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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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放たれし天弓

「…………うわ」


 アルテミスの装甲板を少しだけ頂戴して、肉体を修復させた永久は、こそこそと隠れながら内部へと侵入した。

 そして、そこに広がっていた光景を見て、ドン引きしたのだった。


 一言で表現すれば、死屍累々、という所だろうか。


 要塞化プロジェクトの為、現在、工事を行う人員が多数送り込まれているのだが、そうした者たちが気を失って、そこかしこに倒れているのだ。


 軽く確かめてみただけだが、おそらく全員が気絶しているだけらしい。

 命に別状はない。


 いくら生命に問題ないとはいえ、この時点で大問題であるが、更なる異様として、気絶している皆が皆、自分が襲われた事に気付いていない様な顔をして寝ている事だろう。

 完璧な奇襲を決められた証拠である。

 あるいは、無色無臭の睡眠ガスでも充満しているか。

 まさかとは思うが、そういう妖怪でも出没したのか、と疑いたくなる有様である。


「……まぁ、妖怪と言うのもあながち間違いではありませんか」


 雷裂の系譜、その最新作が殴り込んでいるのだ。

 どんな災害よりも信じられない事になるに決まっている。


 そこらに転がしておくのは、流石に不憫なので、寝易いような姿勢に整えておきながら、永久は奥へと進む。


 向かう先にあるのは、アルテミスの心臓部の一つ、大工廠である。

 弾薬の一発から大艦船に至るまで、資材さえあればありとあらゆる兵器の作製が可能……となる予定の施設だ。

 今のところは、全くの未完成であり、それほどの物ではない。


 というか、現時点では何もかも未完成であり、通路も何処の鉱山の中だろうか、と言いたくなるほどに岩盤が剥き出しである。


 美影の事である。

 取りこぼしとかはないだろうが、一応、永久は警戒しつつ奥へと進んでいく。


 やがて、通路が開け、広い空間へと出た。

 大工廠、となる予定のただの工事現場だ。

 現在は、ほぼだだっ広いだけの場所である。

 あちこちに工事用の重機や資材が転がっており、ついでに作業員たちも転がっている。


「むごい……」


 見なかった事にしたいが、ただの被害者であまりにも可哀想なので、ちゃんと寝易いように優しく手当てしておく。


 そんな事をしながら、奥へと進んでいくと、金属を叩き合わせる甲高い音が連続して聞こえてくる。

 どうやら、さっさと作業に入っているらしい。


 永久が、音の出所へと向かえば、僅かに搬入されて設置されていた工作機械を操作している美影を見つけた。


「ああ、来たね」


 彼女は振り返る事もなく、永久へと声をかける。

 その後姿を何とはなしに眺めていると、苛立ちを含んだ声が投げられた。


「何してんの。さっさと手伝えよ」


 実にその通りの指摘である。

 そうでなければ、何の為にやってきたのか、という話だ。

 美影の監視の為にやってきた、と思われかねない行動をしていたと反省し、永久は素直に答える。


「はい、美影様! 質問があります!」

「……何?」

「何をしているのでしょうか?

 私は何をすれば良いのでしょうか?」


 睡眠下でぼんやりと聞いたような気がしたので、このアルテミスまでやってきたが、そこまでが限界だった。

 何を目的としてアルテミスにやってきたのか、さっぱり分からない。


 なにせ、極度の疲労の中やっとの事で研究所に辿り着いたと思えば、使えない子扱いされて、以降、ずっと不貞寝していたのだ。

 まさか、爆撃からの盾にされて起こされるとは思わなかった。

 しかも、労いの言葉すらなく投げ捨てられてしまうし。

 扱いの雑さに抗議を入れたい所存である。


 ともあれ、そんな状態なので、何を目的として何をしているのか、実の所、永久は全く把握していない。


「…………察しの悪い娘っ子だね」

「酷い!

 そんな心無い言葉を向けるなんて!」


 冷たく吐き捨てる美影に、永久は泣き崩れる。

 しかし、全く相手にされなかった。


 本当に悲しくなってきたので、泣き真似を止めて彼女は近付いていく。


「で、本当に何をすれば良いんですか?」

「ん」


 問いかければ、美影は端末を一つだけ永久に投げ渡した。

 起動させると、表示されたのは、長大な術式を収めた魔法陣である。


「ん? ん~~~~?」


 正直、読み解くだけで頭が痛くなりそうな程に複雑な代物だ。


「えーっと、ここが基幹で……。

 あっ、そっちに飛んじゃうのですね?

 でー、あ、あー、人の精神に干渉する類? ですか?

 じゃあ、ここの意味は……」

「一目で分かんないとか、君、ホントに優等生だったの?」

「無茶言わないでくれませんか!?

 こんなクソ長い術式、見ただけで理解できる筈ないでしょうが!」

「僕には出来るけど?

 サラと化け猫にも出来たけど?」

「あのー、私、人間の話をしてるんですけどー?」


 自分が出来るから他人も出来る筈とか、典型的なパワハラである。


 確かに、自分も怪物の仲間入りをしてはいる、と永久は思う。

 しかし、それは肉体的な方向での変化であり、脳ミソ的意味合いではほぼ変化はない。

 それで、化け物基準を求められても、無理なものは無理なのだ。


 ギャアギャア喚いて抗議する永久だが、彼女はまだ自覚が薄い。


 天才であるという自覚を持つ美影は、誰も彼もに要求などしない。

 どうせ、付いてこられる訳が無い。

 そんな諦念で最初から期待していない。


 己が期待されるだけの領域に足を踏み込んでいるのだと、彼女はまだまだ気付いていなかった。


 喚き散らしながらも、必死に魔法陣の解読を進め、永久はなんとか内容を理解する。

 どうやら、現在、人類にかけられている催眠を解除する対抗術式のようだ。

 よくもこれだけの代物を短時間で書き上げられたものだと、それを為した三人組にドン引きである。


 その上で彼女は訊ねる。


「それで、これをどうしろと?」


 まさか、自らの身で魔法陣を作って、地上に転写しろなんて言われるのではないか、と永久としては恐れずにはいられない。


「《天弓の小月(アルテミス)》に来たんだから、分かるでしょ?

 打ち込む弾に、書き込んで」


 美影が指差した先には、さっきから彼女が操作している機械がある。

 内部からは、操作に従って形作られた弾薬が吐き出されていた。


 それは、簡素な杭だった。

 全長、約50メートル強。直径は1メートル程にもなるだろう。

 何の飾りもなく、先端が尖っているだけの、本当にただの杭だ。


 使われている素材が、全てマギアニウムである事を除けば。


 潤沢に貯蔵されている純粋魔力を贅沢に使用し、高純度のマギアニウムを作り出しているのだ。


「あれに魔法陣を転写して。

 ちゃんと機能するように」

「それだけで良いのですか?」


 平面の魔法陣から、立体的な魔法陣に変換する必要はあるが、それさえしてしまえばそう難しいものではない。


「術式が繊細過ぎて、大雑把な機械じゃ駄目なんだよ。

 分かれよ、それぐらい」

「はぁ……、そんなものですか」


 そこまで繊細さを要求される物ではない、と思うのだが、出来ないと言うのだから、きっとそうなのだろうと納得しておく永久。


 彼女は、既に完成し、並べ置かれている杭に取りつき、魔法陣の参考設計図を横目に、杭の表面に刻み込んでいく。


「予備も合わせて千本くらい造るから、手早くねー」


 作業を開始した永久に、声が届けられる。


「はーい」


 永久は了承を伝え、気持ち手を動かす速度を上げた。


 言われた事を言われた様に。

 単純であるが、誰もが完璧にする事は出来ない事を、永久は当たり前のように行う。


 見様見真似の才人なのだ、彼女は。

 自ら創造する事は出来ないが、既に完成されたものを身に付ける速度と精度は、並大抵のものではない。

 機械でも難しい繊細な工作作業も、永久にとっては当たり前に出来る事でしかない。


 完成した魔法陣という答えが、もう手元にあるのだ。

 それを、そのまま書き写す事なんて、誰にでも出来る事だと、彼女は本気で思っていた。


~~~~~~~~~~


 静かに、作業が進んでいく。


 既にアルテミスの異常は、地上には知られている筈だ。

 定期連絡などに関する隠蔽工作を美影も永久もしていないし、先程からあちこちで通信の呼び出し音が鳴り響いている。


 だが、分かっていても、どうにもならない。

 宇宙空間という自然の要害によって、容易に戦力を送り込めないからだ。


 しかも、占拠している者が、歴とした魔王の一人だというのも問題だ。

 各地の魔王たちならば、宇宙空間を物ともせずに向かう事も出来るのだが、その結果として魔王同士の戦闘が起きようものならば、下手をすればアルテミスが粉砕されかねない。


 魔王とは災害である。

 災害と災害の激突など、星を脅かすほどの脅威なのだ。

 現実として、月を割ったのは、今まさにアルテミスを占拠している美影本人なのだから。


 最悪の想定として、魔王を送り込んでの実力排除も、そしてそれに伴ってアルテミスの致命的破損も覚悟しているが、その前段階として犯人の要求と交渉をしようというのが、世界の判断だった。

 尤も、美影には話し合うつもりなどないので、呼び出しに一切関心を示さず、完全な無視を決め込んでいるが。


 誰にも邪魔をされず、黙々と作業を進める事、アルテミス占拠から約1週間。

 地上では、いい加減、強硬策に出るべきだという意見が強くなり始めた頃。


 遂に決定的な事件が起こった。


~~~~~~~~~~


 アルテミスの装甲が展開する。

 まだまだ手の入っていない岩肌ばかりが目立つ、小月の本体が晒される。


 その中に、異様な姿があった。

 一際巨大なクレーターを中心として、大小様々な大きさのクレーターが並んでいる。


 単なる凹みではない。

 金属で補強されており、また中央部を囲む様に鈎爪の様に折れ曲がった装置が設置されていた。


 一見して、それはレーダーのようである。

 星を丸ごと探査装置に改造したように見えるだろう。


 だが、真実は違う。


 それは、砲塔だ。


 先日まで《月読》と地上を繋ぐ輸送装置だった重力加速式マスドライバー装置、《ダイダラ》。

 それを、砲撃仕様に特化して調整したものを並べているのだ。


天弓の小月(アルテミス)》。


 それこそが、武器兵器を製造する大工場であり、天から遍く全てを狙い撃つ、超攻撃的要塞の名前だ。


 クレーターの様な砲塔に魔力が充填され始める。

 中心には、複雑怪奇な紋様を刻んだ、50メートルを超える弾丸が装填されている。

 それが、魔力の充填に合わせて、重力を失って宙に浮いた。


 その先端が地上へと向けられる。


 狙いは、極東の島国、瑞穂統一国。


 やがて、時が満ちる。


 音もなく、弾丸が放たれた。

 込められた威力を思えば、あまりにも静か過ぎる砲撃だった。


 瞬時に第三宇宙速度を突破した弾丸は、大気に穴を開けて、目標へと降り注ぐ。

 赤熱しながら落ちてくる、千にも及ぶ流星群は、地上からも肉眼ではっきりと見る事が出来た。


 その様は、まさに神の怒りを思わせるものだった。


 人々は、知らず知らずのうちに、それぞれの方法で神に祈った。


 弱き我々に、救済を。


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― 新着の感想 ―
[一言] ん〜。誰が救世主に選定されるんだこれ?願うのは瑞穂の人々だから、六魔軍のうち誰かになるのかな?
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