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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
四章:《救世主》消失編
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両立する身

布団から出られぬ。

故に、小刻みに。


短くて済まぬ。

「君には、避難命令とか出てなかったの?」


 リノリウムの無機質で飾り気がなく、若干近未来的な雰囲気を醸し出している廊下を歩きながら、美影は前を行くサラに問いかけた。


 彼女の目標であり、米国にとっても〝最〟は付かないものの、〝超〟くらいは付けられる重要人物なのだ。

 もしもの事を考えて、避難指示が出ていてもおかしくはない。というか、出ていなければおかしい。


 にもかかわらず、サラはここに残っている。

 他の者たちは避難しているというのに、たった一人で。


 もしかしたら罠かもしれない、と、僅かな警戒心を滲ませた問いかけに、サラは振り返る事もせずに答える。


「勿論、出ているのだよ?

 今も私は避難中なのだよ」

「それってどういう……ああ、そういう事」

「ククッ、察しの良い娘なのだよ。

 流石は、と言うべきか、当然、と評するべきか、悩ましい所なのだよ」


 言葉の途中で真相を把握した美影を、サラは楽し気に評価する。


 確かに、サラにも避難命令が下されている。

 他の研究員たちには、強制性のない勧告だけであったが、彼女に至っては完全な命令だった。

 しかも、大統領から直接下された、この国において最も強い命令である。


 流石のこれには、彼女としても従わざるを得ない。

 大統領命令だから、というよりも、スティーヴンの命令だから、である。


 サラは、本来、誰にも見向き去れない日陰者の研究者である。

 やたら夢想的で荒唐無稽な発案ばかりをぶち上げる、気の狂った変人、というのが一般的な評価だった。


 実際、間違っていない。

 彼女の理論や設計は、あまりに常軌を逸し過ぎていたり役に立たない物であったりで、基本的に誰の目にも止まらず、開発資金なども付かず、結果、机上の空論止まりで埃を被ってしまうものだったのだ。

 創りたいものしか創らない、考えたい事しか考えない、というある意味では生粋の研究者らしい生き様も、そうした待遇を助長していた。


 しかし、そんなサラの才覚に目を付けて、そのままで良いから好きにやってみろ、と言って、設備や資金を潤沢に用意してくれたのがスティーヴンである。

 他にも色々と動機はあるが、彼女の才を活かす為、という理由で単なる大学教授から大統領にまで上り詰めたのだから、余程、サラの才能を買っていたのだろう。


 そして、その審美眼は間違いなく、サラの作った理論や道具に価値を持たせ、しっかりと祖国の力に仕上げてきた。


 研究に生きる趣味人であるが、サラとて心無き人非人ではない。

 恩や義理という言葉くらいは知っている。


 これ程の恩を受けてきたスティーヴンの言葉を無視する事は、流石の彼女にもできない。


 だが、一方で訪問者である美影に興味がある事も確かだ。

 楽しい事を考える同志が、手放しで自慢する妹である。

 せっかく機会がやってきたのだから、一目、会ってみるのも面白いかもしれない。


 恩義と興味の板挟みになった彼女は、一つの解決策を見出した。


 両方同時にやっちゃえばいいじゃん、と。


 幸いにも、彼女の全身はナノマシンで構成されている。

 必要量があれば、幾らでも分身を作り出す事が出来る。

 どちらが本体という訳でもない為、どっちか片方でも残っていれば自己の保存は可能だ。

 何ならば、両方とも消し飛ばされても問題はない。

 自分のストックであるナノマシンは、他にもばら撒いているから。


 そうした感じで、分身の一体が避難しつつ、分身の一体が美影を待ち構えていたのである。


「…………」


 美影は、周囲に意識を向けて無言になる。

 何もない空間に見えるが、やはりセンサーがそこら中に張り巡らされているようだ。


 雷裂の研究所もそうだし、高天原の地下施設も同様の構造となっている。

 単純にスパイなどを排するだけでなく、危険物の出入りを監視する為の物であり、安全を考えれば必要なものだとは分かる。


 とはいえ、何度も何度も自身を透過されるのは気分の良い物ではない。

 なまじ、鋭い感覚器を持っていて調べられている事を察知できるが故に、不快感が募っていく。


「ふぅん。面白い生き物なのだよ」

「それが、雷裂って物だよ」

「うん。

 君も大概にヤバいけど、筋密度も骨密度もヤバいけど、それ以上にそっちの猫がね、とても興味深いのだよ」

「うむ? 我かの?」


 とことこ、と大人しく最後尾をついて来ていたノエリアが首を傾げながら声を出す。


 猫が喋る、という事実に、一瞬、サラが振り返って視線をくれるが、すぐに顔を前に戻した。

 この異常な巷なのだから、そういう事もあるだろう、と、アバウトに受け入れたのだ。


「全然、センサーが通らないのだよ。

 何も見えないという結果しか出てこないのだよ。

 こうして視覚で捉えられているというのに。

 実に面白いのだよ。

 ちょっと解剖してみても良いのだよ?」

「あとで好きなだけして良いから、今は止めて」

「待て待て待てい。

 我を勝手に売るでない」

「仕方ないのだよ。

 では、事が済んでからバラスのだよ」

「我を何だと思っておるのじゃ、汝ら」


 ノエリアの文句に、二人の女はそれぞれに即答した。


「化け猫?」

「研究資料?」

「ええい、汝ら!

 我にもいい加減に人権を寄越せ!

 今はこんなじゃが、今の世を作り出した始祖じゃぞ!?」

「って言っても、その後から色々と暗躍してたみたいじゃん。

 功罪帳消しじゃない?」

「よく分からないけど、興味深い生命体がいれば解体したくなるのは人の性なのだよ」

「前者の意見はともかく、後者の意見は完全にサイコパスの領域じゃと思うのじゃが」


 自覚がないのか、そうだろうかとサラは首を傾げていた。

 そんな事を話している内に、サラはとある一室に入り、美影たちもそれに続いた。


 そこは、殺風景な部屋だった。

 調度品の類は何もなく、ただガランとした空間が広がっているだけである。


 特徴としては、若干、あちこちに痛みや修繕した後が見える事くらいだろう。

 焼け焦げていたり、衝撃で凹んでいたり、……落としきれていていない血痕があったりと、実に物騒な様相をしている。


「さぁ、私の研究室にようこそ、なのだよ」

「……随分とさっぱりとしているね」


 兄の部屋は、かなりゴチャゴチャとしていた。

 資料から機材から、何が何だか分からない物が足の踏み場もない程に散らばっていた物である。


 全くの正逆の部屋に、美影はそんな感想を漏らす。


「どうせ壊してしまうのだよ。

 なら、最初から使い捨てで用意した方が良いのだよ」


 そう言って、サラの身体から粒子が舞う。

 サラサラと流れ出したそれは、床へと散らばり、すぐに形を成した。


 それは、簡素なテーブルと椅子だった。

 一切の飾りがなく、必要な形のみを抽出した白い品である。

 その上には、やはり飾り気のないカップと皿が置いてあり、湯気をくゆらせるコーヒーとビスケットが盛られていた。


「必要に応じて、必要なものを用意する。

 それで事足りるのだよ」


 どうやら、実験の都度、必要な物資や設備を自身の身体からナノマシンを抽出して創り出しているらしい。

 最初から使い捨てが前提である為に、実験失敗で破損しても気にしないし、それが故にかなり大胆な実験も行えるのだろう。

 ちなみに、そうした適当な行動故に、失敗も大変に多く、室内のあちこちに残っている破損は、失敗の痕跡である。


「……便利な身体をしているね」


 椅子を引いて座った美影は、特に疑う事もなくカップを取って、黒い液体を喉に通した。

 香りこそ中々に豊かだが、味はあまり良くない。

 酸味が強く、やや顔を顰めたくなる代物だった。


「良い豆使ってないね」

「そもそも豆を使っていない合成物質なのだよ」


 文句を、身も蓋もない真実で押し潰しながら、サラも席に付いた。

 ノエリアもテーブルの上に登り、大人しくビスケットを齧っている。


「さて、では話を聞かせて貰うのだよ」


 準備は出来た、とサラは美影の言葉に耳を傾ける。


 いないならばいないで構わない。

 だが、いてくれるならばそれに越した事はない。


 これから、カミ様に喧嘩を売っていくのだ。

 自分と、そして瑞穂だけでどうにか出来るとは限らない。

 逆に、叩き潰されてしまう可能性だって、充分に考えられる。


 もしも、彼女の協力が得られたならば。


 その時は、対神戦争に、米国を引きずり込む事が出来る筈だ。


 そうと理解している彼女は、事実を武器に話し始める。


「お兄をね、取り戻す事に協力して欲しいんだ」

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