破城槌と悪魔の盾
遠目に都市の姿が見える。
機能性のみを追求したような、人間味のない都市。
研究、探求、そういった物のみを追い求める者だけが集まる、俗世から隔絶した世界だ。
(……高天原の地下層を表に出せば、こんな感じかしらね)
美雲は、ほのぼのとそんな事を思う。
ここまで来れば、もはやぶつかるだけである。
当たって砕けるかもしれないが、それもまた一興というものだ。
『見えてきたな』
都市を確認した久遠から、短く声が届いた。
「そうね。あと少しよ」
答える。
本当にあと少しだ。
時間にすれば、一分弱程度だろう。
順調だ。
あまりにも順調過ぎる。
何か仕掛けてきそうだ、という根拠のない匂いを嗅ぎ取っていると、久遠が言う。
『…………なぁ、みくもん』
「なぁに、くーちゃん?」
ふざけた呼び方をされたので、彼女もふざけて返す。
『もうそろそろ、なんだよな?』
「普通に見える位置まで来ているしね」
『……さっきから減速していないように感じられるのは、気のせいか?』
「あらやだ。あなた、知らないの?」
エンジンがいまだに唸りを上げて、《桜花》の巨体を後押ししている。
スラスターからは景気よく炎が噴き出し、推進力となっていた。
もうそろそろ慣性航行どころか減速に入ってもよさそうなのに、それでも今の状態を維持している事に、久遠が疑問を呈すると、美雲はわざとらしく口を押えた。
「これ、減速機能なんて付いてないわよ?」
『…………すまない。
もう一度言ってくれ』
「これに、ブレーキなんて、付いてないわよ?」
『…………』
「…………」
暫し、無言が支配する。
やがて、どういう事なのか理解した久遠は、大声で叫んだ。
『うおい!?
これ、特攻兵器の間違いなんじゃないのか!?』
「いやーねー。ただの輸送機よー?
ただ、着地と停止に関して何も考えてないだけで」
大型弾丸輸送機《桜花》。
宇宙まで飛び立てる強力なエンジンを備え、分厚い装甲を幾枚も重ねられた、大容量輸送機。
その航続距離は地球一周半にも及び、最高速度はマッハ4に届く。
生半可な事では止められない非常に優秀な代物である。
ただ一つにして最大の問題点として、着陸及び停止に関して、一切、何も考えられていないが。
減速機構は何一つとして搭載しておらず、着陸用の足や姿勢制御プログラムも存在しない。
ただひたすら、目標地点に向かってかっ飛んでいく。
それだけの代物である。
常識のある者は、誰もが言う。
それは断じて輸送機ではない、と。
『ちょっ! ちょっと待て美雲!
なんてものに私を載せているのだッ!』
「付いてくるって言ったのは久遠でしょー。
私の所為にしないで欲しいわ」
友人からの抗議を受け流しながら、美雲は研究都市を眺める。
(……あー、やっぱりねー)
予想通りな事が起きて、ほのぼのとした気分になっていると、通信機から慌てた様な物音が聞こえてくる。
『今、外に出るから! ちょっと受け止めてくれ!』
このままでは、特攻兵器の貨物として諸共に吹き飛ぶ。
そうと悟った久遠は、今の所、安全な内部から離脱が容易となる外部へと出ようとしていた。
風圧と音速突破の衝撃は酷いが、それでも着弾の衝撃と爆発に巻き込まれるよりは、よほどマシだ。
そうと思っての行動だったが、美雲はそこに待ったをかけた。
「今出ると、危ないわよー?」
『何故だッ!?』
焦りから若干余裕のなくなっている久遠は、叫ぶように問い返す。
それに、美雲はのんびりとした口調で答えた。
「だって、今、迎撃のミサイルが発射されたから」
『はぁ!?』
研究都市は、高天原がそうであるように、アメリカという国家の叡智の総本山である。
壊滅させられれば、それだけでアメリカという大国の国力は大いに減ってしまう。
分かり易い弱点である。
だが、そうであるが故に、対策は立てられているに決まっている。
都市の要塞化。
都市の全てを丸ごと要塞として構築されており、緊急時には上位からの命令を待たずに、独自の判断で迎撃行動に出る事が許可されている。
そうしたシステムに従い、かの都市の迎撃網は《桜花》を撃ち落とすべき脅威として認識した。
無数の迎撃ミサイルが射出され、真っ直ぐに向かってくる。
「ふふふっ」
大量の殺意の放射に、美雲は楽し気に笑む。
その程度で止められると思っているのか、と、彼女は内心で思った。
これは、――が造った作品なんだぞ、と。
直後、無数の爆炎が空に咲いた。
普通ならば、これで終わる。空を飛ぶというのは、今にあってさえ容易な事ではない。
これほどの火力に舐められては、とてもではないが航空能力を維持できない。
しかし。
爆炎と粉塵を引き裂いて、輸送機がその巨体を見せた。
表層の装甲は、溶解したり破損したりと、無事な様子は見せていない。
それでも、航行には支障はない。
所詮はただの装甲なのだから。
対象の無事が確認された事で、追撃のミサイルが射出され、更には多種多様な火砲がその砲門を空へと向けて威力を発揮した。
《桜花》はその全てを受けながら、それでも巨大な威容を誇りながら突き進んでいく。
『うわわわっ!?
だ、大丈夫なのか、美雲、これっ!?』
「だいじょぶよー、これだけならー」
迎撃の衝撃によって、内部は盛大にシェイクされており、久遠は上下も分からぬくらいにあちこちに強く叩き付けられていた。
それで死にはしないくらいに鍛えてはいるが、いつか空中分解して投げ出されるのではないか、という不安で一杯である。
それを気楽な返答で流しながら、美雲は急降下姿勢に入った《桜花》の上で笑う。
「大した火力投射ね」
成程。これは確かに要塞に違いない。
これ程の火力迎撃を受けては、常識的な戦力では突破など不可能だろう。
視線の先では、都市が鳴動している。
火砲だけでは迎撃しきれないと判断したのか、研究都市を覆い尽くす分厚い装甲が迫り出し始めていた。
見た目は普通の都市だった筈が、これでは完全に重厚な要塞である。
その速度は速く、おそらく《桜花》の突入よりも先に防壁は完成されるだろう。
だが、それでも美雲は笑みを崩さない。
「あはっ♪」
口を開けて彼女は笑った。
「あははははっ! まるで閉じこもる亀ね!
じゃあ、取り敢えず矛盾の解決をしましょうか!」
最強の矛と最強の盾。
そのどちらが強いのか、と、彼女は笑う。
「古くから定石なんて決まっているわ」
激突の瞬間、美雲は言う。
「砦には、破城槌を」
~~~~~~~~~
大質量の巨大な弾丸が、最大速度で激突した。
超硬の壁を前に、《桜花》の先端は盛大に破砕する。
しかし、壁もまた無事ではない。
超速度による正面突破という、あまりにも馬鹿げた力技を前に、ごく僅かに《桜花》の先端を内部にまで届かせてしまっていた。
本当に僅かな隙間。
だが、確かな蟻の一穴である。
《桜花》のエンジンが、最大出力で唸りを上げる。
大気圏内において、大質量を超音速にまで加速させるエンジンが、自壊も辞さない出力を叩き出した。
押し込む。
蟻の一穴を引き裂き、自身を壁の中へと叩き込む。
かくして、無敵の要塞は牙城を崩される。
侵入を果たした《桜花》は、最後の力を振り絞って最終加速へと至る。
ほとんどの装甲や内部機構を破壊され、メインフレームと推進器くらいしか残っていない無残な姿だ。
だが、それで充分だ。
それだけで役目は果たせる。
要塞の壁によって落ちた速度を僅かでも取り戻しながら、一直線に研究都市の中央部に飛び落ちる。
爆砕。
地球一周半という航続距離を支える燃料庫に引火する。
それが引き金となって、周囲にある要塞自体が保有する弾薬庫へと誘爆を引き起こしていく。
大爆発が起きた。
爆炎と衝撃によって、都市にある全てが破砕していく。
大量の粉塵が巻き上がり、冗談の様なキノコ雲が発生した。
ここに、研究都市の全ては終焉を迎えたのだった。
~~~~~~~~~~
防御壁に激突した時点で離脱していた美雲は、爆風に上手く乗りながら、僅かに時間を置いて地上へと降り立った。
場所は、都市の中央部、主要研究棟のあった地点だ。
おそらく美影はそこにいたのではないだろうか、と適当な思考でここに降りたのだ。
とはいえ、的中しているのだから決して馬鹿にしたものではないだろう。
風が吹き込み、視界を遮る粉塵が薄くなる。
瓦礫の山と化した元研究所の位置に、一つの人影があった。
美影である。
全身に黒雷を奔らせた彼女は、あれほどの大破壊の中にあって傷一つ見受けられない。
多少の汚れこそあるが、血の跡は何処にもなかった。
それは、単純に彼女が頑丈であるという事もあるだろう。
ただでさえ、超人類と呼べるほどに肉体の進化した雷裂の直系なのだ。
それが魔力超能力、二種類の力で身体強化をすれば、尋常ならざる強度へと至る。
だが、きっともう一つ、理由がある。
それは彼女がその手に持ち、掲げている物。
それは、人の形をしていた。
薄紅色の髪をしており、まだまだ女性らしい膨らみの少ない小柄な体躯。
黒い衣装に身を包み、頭には魔女の様なとんがり帽子が載せられている。
熱風に晒され、若干、輪郭がとろけている。
ぐったりとした永久であった。
「少し振りね、美影ちゃん。
一応、言っておくわね」
「何かな、お姉」
言っておくべきだろう事を、姉は妹に対して言う。
「あなた、悪魔でしょう」
「それが妹に言う言葉?」
ケラケラと笑い飛ばす美影。
その手の中で揺れている永久の姿を見れば、きっと誰もがそう思うだろう。