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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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真心を込めて

「さて、と」


 ピクリともしない永久を投げ捨てて、美影は腰に手を当てて口を開く。


「お姉、こっちも言っておくんだけど……何しに来たの?」

「…………なーんか、最近、私の扱いが雑な気がしますぅ」


 投げ捨てた遠くから、か弱い嘆きが聞こえた気がしたが、雷裂姉妹は当然のように無視した。

 妹からの問いかけに、美雲は頬に手を当てながら答える。


「そりゃー、家出した不良娘を連れ戻しに来たんだけど?」

「いつもの事じゃん。いつも通りに放っておけば良いでしょ」


 じりじり、と、少しずつ重心と足の置き場を変えて、いつでも飛び出せる体勢へと移行させる美影。

 対して、美雲もまた、腰の後ろで手を組んだように見せて、両の手の中に圧縮状態のデバイスを取り出していた。


 お互いに、言葉で収まる物ではないと分かっている。

 自らが決めた事を譲らないのが、一族の特徴だ。

 姉も妹も、もうどうするかは決めているのだから、あとはぶつかり合って自らの意思を貫き通すのみである。


「そういう訳にもいかないでしょ。

 ただの家出ならともかく、賞金付きで指名手配までされちゃってるんだから」


 ちなみに、賞金首になるように真っ先に手配したのは美雲である。


「……それ、パパに言ってやったら?」

「…………あー、ね?」


 美影は、裏側に勘付いていながらそれには触れず、代わりに身近にいてよく家出している賞金首の話を返した。

 美雲は、曖昧な笑みを浮かべる事しかできなかった。


「ほら、お父さんはもうあれだから。

 病気だから」

「諦めないでよ。

 面白がってるだけなんだから」


 雷裂御風。

 現雷裂家当主にして、国際指名手配犯でもある。

 かつて幻属性の良いパンチを喰らって、シリアスを保てなくなるという意味の分からない呪いを精神に患っているアホだ。

 昔ならともかく、今ならば治す当てもあるというのに、面白いから、という理由で夫婦揃って愉快な人格のままで放置している。


 現在は、娘にクロスカウンターで打ち負けてしまい、失意に涙しながら何処かに逃亡中である。

 きっと世界の何処かで元気に健在だろう。

 飽きた頃に帰ってくるんじゃないか、と、誰一人として探そうとしていない。


「まぁ、そっちはどうでも良いとして」

「父親をどうでも良いはないと思うよ?

 僕もどうでも良いと思うけど」

「うん。

 美影ちゃんは、未来ある子供なんだから、大人の庇護下にいなさいな」

「……僕を子供だって言うの?」


 子供扱いに、美影の心にやや苛立ちが募った。


「ええ、子供に決まっているでしょう?

 だって、この前、私が軽く突破した18歳の壁だっていまだに超えられていないじゃない」


 クスクスと、馬鹿にするように笑った。


 苛立ちゲージが一瞬にしてカンストする。

 沸点が低い、と言うなかれ。

 早く想い人と結ばれたい美影にとって、手を出してこない言い訳となっている年齢は、触れてはいけない禁忌の領域なのだ。


 音もなく飛び出す。


 否。


 音は出ている。

 ただ、彼女の動きに追い付けていない。

 初速にして音速を突破した美影は、姉との距離を瞬時に詰めてしまう。


 貫手が美雲の胸元へと迫る。

 黒雷によって魔力の鎧を引き剥がし、無防備となった柔らかい肉を抉らんと鋭い指先が向かう。


(……目の前でプルンプルンと! 目障りなんだよ!)


 この際だから、日頃抱いている鬱憤も晴らしてしまおう、と美影は自分にはない部位を狙っていた。


 だが。


「何年の付き合いだと、思っているのかしらね」


 見れば、いつの間にか、突き出された美影の腕、その手首に拳銃の銃身が添えられていた。

 格闘戦を行う事を考慮した、重厚な拳銃である。


 押される。


 動きを遮る事なく、ほんの少しだけ軌道を変えるだけの弱い力。


 同時に、美雲の身も瞬発していた。

 流れるよう水のように、あまりに静かな動きであるが故に、察知がしにくい動作だった。


 半身になり、胸元の布に掠らせながら、美影の貫手をやり過ごす。

 そのまま、引っ掛けた手首を起点にして、美影の速度を利用して回転、投げ飛ばす。


 瓦礫へと強かに叩き付けられる。


「…………」


 美雲は、無言で舞い上がる粉塵と瓦礫の狭間を縫って、妹へと銃撃を叩き込んだ。


 二連撃。


 ただでさえ頑丈な身体をしているというのに、身体強化までしているのだ。

 ただの瓦礫に突っ込んだ程度では、ダメージにならないだろう。


 それに、彼女の優れた動体視力は、しっかりと妹が反応して、受け身の姿勢に入っている姿を捉えていた。


 ならば、喧嘩は終わりではない。

 ならば、容赦の必要もない。


 本気で美雲は撃っていた。


 手応えは確かにあった。

 しかし、仕留められたとは思わない。


「あら、危ない」


 地を這うようにやってきた黒雷が、足元で爆ぜて、天へと駆け登る。

 直前で察知した美雲は、ひらりと躱してみせる。


 粉塵が払いのけられる。


「……ごめんね、お姉。

 実は結構舐めてた」

「許してあげるわ。

 素直に謝ってくれたから」


 そこには、傷一つない美影が、だが左腕をだらりと力なくぶら下げながら立っていた。


 美雲の銃撃を受け止めたのだろう。

 弾けた雷撃によって袖が焦げ落ち、素肌が晒されている。

 そして、その表面には蜘蛛の巣の様な細い線が複雑に絡み合った紋様が刻まれていた。


 美雲の超能力、〝封印〟の効果によって左腕が動かせなくなっているのだ。


「よく、あの一瞬でこんなに硬い封印が出来た物だね」

「もう一度言ってあげるわよ?

 どれだけの付き合いだと、思っているの?」


 美雲の封印。

 もう少し具体的に言えば、一定条件によって解除可能な機能制限能力、と表せるものだ。

 設定する解除条件によって、その封印を施す難易度は極端に変化してしまう、扱い辛い性能をしている。

 単純な話、解除不可という条件付けの場合、ほぼほぼ不可能なレベルで封印は通じないし、十個もニ十個も設定し、そのどれもが容易に達成可能であれば、簡単に通用してしまう。


 今回、美影に打ち込んだものは、美雲への全面降伏と十日間の時間経過が設定されていた。

 そのどちらかが達成されれば、自動的に効力を失うものである。


 たった二つであり、意思に関与する条件付け。

 相当に強固な封印だ。

 十日という短めの時間設定をする事で条件を緩めているが、その程度では気休めにしかならない筈である。


 だというのに、効果を発揮させた。

 運が良かった、だけではない。

 二つの銃撃の両方で発動しているから、運だけではない。


 その答えを、美雲は言っている。


 相手の事を知っている事。

 これが、封印の成功率を高めてくれる鍵となる。

 知って対抗式を組む事で、意識的無意識的に張り巡らせている防壁を突破して届かせられのだ。


 美雲は妹の事を良く知っている。

 だから、届いた。


「でも」


 垂れ下がった美影の左腕に黒雷が集まる。


 封印の解除法には、勿論、強引に食い破る、という力技もある。

 設定された条件を悉く無視して、魔力や超能力など何らかのエネルギーを集中させて引き千切るのだ。


 だが、その為に必要とされるエネルギーは、封印に使用されたエネルギーに比べて、極端に跳ね上がってしまう。

 非常に効率の悪い抜け道である。


 普通ならば。


 美影の黒雷は、そうした相性差の一切を無視する。

 同じ力には、同じだけの力を。


「僕には効かないんじゃない?」


 バチン、と弾ける音がして、左腕に這っていた紋様が砕けて消える。

 自由を取り戻した事を証明するように、左の肩を回してみせる美影に、美雲は困ったような顔で吐息する。


「そうなのよねー。

 本当にメンド臭い子」


 言いながら、手首のスナップだけで弾丸を放つ。


 美影は埃を払うように指先だけで弾いた。


 内包されていた雷が解放されて、閃光が奔り、同時に光の糸が彼女の手指を侵食する。

 だが、魔王クラスの雷属性である彼女には雷は効かず、封印の糸もすぐに黒の色に阻まれ、消えてしまった。


 もう効かない、とばかりに美影はそちらに一切の意識を向ける事無く、姉へと走る。


 美雲は、両手のデバイスに魔力を通す。

 反応して、銃身の先から刃が展開され、銃剣形態へと移行したそれを持ちながら、ドロリと姿勢を崩した。


(……縮地法!)


 落ちる速度を、移動する力に変換する旧い技法。

 古武術に興味を持たない美雲が使ってくるとは思っていなかった。

 予想よりも増速された美雲が、素早く距離を詰めてくる。


 姉の行動に反応した美影は、予定を変更して、一瞬早く蹴り足を振り抜く。


 その蹴撃に、美雲の刃が弾かれた。


 もう片方の刃が振るわれる。

 一直線に眼球へと迫る刺突。


 しっかりと見定めながら美影は躱した。


 しかし、瞼から血が噴き出した。


「っ……」


 視界の揺らぎに僅かに距離を取る。


 そこに、追撃の銃撃が迫る。

 美影を狙ったものではない。

 彼女を囲む様に着弾する。


 簡易魔法陣が描かれた。

 光が紡がれ、強固な封印式が発動する。


 糸、というよりも縄ほどの太さになった光の線が、美影の上半身を捕らえた。

 そこに、美雲が刃を振るう。


 一瞬しか効かなくとも、一瞬だけでも足止めをできるならば、使い道はある。

 そのスキを見逃さずに首を刈り取りに行く。


「すぅ……」


 何重にも強めにかけられた封印は、即座の打破は難しかった。

 姉の刃の方が早い。


 だから、美影は足を踏み抜いた。

 強力な足踏みは、足元にあった巨大な瓦礫をシーソーのように揺り動かした。


「あいた!?」


 後ろから予想外の奇襲を受けた美雲は、タイミングを外されて妹の頭上を通過して吹っ飛んで行った。


 その間に、美影は封印式を引き千切る。


 瞼から流れる血を拭い、傷跡を焼き塞ぎながら黒雷の剣を造って、姉の方向にぶん投げた。


 美雲は逆さまに倒れた姿勢のまま、それを捉えて撃ち抜く。


 黒白の雷が弾けて世界を席巻する。


「僕の認識をフィルターするなんて、随分と幻属性の扱いが上手くなったじゃん。

 小賢しい」

「褒めてくれてありがと。

 小技の上手さが勝敗を分けるものよ。

 色々と足りない子」


 目へと迫っていた刃は、美雲が持つ幻属性によって僅かに誤魔化されていた。

 ほんの数㎜程度の差異だが、それだけでも充分だ。


 美雲には、美影ほどの出力はない。

 身体能力も低いし、魔力もまるで及ばない。

 マジノラインを持ってこないと、エネルギーの投げ合いでは間違いなく押し潰される。


 だが、妹と違って、彼女には多彩な引出しがある。

 それぞれは小さな武器であっても、組み合わせれば届かせられる致命の刃だ。


「あんまりお姉ちゃんを舐めないでよね」

「……分かったよ」


 姉の言葉に、妹は嘆息して頷く。

 油断しきっていた事は確かだ。

 反省はしっかりとしよう。


 そして、ここからは違う。

 軽く身体の各部を回して解した美影は、柔らかい口調で宣言する。


「心込めて、しっかりと叩き潰してあげる」


 意識が切り替わった。

 ここからが、姉妹喧嘩の本番である。

実は、永久が主人公の外伝を、なんとなく投下し始めております。

興味があれば、作者ページから飛んでいただくか、目次画面の上部にあるシリーズリンクから覗いてみてください。


ただ、そちらは時系列がこちらの本編終了後の話となっていますので、こちらでこれから起こる予定のエピソードやラストに関するネタバレが含まれています。

ネタバレを嫌う方は覗かない方が良いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 唯一真面目なんじゃないかなと期待していた当主殿でさえ雷裂家だった……。
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