は何処に行ったんだ、と思わずにはいられない。

 米国で美雲に襲撃されて以来、姿を見かけていないが、もしや焼き猫になってくたばったのでは、なんて疑いすら出てくる。


「よくもやってくれたでありますなぁ~」


 真意を包み隠した、胡散臭い笑みでナナシが話しかけてきた。


「……なに? 続きでもしたいの? 喧嘩なら買うよ?」


 鋭いシャドーで威嚇してみる美影。


「いやいや、そんな不毛な事を。

 どうせ自分が勝つに決まっているでありますからな」

「やっぱり死にたいんじゃない?」


 容赦なく蹴り飛ばしてやった。


 くの字に折れ曲がって盛大に吹き飛ぶ。

 ついでに、彼女に握られていた永久もまとめて吹っ飛んでいく。


 二転三転してようやく停止したナナシは、何事もなくむくりと起き上がった。


「おお、痛い痛い。

 これだから、暴力ゴリラは困るのでありますよ」

「陰気で陰湿よりよっぽどマシだよ、馬鹿野郎」


 もう一発、蹴りをくれてやろうかと、荒ぶる鷹の構えで対峙する。

 対するナナシも、怪しい笑みを漏らしながら、収納したデバイスに手をかけ、再展開する様子を見せていた。


 じりじり、と、間合いを測り合う二人。

 相性の悪さもここまで来ると迷惑以外の何物でもない。


 先の衝撃で目を覚ました永久は、触らぬ神に祟りなし、とばかりに一触即発の空間から静かに距離を取っていく。


「くわばらくわばら」


 抜き足差し足スライム足、と地を這いずる。

 向かう先は適当だったが、それは偶然にも先程まで己がいた場所、展開した魔法陣の中心であった。


 そこには、大地に深く突き刺さった陣杭の成れの果てがある。

 巨大なエネルギーの中心となった影響で、その陣杭は採算度外視な最高級マギアニウムで造られていたというのに、完全に溶解して原形が残っていない。

 溶けて崩れたそれが、大地の上で不可思議なオブジェとなって固まっている。


(……うーん、実に芸術的です。

 タイトルは、制作過程を考慮して『叛逆の狼煙』という所でしょうか)


 そんな益体もない事を思考しつつ眺めていたおかげで、彼女が誰よりも早くそれに気付いた。


 光が降ってくる。

 キラキラと煌めく一筋の光が、ゆっくりとオブジェを目指して落ちてきていた。


 何だろうか、と興味と警戒を半々にして抱く。

 もしかしたら、精神干渉解除に怒った主犯が、色々な様式美をぶっちぎって直に降臨したのでは、とも思う。


 戦って勝てるだろうか、という疑問が脳裏を過り、即座に否と答えを出す。


 美影の想定では、万全のノエリアと同程度の実力はある、としているらしい。

 そんなものに、今の己ではまだまだ勝てないと正直に思う。


 強くなったという自覚はある。

 だが、まだ常識の範疇内だ。世界の魔王たちとやっとこさ戦えるレベルである。


 生存能力には極端な自信があるので、嫌がらせや囮くらいならば出来ると思うが、今の消耗した自分では、勝つ事は絶対に不可能だと永久は結論した。


 しかし、今は自分しかいない。


 永久は、背後にいる二人に期待するとして、時間稼ぎの覚悟を決める。


 声をかけている余裕はない。

 そんな事をするくらいならば、一手でも多く準備を整えておくべきである。


 魔力を高める。

 極限まで練り上げ、各種魔術を待機状態にする。

 自身の奥の手である混沌魔力も精製しておく。


 永久の戦闘準備に気付いたらしく、背後で美影とナナシの戦意の矛先が変わる気配がした。


 最初に訝し気に彼女を見やり、続いてその先にある落ちてくる光の一筋を確認して、確かな警戒心を抱いた。


 悪ふざけから、即座に敵対者への武力排除に、意識も姿勢も一気に切り替わる様子を背中で感じながら、永久は流石と感心した。


 一流であるほど、心のスイッチの切り替えが上手いものであるが、彼女たちのそれは、直前までの気持ちを一切引きずらない、超一流と呼ぶべきものだった。


(……私もまだまだですね~)


 自分は、そこまで自分の気持ちを制御できない。

 実力はともかく、そうした部分で劣っていると見せつけられ、僅かな敗北感を抱く。

 そういう事を考えている時点で、切り替えが上手く行っていない証拠なのだが、それを自覚しながらも制御できないのが人の心という物だ。


(……まぁ、まずは目の前の事です)


 無理に誤魔化して、永久は落ちてくる光に集中する。


 それはやがてオブジェの先端に接触し、その場に寄り集まった。

 敵意らしきものは感じないし、何らかの攻撃が放たれる様子もない。

 だからと言って、油断も出来ない。


 緊張故に、酷く長い時間を待っているようにも感じられた。


 全ての光が落ち切ると、球状に集まっていたそれが、ゆっくりと形を変化させる。

 おそらくは人の形なのだろう。

 ぼんやりとし過ぎてはっきりとは分からないが、その様に見える。


 やがて、光が弾けた。


 中から現れたのは、印象通りに一人の人間の姿だった。


「せ……」

「お兄イイイイィィィィィィィィ!!」


 その正体を見た瞬間、誰よりも早く美影が瞬発した。

 最速の魔王という異名に恥じず、その動きはまさに神速の一言であった。


 音も風も、何もかもを置き去りにして失踪した彼女は、一切、速度を落とす事無く人影――雷裂刹那へと突撃し、そのまますり抜けて背後へと転がっていった。


 あまりの速度に、激突の衝撃は地面を軽く揺らすほどであった。


『ふっ、久しいな、我が愚妹よ。

 相変わらずのようで何よりだ』


 髪をかき上げる様な気障な仕草で、地面に一本線を深く刻み込んだ義妹を振り返る、刹那っぽい謎存在。

 何故、断言できないかと言えば、何でか分からないが透けているからだ。


 半透明であり、足先も存在しておらず、宙に浮いている。

 聞こえた声も、空気の振動ではなく、テレパシーか何かの様な脳に直接響くようなものだった。


 端的に言えば、伝統的な幽霊の様な姿をしている。

 美影が触れられずすり抜けてしまった事からも、おそらく実体はないのだろう。


 見かける度に姿形の変わる人物であったが、遂に生物の枠組みすらも超越したらしい。


「……あのー、刹那様……ですよね?」


 もしかしたら別人かもしれないので、一応、という口調で永久が訊ねる。


『私がそれ以外の何に見えるというのかね?

 不定形粘体娘の分際で、私の存在を疑うとは。

 頭が高い』

「う~ん。

 刹那様以外のものに見えなくもありませんが、でもこんな意味不明な変身をするのはやはり本人以外にいないかもしれないと思わなくもないような……。

 そんな微妙な心境です」

「お兄っ……!」


 そんな確認をしている最中にも、すっ飛んで行った美影が復帰し、再び幽霊刹那へと抱き着こうとする。


 が、やはりすり抜ける。

 今度はその場に留まって何度も腕を振り回すが、幾らやっても結果は変わらない。

 業を煮やして黒雷を纏ったりしているが、同じ事の繰り返しだった。


「どうなってんの、お兄!?

 僕が嫌い!?」


 若干、涙目だ。

 よほどストレスが溜まっていたのだろう。

 そこに来てのこの仕打ちで、限界が来つつあるようだ。


『ふふふっ、そんな事はないとも。

 私は愚妹の事が大好きだよ。

 愛している。

 泣きそうな君の顔も素敵だね』

「え、えへへ~。

 そんなそんな、そんなに僕が好きだなんて~♪」


 チョロく笑顔になる美影である。


「軽っ。それで良いんですか」


 彼女の無茶ぶりに散々に振り回されてきた永久としては、あまりの軽さに衝撃を受けずにはいられない。

 上機嫌になった美影は、愛を囁いてくれた兄の胸に飛び込んで、そのまま落ちていった。


 がばりっ、と今度は即座に復活する。


「何がどうなってんだよッ!」


 本当にどうなっているのか、と永久も思う。


 静かに近寄っていたナナシが、無言で武器を振るった。

 しかし、それも空を切る。


「ふむふむ。

 幻術……という感触ではないでありますなぁ」

『当たり前だ、怪人黒マント。

 私は確かにここにいるとも。

 ただ、存在が不確かなだけだ』

「ええと、具体的に教えてくれません?」

『理解力の足りていない娘だね。

 もうちょっと想像力を養いたまえ』


 やれやれ、と大袈裟に首を振って呆れを表現する刹那に、永久は青筋が浮かびそうになる。

 殴り倒してやりたい、と思うが、ここは我慢である。

 彼の心象的にも、無駄な行為をしたくないという意味でも。


『私の存在は、現在、ほとんどをカミ様に取られていてね。

 愚妹諸君が頑張って綻びを作ったおかげで、こうして僅かに取り戻した訳だが、やはり存在としては〝薄い〟のだ』

「ええと、つまり、そこに存在しているけれど、存在していないという矛盾存在……みたいな?

 そういう理解で?」

『少しは想像力を働かせたようだね。

 まぁ、そういう事だ。

 存在していない物に触れる事は出来ない。

 当然だろう?』


 解説している最中も、美影が懸命に接触を試みているが、全ては無駄となっている。


「お兄!

 何が出来んの!? 今!」

『姿が見えて会話ができる』

「他にはッ!?」

『…………はて』

「ないの!?」


 ないらしい。

 憤る美影の肩に、兄は優しく手を置き(振り)、綺麗な顔で語り掛ける。


『なに、安心したまえ。

 焦らしプレイなら可能だ』

「もうとっくに限界くらい焦らされてるよ!」

『なんなら、添い寝をしてあげようか?』

「触れられないんじゃ生殺し一直線じゃん!

 バカバカ! バカお兄!」


 散々に振り回してくれた美影の哀れな姿に、永久はちょっとだけ爽やかな気分になった。

 ちょっとだけである。

 その気持ちは墓まで持っていこうと、彼女は硬く決意した。

 ちなみに、視界の端でナナシも同じような暗い笑みを浮かべていた。


『まぁ、安心したまえ。

 今の私でも出来る事はある』

「期待はしていないのでありますが、何が出来るので?」

『敵を煽る事は幾らでも可能だ!』


 刹那は自信満々に断言した。


『如何なる攻撃も出来ない代わりに、如何なる攻撃も効かない!

 今の私は無敵だッ!

 存分に煽り倒せるともッ!』

「……煽りに煽った結果、その怒りのボルテージをぶつけられるのは私たちなのですが」

『頑張りたまえ』

「無責任過ぎやしませんか、それッ!?」


 苦労はまだまだ続くらしい。


 美影が泣き崩れ、ナナシがそれを指差して嘲笑う混沌の中、永久は遠い目をせずにはいられなかった。

という訳で、主人公も復活(断言)したので、四章は終了です。


今回は閑話を挟まずに五章を始めます。

引き続き、当作品をよろしくお願いします。



紺綬伝にてクラウンピースに二百回くらい殺されている日々よ。

耳の奥に星条旗のピエロが張り付いて消えない。

あの最凶妖精、許すまじ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 刹那の力抜きでどこまで戦えるのか楽しみです [気になる点] まずは瑞穂&米vs世界って感じになる感じですか? ノエリアの精霊もいるからいい勝負になるような [一言] いきなり四章終わっ…
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