直撃弾
「バーカバーカ!
お前、バーカ!」
研究所の中では、遠慮ない罵詈雑言が飛び交っていた。
「貴様、貴様ッ!
我に向かって馬鹿とは何じゃ!」
「うるせぇ!
馬鹿だから馬鹿って言ってんだよ!
何だ、この適当なコードは!
なんとなくで術式とか組んでんじゃねぇ!
天才のつもりか!」
「やかましいわ! 動けば良かろうが!
そして、我は天才なのではない!
我こそが天なのじゃ!」
「そういう妹ちゃんも、大分、設定がシビア過ぎなのだよ~。
焦点距離が0.003~0.005とか、ふざけてるのだよ?」
「それくらいの幅があれば充分じゃん?
大丈夫だって。いけるいける」
「アホなのだよ。ここにアホがいるのだよ。
せめて、桁をあと一つは上げるのだよ」
「意味分からんのは、我よりもこやつじゃろ。
何でこんな途切れ途切れの式を書くのじゃ。
無意味に複雑になるだけじゃろ」
「全く、これだから芸術の何たるかを理解しないケダモノは困るのだよ。
ただ組むだけなら猿にだって出来るのだよ!?
芸術性を取り入れてこそ、一流なのだよ!」
「「うぜぇ」」
それぞれの方向性の違いにより、術式構築が非常に白熱している。
美影は、兎に角理論優先だが、ピンポイントに狙いを定め過ぎているキライがある。
ノエリアは、感覚的でどうにも無駄を含んでしまい。
サラに至っては、無駄上等というか、何故か術式に芸術性を持たせようとする節がある。
全員の我が強く、中々、自らの思想を譲らない為に、造り上げられている魔法陣は、傍から見ると非常にややこしくて訳が分からない代物となっていた。
それでも、起動すればちゃんと最低限の用を為せるであろう事が、三人の有能さを示しているが。
罵詈雑言と、時折の暴力を織り交ぜながら、少しずつ作業は進んでいく。
「むむっ?」
そうしていると、突如、サラが天を見上げた。
「天の声でも聞こえたの?」
「さぁの。電波を受信しとるんじゃないのかえ?
全身、機械なんじゃろ。
知らぬが」
元々、あまり持たない物であったが、忌憚なき意見のぶつかり合いによって、完全に遠慮という物が彼女たちの中から消え去っていた。
適当な事を言いつつ、余所見をしている今のうちに、サラの領域を自分の色に染め上げていく二人に、彼女は言う。
「なんかよく分からん生き物が降ってきたけど、君たちのペットなのだよ?」
「あん? 下等生物を飼った事なんてないけど?」
ナチュラルにペット文化を否定する美影を横目に、ノエリアが言う。
「ああ、それはあれじゃ。
永久の奴じゃろ」
感覚的に近付いている事は察していた。
少々、熱中していて忘れていたが、随分と近付いているような気がする。
「ちなみに、どんな感じで変なの?」
確証を得ようと訊ねると、サラは一つ頷いて答える。
「うむ。研究所上空に燕の様な鳥系生物が飛来したのだよ。
それが、突然、原形を失い、粘体へと変化して降り注いできたのだよ。
今は、研究所の防護装置に引っかかって、ビリビリ痙攣しているのだよ」
「……なんとなく楽しそうだね、あいつ」
「間違いなく、永久じゃろうな」
突然、原形を失う、という時点で永久の可能性が高い。
廃棄領域には、そういう生き物もいるかもしれないが、あそこの生物は、廃棄領域の環境に適応し過ぎて、逆に外側の環境への耐性が低いという特性を多くの者たちが共通して持っている。
外に出たからと言って死ぬ訳ではないのだが、どうにも息苦しさを覚えているらしく、あまり積極的に出てこようとしないのだ。
故に、このタイミングでピンポイントにこの場に来るとすれば、永久であると考えられる。
「まぁ、放っておいても来るだろうからそれはそれとして……」
「うむ。まぁ、死にはすまい。
それよりも、完成を急ぐぞ。
なにやら不穏な気配を感じるしのぅ」
「なら、良かったのだよ。
なにやらロケットが太平洋横断してきてるし、真っ直ぐこっちに向かってるようだし」
超音速でカッ飛んでくる影を観測している。
弾道予測からして、間違いなくこの近辺を目標としていた。
「…………お姉だね、それは」
心当たりがあり過ぎる。
雷裂の所有する使い道がほとんどない輸送機である。
よもやあの欠陥輸送機を使うとは、と美影は呆れていた。
いつもスマートを心掛けている姉らしくない、とは思うものの、これもまた新しい世界の変化なのかもしれない。
(……お兄がいない事が、どの程度影響してるのかな?)
特に近かった者たちの変化は大きそうである。
自分など、その影響を大きく受けていた者の筆頭だ。もしも刹那と出会っていなければ、きっと激しく違った人格になっていたであろう事は想像に難くない。
少し話した程度では、あまり変化は感じられなかったが、やはり全く何もないという訳ではないようだ。
「ふむ、お客さんなのだよ?
お出迎えが必要なのだよ?」
「うん。鉛弾の歓迎をお願い」
「……仮にも血の繋がった実の姉を相手に、容赦がない娘じゃの」
「お姉がそんな事で死ぬ訳ないじゃん。
仮にも、〝雷裂〟だよ?」
「……汝の一族は、本当におかしい連中じゃのぅ」
「お前の方がよっぽど変な生き物だけど?」
「我よりも汝の兄の方がおかしいじゃろう」
「あん?」
「お?」
何故か喧嘩に発展し始める二人を放って、占領されていた術式を自分の色にこっそりと書き換えていくサラ。
それに気付いて、急いで術式組み立てに取り掛かる美影とノエリア。
暫し頑張っていると、足元に粘着質な感触があった。
見れば、粘液が広がっている。
にゅるり、と蠢くと粘液の上に黒いとんがり帽子が形成される。
続いて、その下の粘液が盛り上がり、やがて等身大の永久がその全身を現した。
「私、華麗に参上」
「全然、華麗じゃないよ。
なんか痺れてたらしいじゃん」
「あらやだ。
そんな事、ありましたかしら?
おほほ、私がそんな無様を晒す筈がありません事よ?」
「なーんか、テンションがおかしいのぅ」
「当たり前です!
テンション上げてないとやってられませんよ!
ほんとに!」
いつもと様子の違う永久に、ノエリアが首を傾げると、彼女は涙目で噛み付いた。
「縛りプレイで魔王と戦わされて、串刺しにされたり水煮にされたり二枚下ろしにされたり!
なんとか逃れても疲労で水死体になって、地元民に水揚げされて焼き魚にされそうになったり!」
「お、おう。色々とあったようじゃの」
「そうですよ!
そんでもって、空の旅でほんのりと癒されつつようやく合流できると思ったら、電流ビリビリで痙攣させられたんですよ!?
しかも、ここに来るまでに警備ロボにばかすか撃たれまくったり、地雷原で爆殺されそうになったり!
もう踏んだり蹴ったりですよ!
泣きたくもなります!」
「うむ。中々にエキサイティングな経験をしたようじゃの。
経験は人を豊かにするという。
良かったの。成長できたぞい。
我には必要のないものじゃが」
「とあっ!」
心無い励ましに、永久は化け猫に力一杯のチョップを打ち込んだ。
手刀の形に盛大に歪む化け猫。
普通の猫、というか生き物ならば、背骨とか折れているし、内臓も破裂しているだろう程の損傷具合だ。
化け猫は化け猫なので、全くダメージが入っていないが。
「君の不幸自慢なんてどうでもいいんだよ。
それより、ちょっとは手伝いなさい」
「それが必死に囮になった私にかける言葉ですか!?
もっと労わってくれても良いじゃないですか!
もっと私を褒め称えて下さい」
「偉かったですねー。
もっと頑張りましょうねー」
「……まるで心が伝わってきませんね」
「素晴らしいね。
僕の言葉に籠められた気持ちを、正確に読み取るなんて。
君には、婉曲的かつ情緒的な感性を理解するセンスがあるようだ」
「全然嬉しくない褒められ方です」
自分の苦労を理解してくれる味方はいない。
そうと悟った永久は、しくしくとわざとらしい泣き真似をしながら、彼女らの作業に注目する。
「……………………あー、一応、訊いておきましょう。
何をやっているのですか?」
「見て分かんない?
魔法陣描いてんの」
「……………………んあー、それはー、あれですか?
あのー、今起きてる異常事態を修正する為の?」
「よく分かってんじゃん」
理解したなら手伝え、とアクセス用の端末を押し付けてくる。
受け取った永久は、暫し眉間を抑えて悩んだ後、大きく叫んだ。
「暗算で出来る訳ないでしょーがぁー!
私、普通人!
魔法とか使えるようになりましたけど!
頭脳的能力は、普通の優等生レベルです!
頭ん中にコンピュータ仕込んでるあんたらと一緒にしないでくれませんかッ!?」
「「「使えねぇ(のだよ)」」」
「すっげー理不尽な評価です!」
三人から、口を揃えて即答で返された言葉に、あんまりだと永久は泣き崩れた。
「良いですよ、良いですよ。
どーせ私は使えない子ですよ。
端っこで寝ていますから、用事が出来たら起こしてください」
いじけた彼女は、端末を投げ捨てて部屋の隅へと移動し、宣言通りに横になった。
なんとなく輪郭がとろけている様が、現在の永久の内心を表現しているようで、なんとも哀れな姿である。
とはいえ、この場に、彼女の傷心を気に掛けてくれる心優しい誰かは一人としていない。
趣味の悪いインテリアが増えた、と、その程度に考えた三人衆は、特に気にする事なく作業を続けるのだった。
~~~~~~~~~~
「かーんせー!」
そして、少しして。
ようやく大まかな修正作業の全てが完了した。
喜びを表すように、美影は諸手を掲げて雄叫びを上げる。
「うむうむ。
まぁ、見れる物にはなったかの」
「そうなのだよ。
まぁまぁ不満は残るけど、及第点くらいは上げても良い出来なのだよ」
「うっさい、お前ら。
素直に喜べ。
求め始めたらキリがないでしょーが」
欲を言いだせばもっと改良すべきポイントは山ほどにあるのだが、そんな事を言いだしているといつまで経っても終わらない。
なので、ある程度の所で妥協は必要なのだ。
「そんじゃ、まっ、あとはこれを起動させるだけだね」
「それが一番の手間じゃがの」
片や、北米大陸全土に埋め込まれた巨大魔法陣の改修。
片や、衛星軌道上の小月からの転写作業。
ノエリアの言う通り、どちらも非常に手間がかかるものである。
「出来る事からやるしかないでしょ。コツコツと、ね」
言いながら、美影は不貞寝続行中の永久へと近寄る。
「おーい、朝だぞー」
呼びかけながら踏みつけると、足が若干沈み込んだ。
「ふへへへ~。もっともーっと私は食べられますよ~」
「微妙にアレンジの利いた定番の寝言をありがと」
永久の身体に沈み込んだ足を引っこ抜き、今度はもう少し強めに蹴っ飛ばそうと足を引く。
「あっ、そうなのだよ。
そういえば、言ってなかったけど」
と、その寸前でサラが言葉を紡いだ。
「あと二秒で着弾するのだよ?」
「あん?」
「おう?」
何が、と一瞬の疑問の直後。
研究都市が丸ごと吹き飛んだのだった。