神殺同盟
瑞穂の政治機関は、機能を喪失していると言って良い程に混乱の最中にあった。
アルテミスから発射された砲弾が、完全に瑞穂の国土を狙い撃ちしているのだ。
まだ完璧な弾道予測は出ていないが、もしも全てが本土に着弾すれば、文字通りに瑞穂統一国が消滅しかねない事態である。
交渉も脅迫も、一切何もなく、突然の凶行に有効な対策を取れないでいた。
そして、それは皇居内も同じであった。
「…………美影さんにしては、随分と性急で飾り気のない行動ですね」
「暢気に言っている場合ですか、陛下。
国が滅びますよ?」
「とは言われましても。
どうしようもないではないですか」
帝は、悠長にお茶をすすって一息ついていた。
瑞穂の政治形態として、帝は《六天魔軍》を所有する代わりに、その他の機関への具体的な権限を一切持たない。
議会が崩壊したならば例外的措置も取られるのだが、意思決定が麻痺しているだけで一応は機能している現状では、その例外も適用されない。
なので、彼としては《六天魔軍》に命令する以外にないのだが、今の状況で彼らに出来る事はないのだ。
なにせ、広範囲をカバーできる二人の魔王が揃って脱落しているのだから。
《金剛》香織は、先の戦いで、現れた竜騎士たちの目の前に立ち、最も多くの攻撃を防ぎきった。
その代償として重傷を負ってしまい、一命こそ取り留めているものの、後遺症が酷く、戦闘魔術師としては引退すべきという状態だ。
そして、もう一人の馬鹿は、今まさに天上から災禍を撒き散らしている奴である。
他の者たちは、個人戦力については文句はないが、広範囲をカバーする一般的な魔王としての特徴については、疑問視せざるを得ない連中ばかりである。
雫に至っては、単体での戦闘力すらもまるでないのだし。
なので、一つ二つくらいを迎撃する事は出来るが、それ以上は何も出来ないというのが結論となる。
「で、どうですか?
勘で良いので所見を述べて下さい」
帝は、今日の皇居守護役である真龍斎に訊ねた。
問われた彼は、近くの窓から空を見上げる。
落下軌道に入った砲弾が、空に無数の赤い線を描いている光景が広がっていた。
真龍斎は、その動きを見て、おおよその落下位置を予測し、答える。
「……ほとんどは海上に落ちるようです」
「一部は本土に落ちるという事ですか。
一部でも脅威ですが。
……美影さんにしては不手際ですねぇ。
彼女なら、百発百中で落としてきそうなものですが」
「ならば、目的は瑞穂を滅ぼす事ではない、という事でしょう」
同僚だった者として、美影の能力はよく理解している。
脳味噌の構造は、歴代の雷裂と同様に理解不能だが、有り余る才能がもたらす能力の程は大概に酷い。
戦う事くらいしか能のない自分たちとは大違いである。
そんな彼女が、たかが軌道上からの砲撃を外す、などという事があるだろうか。
いや、ない。
絶対にない。
「落ちてくる一部は、どうなりますか?」
「大半は無視しても良いでしょう。
北海道地区や九州地区に落下するようですが、どれも無人地帯です。
ただ一カ所、奈良北部か京都南部の辺りに落下する物があります」
「……それは、マズいですね」
あの辺りは、それなりに再開発が進んでおり、人口密集地となっている。
直撃しなくとも、衝撃波で多大な被害が出るだろう。
「確か、ナナシさんがその辺りにいませんでしたか?」
「ええ。珍しく。
取り敢えず、対処の要請はしておきましょう」
押っ取り刀で対処の連絡をするが、もう向かっているという殊勝な返答があった。
その後、主犯と交戦状態に入ったという連絡を最後に、通信が途絶える。
そんな事をしている状態ではなくなったか、あるいは美影の発する雷撃で通信機が破損してしまったのだろう。
あの二人では、短時間での決着は無理に決まっている。
お互いに逃げる事が得意な両者である。千日手に陥る様相しか思い浮かばない。
「……一応、加勢に行っておきましょうか?」
「ふぅむ。間に合うでしょうかね」
決着が付く前に、飽きて何処かに行ってしまう可能性も充分に考えられる。
というか、非常に高い。
だが、間に合うのならば、主犯をとっ捕まえる良いチャンスだ。
どうしたものか、と悩んでいる内に、事態は更に動く。
天地が鳴動する。
「む!?」
「……おや?」
真龍斎が警戒に顔を上げる。
何が何やらわからないが、莫大な未知のエネルギーが一帯に充満した事を感じ取ったのだ。
同時に、帝も反応した。
彼は超能力者である。
その鳴動の原因が、膨大な地脈エネルギーであるという事を、感覚で察する。
空へと舞い上がるエネルギーは、複雑な軌道を描き、上空に紋様を形作っていく事を、彼の感覚は捉える。
それは、明らかに魔法陣であった。
「さて、何が起こるのか……」
これが狙いだったのだと理解する。
打ち込んだ砲弾を楔として、広大な魔法陣を描き出したのである。
しかし、そこまでだ。
上空にある一部だけしか分からない以上、それがどんな効果をもたらすのか、帝には見破れない。
帝は、窓際へと寄り、はっきりと肉眼で上空を見上げる。
やがて魔法陣が完成したらしく、煌々と輝く様が見て取れた。
燐光が降り注いだ。
世界を塗り替える術が発動したのだ。
「……っ」
地脈エネルギーをしっかりと捉えられる帝は、あまりの眩さに目を細める。
(……これ程のエネルギーを使って、何をしようと)
瑞穂全土を灰燼にして尚、有り余るほどのエネルギーの爆発に、不死の帝であっても流石に額に汗を流す。
しかし。
何も起こらなかった。
気付けば輝きは消え、上空の魔法陣は砕けて消えていく所だった。
「? 失敗した、のですか?」
あまりにも、呆気ない終わりである。
「これは……本当に美影さんの仕業なのでしょうか」
詳細は分からないが、それでも魂の底に眠っている超能力が未知のエネルギーの爆発を察していた真龍斎は、それが収まっている事を認めて、何も変わっていない現状に、同じように首を傾げていた。
「分かりかねます」
「確かめてみますか。
美雲さんは……今はアメリカで拘束されていましたね。
では、刹那さん……で、しょう……か?」
ふと口から出てきた名に、首を傾げた。
「…………成程。そういう事ですか」
見れば、出てきた名詞に、ここまで何が起こっていたのかを理解した真龍斎は、苦い顔をしている。
「どうやら、我々は攻撃を受けていたようですな」
「その様ですね」
状況を理解して、帝は深く吐息する。
「……はぁ。
美影さんには、色々と感謝しなくてはいけないようですね」
「ええ、全くです」
知らず知らずの内に精神干渉を受けていた事を理解し、何らかの理由でその呪縛から逃れていたらしい彼女は、たった一人――正確にはもう一人巻き込んで――で立ち向かっていたのだ。
褒め称えるに値する大功だろう。
「それと、元凶にも報いを与えねばなりませんね」
「御意。全力を以て叩き潰しましょう」
次いで、彼らは笑みを浮かべる。
牙を剥いた、獰猛な代物。
狩りとってしまうべき獲物を見つけた、狩人の笑みだった。
忙しくなると頷き合っていると、執務室の通信機が呼び出し音を奏でた。
表示されている発信源は、太平洋を隔てた向こうの国、その主からだった。
即座に回線を開けば、陽気でありながら、何処か怒りや苛立ちを滲ませた声が聞こえてきた。
『いよぉ!
ちょっとカミ様、ぶっ殺しに行こうと思うんだけどよぉ。
力、貸してくんねぇかなぁ、おい』
「ええ、構いませんよ。
我々も、丁度、そうしようと思っていた所です」
遠足気分で、瑞米軍事同盟が結ばれた瞬間である。
次回、主人公復活……!
の予定。
あれを復活と言って良いかはともかく。