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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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不自然を正す

 ほとんどの陣杭は、海上や人里離れた奥地に着弾した。


 しかし、中には例外もある。


 奈良直上。

 瑞穂という国家の地形的中心部に、一本の陣杭が落下していく。


 僅かにズレてはいるが、その先には都市があった。

 落下の衝撃を考えれば、相当な被害が出るだろう。


「全く、迷惑極まりないでありますな……!」


 混乱する人込みを下に見ながら、一人の女性が街灯や建築物を足場に駆け抜けていく。


 漆黒の軍服に、純黒の軍帽、そして黒いマントを翻すその姿は、《六天魔軍》が一席、ナナシである。


 魔王の魔力を全て身体強化に回した彼女は、神速にて陣杭へと向かっていく。

 最後の踏切で高く跳躍した彼女は、落ちてきた陣杭を目と鼻の先で接する。


 抜刀。


 愛用の小太刀型デバイスを抜き放ち、陣杭を一閃する。


 綺麗に断ち切られる陣杭。

 横合いからの力に押され、勢いの落ちたそれらは、それぞれの質量が小さくなった事もあり、着弾時の衝撃が相当に緩和されていた。


 大量の粉塵を撒き散らし、周囲へと被害を及ぼしているが、都市部にまでは至っていない。


「ふぅ……」


 突発的に発生した一仕事を終えて吐息したが、彼女はすぐに頭上を見上げた。


「ミ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……!!??」

「っ!?」


 ドロドロに溶解した粘体物質が、聞くに耐えない絶叫を上げながら、ナナシを目掛けて一直線に落下してきていた。


 反射的に一閃する。


 真っ二つになったそれは、左右に別れてナナシの両脇を通りすぎていった。


「……何だったのでありますかね? 今のは」

「怪奇生物だよ」


 独り言に答える声。


 ナナシは、反射的に拳銃型デバイスを展開し、抜き撃ちの一発をかます。

 同時に、頭部に向かって迫る影があった。


 身を捩り、ギリギリで直撃は避ける。


 伸びきったそれを見れば、人間の足だった。

 鋭い一撃に、ナナシの頬から一筋の赤を溢れさせる。


 身体強化した己を、単なる蹴り足で容易く傷付ける人物など、ほとんどいやしない。

 思い当たる人間の顔が脳裏を駆け抜けるが、すぐに考えるまでもないと、特定の一人を思い浮かべた。


 そして、その考えを証明するように、逆光によって一瞬ばかり判然としなかった足の持ち主が目に映った。


 雷裂美影。


 国家反逆罪で現在国際指名手配中の少女。

 アルテミス占拠の容疑で、人類の敵認定処理が現在進行形で進められている人物でもある。


「ちんちくりんではありませんか。

 自首するつもりになったのでありますかな?」

「ハッハッ。

 怪人黒マントの分際で、ジョークが上手くなったじゃん」


 つい先日まで同僚であった、などという情は両者の中には無かった。

 元より折り合いの悪い間柄である。

 本気の殺意を互いに交わし合う。


 直後。


 美影の拳と、ナナシの刃が交叉する。


 拮抗は一瞬だけ。

 近接戦闘者である美影と、裏方でしかないナナシでは、正面戦闘時の戦力にあまりにも差があり過ぎた。


 すぐに刃を外に弾かれ、最後の砦である拳銃を構えるも、引き金を引くよりも早く蹴り上げられる。


 無防備となった身体を、美影は容赦なく滅多打ちにする。


 二人はもつれ合うようにして、大地へと落下した。

 あまりの勢いに、大地が砕け、粉塵が巻き上がる。


 それを腕の一振で払い除けながら、美影が出てくる。

 その背後では、ぼろ雑巾のようになったナナシが地面にめり込んでいる。


「…………死んだふりも大概にしろよ」


 ピクリとも動かない姿に、彼女は冷えた視線を送りながら言う。


 すると、それに反応して、ナナシの姿がさらりと崩れて宙に溶けた。

 そして、同じ場所に滲み出すように、傷一つない彼女が現れる。


「いやはや、暴力ゴリラの割に、察しが良いでありますな。

 せっかく背中から刺し殺してやろうと思っていたのでありますのに」


 傷どころか、汚れ一つない。

 血が流れ出ていた筈の頬にも、血の跡すら残っていなかった。


「大嘘つきめ。

 お前の相手とかしたくないんだよ。

 不毛だから」


 白けた様子で、美影は吐き捨てる。


 幻属性の極致に達しているナナシに関わる事象は、現実と幻覚の境界が非常に曖昧になってしまう。

 戦って負けるとは全く思わないが、一方で戦って勝てるともまるで思えない、美影にとって非常に稀有な相手であった。


 今もタコ殴りにしてやった筈なのに、確かに拳には殴った手応えが残っているというのに、彼女にはダメージが入った痕跡が残っていない。

 基となる身体能力や、魔力強化による倍率を考えれば、そんな事は有り得ないというのに、である。


 つまり、現実が嘘を吐いている。

 現実に嘘を信じ込ませている。

 既に、この場はナナシの掌の上という事だ。


「……まったく。何でいるかな。

 お前、普段は暗部の本拠に引き籠ってんじゃん」


 美影は、とても迷惑そうな顔をしている。

《六天魔軍》とかち合うつもりなど全くなかったというのに、その予定が最も意外な人物の所為で潰されているのだから、当然の心情だ。


 よりにもよって何でこいつなんだよ、という気持ちで一杯である。


「では、潔く投降してはいかがでありますかな?

 自分も疲れるような事はしたくないのでありますよ」


 魔力を練り上げながら、ナナシは心にもない誘いを口にする。


 そんな潔い人物であれば、彼女は美影を嫌っていない。

 動かし易い駒だと、もっと重宝していただろう。


 我が強いからこその、雷裂。

 他人の言葉を聞かないからこその、問題児。


 美影は、当然のように拒絶する。


「え? 嫌だよ?」

「ならば、死ぬでありますよ」


 幻術が展開する。

 剣林弾雨が出現し、美影の周囲を逃げ場なく取り囲んだ。

 全てが幻術であるが、全てが現実になり得る、凶器の群れ。

 人の思い込みを利用した幻術だ。


 刃で斬られれば傷がつく。

 銃で撃たれれば傷がつく。

 炎で焼かれれば傷がつく。


 そんな当たり前の事を、幻覚によって脳に誤認させる事で、現実には何の危害も加えられていないというのに、身体は痛みを訴え、本当に傷が付いてしまう。


 そして、実体が無いが故に、迎撃するという事の出来ない、凶悪な術式である。


 殺到する殺意に、美影は黒雷を掲げ、大地に向かって勢いよく叩き付けた。


 弾ける。


 全方位に向かって拡散した黒雷は、幻術を一掃してしまう。


「…………これだから嫌なのでありますよ」


 せっかくの自分が絶対的に有利な世界を構築しても、美影の黒雷は一撃でその世界を粉砕してしまう。


 あまりにも相性が悪い。

 死なないようにする事だけが精一杯で、勝ち目がまるで見えてこない。


 だから、ナナシもまた、美影と戦う事を嫌っていた。


 美影が指を鳴らす。


 太い黒雷が奔り、天上からナナシを撃ち抜いた。

 莫大量のエネルギーを秘めた雷は、身体強化の鎧を剥ぎ取り、一瞬にして消し炭へと人体を変えてしまう。


 脆くなった人体は、風に吹かれ、サラサラと崩れていき、その中から無傷のナナシが顔を出す。


 千日手。

 どちらかの魔力が尽きない限り、この二人の戦闘はどうやっても終わりはしない。


 あまりの不毛さに、美影は深々と溜息を吐いた。


「……ねぇ、お前さ。実は気付いてんでしょ」

「……んー? 何の事でありますかなー?」


 僅かに考えてから、ナナシは首を傾げて見せる。

 その動作はとても自然で、本当に思い当たる節がないように見える。


 だが、美影はより厳しい視線を向ける。


「僕の、雷裂の五感を舐めるなよ」

「…………」

「鼓動、呼吸、発汗、身動ぎ、視線の向き。

 全部、見えてるんだからね?」

「…………これだから、嫌なのでありますよ」


 先程と同じ言葉を、更に強く言う。

 そこには、隠し切れぬ嫌悪感が滲んでいた。


 情報を掠め取り、自在に動かしていく諜報員として生きてきたナナシにとって、隠すつもりだった情報を抜き取られる事は、屈辱以外の何物でもないのだ。


 今度は、彼女が嘆息する。


「妙な干渉が世界を覆っているのは、理解しているでありますよ」


 幻属性、精神に干渉する事の出来る属性の魔王であり、中華連邦の王芳(格闘バカ)とは違い、その扱いに特化しているナナシだ。


 世界を覆い尽くした精神干渉についても、当然のように気付いていた。

 気付き、自身だけはしっかりと抵抗した上で、放置していたのだ。


「気付いたからと、自分にどうしろと言うのでありますか?」


 干渉は強固なものだった。

 自身の事だけならば抵抗する事も出来たが、他者への干渉まで解除する事は非常に難しいと判断していたのだ。


「守るべきお国のピンチとは思ったりはしないわけ?」

「悪意は感じなかったでありますからなぁ」


 それも、理由の一つだ。

 こちらを害そうという意思はなかった。

 だから、緊急性はないと放置していたのだ。


「……っとに。こいつは」


 苛立たし気に舌打ちする美影に、逆にナナシも問いかける。


「ところで、こちらも疑問なのでありますが、何故、自分に真っ先に連絡を取ろうとは思わなかったのでありますかな?」


 精神干渉が行われていると理解したならば、その専門家へと当たるのが最も妥当な手段だろう。


 だが、美影はナナシに連絡を取らなかった。

 取ろうともしなかった。

 忘れ去ってしまったかのように、完全に無視していた。


 事態へ対処しようとするには、あまりにも不適当な対応だ。


 ナナシだって、鬼ではない。

 仮にも、同僚として轡を並べて戦場に立った事もある相手だ。

 折り合いの悪い人物とはいえ、真摯に頼んでくるのならば、ちゃんと協力しただろう。


 その疑問を投げかけた彼女に、美影は端的に答えた。


「だって、僕、お前の事が嫌いだし」

「…………」


 ナナシが綺麗な笑顔を浮かべた。

 青筋が浮かぶ、とても不完全な笑みである。


 追撃するように美影は言葉を連ねる。


「お前に借りとか作りたくないし。

 だったら、自分で何とかするし」

「…………やはり、ちんちくりんは嫌いでありますよ」

「奇遇だね。

 何度でも言うけど、僕もだ」


 やはりここで雌雄を決するしかないか、とナナシは戦意を高めるが、それに反して美影のテンションは低いままだ。


 売られた喧嘩を、スルーしてしまう性格ではない筈だ。

 彼我の戦力に圧倒的差があり、よほど馬鹿馬鹿しい場合でもなければ、彼女はしっかりと買う性質である。


 その彼女が、まるで戦意を持っていない。


 違和感を覚えた。


「……何を隠しているでありますか?」

「別に何も。

 僕は何も隠してないし」


 何かを隠している訳ではない。

 ただ、邪魔をされない為に注意を引き付けているだけだ。


 大地が鳴動した。


「何ッ!?」


 大地が、否、世界の全てが、果てしないエネルギーに打ち震えている。


 魔力とは違う。

 されど、似通った何か。


 それが、追いきれないほどに無数の線を描きながら、縦横無尽に天地を行き来している。


 出所を探れば、それは存外に近くにあった。


 都市の郊外。

 本来であれば、陣杭が着弾していたであろう地点に、先程、斬り飛ばした筈の陣杭が突き刺さっていた。


 斬られた形跡はなく、切断面は完璧に接着している。


 その表面には、不定形の粘体が付着していた。

 薄桃色をしたそれは、陣杭に纏わりつきながら、魔力を束ね、地下へと流し込んでいる。

 ゆらゆらと身を揺らし、楽しそうに踊るそれは、生命を冒涜するような生理的気持ち悪さがあった。


 何が起こるか分からない。

 阻止すべきだと、国の守護を任された者として、反射的に思う。


 だが、走り出そうとしたナナシの前に、瞬発した美影が回り込んでいた。


「行かせる訳にはいかないねぇ」

「チッ……!」


 最速の魔王である美影を振り切る事は困難だ。

 幻覚で惑わせば一時的に突破する事は出来るだろうが、すぐに背中を殴りつけられる事は想像に難くない。


「何をするつもりでありますか!?」

「んー。不自然を正す、それだけだよ」


 美影が答えた直後。


 瑞穂統一国の全土に打ち込まれた魔法陣が、ラグナロクシステムに流れる地脈エネルギーを吸い上げて起動した。

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― 新着の感想 ―
[一言] これで瑞穂は解除できた訳だが、どーやって他に撃ち込むかだなぁー。確かに瑞穂は魔王多いけど、全体と比べると少ないし。 あと、思いの外ナナシがヘタレだったのが意外。
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