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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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黙認の見送り

 激しくなっていく姉妹喧嘩に巻き込まれぬように、こっそりと戦場の端で蠢いている影がある。


 それは、一言で表現すれば、粘液だった。

 半透明の薄桃色の粘体物質が、人から骨格を抜いて丸めればこれくらいの大きさになるかな? という程度の質量を保ちながら、ゆっくりと戦場から離れている。


 頭(?)の上に黒いとんがり帽子を載せて、表面にはデフォルメされた人の顔を浮かべているそれは、もはや言うまでもなく、永久である。


 寝こけている所を美影の盾にされて、そのまま投げ捨てられた彼女は、特に関係ないようなので放置してお暇する事にしたのだ。


「抜き足、差し足、忍び足~……」


 足はないけど、と内心でツッコミを入れながら、自分はただの液体と言い聞かせて気配を押し殺して移動していく。

 すると、そんな彼女の頭上に粉塵が舞い降りた。


「おやー、やはり無事でしたね~」

「ふっふっふっ、当然なのだよ。

 私を焼き払うには、エネルギーの桁がちょっとばかり足りていないのだよ」


 その粉塵の正体は、ナノマシン粒子となったサラであった。

 自分と同じく人間の身体をしていないので、死んではいないとは思っていたが、中々に元気そうである。


「あれ、放っておいていいのですか?」


 背後では盛大に雷鳴が響いている。

 空に浮かんだ分厚い暗雲から、雨としか思えない量の雷が降り注いでいる様は、世界の終りのような気さえしてくる。

 魔王が災害と称されるのもよく理解できる光景だ。


 その影響で、ただでさえ廃墟の様だった研究都市が、更に粉々に砕かれていっている。


 永久にはどうでも良い事だ。

 触らぬ神に祟りなし、という言葉に従って、下手に巻き込まれない内にトンズラしてしまおうという魂胆だ。


 しかし、ここを本拠としているサラにとっては違うだろう。

 自分の城を完膚無きまでに破壊していく行為は、迷惑以外の何物でもない筈だ。


 その辺り、どういうつもりなのか、と興味本位で訊ねてみた。


「別に。好きにさせておけば良いのだよ」


 なんとも薄い反応が返ってきた。

 少なくとも、介入しようというつもりはないらしい。


「何で?」


 ド直球に質問を繰り返した。


「ふーむ」


 少しばかり思考する雰囲気を漏らした後、彼女は答えた。


「私こそが、叡智の全てなのだよ」


 サラ・レディングを構築するナノマシンは、その全てが演算装置であり、記録装置として機能する。


 この研究都市にある全てのデータは、常に彼女の中に集積されているのだ。

 機材や資材としての利用価値はあるが、無いならば無いで何とかなる、という程度の代物でしかない。

 今となってはそうなってしまった。


 なので、取り立てて執着するほどの事ではないのだ。

 スティーヴン大統領は頭を抱えてしまうだろうが。


 そんな事情をわざわざ語るような事はないが、特に問題はない、という事だけはしっかりと察した永久は、それ以上はツッコまなかった。

 狂人に付き合っても面倒ばかりがやってくるのだ。

 程々に距離を取ろうと学んだのである。


「それでは、この辺でおさらばとしましょうか。

 お互いにすべき事があります」

「そうなのだよな。

 面倒なのだよ」


 勢いで了承してしまったが、国土魔法陣の書き換えは手間がかかり過ぎる。

 憂鬱な気持ちを引っ提げたまま、サラは風に流されて消えていった。


 それを見送った永久も、この場から離れて、次なる目的地に行こうと考える。


「……月ですかー。

 どうやって軌道上まで上った物でしょうか」


 以前までよりも地球に近くなったとはいえ、やはりそれなりに距離がある。


 魔力全開でやれば、軌道上まで行く事は出来ると思うが、派手に目立つ事請け合いだ。

 今の所、目立った事をしていないおかげで、誰にもその存在を悟られていない。

 いや、気付かれている所には気付かれていると思われるが、指名手配などの措置は取られていない。


 要監視対象が、唐突に地球から離脱し、要塞化しつつある月の一つへと向かえば、確実に警戒されてしまう。


「お姉様にご迷惑をおかけしてしまうのも、心苦しいですしねー」


 この辺りが潮時なのかもしれない、と思う。

 刹那との縁を繋いで、ポイント稼ぎをしようと思ってここまで付き合ってきたが、姉の心労を考えれば、これ以上は我儘だろう。

 そろそろ手を引くべきだと考えた。


 そうしていると、近くの瓦礫が唐突に崩れた。


 特に、戦闘の余波は届いていない。

 バランスを崩しただけだろうか、と思っていると、中から金属鎧を纏った人影が転がり出てきた。


「ひっ……! ひっ……! ひぃっ! 酷い目にあった!」


 鋼色の、人間の形に沿ったスマートな鎧だ。

 女性型で、丸みのある造形をしている。


 見覚えが大変にある代物である。


「……お姉様?」


 それは、久遠が持つ専用デバイス――イフリート簡易式の圧縮形態である。

 本式は圧縮状態であっても十メートルを超えるし、そもそもまだ再建途中だ。

 この簡易式は、展開状態でも百メートルに届かない比較的小柄な品であるが、その代わり圧縮形態は人の大きさ程度に調整されており、パワードスーツとして活用できるという特徴がある。


『お母さん、お母さん!

 ボク、ちゃんとお母さんを守れたよ!?

 偉い!?』

「偉いから私を母と呼ぶのを止めろ」


 いつも通りのやり取りをしている様子から、どうやら無事らしい。

 どうしてこの場にいるのか、と疑問に思うが、おそらく雷裂姉と一緒にやってきたのだろうと予測が立つ。


 偶然の再会にほっこりした気分になった永久は、うにうにと蠢いて機械鎧を纏った姉に無警戒に近付いていく。


「お姉様―。

 よくあの爆発の中をご無事でしたねー」

「と、永久!?」


 呑気にやってきた妹に、久遠は瞠目する。

 彼女は、ヘルムを取って素顔を見せながら、粘液状の妹の側に駆け寄った。

 どうでも良い事だが、原形が欠片もないゲル物質を見て、即座に妹を連想する辺り、久遠は慣れ過ぎである。


 ムニュリ、と妹を持ち上げて抱きしめた。


「ああ、良かった。

 無事だったか。まぁ、無事だとは思っていたが。

 元気そうだな」

「お姉様こそ、壮健そうで何よりです。

 御心配をおかけして、申し訳ありません」

「いや、良いさ」


 モニモニムニムニ、と妹の全身を撫で回して、その感触に安堵する。

 いつも通りにひんやりとした体温に、低反発クッションのような不思議な柔らかさをした身体だ。

 夏場に抱き枕にすると大変に抱き心地の良さそうである。


「ところで、お姉様はどうしてこちらに?」


 永久は、されるがままにクッションとなりながら、疲れを癒すように頬ずりしている姉に問いかける。


「ん?

 ああ、ほら、永久が何やら美影君に連れ回されているようだったからな。

 一応、連れ戻すという体で美雲に付いてきたのだ」

「あらー、それはとんだご迷惑を」

「良いんだよ。

 ちょっとした気分転換だ。

 別に、強要されている訳ではないのだろう?」

「はい。自らの意思で美影様のお手伝いをさせて戴いております」

「なら、構わないさ。

 私が言う事はない」

「おや、意外ですね。

 てっきり、強引に連れ戻されるかと思いましたが」


 久遠にはその気はないようで、永久の好きにさせるという意思が本気で伝わってきた。

 久遠は、やや苦笑しながら言う。


「そりゃあ、まぁ、永久が流されて、あるいは強引に連れ回されているようなら、そうしただろうがな。

 自分にとって必要な事を、ちゃんと判断できる子になったし、今も自分の意志で選んで動いているのだろう?

 なら、私はそれを応援するだけだよ」

「……災禍をもたらすかもしれませんよ?」

「その時は、一緒に世界に謝ってやるさ。

 家族だからな」

「なんとも、まぁ、随分と信頼されたものですね」


 どうしてここまで無条件に信じられているのか、永久の方が信じられない気持ちである。

 先日まで、多大な迷惑をかけて、信用を地の底にまで落としてしまっただろうに。


「うん。だから、私への迷惑とか考えず、好きにして良いんだぞ?」


 デフォルメされた永久の顔に視線を合わせながら、現在の永久の心境を見透かしたような事を言う。


「……分かりますか?」

「姉だからな。ちゃんと理解しているさ」


 持ち上げていた妹を地面に下ろし、解放する。


「本当に好きにして良いのですか?」


 ムニ、と久遠の足に寄り添いながら、確認する永久。

 その頭を一撫でして、久遠は朗らかに笑いかけた。


「ああ。存分にやってしまえ。

 自慢の妹、ここにありって世界に見せつけて良いんだぞ。

 後始末は全部私がやってやる」

「…………分かりました」


 永久は、一つ頷き、人の形を取り戻した。

 彼女は、深く姉に頭を下げて、宣言する。


「では、ご要望にお応えしまして、派手にやらせていただきます」


 永久は、足腰の筋肉量を操作する。


 見本はある。

 この世で、人の形をしていながら、最も進化した身体能力を持つ生物を、よく見知っている。


 あれを模して、筋肉を、それを支える骨格を、再現する。

 万能細胞で出来た、ショゴスの身体ならばそれが可能だ。


 それを、全力の魔力で強化した。

 魔王クラスにまで至った永久の魔力は、超人の脚力を、更なる高みへと押し上げる。


「行って参ります」

「いってらっしゃい」


 激震。


 地が砕けるほどの踏み込み。


 舞い上がる粉塵を置き去りにして、永久は遥か空の高みへと消えていった。


「…………可愛い子には旅をさせよ、か。

 ああ、楽しんで来い、可愛い妹」


 何を目的として、何をする気なのか、全く知らない。

 それでも、姉は妹を信じて、笑顔で送り出すのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] おー、せっちゃんを模倣するのかー。実際は肉体だけだから、本人と比べると弱いのだろうけど。
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