荒ぶる神
今回の話で、とうとう四章が文庫本一冊くらいの長さになりました。
おっかしいなー。
もっと短く纏める筈だったんですけど。
ま、まぁ、前半戦はそろそろ終わる予定ですから。
気にしない気にしない。
対峙する姉妹。
先に動いたのは、姉の美雲だった。
自身が唯一妹に匹敵すると思える能力、多重並列処理をフルに活用して、瞬時に数百という雷撃魔弾を形成する。
これらでは、まともにダメージは入らないだろうが、目眩ましくらいにはなる。
撃ち放ちながら、彼女は重力に身を任せて姿勢を落とした。
先程の古式縮地術だが、先よりも早い。
一度目でコツを掴み、二度目で物にしたのだ。
魔力弾の対応をしている内に、距離を詰めようと美雲は動いていた。
(……本気ではないけど真面目になった美影ちゃんに、手番を回しちゃいけない!)
攻めて、攻めて、攻めきる以外に勝機はない。
一回でも反撃を許せば、途端に引っくり返されてしまう。
それだけの出力差がある。
だからこその速攻を選んだ。
だが、本当の意味で先手を取ったのは、妹の美影の方だった。
足先に力を入れて、今まさに飛び出さんとしていた美雲の目の前に、何故か美影がいた。
ほとんど姿勢を動かさないまま、ただ距離だけを詰めてきていた。
何故、どうやって、という答えは、彼女の広い視野によってすぐに判明する。
僅かに宙に浮いている美影。
その足先が、地を蹴った形をしていた。
(……足首のスナップだけで!?)
身体全体どころか、足のほとんどすら動かさず、足首と爪先の力だけで、彼女は瞬発していたのだ。
美影が、地に足を着ける。
瞬間。
彼女の身体がうねった。
全身の力を余すことなく利用したパワーパンチ。
分かりやすいテレフォンパンチだが、飛び出す直前だった美雲には躱せるだけの余力がない。
「くっ……!?」
両手のデバイスを交差させて、盾とした。
直後。
馬鹿みたいな衝撃が彼女を強かに打ち付けた。
視界が大きく回り、上下左右の感覚が曖昧になる。
それでも、第六の感覚器、魔力及び超能力感知によって、妹の現在地を特定し、先の弾幕を反転、射撃する。
流石の反応であるが、美影は慌ても焦りもしない。
背後から迫る弾幕を見る事もなく、彼女は黒雷の防壁を形成するだけで対応する。
次々と着弾して弾けていく雷弾。
封印の力も込められた特殊弾だったが、焼け石に水である。
単純なエネルギー量に押し潰されて、黒雷の壁を突破する事は叶わなかった。
遠くに離れた美雲を追って、追撃しても良いが、美影は別の手段を取る。
雷が弾ける。
彼女の身を起点として、極太の雷撃が天へと登った。
それは、上空を覆っていた粉塵と反応して、分厚い雷雲へと変貌していく。
雷属性儀式魔術《嵐神雷迎》。
百人以上の雷属性魔術師によって展開される暴走魔術。
それが、たった一人の魔王の手によって発動した。
原理は単純な物である。
天の雲にありったけの雷撃を含ませるだけ。
本当にそれだけである。
だが、それによって引き起こされる事態は、絶大の一言だ。
魔術の雷が自然の雷と融合し、互いが互いを増幅させ合う悪夢の循環が発生する。
雷が雷を呼び、更なる雷となっていく。
そして、いつしかそれは人の制御から離れてしまう。
止められなくなるのだ。
まさに、荒ぶる神の顕現である。
雷雲は成長の一途を辿り、やがて臨界点を迎えた。
「落ちてこい」
雷雨。
雷雲の直下において、雨の如く雷が降り注いだ。
「わっ、ちょっ!? きゃああああッ!!」
ようやく瓦礫に激突して勢いの止まった美雲は、上空の異変と、直後に落ちてきた雷の雨に悲鳴を上げて逃げ惑った。
「馬鹿じゃないの馬鹿じゃないの、ホンットに馬鹿じゃないのッ!?」
必死に躱し、迎撃し、なんとか命を繋ぎながら、彼女は心からの罵倒を叫んでいた。
美雲とて、一端の雷属性魔術師である。
雷への耐性は、とても高い。
並大抵の雷なら、直撃しても大した事にはならない。
そよ風に撫でられたようなものと無視できる。
しかし、《嵐神雷迎》の雷は、並ではない。
ちょっとおかしくない? と言いたくなるようなエネルギー量を秘めた雷である。
一本なら余裕だろう。
二本でも大丈夫だ。
三本くらいでも、きっと耐えられる筈である。
だが、それが何本も、何十本も、何百本も、となれば、話は全くの別だ。
耐えきれる訳がない。
消し炭になってしまう。
殺意に溢れた妹をこき下ろしていると、この雷雨の中を平然と歩いて近付いてくる姿が見えた。
「だって、そうしないと当たらないじゃん」
口が動いていた。
周囲の騒音で声は聞こえなかったが、唇の動きから何と言ったのかは察せられた。
その言葉に、心当たりはある。
故に、美雲は苦い顔をせざるを得ない。
先の拳が当たる直前で、美雲は幻属性魔力を放出し、美影の感覚を僅かながら乱していた。
それにより、少しだけの余裕ができ、インパクトの衝撃を逃がす事に成功していたのだ。
それでも、大変にぶっ飛ばされたのだが。
美影の精神防壁は強固な物である。
生来の図太い精神構造の上に、更に母に施された幻術防護と、黒雷による相殺防壁を築いているのだ。
もはや、魔王クラスの幻術でも、生半可な事では通用しないだろう。
しかし、美影は姉の事を受け入れている。
好ましく思い、大切に思っているが故に、彼女の強固な防御をすり抜けてしまっているのだ。
こうして、かなり殺意高めの喧嘩をしていても、それは変わらない。
今でも、美影は姉が大好きである。
美雲の幻術を防ぎきれないと判断した彼女は、惑わされても問題ないようにしたのだ。
その答えが、この暴走魔術であった。
これは、起動こそ美影の手によるものだが、途中から完全に彼女の手を離れて勝手に動き出してしまう。
落ちてくる雷は、完全にランダムであり、美影の意思は全く反映していない。
これでは、幾ら美影の精神を惑わしても、何の効果もなかった。
自分の戦術の結果が、この事態を呼び寄せたのだから、美雲は渋い顔をしていたのである。
とはいえ、だからと言って、自分も巻き込まれる術を、わざわざ選択するのはどうかと思われる。
自分が一番可愛い美雲にとっては、特にそう思わずにはいられない。
姉も妹も関係なく、滅多矢鱈と降り注ぐ雷雨だが、形勢は明らかに美雲が不利であった。
単純に、雷への耐性の差だ。
身体的に美影の方が優れており、更には魔力的にも軍配は美影に上がる。
加えて、美影は超能力に至るまで、雷系統である。
これだけの差異があれば、対応もまるで違ってくる。
美雲が必死に振り払い、一発も当たらないようにしているのに対し、美影は己に向かってくる雷を、埃を落とすように手で払うだけで排除していた。
「戦いってのは、どれだけ自分に有利な土俵に引きずり込むのか。
そういう物でしょ?
ねっ、お姉?」
「全く……! その通りだわ!」
反論の余地はないが、これほど強引に地の利を造られては、常人としては堪った物ではない。
もう戦術がどうこうとかいうレベルではなく、戦略レベル、もっと言えば災害レベルの話だ。
(……魔王に勝てるのは魔王だけ、ってのもよく理解できる話よね!)
今の状況を見れば明らかである。
天候を、環境を、力業でひっくり返しているのだから、出力で劣る一介の人間にはどうする事も出来ないし、実際に出来ていない。
マジノラインがあれば、対抗できただろう。
この程度の雷撃など、あの超装甲ならば、防ぐまでもなく無効化してくれる。
防御に気を取られることなく、攻撃に専念出来ただろう。
今はないのだが。
「さて、お姉?
僕も実は忙しくてね。
悪いんだけど、あんまり付き合っていられないんだ」
数秒前に、やや離れた所で、大出力の魔力が発生し、直後、地を揺るがす激震を放って消えていった。
魔力の感じからして、永久だろうと美影は判断した。
まだ付き合う気があるらしい。
ならば、こちらも出遅れてもいられない。
さっさと喧嘩を終わらせてしまう事にする。
天の雷雲に向かって、手を伸ばす。
暴走し、荒れ狂うばかりのそれの中から、自分の魔力を見つけ出し、美影は引っ張った。
魔力保存技法《連弾》応用版。
一度放出し、手放した手綱を、彼女は鍛え抜いた魔力制御能力によって最掌握したのだ。
美影が取り戻したのは、雷雲のごく一部ではあるが、確かな一部である。
密接に絡み合った雷雲は、美影に手繰られるままに、地上へと引きずり下ろされる。
「うっそでしょ……」
広大な範囲に広がる雷雲は、美雲の足ではとても逃げ切れるような大きさではない。
天が落ちてくるような錯覚を覚えながら、彼女は雷雲の中に飲み込まれる。
全力で防護を固めて、死なない事を美雲は神に祈った。
直後。
雷雲が閃光を放ち、弾け飛んだ。
美影オリジナル雷属性魔術《嵐神天墜》。
神を地に引きずり下ろすという、恐れを知らぬ荒業が炸裂する。
雷雲が内包していた雷撃が、瞬時にして全て吐き出される。
その莫大エネルギーは、周辺一帯を眩く照らし出し、中心部に至ってはあまりの熱量に大地が溶け落ちてしまっていた。
十数秒にもなる放出を経て、雷雲は消え去る。
空には、先程までの暗雲が嘘のように晴れ渡る青空と太陽があった。
爆心地は溶岩の海と化し、生命を拒絶する光景が広がっている。
姉妹の姿は、何処にも残っていなかった。
~~~~~~~~~~
「…………容赦ないな、本当に」
久遠は、溶岩の海の縁に立ちながら、遠い目をして呟いた。
つい数十分前まで、ここに大型の都市があったとは思えないほどの惨状である。
というか、都市の影が影も形も見当たらない。
全て溶岩となって溶け落ちてしまっている。
乾いた笑いを漏らす。
それしか出来なかった。
この国から盛大な文句が飛んできそう……というか、絶対に飛んでくるだろうが、久遠は考えない事にした。
だって、自分は関係ないし。
実際に、何もしてないし。
そう思う事にしたのだ。
溶岩から熱風が押し寄せる。
常人なら、皮膚から呼吸器まで、容易く火傷しそうな温度であるが、久遠は火属性魔術師である。
熱への耐性は充分にある。
涼風を受けるような気分でその場に佇んでいると、溶岩の中心部が盛り上がる場面を捉えた。
赤熱する溶岩を割って、その下にいた物が姿を表した。
それは、鋼の巨人だった。
装甲のあちこちが破損し、内部機構が見え隠れしている。
その内部も破損があるらしく、全身の至るところで火花が散っていた。
『アーイル! ビィー! バァーーーーック!』
「……それは、溶鉱炉に沈んでいく方だ、バカタレ」
何処で覚えたのか。
旧時代のネタを叫びながら、イフリート簡易式が、本来の姿となって出現したのだ。
『えっ!? そうなの!?
だって、お兄ちゃんは溶岩の中で叫ぶんだって言ってたよ!?』
「あいつか、余計な知恵を与えたのは」
百メートル程の鉄巨人は、恥ずかしそうに身を悶えさせた。
その余波で、溶岩が盛大に波打つ。
飛んでくる灼熱の飛沫を、鬱陶しそうに払う久遠の脳裏には、悪どい笑いを上げる炎の悪魔の顔が過った。
今度締め上げよう、と心に留めながら、彼女はイフリートへと訊ねる。
「それで? 首尾はどうだ?」
『え? あっ、うん!
大丈夫だよ!
ちゃんと守ったよ! 守ったんだよ!
褒めて!』
「偉いから二回言ってはいけません」
鉄巨人が、握り込んでいた右手を広げる。
そこには、傷だらけの姿で、しかし元気そうに憮然としている美雲がいた。
「…………逃げられたわ」
「みたいだな」
勿論、美影に、である。
先の爆雷に、彼女も一緒に巻き込まれている筈だが、二人は死んでいるとはまるで思っていなかった。
「久遠。あなたが余計な茶々を入れた所為よ」
「心外だ。人の所為にしないでくれ。
私がイフリートを送ってなかったら、お前、死んでたぞ?」
『ボク、頑張ったよ!? 頑張ったよ!?』
雷雲が炸裂する直前で、イフリートは美雲の全身を包み込んで盾となっていたのだ。
彼の献身により、美雲はなんとか無事で済んでいる。
彼がいなければ、死にはしなかっただろうが、それでも瀕死の重傷となっていただろう。
「そうかしら?」
「そうだとも」
「じゃあ、そういう事で良いわ」
美雲はあっさりと矛を納め、イフリートの手の上から跳躍する。
久遠の隣に着地した彼女は、苛立ちを隠さない表情で言う。
「負けたわ」
「見事にな」
「相手にもならなかったわ」
「予想通りの結果じゃないか」
「ムカつく、妹の癖に」
「……お前、そんなに競争心を持ってたか?」
どうにも揺らいでいる友人に、久遠は声をかける。
彼女の指摘に、はたと己を見直す美雲。
「そういえば、なんとなく違う気がする……かもかも?」
「大分、違う気がするのだが」
ひとしきり首を傾げるが、あまり実感が湧かない。
なので、棚上げにした。
分からないものは分からないのだ。
だって、分からないのだから。
歩き始めた美雲に、久遠は隣に並びながら訊ねる。
「それで、これからどうするんだ?」
「決まってるわ。
追いかけるのよ。
お姉ちゃんからは逃げられないって、しっかり教え込まないと」
「諦めないなー」
執念深い様子に、久遠は苦笑した。
他愛ない話をしながら暫し歩いていると、遠くから風を切る飛翔音が聞こえてきた。
「まっ、何はともあれ、まずは弁明だな。
お迎えのようだぞ?」
魔動飛翔翼を装備した、アメリカ軍所属の航空魔術部隊の登場だった。
彼らは空中から二人を取り囲むと、警告なく銃火を見舞う。
無数の魔力弾が彼女たちの周囲を穿った。
牽制射撃だったのだろう。
命中弾は一発もない。
『Freeze!』
機械的に拡張した声で、鋭い命令が発せられる。
「はいはい」
抵抗する気力もなかったので、美雲は素直に両手を上げて降参を示した。
久遠はとっくに降参している。
『あっ、ちょっと!?
ボク、簀巻きにされてるよ!?
た、助けてー!?』
背後では、ワイヤーでぐるぐるに巻かれたイフリートの悲鳴が虚しく響いていた。
それにしても、怪猫の姿が見えませんね。
誰もあれの事を気にしていない所為なんですが。
果たして、奴は無事なのか……!
どうでもいい事ですけど。
仕事がなくてあまりにも暇だからって、職場でスマホぽちぽちしてこの話を書いてる我輩は、給料泥棒なのではないか、と思うところ。